第47話 誰もいない村
「しっかし反応無いなぁ。結構な大声で叫んでんのに誰も来えへんわ」
「確かにな……」
村は不自然な程に静かである。
六人もの死者が出ているにも関わらず村人すら姿を見せない。
「監禁されているか、別の場所に移動しているか……どちらにせよ村には居ない可能性が高いな。辺りを警戒しながら村の様子を探ろう」
三人は村の奥へと歩を進めた。傾斜の緩い坂道を上る。左右には家や酒場、冒険者を受け入れる為の事務所や宿舎などの建物が見えるが、いずれも人の気配を感じさせない。
「なんや不気味やなぁ。奈落の連中が出てきた方が気が楽やわ」
「村人が一人も居ないのは不自然だよな」
「ねぇ、あっち血の臭いがするよ」
キャミィはカイルの腕を引っ張り前を指差す。
この村で最も大きな建物である村役場。その入り口近くに黒ずくめの服を着た女性が横たわっていた。彼女の周りは血だまりになっている。
「なんやこれ……」
エッジは横たわる女性の側まで近付き顔を覗きこむ。表情は恐怖で固まってしまったのか、凄まじい形相をしている。
身体中の水分が抜けてしまったのだろうか。まるでミイラかと思う程体表が乾いており、骨がくっきりと浮かんで見える。
「裏切り者には死を。それがアタシのやり方さ」
建物から女性の声が聞こえてくる。姿を現した声の主は、男性以上に――少なくともカイルよりは――背丈の高い女性。赤く逆立ったショートカットの髪と燃えるように赤い瞳が特徴的で、どこか妖艶な雰囲気を醸している。
「……鮮血のマリュデス?」
「おや、かの有名な【刃王】サマがまさかアタシを知ってるとは光栄だねぇ。それに武踏会で優勝した冒険者……あいつらがやられるのも無理ないねぇ」
マリュデスは不用心に距離をつめる。しかし彼女からは殺気はおろか敵意すら感じさせない。本来であれば戦いが始まっていてもおかしくないのだが、彼女のその態度がカイルたちを見の姿勢を取らせていた。
「おやぁ? 世界に名高い【能力者】が二人揃って棒立ちとはね。それでも男かい?」
「面白い女だ。その雰囲気、佇まいだけで場を支配している」
カイルは嬉しそうに笑みを浮かべていた。それが虚勢では無いことをマリュデスは感じ取る。同時に彼の底知れない圧力に冷や汗をかいていた。
(さて、どうするかねぇ……)
彼女はまともに戦う気は無く、時間稼ぎの為に口を開いた。
「アンタたち、ギルドの依頼を受けて来たんだろ? この女はギルドにアタシたちを売った奴の一人さ」
「なんや他に仲間でもおったんか?」
マリュデスは不敵な笑みを浮かべる。一度話に乗ってきたならオチるまでエッジは話を続けると、彼女は読んでいた。
カイルに関しては、相手に何か手があるならそれを全て引き出させる傾向があると分析している。
「あぁ、【テリタ村】と【ハムサ村】にねぇ。あっちに行った部隊にも最低一人は裏切り者がいるはずさ。こっちは少し手違いがあって、それを冒険者と勘違いしたんだろうね。侵入者にやられちまってさぁ」
「……侵入者?」
「そういや入り口に三人の死体あったな。あれやったんはそいつか?」
「きっとそうだね。そいつらは……」
突然、マリュデスは会話を止める。彼女の視線はカイルたちの更に後方へと向けられていた。
「……あん? なんや後ろにあるんか?」
エッジが釣られて後ろを振り向くがそこには何もない。
「なんもあらへんやんけ……あ? あいつ、どこ行きよった?」
マリュデスの姿は忽然と消えており、女性の死体だけが残されていた。
「にいさん、あいつどこ行きました?」
「俺も釣られて後ろみてたから……」
「えへへ、あたしも!」
「アホばっかかい! いや、オレもやけど……くっそ、こんなしょーもない手に引っ掛かってもうた……」
「役場の中か、村の奥か……どちらにせよ奴を逃す訳にはいかない。俺は一人で奥に進むから二人は役場の中を調べてほしい」
「でもカイル一人で……」
キャミィが言いかけた後、少し考える素振りをする。
