第50話 中二という病
「エッジ、居るか?」
名前を呼ばれた方へと向かった彼だったが、辿り着いた先に待っていたのは探していた獣人とは別人の女性であった。
「……誰や?」
「そうか、キャミィの能力を知らなかったな。彼女は……あれだ。自身の姿形、さらに人格までも特定の存在へと変換出来るんだ。今はレクス・ヴァルクレイという。宜しく頼むよ」
「おう……」
あまりに急な展開に一瞬思考停止しかけるが、彼女の事を鵜呑みには出来ない。
エッジは警戒しながらレクスに近付いていく。
「ふ、そんなに警戒しなくても良い……が、無理もないな。まぁそのまま着いてきてくれ。カイルの元へ行くぞ」
「……にいさんの場所分かるんか?」
「あぁ、何があったかは知らんが正常な世界に戻ったみたいだからな。獣人族は元々鼻が利くのさ」
***
「マリー、ヤバいぞ。ミレイが死んだみたいだ」
「あぁ……そうだねぇ……」
険しい表情を浮かべる少年とは対照的に、マリュデスは涼しい顔をしていた。
「どうすんだよ、このバケモン。俺の能力じゃ死なねぇぞ?」
「そうさねぇ……だったら、殺せる相手に任せるかねぇ」
「……はぁ?」
マリュデスはカイルの後方を見詰めている。
カイルの意識も既にかれらに向けられていた。
「――ブスブスブスブスブスブス!」
「――バカバカバカバカバカバカ!」
お互いに悪口を言い合いながら、双子の少年少女がカイルの脇を抜けマリュデスと彼の間でピタリと止まる。
「……どーすんだよ! もう着いちまったじゃねーか!!」
「だからバカだって言ってんのよ!」
「んな事言ってねーで教えろよ!」
「私が何度も言おうとしたのにアンタが、うっせーブス、って言って遮ってたのよ!」
「はぁ!? 俺のせいにすんじゃねーよ!」
「アンタのせいでしょーがっ!!」
状況を把握しているらしいこの双子は、それでも悪口の言い合いを止めようとしない。それどころか、よりヒートアップしているようだ。
「……んだ? このガキども」
シオがぼそりと呟くと同時にかれらの言い争いがピタリと止んだ。
「おいこら、誰がガキだ! テメーもガキだろうが! あぁ!?」
少年は顔をぐるりとシオに向けると、大声で叫ぶ。
彼は涼しい顔をしながらも、その罵声を腹立たしく思い口を開こうかとした瞬間。
「すまないねぇ、こいつは口が悪いんだ。許してやってくれよ」
マリュデスの介入が気に入らなかったのか、不機嫌そうな表情を浮かべるシオにジェスチャーでフォローしながら言葉を続けた。
「あんたら、誰の使いだい?」
「うっせーなこのバぶぁっっ!!」
マリュデスに対して睨み付けながらなにやら喋ろうとする少年の頭を思い切り叩く少女。
「すみません、弟が失礼な事を……私たちは【心王】様の同志です。私の名前はリューネ。彼は弟のリュウイです」
一瞬だがマリュデスの顔色が変わる。リューネはそれに気付き含み笑みを浮かべた。
「へぇ……なら話は通ってるはずだね?」
「えぇ、当然それは……」
「いってーな! 何すんだよ!」
「アンタは誰彼構わず喧嘩売るんじゃないわよ!」
「あっはっは! 子供はヤンチャなくらいで丁度良いのさ。ところでゆっくり話もしたい所だけどね、ちょいと邪魔な奴がいるんだよ」
そう言うとマリュデスはカイルに視線を向ける。
彼は未だにシオの能力を振りほどけないでいた。
「何してんの?」
「……俺の能力じゃ動きを止めるので精一杯なんだよ」
「よっわ!」
「はぁ? じゃ、テメーは出来んのかよ?」
「ふっ、当然だろ! 俺様は世界最強だぜ?」
世界最強という言葉に僅かに眉を動かすも、口を開こうともしないカイルを不気味に思いながらもマリュデスは静観していた。
「おい、リューネ。あれ使うからあとは宜しくな!」
「……はぁ、勝手にして」
