第43話 奈落の旅団
「その【奈落の旅団】ってのはヤバイのか?」
カイルの何気ない一言に対し表だった反応はない。だがその表情を見ればどれ程の驚異かは察することが出来る。
【奈落の旅団】は人身売買にも手を出している。この世界における人種比率は人間族が圧倒的に多い。
となれば、悪趣味な人間にとって亜人族は商品価値がある。最もそれは逆も言える事なのだが。
偶然にもカイルの周りには希少種の亜人族が集まっていた。
「儂が現役の頃からその名は聞いておる。子供の頃はよく言われておったわ。良い子にしないと奈落に拐われるぞ、とな」
「わたくしもです。特にハイエルフはそういった対象になりやすいですから」
魔人族にハイエルフ、どちらも普通では見ることも出来ない種族であり、それ故に奴隷商人からすれば宝にも等しいのだろう。
当然、獣人族も被害にあっているだろうがキャミィは黙りこんだままだ。しかし、彼女の瞳には殺気が宿っているようにカイルは感じた。
「だけど俺たちなら余裕だろ?」
そんなキャミィを気遣ってか、カイルは少し明るく言葉を投げ掛ける。
「そない甘く考えとったら、いくらにいさんでも殺られるで」
以外にも真剣な表情で会話に入ってきたのはエッジだった。いつも飄々とした様子の彼からは想像が出来ない殆どである。
「あいつらの恐ろしい所は個で考えてへんとこや。全員が全員とも奈落っちゅー考えで動いとる。仮に敵対すんなら根絶やしにせんと、休む暇もないくらい襲われまっせ」
「詳しいな」
「あぁ、オレ昔は奈落のメンバーやったんや。とは言っても――」
突如、座っていたエッジの体が宙に浮き、激しく壁に打ち付けられる。
「キャミィ!?」
彼の首を絞め押さえ付ける少女の手は人のものではなかった。指や腕は太く、体毛が生え、爪は硬く鋭い。瞳孔は縦長になり目は血走っており、歯は牙のように尖っている。半獣人化したキャミィから、声にならないうなり声が半開きになった口から漏れていた。
「キャミィ……手を離せ」
彼女をなだめるように背中に手を添えながら二人の間に入り、もう片方の手でキャミィの腕を掴む。ふっ、と首を絞めていた手の力が弱まると、エッジは直ぐ様その手を払い除けた。
「ゲホッ! ゲホッ! ……何さらすんや、この――」
「エッジ、頼む……」
ちっ、と舌打ちをし再び椅子に座る。彼の表情は険しく、キャミィを睨み付けていた。少女はまだ息が荒れていたが、その表情は怒りと悲しみ、そして戸惑いが入り交じったようであった。
「なんやねん、奈落に友達でも殺されたんか!? 言うとくけどオレは関係あらへんで。あいつらぶっ潰そ思うて入ったんやからな!」
「へぇ、その話詳しく」
ルシールが会話に入ってくるというだけで嫌な予感がするエッジは少したじろぎながらも続ける。
「あ、いや……なんやあいつら、【十王】上等みたいな態度やったらしくて、格の違い見せつけたろ思うてな? ただ普通に探しても働きアリみたいな兵隊しか見つからんから、奈落のメンバーになって幹部連中殺ったろかなと思うたんや」
「で、成功したの?」
「なんやねんその顔! 幹部の二、三人は殺ったで!? ただ相手の人数が多過ぎて探すの面倒になってそれから……」
「追われ続けて逃げている、と」
「ぐぐ……だってしゃあないやん……いくら殺っても怯まんと数で襲ってくるんやで!? 恐怖を感じん兵隊なんか相手したないしそんなん――」
一向に表情の変わらないルシールだが、明らかにからかったような聞き方をしている。それをエッジも分かっているのだが、事実はねじ曲げられないのか根が素直なのか、正直に喋っては一人でぶつぶつ言いながら悔しがっていた。
「あの……エッジさん……ごめんなさい」
エッジの前に来たキャミィの顔は今にも泣き出しそうで、まるで曇天のように暗い。
落ち着きを取り戻したキャミィはいつもの少女の姿に戻っていた。
「あ、いや、別に……オレもその……言い過ぎてもうて悪かったわ。あー……ほら、オレあいつらの仲間やないし、どっちか言うたら敵やからな! だからその……オレも力になったるから……あの……元気だし? あ、ちゃうわ、そうやなくて……」
面と向かって素直に謝られたからか、彼は気恥ずかしそうに鼻の頭を掻きながら、しどろもどろに言葉を進める。
その様子が可笑しく思えたのか、キャミィの口元には笑みがこぼれた。
「うん、エッジさん、ありがとう!」
「へ? お、おう……」
「今のはマイナスからのプラスよ。やったわね」
「なんの話や……」
「カイル様、良かったですわね」
「ん? あぁ……」
「しかし、奈落め。手広くやっとるようじゃの」
