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第44話 奈落へと墜ちた日

「レフィア……もう、大丈夫なのか……?」


 カイルの表情を見て満足げな笑みを浮かべる彼女。

 しかしその笑顔はすぐに曇る。


「うーん、それが大丈夫じゃないのよね。私もう力を抑えられないかもしれない。だからね……」


 サヨナラ――


 声は聞こえなかったが、口元がそう動いていたようにカイルは感じた。ふっ、とレフィアの体から力が抜けその場に倒れそうになるのをカイルが支える。


「いつまで抱きしめておるつもりじゃ?」


 目を開けたレフィアは添えてられている手を払いのけると、カイルと少し距離を取る。


「あいつ、力を抑えられないって言ってた……一体何がどうなってるんだ?」


「……【混血種(ハーフブリード)】の呪いを知っておるか?」


「いや……」


 カイルは僅かに首を横に振る。

 レフィアはふぅ、と少し長いため息を吐くと部屋に戻ろうとドアノブに手をかける。


「この事は他言無用じゃ。時が来たら必ず話す」

「俺には今話さないのか?」

「……奈落との問題が終わってから、ではいかんか?」


 目の前にいるレフィアは、彼女ではない。気位が高くどこか達観した様子で、しかし今の時代と感覚がズレている、彼女の内に存在するもう一人のレフィアだ。

 そのレフィアが弱々しく、その見た目相応に可愛らしく思える程堪えているようにカイルは感じた。


「……そうだな。話したくなったらでいい。だけど、あいつらには心配かけさせるなよ」

「ふん、分かっておるわ」




 ***




【テリタ村】は人口こそ少ないが、広大な土地と鉱山を有しており産業が非常に活発な村である。

 村民の男たちは過酷な労働のせいか屈強な肉体をしており、並みの兵士や冒険者よりも強いと話のネタになるくらいである。

 また出稼ぎに来る冒険者も少なくなく、世界一安全な村と言われる程度に治安は良い。

 それこそ町を名乗れるくらい栄えているのだが、国からの要望もあり村としている。

 ここは【ランペイジ王国】の秘密の武器製造所にもなっていた。


「お、お待ちしておりました……マリュデス様」


【テリタ村】の中心には大きな村役場がある。

 そこに村長に向かい合ってショートカットで真っ赤な髪をした身長百八十センチはあるだろう女性、そしてその脇にフードを被った黒ずくめの男性が二人立っていた。


「あぁ村長。いつ来ても準備がいいねぇ。あんたらの仕事っぷりには惚れ惚れするよ。なぁ、お前らもそう思うだろ?」


 応接間にある大きなテーブルの上には、眩いばかりの黄金が積まれていた。ここ【テリタ村】には鉱山とは別に隠し金山が存在している。それは【ランペイジ王国】ですら知らない、村民だけの秘密の場所であった。

 マリュデスと呼ばれた大柄な女性は、顔を動かす事なく黒ずくめの男たちに声をかける。


「……あぁ」

「ひっ、ひっ、ひっ」


 村長が生唾を飲む。彼は黒ずくめの男たちの喋る声をまともに聞いたことがない。それだけに不気味に思える。コミュニケーションが取れる彼女がまともに感じられる程だ。しかし彼女も決してまともではないことは、村長自身が知っている事だった。



 彼らが村にやって来たのは一ヶ月前の事――

 初めは冒険者の団体だと村人は思っていた。


「やぁおじさん、ここが噂の【テリタ村】でいいのかい?」

「はっはっは、どんな噂かは知らんがそうだよ。随分と人数が多いな、出稼ぎに来たのかい?」


 村に入ってすぐの所で村人と女性が会話をしている。

 彼女の容姿はとても目立つ。赤い短髪の髪は逆立っており、燃えるように美しい赤い瞳。右耳にはルビーのピアスをしていて女性にしては身長が高い。

 彼女の周りには黒ずくめの服装をした九人の冒険者らしき人々。半数以上がフードを深く被っているのでハッキリとは分からないが、体格から殆どは男だろう、と彼は判断していた。

