第40話 女神のスカウト
「……まだ何か用かいな?」
宛もなく道なりに歩くこの青年、【刃王】エッジ・クラフトの目の前には突如現れた女性、女神ルシールが道を阻むように立っている。
変化のない表現からは、何を考えているか読み取ることは難しい。
「もうオレの役目は終わったやろ? カイルのにいさんは無事最適化も終わって、Sランクにもなって残りの【十王】を倒していく。良かったな、筋書き通りやん」
不貞腐れるように自嘲する。
それでもルシールは表情を変えない。
エッジは通常転生でこの世界に誕生した。しかし当時の管理者が最適化をしていなかった為に前世の意識が強く、この世界に馴染めない内に能力が目覚めた。
強力な事象操作能力は周囲を圧倒し両親からも恐れられたが、それは以前も同じだったので気にもとめなかった。
ただ、能力を使う度に自分が自分でなくなる感覚に陥っていく恐怖に毎晩うなされており、目が覚めると自分が自分であることを確認していた。
ある日、崩壊しかける自我の中で一人の女性と出会った。
【狂った刃】と恐怖され周囲に殺意を振り撒く少年は十年前、女神に救われた。
それ故、彼は彼女の求める事には全て従う。それがどんな理不尽な事であっても、彼の心の拠り所は女神しか居ないのだ。
「世界を殺すには貴方の力が必要よ」
「……ま、ええよ。ただオレはあいつらとは別でやるで」
「いいわよ。ただ、近況報告はしなさい。それから居場所を知りたい人がいるから連絡先を教えて欲しいの」
「あ? オレが知ってるのは【十王】くらいしか……」
そこまで言いかけハッとする。
「まだ奴らと事を構えとうない。呼び出すんは無しや」
「別に敵対するつもりはないわ。むしろ逆ね。それに呼び出さなくても結構よ。フォンで連絡先が分かれば辿れるから」
「逆て…………んで、お目当ては誰や?」
「【拳王】よ」
***
一人の少女が人気の無い岩盤地帯にぽつりと立っている。
通称ロックフィールド。かつて採掘で賑わっていたここは資源が取り尽くされ、今は人気が無く魔物の巣窟となっている。
「くそおおぉぉぉ!!」
少女の目の前には巨大な岩石。それを思い切り殴りつけると、岩石は砕け飛散する。欠片が少女に降り注ぐが、それらを拳で払いのける。触れる側から粉々になっていき、気付けば少女の前にあった岩石は砂と化していた。
「……こんなことをしてもあいつに勝てる訳がない。だけど……どうしたらいい? あんな……」
あんな化物相手に、と言いかけて止める。
今までは自身に投げ掛けられていた言葉だ。畏怖の念を込められたその言葉を内心嬉しくも思っていた。
それを投げ掛ける側になるなど、彼女の自尊心が決して許さない。
気付けば、握られた拳から血が滴り落ちる。
「どうすればいいの……お父さん……」
「私が道を示してあげるわ。【拳王】ティアリエ・ゴッドバルツ」
ティアリエと呼ばれた少女が声の主を探す。
女の子は、少女の背後から聞こえていた。
「貴様、何者だ!?」
「ふ、いじらしいわね、その口調」
「……何者だ、と聞いている!」
「私は女神ルシール」
女神ルシール――ティアリエはその名に聞き覚えがあった。
(確か……昔お父さんに聞かせてもらったおとぎ話に出てきたような……)
まだ少女に父親がいた頃の話。彼はよく娘に作り話をしていた。少女は父親の話が大好きでいつも寝る前にせがんでいた。
これはその中の一つ――
この世界とは異なる世界。そこから魂を呼び出された男が一人居たそうだ。彼は赤ん坊に転生し新たな人生を歩んでいた。
転生者には強大な力が宿る、とは言われていたが、彼が転生した際に授かった力は強大過ぎた。
能力名は【破壊】。対象に制限は無く、破壊したいと思いながら触れれば全てが破壊される。
少年の頃に発現した強大な能力は、彼の人生を狂わせるには十分過ぎるほどだった。少年が世界に絶望した時、彼の前に女神が現れ心を救う。
その物語に出てくる女神の名は、ルシール・リヴァイエル。
父親がやけに嬉しそうに話をするのが印象的で、それが彼女も嬉しく感じていた。
だがこのおとぎ話を知るものはいないはずだ。そう、この世界には――
「その話に出てくるのは私では無いわよ。ただ、同じ存在だけどね」
「……何を言っている?」
心を読めるのか――――そう言いかけてやめる。この手のタイプはそれらしい事を言って心を操ろうとしてくるだろう。と、ティアリエは経験上考え発言を控えた……のだが、
「まぁその話は後々してあげる。今はあなたの力を借りたいの」
「断るっ!」
「あら、どうして?」
「突然現れた怪しげな女に力を貸すのは無知な偽善者か、下心のあるヤツだけだろう。私はどちらでもないし、力を貸す義理もない!」
「あなたの望みが叶うわよ? カイル・イングラムといつでも戦えるし、私も力を貸してあげる。勿論、聞きたいことにも答えるわ」
喋り続けるルシールの言葉はどうしてか彼女の心に深く刺さる。ティアリエは核心を突かれ揺らいだ心を表情に出していた。
彼女の言葉を突っぱねるつもりだったのに、その為の言葉が出てこない。
カイルの名前を出した時点で彼女は落ちる。ルシールには強い確信があった。
「私たちは他の【十王】に戦いを挑むつもりなのだけれど、正面から戦いに来てくれなさそうなのよね。人海戦術では圧倒的に不利だし強い味方が一人でも欲しいの」
「なっ……! 貴様たち、【無王】にも挑むつもりか!?」
「まぁ、そうね。全員倒すつもりだから含まれるわね。どうかしら? あなたの目的……一人じゃ大変だと思わない?」
ティアリエは苦笑し、そして戦慄していた。
彼女は一体どこまで知っているのだ、と。
「……分かった、話を聞かせろ。但し、隠し事はするなよ!」
「えぇ、それは勿論。その気になってくれて嬉しいわ。それじゃ一緒に行きましょう」
ルシールは右手を差しだす。恐る恐るティアリエがその手を取ると、二人の姿は岩盤地帯から消えた。




