第05話 冒険者ギルドに行こう!
エリグラーズに家族は居ない。
彼を拾った山賊が親代わりだった。
エリグラーズに友は居ない。
弱ければ死ぬ世界。甘えた感情は弱さに繋がると教え込まれた。
エリグラーズに愛する者は居ない。
既に皆死んでいる。
彼の意識に触れた少年は、その悲しみを受け止め、一人泣いた。
記憶を頼りに戻った根城には、生きていくのに十分すぎる程の食料と金がある。
自身には絶対の強さが。
しかし、此処には自分一人しか居ない。
少年の心は孤独に勝てずにいた。
コンコン。
扉を叩く音がする。
誰でもいい、誰かと会話をしたい、顔を見たい――
その一心で扉を開ける。
その先に立っていたのは、神々しいまでの光を放ち、人間離れした美しさを持った、まさに女神と呼ぶに相応しい女性だった。
***
カイル・イングラムは母親の記憶が無い。彼を産む時に命を落としてしまった。
病弱なカイルには金がかかる。父親は子供二人の為に必死に働いた。
クリスティーナはカイルの母親代わりとして世話をしていた。カイルが産まれてから三年後、父親が過労死した。
この事をカイルは全く覚えていなかったが、物心がつく頃にクリスティーナが言葉を選んで伝えていた。
不憫な姉弟を見かねて、父親の兄である叔父が彼らを引き取った。叔父は結婚しており子供もいる。妻や子供たちからすれば、姉弟は異物であった。
特別嫌がらせを受けたことはない。だがその居心地の悪さからか、クリスティーナが心を許せる存在は只一人となってしまった。
「というわけで、クリスティーナ・イングラムです! 特技は家事全般。料理には自信があります!」
これで仲間に入れてもらえるのならパーティーには料理人が溢れかえっているだろうとカイルは思ったのだが。
「おー! なんかつくってー」
「わたくしに料理を教えて下さいお願いします」
「お菓子……」
「凄いのね、尊敬するよ」
料理というスキルはこの世界では希少なのだろうか。
物凄い大歓迎っぷりでクリスティーナも冒険者として活動する事になった。
「じゃ、みんなで登録いこー!」
【冒険者ギルド】――
「登録かんりょー!」
最近は冒険者が増えすぎて登録は申請すれば良いらしい。
「申し訳ございません、クラン申請にはBランクの冒険者が最低一人必要なんです」
受付のお姉さんがあまり申し訳なさそうではない感じで言ってくる。
「女だらけでちゃんとやれんのかぁ? そのなよっちい男なんか放っておいて俺たちのクランに来いよ!」
ガラの悪そうな冒険者が絡んでくる。
皆、反論する訳でもなく無視をした。
この類いの連中相手に無視はよくない。
「おいこら! 無視してんな新人が!」
こうなるからだ。
「めんどくさいなぁ。もう、私が相手してやるから場所変えるよ」
レフィアが頭を掻きながら外に出る。
彼女は背も高いが何より胸が大きい。
歩く度に揺れるので、絡んできた冒険者たちも視線が自然と胸に行く。
「ほら、あんたらが勝ったら好きにしていいから」
その一言で彼らの目付きが変わった。
恐らくその中ではリーダー格であろう男が前に出た。
「後悔するなよ! 俺はこう見えて身体能力操作の――」
何か喋りながら襲いかかってきた男は、彼女の掌底打一発で崩れ落ち気絶した。
その一撃は、並の人間ではとても追う事が出来ない速度であった。
捨て台詞もなく気絶した男を抱え慌ててギルドから出ていく男たち。
「……能力者だったのかな。まぁいいや、これで静かになったね」
欠伸をしながら戻ってくるレフィア。
受付のお姉さんがぽかんとし、慌てて後ろから一枚の紙を取り出した。
「あ、あの、この依頼受けてみませんか?」
彼女が言うには、大量発生した魔物退治のようだ。
ここよりもう少し北に位置する【ユメリア城跡】。
元々ならず者の拠点としても使われていたようで、そこで何故かグールが大量に発生したというのだ。
本来Cランク以上の依頼らしいのだが、今の騒ぎでそれなりに力量を認められたようだ。
