第49話 死を纏いし者
「随分と足が速いんだねぇ。アタシの魅力にやられちまったかい?」
肩で息をしながらマリュデスは目の前の男に言葉を投げ掛ける。
すらっとした体型で決して筋肉質ではなく、顔つきは中性的である。髪の長さも相まって余計に男らしくはない見た目だ。
だが、彼女に追い付いた彼の息は乱れる事なく、彼から発せられる殺気は猛獣のように荒々しい。
(人は見かけに寄らないねぇ……)
マリュデスは心の中で呟き、軽くため息を吐く。
「……望みはなんだい? アタシも命は惜しいんだ。できれば穏便に事を済ませたいんだよねぇ」
「もう諦めたのか? いや、そうじゃないな……時間稼ぎか」
「察しの良い男は好きだよ。ただ、良すぎる男は早死にするけどねぇ!」
マリュデスが動こうとする前に【闘気】を展開し彼女に襲いかかろうとするカイルだったが、その場から動けない事に気付く。
ただ動きを止めようとしている力では無い。カイルは確かな殺気をその力から感じていた。
「……おい、嘘だろ? 何で死なないのコイツ。どんな能力だよ規格外過ぎてずりぃよ」
建物の影から現れた一人の少年はカイルに右手の掌を向けていた。彼の右手には渾身の力が込められており、少年の顔は苦悶の表情を浮かべている。
「俺の【冥府の手】にここまで抗えるやつがいるなんて聞いてないし……なぁ、どうなってんの?」
カイルは全身の【闘気】の出力を上げるが、それでも身動きが取れないでいた。
本来、【冥府の手】の能力は右手の動きに合わせて、視界に入るあらゆる物質を破壊する能力である。
破壊の方法も能力者次第であり、削ぎ落としたり握り潰したり様々な方法を用いる事が可能だ。
その破壊の為に働いている"力"を【闘気】が防いでいる状況である。
しかし能力が発動中である限りその"力"が無くなる事はなく、その圧力により動きを封じられていた。
「だが動きは完全に止まっているようだねぇ。良くやったよ、シオ。これならもしかすると、もしかするかもしれないねぇ」
「……殺るならさっさとしてよ。能力使い続けるのも結構しんどいんだからさぁ」
シオと呼ばれた少年はマリュデスを横目で見ながら、なおも右手をカイルへと向けていた。
***
「はぁ、はぁ、はぁ……」
少女が一人、村の奥へと向かっている。
誰に追われている訳でもなく、しかし息を切らせながら走っている。
(十人よ……十人の団員が居たのに……!)
ミレイの顔は青ざめていた。得体の知れない者に三人が殺された。犯人は子供だと言うがその姿を全員は知らない。その後現れた冒険者は圧倒的な力で四人を殺した。
だが彼女にはまだ希望が残っていた。
鮮血のマリュデス――【十王】に匹敵されると裏社会でも噂されている奈落の最高幹部の一人。ミレイにとっての最後の希望だった。
「確かこの辺に……」
「何がこの辺なんですか?」
唐突な声に驚き、思わず身構える。声の先には幼い少女の姿があった。種族は人間だろう。肌は薄い褐色、髪色は銀に近いアッシュグレーでサイドアップにまとめられている。つり目だが決して刺々しい雰囲気は無く、むしろ可憐に感じられる。
だが、ミレイはこの少女に得体の知れない何かを感じていた。
「えーと……きみは村の子かな?」
警戒されないように優しく声をかけながら近づく。
「はい、お父さんがこの村にいるんです。お姉さんは? 見かけない顔ですけど」
「へ~、そうなんだ。わたしはねぇ……【奈落の旅団】の団員なの。村人だったら分かってるよねぇ?」
「え……」
か細い声をあげながら後退りする少女。
少女の言葉を信じた訳では無いが、ミレイは既にこの少女に対する警戒心が薄れていた。
思わず下衆な笑みを浮かべるミレイ。
「わたしね、きみみたいな可愛い女の子が大好きなんだぁ。ねぇ、ちょっと遊ばない?」
ミレイは少女性愛であり、身体欠損性愛でもある。彼女は基本的には理性的な女性なのだが、少女に対しては理性のコントロールを失いがちである。
加えて少女の反応から、力による支配が可能だという結論に至った。もはやミレイの中で自分を抑えるという選択肢は消えていた。
「命までは取らないよ。言うことを聞いてくれるならね? ほら、そこの林の中でさ」
「で、でも……」
「わたしに恩を売っておいた方がいいなぁ。お父さんもこの村で生きやすくなるんじゃない?」
「あの……その……妹を待たせてるので……」
その言葉にミレイは目を見開き醜く口を歪ませる。彼女は本来の目的など、とうに忘れていた。
「へぇ……。なら姉妹一緒に遊ぼうよ。ね? みんな一緒ならいいでしょ? それで、妹さんは何処かなぁ。」
「……はい。その……あっちの草むらに……」
少女が指差した方向を見るが、木々が生い茂り人の姿など到底確認出来るものではない。
だが、奥から何やら人の呟くような声が聴こえる。
「なーんか声が聴こえるね。これ、妹さん?」
「あ、はい。一人遊びが大好きでお気に入りの場所がこの奥にあるんです。少し入ると……」
「知ってるよ」
ミレイは顎に手をあて少し考える。
もしもこの少女が奈落のメンバーを殺しまわっている冒険者の仲間だったとしたら?