カイルから少し離れるとリュウイは右拳を引き構える。
「いくぜぇ、俺の必殺技!」
リューネのため息、そしてシオの失笑が聞こえてくるがリュウイは全く意に介さない。
「我が右拳に宿りし竜神の魂。その力、今ここに解放する――」
少年が言葉を発すると、辺りの雰囲気が重苦しくなるのをこの場に居る全員が感じ始めた。
生暖かい風が吹き木々が揺れる。
「世界を司りし五つの元素。木、火、土、金、水の力よ。今こそ我に宿りたまえ――
火、水、風、大地の精霊よ。今こそ我の力を与えたまえ――」
異様とも言える雰囲気の中、マリュデスは単純な疑問をリューネに投げ掛けた。
「なぁ、さっきからあの坊やは何を言っているんだい?」
「……リュウイは"魔法"に憧れてるんです。魔法といえば詠唱がありますよね? あ、でも魔法が使えるとかじゃないんですよ。正義の味方の必殺技に取り入れたらカッコいいから、とかで」
「はぁ、ガキかと思えば中身もガキかよ」
シオは呆れ顔でため息を吐きながらもカイルに対し能力を使用している。
リューネはマリュデスの顔をちらりと見た。
この話をすると殆どの人間はシオのように小馬鹿にしたような表情を浮かべるものである。リューネ自身ですら弟のその行動に対して同じような気持ちを抱く。
しかしマリュデスは決して馬鹿にするような、或いは呆れたような表情などはせず、むしろ眉間にシワを寄せ難しい顔をしていた。
「言葉に意味は……無いだろうねぇ。イメージによる力の増幅と……時間、もしくは詠唱することがトリガーと言えるか……」
「何言ってんだよ、マリー」
「……いや、なんでもないさ。まぁここは少年の能力を見せて貰おうかね」
その時、初めてリューネは彼女に対して得体の知れない恐怖を感じた。能力を明かすのは構わないと思っていたのだが、見破られるとなると話は別だ。
少女は一瞬眉をひそめてしまったのを慌てて取り繕い、笑顔を作る。
マリュデスには僅かな隙も与えてはいけない――
リューネは直感的にそう思った。
「――深遠なる者よ。夜明けと共に現れ消える者よ。我が心の闇と光を喰らいその力を示せ!」
「……お、やっと終わりか」
長々しい詠唱が一段落ついたように感じシオもふっと力を緩める。だが……
「空を支配する広き者よ。大地を支配する大きな者よ。海を支配する深き者よ! 今こそその力を――」
「ってまだ続くのかよ!」
シオの言葉が思わず強くなる。それもそのはずだ。リュウイが拳を構えてから既に十分以上経とうとしている。その間、シオはずっと能力を使用し、マリュデスはじっとこの光景を見つめている。
しかし、それでも少年の声は途切れる事が無い。
「……リュウイ、あと一分半よ。もう終わらせなさい」
「白より白く、黒より黒く、青より青く、赤より赤く……ちっ、もうそんな時間か。えーと……我が力、武神の如く――」
「マリュデスさん、もうすぐ彼の仲間が来ると思います。もし間に合わなかったらお願いします」
「あぁ、分かったよ」
リューネはどこか虚ろな表情を浮かべている。
彼女の能力は【未来を探る瞳】――
能力を発動させるとあらゆる可能性を可視化する事が可能となる。
ただし、特定の場面を狙って可視化させる事は出来ず僅かな可能性でもあれば情報として脳に雪崩れ込んで来る為、取捨選択する必要がある。
それは彼女自身が行う事が可能なのだが膨大な情報の中から最も適切な未来を見付ける事は至難である。
これは彼女の優れた頭脳、判断力、情報分析能力があって真価を発揮する能力であり、彼女だからこそ使いこなせる能力である。
但し、全ての判断を脳内で行う為、脳にかかる負担は計り知れない。
「光と闇を纏いし我が拳は如何なる物をも破壊する、神の拳なり。今ここに、我が正義を以て裁きを下す!