 一見怪しげな集団に見えるのだが、彼にとって出稼ぎに来た冒険者への対応は日常茶飯事だ。


「まぁそんなとこさ。おじさんは村の人かい?」

「あぁ、そうだよ。村人は分かりやすいように皆左腕にこの腕章を付けているんだ」

「へぇ……」


 女性は少し目を細めて黄色い腕章を見ていた。


「ふぅ、今日も大量に採れたな」

「あぁ。ここで暮らすのも悪くないなぁ」

「はは、冒険者辞めるか?」


 鉱山から戻ってきたと思われる冒険者二人がかれらのいる方向に歩いてくる。一人は沢山の鉱石を乗せた運搬用の手押し車を押しながら、もう一人はピッケルやハンマー、工具などを抱えていた。


「あれ、あそこ……」

「ロバートさんと……新入りか? ちょっと挨拶してくるか」

「あの女、どこかで……」


 二人の冒険者はそのまま近付く。

 ロバートは彼らにすぐ気が付き、女性への説明を続けていた。


「ほら、今こっちに向かってる連中も冒険者なんだよ。ここでの生活も長いから彼らにも話を聞くといい」


 そう言って冒険者に手を振るロバート。


「あぁ、ありがとうおじさん」


 女性は右手を差し出した。

 力のいる仕事が多い村だ。女性の数もそう多くはない。また、彼女は身長こそ男性以上だが、体格は非常に女性らしい。

 ロバートは少し顔を赤らめ、照れながら握手に応じた。


「へへ、まぁこれから宜しく頼むよ」


 二人の冒険者はロバート以外の人たちの顔がハッキリ分かるほどの距離まで近付いていた。


「お、あの赤髪、女だったのか! へぇ、デカイけど結構綺麗だな」

「まさか、あの赤い瞳とあのピアスは…………」

「おい、ユーラ、どうした? おい!」


 ユーラは抱えていた物を全て放り投げると、ロバートに向かって走り出していた。


「ロバート! そいつらから直ぐに離れろっ!! そいつらは……」


「【奈落の旅団】だっ!!!」


 時既に遅く、ロバートはその場に倒れ混んだ。外傷の類いは一切ない。彼女が何をしたのか、彼らには全く分からなかった。

 赤い髪の女性はにぃ、と笑みを浮かべる


「アタシの事を知ってる奴がいるとはねぇ……」

「どうすんスか?」

「はっ! やるこたぁ決まってるだろ? 殺せっ!」


 女性の言葉に反応する黒ずくめの男二人が、ユーラに向かって走り出す。


「ラウ! お前は皆に知らせてくるんだ!」

「でも……それじゃお前が……」

「二人じゃどのみち何も出来ないだろうがっ! はやぐぅぇっ……」


 ぶちゅん、と、ユーラの首の肉が次々と削げ落ちる。顎と胴体からは血が吹き出し、首は骨だけになった。

 痛みと苦しみからか、彼の目は極限までに見開かれ、舌は口の中からつき出されている。

 彼の周りには誰もいない。少し離れた所で男が右手を前に出した拳を縦にし、握る素振りを何度かしていただけだった。


「ひっ……」


 変わり果てたユーラの姿を見ていた男は手押し車をひっくり返して慌てて逃げ出した。


「たっ、助けてくれ!! な、らぐぁ…………」


 黒い影が男の脇を通り過ぎたと思うと、彼の下顎より上が綺麗に切断され、胴体はそのまま倒れ混む。

 水の入ったコップが倒れたかのように、下顎から血が地面に溢れ出していた。

 黒い影の男はフードを取る。黄色い体毛と鋭い牙。太い指から生えるのは刃のような爪。彼は獣人だった。


「派手にやったな、ラッシュ。死体は運んでこいよ」

「年上には敬語を使うものだ、シオ」


 シオと呼ばれた男はまだ年端もいかない少年である。

 彼はラッシュの苦言を無視し両手を頭の後ろで組んで女性の元へ歩いていった。


「さて、ここからはスリーマンセルで動くよ。【能力者(ホルダー)】がいないとも限らない。無理せず、皆殺しだ。但し村人は殺すんじゃないよ! 一人でも殺したら……分かってるね?」


 赤髪の女性は黒ずくめの集団に殺気をぶつける。


「よし、行きなっ!」


 パンッ、と手を叩くと、彼らは一瞬でその場から散っていった。


「さて、アタシは村長さんに挨拶しに行こうかね」


 彼女一軒一軒見てまわった。大体の村人は鉱山にいるか、家で夫や家族の帰りを待っているかであった。

 かれらを殺す事なく意識を失わせながら、やがて大きな建物に辿り着く。


「あぁ……ここっぽいねぇ」


 彼女が村役場に辿り着く頃には、村中に冒険者や兵士の死体が転がっていた。

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