「他にも依頼を受けた冒険者がいますので喧嘩しないでくださいね」
チクリと釘を刺された。
「そんじゃま、行ってみますかね」
「なんでレフィアがリーダーみたいになってるのよー!」
「んー? 強いから?」
「私の方が……強い」
「あらあら、野蛮な会話ですわ。ねぇ、カイル様?」
「……」
カイルは転生しても女性というものは苦手であった。
「ねぇ、ユメリア城跡って遠いの?」
クリスティーナが問いかける。
「まぁまぁ、かなー。普通に歩いていったら三日くらい?」
「馬車が欲しいですわね」
「ミリアにお願いしよーよ!」
キャミィの一言で皆がざわついた。
「キャミィって怖いもの知らずよね」
「……キャラで許されてるタイプ」
雑談している様子を眺めながら、カイルの意識は別にあった。
冒険者ギルドで絡んできた男が能力者だったとすると、この世界ではそもそも希少な存在では無いのかもしれない。
逆に前の世界では日常的に使用されていた魔法は使われている様子が無いところをみると、魔法が能力という扱いになっていてもおかしくないのだ。
(あぁ、戦いたい……)
「カイルー! 一度お城に戻るわよー」
クリスティーナの声で現実に引き戻される。
転生後、カイルはこの少年の意識に引き摺られていたが時間が経つにつれ、再び本来の自分に戻りつつあった。
今はカイル。だが同時にエリグラーズでもある自分はどう生きていこうか。
彼はまだそれを決めかねていた。
「グラン、馬車を彼女たちに用意なさい」
あっさりと貰えた。
「あぁ、羨ましい。実は誘拐されてから外出が禁止になってしまって暇なんですよ。アルビーも死んではないのですから再び現れるという可能性もありますし」
「あれはお嬢様が警護の者を撒いて勝手に出歩いたところに偶然出会した結果です。我々がその場に居れば対処は可能でした」
メイドのエリスがジト目でミリアに視線を送りながらぶつぶつ言っている。
ミリアは意に介さず言葉を続ける。
「それにしても冒険者をされるのですね。宜しければ推薦状を書きましょうか?Bランクくらいなら無条件で認定されますよ」
「え! ほんとにっ? いーじゃんそれもらおーよー」
キャミィが眼を輝かせながらピョンピョン跳ねる。
「いえ、結構です。今まで知ることの無かった世界に足を踏み込むのですから。それに自分の力を試してみたいので」
「そう、ですか……差し出がましい真似話致しました」
転生して間もない彼の精神は、未だに安定していない。
その変化に気付いたのだろうか。ミリアは不思議な表情を浮かべカイルを見つめていた。
「それから私は城を出ようと思います」
「まぁ、そんな事仰らずに。せめて武踏会までは居て下さいませんか?」
「これも鍛練の一環としての決断です。ご理解下さい」
そう言われてはミリアもこれ以上食い下がれなかったようで、渋々了承した。
他の者も居辛いのか城を出る事にしたようだ。
「これからどーするの? 野宿?」
「それは嫌ですわ」
「……お金がない」
「ぐぬぬ」
カイルは五十年くらい山で生活をしていた時期もあり野宿には一切抵抗は無いのだが、彼女たちが居るとそれも難しいだろう。
「えっへっへー、ミリア様が旅の資金を下さいました!」
「カイルがあんな態度だから渡しにくいっていうから私にって。カイル、感謝しなさいよね!」
クリスティーナが何故か自慢げに言う。
確かに彼の性格では渡されても受け取らなかったろう。
「ミリア様は優しいねぇ。じゃあ今日は少し北上して近くの街で泊まろうか」
「盗賊でも出ないかな」
ボソッとカイルが呟く。
「あはは! 出ないで欲しいかな、でしょー? カイルってばおかしー!」
キャミィが笑いながら馬車に乗る。カイルは戦いへの渇望を感じていた。
以前であればレフィアに挑んでいただろう。しかし今は理性がそれを止める。
それが良いのか悪いのか、今の彼にはまだ分からなかった。
「それじゃ出発だー!」
キャミィが元気一杯に叫ぶ。
馬車を御するカイルは、願わくば波乱の旅になることを願いながらランペイジ城を出発した。