「……許せない」
皆が怒りに震える中、カイルはやけに冷静だった。心ここにあらず、といった様子でまるで関心が無いような、そんなカイルの返事にシーラは戸惑う。
「いや、良くはないな……」
「カイル様……?」
カイルは目を細める。その瞳にはうっすらと冷たい殺気が宿っていた。
その目付きをシーラは以前にも見ていた。それは両手両足が枷鏁で繋がれ、未来に絶望していた頃の、ほんの少し前の記憶。
彼がその枷鏁を破壊し彼女たちを呪縛から解き放つ、その一瞬。
鉄で出来た鎖を見詰める彼の目付きが、まさにそれと同じだった。
「シーラ、レフィア、アイリス。奈落を潰すぞ……完膚なくな」
「……当然」
「ふん、奴等の戦力が分からんのに……しかし、よくぞ言った」
あぁ、やはり彼は――
シーラは少しでも彼を疑った事を恥じ、同時に再認識した。
彼こそが私の主にして導き手なのだ、と。
彼女の内にある危うい依存心は、より一層カイルという異質な光へと誘われていった。
「ルシール」
「言いたい事は分かっているわ。まぁ奈落を潰せれば【十王】なんか目じゃない程の影響力を得られるわね」
「奈落を潰す!? にいさん、それほんまでっか? いや、いくら何でもそら無茶ですわ」
「あんたさっきこの子の力になるとか言ってなかった?」
キャミィの頭をぽんぽんと叩くルシール。
「言うたけども……にいさんの潰すは、壊滅って意味やろうし……」
「なにもこちらから攻める必要は無いだろ?」
「……村と依頼」
アイリスが皆に見せるように依頼書を広げて持つ。
「……支配された村、解放して、釣る」
「……あんなぁ、解放した後の村は誰が面倒見んねん。あいつらの報復は絶対やで? オレら離れた後見計らって酷い目あうのは村の連中や」
「大丈夫だろ。村は二つ、【十王】は二人。丁度いいじゃないか」
「……はぁ、なんでオレが一人で村を――」
「話は聞かせてもらった!」
ガバッ! と勢いよく跳び跳ねるように起き上がり、【拳王】ティアリエは仁王立ちをした。
「奈落……悪の組織だと聞いている。私は遭遇したことは無いがそのような連中を見過ごす訳にはいかない! カイル、互いに遺恨は残ろうが今は共通の敵を討とうではないかっ!!」
熱弁が終わると、ティアリエはカイルに向かって右手を差し出す。
「あ、あぁ……」
カイルは少したじろぎながら返事をし、その右手に応えた。
「……話終わった? ほんなら作戦会議しよか」
「おい、なんで貴様が指示を出している? 奴等と同じ穴のムジナの貴様がここにいることも気に入らない」
「えらいハッキリ言うやんけ。まぁ、そこも含めてガキなんやろなぁ。大人には複雑な事情っちゅーもんがあんのや。察せ」
「私は成人しているぞ。子供扱いするのなら相手を選ぶんだな」
「ぶっ、言うたかてたかが十六やろ? んなもんガキやガキ。この世界で成人した言うて、それの何が偉いんや?」
「それもそうだが、年だけ無駄に食った大人は何が偉い? 中身が成長していなければ、それは子供に等しいだろう? 見た目だけが大人というのも滑稽な話だ!」
「このガキ……」
「あなたたちいい加減にしなさい。論点がずれているわ。年齢の話ではなく、エッジがこの場にいる事が焦点だったはずよ。さぁ、話を戻して続けなさい」
割って入る女神の言葉もどこかずれているように感じたのか、二人は顔を見合わせて静かに席についた。
「まぁなんや、仲良うやろや……」
「ここで争っても何の意味もないしな……」
「見た? これが女神の威光よ」
カイルたちに向かって自慢げに言い放つルシール。表情こそ変わらないが、明らかにドヤっているのが分かる。
「おー、ルシール凄いね!」
「……流石、女神」
純粋な心を持った少女たちは素直に誉め称え、その心を失った大人たちは互いに顔を見合わせては苦笑するしかなかった。
「カイル様、わたくしも作戦会議とやらに参加してきます」
「あぁ、俺も――」
「カイル、少し話があるんじゃが……」
レフィアが真剣な表情でカイルを呼び止める。しかし声のトーンは暗く覇気がない。
「……わたくしは先に行ってますね」
気を利かせてか、シーラはその場から離れていった。
「すまん、外で……」
二人は静かに部屋の外へと出る。
カイルと目を合わせようとしないレフィア。あまりに不自然な挙動を不思議に感じていたが、
「もう、ええかの……」
そう呟きレフィアは目を瞑った。
一瞬ではあったが黒い光が彼女を包み込む。
目を開けたレフィアの雰囲気はどことなく今までとは異なり、しかしカイルは彼女を確かに知っていた。
「レフィア……?」
「あはは……えっと……久し振り?」