「大丈夫っぽいからいっか」
「いやまぁ、そらそうやけども! ……無理せんといてくださいよ。オレらもすぐ追いかけるんで」
「そっちもやられないようにな」
「それ【十王】に向かって言う言葉ちゃいますよ? 任せとき!」
拳を軽く合わせるとエッジとキャミィは役場の中へと入る。
カイルはそれを見届けると村の奥に向かった。
「村役場の癖に結構な広さやなぁ」
「でも人の気配は無いねー」
二人は辺りを警戒しながらも、どんどん奥へ進んでいった。
「キャミィちゃんは能力使わへんの? 獣人化だけでかなり強力やろけど」
「あたし基本一日一回しか能力使えないから節約してるの!」
「基本っちゅーことは、使えるんやろ?」
「うん! 父さまに使うなって言われてるから使わないけどねー。使いすぎると戻ってこれなくなるんだって」
「デメリット付きなんか、そら難儀やな……しっかし誰もおらへんなぁ」
人の気配が一切しない建物内をくまなく見てまわる。
いくら大きい建物といっても所詮は村役場。ほぼ全ての部屋を確認するのにそれほど時間はかからなかった。
「さ、ここで最後や」
二人は扉を開け、村長の部屋に入る。
建物内に人の気配は無い。獣人の一族であるキャミィの鋭い感覚でさえ察知出来ないとなれば本当に誰もいないのか、気配を感じさせないほど消せる技術を持った者がいるか、である。
「はい、誰もおらへんな。……ここ村長さんの部屋かいな。しっかしほんまゴーストタウンのようやなぁ。村やからタウンちゃうけど」
気が抜けたのか、エッジは冗談を言いながら部屋の中へと入っていく。
その時、一陣の風が駆け抜ける。
「うわっ、なんや!?」
一瞬の出来事であったが、あまりに不自然な風を浴びせられ、エッジは警戒を強め一歩後ろに下がる。
何かにぶつかる感触。背中から感じる熱から、それは人形の生命体のように思える。
キャミィだろうか――彼は頭の中で思った。しかし、自分の後頭部にも何者かに触れている感触がある。それは厚みのある背中のような感覚だった。普通に考えればそれはキャミィでは無い。
エッジの身長は百七十五センチあり、人間族では標準的な背丈である。しかし、背後に確かに存在する何者かは、彼を遥かに超えているであろう背丈だと推測できる。仲間にその背丈の者はいない。つまり――
「【選ばれし英雄】!」
キャミィの声が聞こえたと同時に眩い光が辺りを包む。目眩ましにもなると考え、エッジはその瞬間に部屋の中へと転がりこんだ。巨大な人影は光を遮るように左手を顔の前に出して身を屈めている。
敵かどうかは不明だが、少女が能力を使った事を考えればあの人影から驚異を感じ取ったと言えるだろう、と彼は解釈した。
「悪いがオレは人として歪んどるさかい、文句は後で聞いたるわ!」
しゃがみこんだまま手を床につける。人影の下から刃が五本飛び出してくると、咄嗟にそれを躱すように跳び跳ねる。しかし彼の能力の前では、その行為は意味を成さない。
「アホか、避けても意味ないんじゃボケ!」
床から襲いかかってきていた刃はいつの間にか消え、天井から四本の刃が人影に襲いかかる。人影の肩と背中を掠めて刃は落ち、そして消えた。
負傷したその人影は慌てて役場の中へと逃げていく。
「キャミィちゃんは……おらへんな。あいつ追ったんか……」
辺りを警戒しながら床に落ちた血痕を辿る。
そこら中に付いた血。まるで激しい戦闘をしたかのような血痕は、外へと続いていた。
エッジは慌てて建物の外に出るが、人影もキャミィの姿も確認出来ない。
「どういうこっちゃ?」
その場で立ち尽くしていると、突如地面に血が撒かれる。
だが音もなければ臭いも気配も無い。少なくとも、エッジには全く感じられない。
「まさかキャミィちゃん、一人で戦ってるんか?」
彼の【変幻自在の操刃】は対象を認識しなければ発動出来ない。
【刃王】と呼ばれ恐れられた男が、今この場で何も出来ないでいるその事実に、悔しそうに唇を噛みながら自分の不甲斐なさに憤っていた。




