第45話 支配する者、される者
「な、なんだね君はっ!」
村長であるこの初老の男――デニスは突然現れた赤髪の女性に困惑していた。制止しようとした秘書は彼女に触れられて気を失ったのか、その場に崩れ落ちる。
「【奈落の旅団】という名前は知ってるかい?」
「あ、あぁ……裏社会では知らない者はいないという盗賊団だろう? それが……」
「アタシはその幹部さ。喜びな、今からこの村は【奈落の旅団】の物になるのさ」
「何をいっているのか分かっているのか? この村はただの村じゃない。冒険者も多数在中しているし村人たちも屈強な男揃いだ。それにここには……」
曲者が目の前にいるにも関わらずデニスの表情には焦りは無く、ただただ困惑しているだけのようだ。
「勿論、分かっているさ。【ランペイジ王国】秘蔵の武器工場があるんだろ? アタシらの本当の狙いはそれさ。勿論、隠し金山も、ねぇ」
その言葉を聞いたデニスは表情から一切の余裕が無くなり、額からは冷たい汗が吹き出ている。立っている事が困難になり、思わず椅子へと座り込んだ。
「な、何故その事を……? 君は一体……」
「だぁかぁらぁ。言ったろ? 【奈落の旅団】なんだよ! まぁ安心しな。アンタら村人はなるべく殺さないようにしてやるよ」
「王国に楯突くいうのか……!? そんな事をしたら君たちは……!」
デニスが少し声を荒げた所に黒ずくめの集団が入ってくる。
その数九人。全員がフードを被っており不気味な雰囲気を醸し出している。
「マリュデスさん、終わりました」
「村人の死者数は?」
「今のところゼロです。何人かは傷を負っていますが」
「よし、良くやったよ。あ、そうそう。こちら村長のデニスさんだ。これから沢山お世話になるからね、覚えておくんだよ」
【テリタ村】の支配権が【ランペイジ王国】から【奈落の旅団】に変わった日だった。
翌日、村長がギルドに冒険者への仕事の依頼を全て取り消し、動ける村人全員が金山、鉱山、武器工場へと駆り出された。
***
同時期――【テリタ村】から馬で六時間程の距離に【ハムサ村】がある。そこは農業こそ盛んだが、他は至って普通の村だ。
但し表向きは、である。
ここでは違法薬物の製造が行われていた。それも【ランペイジ王国】からの依頼である。
中毒性のあるものから毒性の強いものまで、幅広く作られている。目的は様々だが、破壊工作と暗殺が主である。
この事は他国には勿論のこと、王国内でも知るものは極僅かだ。
そんな【ハムサ村】には来訪者など基本現れる事はない。
だが、この日は珍しく十人の来訪者が訪れていた。
「ここがそうか……場所さえ見つけてしまえば後は簡単だな」
この集団の戦闘に立つのはパーマがかかった金髪の男性。体格も良いが、何よりも彼から放たれる威圧感は並みの人間では萎縮し言葉も出ない程だろう。
「村人以外は殺せ」
黒ずくめの集団はこくり、と頷くとその場から散った。
残された金髪の男はゆっくりと、村の中で一番大きな家を目指して歩いていった。
「おや、旅の方ですかな? このような何もない村に良くおいでなさった」
その家には老人が一人、まるで彼を舞っていたかのように椅子に座っていた。
「ふん、白々しい。お前が指導者か。既にこの村は制圧した。安心しろ、村人の命は取らん」
「えぇ、えぇ。分かっておりますとも。それで今後はどのようにすれば宜しいので?」
銀髪の男は老人の態度に違和感を覚えた。と、同時にどこかで見たような感覚に襲われる。
(支配される事に慣れきっている様子……まるで奴隷だな)
「お前たちはいつも通り仕事をしてもらおう。やり方は分かるな?」
「えぇ、それはもう」
「これからは【奈落の旅団】の為に尽くしてもらおう。なに、悪いようにはせん」
老人は笑みを絶やさず、ただ頷いた。金髪の男は不気味に思いながらも外に出る。
「ライオネル、制圧完了だ。村人たちは抵抗一つせず協力的だったぞ」
「……そうか」
金髪の男――ライオネルは子供の頃を思い出していた。人間の貴族に買われ鞭を打たれいた時の事を。その時の飼い主が最も信頼を寄せていた奴隷の事を。その奴隷に殺された飼い主の事を。
「ギャズリー、他の連中に伝えておけ。決して村人たちに気を許すな、と」
「分かった。だが大丈夫じゃないか? 見たところ男も少ないし、こんな村に大した【能力者】がいるわけが……」
「油断してやられるような間抜けにはなるなよ」
「あ、あぁ……」
彼の鋭い眼光に思わず後退りしてしまうギャズリー。
ライオネル自身も要らぬ心配だとは思っている。しかし、どこか本能が告げている。このままでは終わらない、と。