……受けよ、【裁きの鉄槌】! 唸れ、【正義の鉄拳】!!」
リュウイの右拳が白く光輝く。その力を把握することは誰にも出来ない。だが、ここに居る誰もが感じ取っていた。
この拳は全てを砕く拳なのだと。
「面白い。その拳、受けきってやる」
「なっ……!?」
シオは能力を使い続け疲労していた。しかし、それでも自身の持つ全力をカイルに向けていた。
だが彼はそれを嘲笑うかのように、いとも簡単に振りほどきリュウイと対峙した。
「こっの……! こいつ、いつでも解けたっていうのかよ!?」
「いつでも、という訳じゃない。三秒は防御に専念せざるを得なかった。なかなかやるな」
「バカに……しやがってええぇぇぇ!!」
シオは【冥府の手】の出力を更に上げて使い続ける。彼の右腕に歪な亀裂が走り派手に出血する。
しかし、それに応じるようにカイルは【闘気】を大きく展開していく。
歯を食い縛り力を使い続けるシオとは対照的に、カイルは汗一つかく事無く、視線もリュウイに向けたままだ。
「シオ、もう力を使うのをやめな! 【刃王】が来るよっ!!」
「ふざ……けんな……っ! 俺はこんな奴に負けねぇ……!」
「マリュデスさん、もう来ます」
リューネがマリュデスに視線を送った瞬間、リュウイの拳から輝きが消えた。
「我が拳は悪を貫く神の拳……吼えろ!!」
咆哮と共にリュウイの姿がその場から消えたと同時に、カイルの目の前に現れた。
「【滅殺武神覇凰龍劾拳】!!」
彼は右拳でカイルを殴り付ける。それは只の打撃に見えた。
だがカイルの【闘気】に触れた瞬間、稲妻のような青白い光が二人の間で弾け、周囲の空間が歪んで見えるほどの衝撃が走る。【闘気】がバチバチと音を立てながら剥がれていく。
衝撃が徐々に収まり、【闘気】が肉眼では確認出来ない程弱まっていった。
カイルの周囲のみならず背後にあった木々は薙ぎ倒され、そこには平らな一本道が出来ていた。
それでもリュウイの拳も彼に届く事は無かった。
「すげぇ……」
思わずシオが呟く。
自分の能力では動きを止める事もままならない相手。その能力をかき消したのだ。本来ならば追撃をかける場面であるが、幼さ故か、力への憧れのせいか、彼は呆然と立ち尽くしていた。
「まさか止められるとはな……結構マジだったんだけど」
リュウイはカイルに向けて呟く。
「こちらこそ驚きだ。ここまで【闘気】を消耗させる事になるとはな……もう一度やられたら防ぎようがない」
「見ての通り時間がかかるんだよね、俺の能力は」
リュウイの能力は【中二病の時間】――
実態は只の打撃技である。しかし能力を発動させ、彼の中で"格好良い言葉"を口にし続ける事でその文字数、時間に比例し無限に威力を高める事が可能な強化系の能力なのだ。
途中で中断する事も可能だが、続きから力を貯める出来ない。
また移動しながらも能力を使用する事も出来るのだが、彼自身の集中力の無さにより行う事が出来ない。
この強化は身体能力では無く威力の強化の為、【拳王】の能力の対象外となる。
「……シオ、まだ能力は使えるかい?」
「あ、あぁ……そうか、今ならあいつを……」
「いや、逃げるよ……」
マリュデスは常に相手の先を考え出し抜く女性だった。
この双子の事も知っておきながらも、あえて放置をしていた。
自分なら如何なる状況も支配出来る絶対の自信があったからだ。
しかし今、彼女の先をいく存在が現れた。
あらゆる可能性を把握するその少女が味方ならどれ程頼もしい事か。だが何故、味方と断言できよう。そして何故、彼女の存在に疑問を持たなかったのか。
それは"共通の敵"が居たからだ。
(だか、もし奴が"共通の敵"では無かったとしたら……?)
彼女は冷や汗をかいた。
いつぶりだろうか?どのような死地に立とうが常に涼しい顔でその全てを切り抜けてきた。今まで彼女は使う側だった。
故に誰よりも早く気付く。この場を掌握しているのは誰なのか、を。
「カイル、無事か!」
「なんや、子供がぎょうさんおるやんか。どういう状況やねん」
マリュデスがリューネに声をかけようとし体の半身に体重をかけ僅かに動いた時、
「た、たすけてっ! 助けてくださいっ!!」
リューネは子供特有の甲高い叫び声と泣き顔をエッジとレクスに向けていた。