欲望に支配されながらもミレイは冷静だった。
最も、本当の意味で冷静であれば誘いにすら乗らないのだが。
「ねぇ、手鏡持ってる?」
「あ、ありますけど……」
「借りるね」
強引に奪い取った鏡に能力を付与する。
【異次元鏡界】の発動条件は簡単だ。鏡やガラスなど、姿が映る物体に触れ能力を発動させれば良い。
「それじゃ、行こうか」
木々の間を抜けると開けた場所に出る。
草花が生え小動物が動き回っており木漏れ日が少女を照らす。
さながらそれは童話の一場面のようで、思わずミレイは見惚れてしまった。
少女が何やら口ずさんでいる。ミレイは最初歌に聴こえ、それすらもこの幻想的な光景とマッチしているよに映り情欲をそそられていた。
「……を司りし……万物の……精霊王よ……」
ミレイは違和感に気付く。姉が一切声をかけようとしないのだ。
まるで妹の邪魔をしたくないように――
唐突に今まで感じたことの無い寒気と殺気を感じた。
鳥肌が立ち足が震え瞳孔が開かれる。全身の毛穴が開かれ嫌な汗をかき、本能がこの場から早く立ち去れと告げている。
ミレイはこの感覚を知っていた。そう、これは"死"そのものだ。
ゆっくりと少女の形をした"死"が立ち上がる。
彼女に対して向けられた視線。ミレイが動く理由はそれだけで十分だった。
「……我の敵は汝の敵……今ここに滅びの光、授かれん」
「【異次元鏡界】!!」
手鏡から能力を使い鏡の世界へと逃げ込むミレイ。
しっかりと姉と自称する少女をその手で掴み上げていた。
「はぁ……はぁ……。なんなのあれ……なんなのよ!」
「え……? なにって……私の妹――」
「そんなわけないでしょ! あんな殺気放つ人間なんて、この世界に何人いると思ってるのよ!!」
ミレイは目の前の少女に怒号を発しながらも決して離そうとしない。既に情欲は無くなっていた。妹と呼ぶには何らかの関係があるのだと感じていた。いや、無関係でも構わない。人質としての価値が無くても盾として使えるなら。
「私、盾にならないよ」
「――は?」
一瞬、少女の言った事を理解出来なかった。言葉の意味は分かる。だが何故そう言ったのかが、彼女には理解出来ない。
あえて仮説を一つ立てるならば。
「初めからわたしが狙い……?」
「やっと気付いたの? 色ボケ過ぎて脳味噌腐ってるのね、可哀想なお猿さん」
持っていた手鏡が光輝く。目の前にはミレイにとっての"死"の象徴。
「何で……? わたしの世界に勝手に入って来ないでよ……」
「我が拳、悪を滅する為に有り。我が拳、正義を貫く為に有り」
ゆっくりと彼女にとっての"死"が歩いてくる。
ミレイは思わず背を向けて走り出していた。
褐色でショートカットの少女は拳を構え、なおも呟き続ける。
膨大な力の集約と共に少女の全身は黄金色に光輝いていた。
「唸れ、我が剛拳! 受けよ、我が必殺の一撃!! 【滅神閃光爆竜撃】!!!」
少女が拳を振り抜くとその先から光が放たれる。ミレイはもう一人の少女を盾にしていたが、青白い光は少女の体に触れても何の変化もなかった。
だが彼女は別だ。光に触れた瞬間、肉体が蒸発していくのが分かった。ほんの一瞬の出来事だったろう。しかし、彼女にとって肉体が滅びて行く様はまるで一生続く痛みに感じられた。
【奈落の旅団】ミレイ・ルスタールはこの世から消失した。
「……相変わらず出鱈目な威力ね、リューイ」
「ちっ、俺にこんな格好させた腹いせに7割まで出力高めてやったぜ。しっかし跡形もねーな。消し炭にすらなってねーよ」
少女の格好をした少年は鼻で笑いながら、先程までミレイが立っていた場所を蹴り上げると村へと戻っていった。
サイドアップの少女は辺りを見回す。鏡の中の世界は消え去り木々が生い茂る自然が視界に入る。
哀愁に満ちたその瞳はどこか冷たく、全てを見透かしているようであった。
「おーい、リューネー! 早く行こうぜー? ボス取られちまうよ!!」
「そんな大きな声出さなくても分かってるわよ! ったく、うるさいわね……」
「聴こえたぞこのブス! いつも一言余計なんだよ!!」
「はぁ!? それはアンタでしょうが!! はぁ……ほんっとガキの相手は疲れるわ……」
少年少女は村の奥へと進む。
その頃、【異次元鏡界】から解き放たれたキャミィは村役場の前でエッジと合流していた。