「鬼が出るか蛇が出るか……ふっ、いずれも奈落が呑み込んでくれるわ」
この日、【ハムサ村】が【奈落の旅団】の手に落ちた。
***
ここは【テリタ村】に続く道。木々に覆われた、まるで森のような場所である。観光客も稀に訪れるほど自然豊かなこの道は、今や人っ子一人いない。
そんな場所に二つの人影が【テリタ村】へと向かっている。
年は二人とも十四歳の少年少女。褐色の肌をした双子である。
「ちょっと、ホントに方角あってんの?」
サイドアップの少女が少し苛立った様子で少年に問いかける。
「うるせーなー、ちょっと黙ってろよ」
少し長めの髪の少年は、少女の方を向こうともせず地図に向かい合っている。その態度に更に苛立ちが増したのか、少女は少し詰め寄りながら声を荒げる。
「リュウイ! あんた姉に向かってなんて口の聞き方してんのよ!」
「はぁ!? テメーなんか姉だと思った事なんてねーよ! てか俺の方が兄貴だろ!」
「あんたみたいなガキ、兄だなんて感じた瞬間なんて一度もないわよ!」
「こっちの台詞だこのドブス!」
「わたしがブスならあんたもブサイクでしょうが!」
「俺とは違ってテメーは性格の悪さが滲み出てんだよ!」
不毛な言い争いは辺り一帯に響き渡る。
かれらは【テリタ村】の近くまで確かに来ていた。故に大声を出そうものなら当然、耳の良い誰かに聞かれるだろうことも、冷静であったなら気付いたはずだった。
だが、かれらはその幼さ故に第三者の接近を許してしまう。
「何やら賑やかだね。君たちどこから来たのかな?」
黒ずくめの服装をした男性がかれらに近付く。
二人は少し距離を取ると、じっ、とその男性を睨んだまま黙り混む。
「あぁ、心配しないで。僕は【テリタ村】の住人さ。君たちは……【テリタ村】を目指していたのかな?」
二人は顔を見合わせた後、恐る恐る男性を見つめた。
「大丈夫、村はすぐそこだよ。ほら、こっちの方向さ。木の間から見えるだろ?」
男性はリュウイを手招きして呼ぶ。少年は少し近付いて覗くも、身長が足りなくて見えない。
「ほら、見えるかい?」
「おぉ! たっけー!! 見えるよにいちゃん!!」
「ははは、良かった。僕の名前はトクサ、宜しくね」
トグサはぐいっと少年を持ち上げていた。それにはしゃぐリュウイの様子を羨ましそうに少女は見ている。
「リューネ、お前もやってもらえよ!」
「え? わ、わたしはいいわよ」
「んだよ、恥ずかしがってんのか? 女みてーな事言うなよな!」
「こら、女の子になんて事言うんだ。君は男なんだから彼女の事を気遣ってあげなきゃ」
「う……」
「あ、いいんです、いつもの事なので……その、ありがとうございます……」
顔を真っ赤にして照れながらお礼を言うリューネは、いつもの姉の姿ではなく少し面白くないと感じるリュウイだった。
「ほら、こっちだよ」
かれらは村へと歩みを進める。決して険しくない道だが、一歩間違えれば迷ってしまいそうな程木々が生い茂っている。
「そういえば君たちは何しにこの村まで来たんだい?」
「父ちゃんが鉱山で働いてるんだけどさ。ほんとは一昨日帰ってくるはずだったんだけど帰ってこねーんだ」
「私たち、母が居ないので……何の便りも無いものですから心配になって様子を見に来たんです」
「そっか……」
トクサはかれらに気付かれないよう、一瞬だけ顔を歪める。
「今ちょっと鉱山の方が立て込んでてね。新しいルートが開拓されたんだけど人手不足でさ。きっと忙しくてつい忘れちゃっただけだと思うよ! 君たちが迎えに来てくれたらお父さんも喜ぶさ」
「そっか! そうだよなー。しかしダメ親父だなぁ。俺たちがしっかりしなきゃ!」
「もう、口ばっかり。でもそうね、私たちも父さんを支えないとね」
双子の姉弟はいつの間にか手を繋いで同じ歩調で村に向かって歩いていた。
それを少し後ろから複雑な表情で見つめるトクサ。彼は自分に出来る事を考えていた。彼が必死に考えた結果、それは一つしか思い浮かばなかった。
「ここが【テリタ村】だよ。今門を開けてもらうからね」
「おー、なんか思ってたよりでっけー村だなぁ」
「ホントね。まるで要塞みたいだわ」
「はは、そんな大したもんじゃないさ。さ、門が開いたよ。中に入ろう」
門が開くと、そこには黒ずくめの男が二人待ち構えていた。
「大丈夫、君たちはちゃんとお父さんの元へ送り届けてあげるからね」
鈍い音を立てながら重厚な扉がゆっくりと閉まる。
トクサは満面の笑みを幼い姉弟に向けていた。
「奈落へようこそ」
彼が呟いた言葉は、扉の閉まる音にかき消されていた。




