第35話 帝国と共和国
ランペイジ王国の南西に位置するオラシオン帝国。
その昔、王国と世界の覇権を争った巨大帝国はクーデターにより先代皇帝が死去。次期皇帝と言われていた第一皇子、皇帝側についていた第二皇子と第一皇女は幽閉された。
現在、帝国のトップには第三皇子であるルクシア・オラシオンが皇帝として君臨している。
第三皇女、そして第四皇子はルクシアの思想に批判的であったが追従すると誓った為、今や自由の身である。
「陛下、ゼノビアス共和国の件でお話が」
黒い髪は肩選りも長く、しかし綺麗に整えられており清潔感がある。身なりも整えられており、一見すれば皇族とも思える程の気品を感じさせる。
この男、【征王】ヴァルク・アイゼルンは、まさに王と呼ぶに相応しい風格を兼ね備えていた。
「うむ、申してみよ」
「はっ。共和国政府に【十王】が関与しているという情報がございます。こちらの調査に兵をお貸し頂ければ、と」
「ふむ……姉上、どう思う?」
帝国が積極的に外交に力を入れ始めてからは、他国との交流も増え帝国内も栄え始めた。今まで鎖国的だった為、これをチャンスと考える商人も多く人の流れも非常に増えている。
一方で共和国政府との折り合いは良くない。最も近い大国の一つであり資源が豊富な共和国に対し、先代皇帝は何度も戦を仕掛けては制圧しようとしていた。
実際、戦が続いていればオラシオン帝国が勝利していただろう。ルクシアは言わば帝国と共和国、両国の救世主とも呼べる。
それ故、共和国の民からの信は厚く、逆に政府からは長年苦しめられてきた帝国の君主が英雄視されている事を懸念していた。
ルクシアは少し考える素振りをし玉座の右後ろに顔を向けると、ほんの一瞬だが、ヴァルクの眉間にシワがよる。
「そうね……ヴァルクに任せるのが良いと思うわ」
姉と呼ばれた女性。クリスティーナ・オラシオンは、オラシオン帝国の第二皇女である。クーデター時には積極的に参加はしていないものの、終始ルクシアの味方となり彼のメンタル面をサポートしていた――――と、されている。
「うん、姉上が仰るのなら間違いない。ヴァルク、兵を好きに使うが良い。但し、面倒事は無しだ。彼らとは今後良い関係を築いていきたい」
「……はっ、承知致しました」
ヴァルクは玉座の間から出ると、城内にある一室へと向かっていた。
「ミカルゴ、いるか?」
「ここに」
影の中から現れたのは一人の老紳士。
白髪をオールバックにまとめ黒の燕尾服を身にまとっている。
「ランシアの言うとおり、クリスティーナの能力は本物のようだな」
「はい。条件さえ揃えば【心王】を超える力かと」
「但し、少々強すぎるようだが。彼女の扱い、任せて良いのだな?」
ヴァルクの表情は重く険しい。それもそのはずだ。
クリスティーナは帝国へやって来てすぐに権力を握っている。
それも彼が苦労して得た地位など届かない高みにいるのだ。
彼女がその気なら彼は英雄などではなく、前皇帝を討った逆賊に成り下がる。
「お任せください。彼女は望むものさえ与えていれば害はありません」
「全く、【十王】だけでも大変だというのに、このような【能力者】が存在していたとは」
(能力の質だけで言えば最強クラスだろうな……)
「帝国内は任せたぞ。私は共和国へ向かう」
「お気を付けて」
ヴァルクは数名の兵を護衛に、あくまで外交として共和国を目指し出国した。
「【征王】か……思っていたよりもつまらない男ね」
クリスティーナが自室の窓から出国の様子を眺めながら呟く。
「しかし姉上、彼が居なくては今の帝国はありえません。彼こそ我が国の、そして私の英雄です」
「えぇ。勿論分かっているわ、ルクシア」
クリスティーナは弟に笑いかける。
誰にも邪魔されない理想の姉弟の世界。その世界を提供してくれたというだけで、彼女はヴァルクに対し恩も感じている。
(まぁ、少し遊んでみるのも良いかもしれないわね)
以前の彼女とはどこか違い、その心は冷たく、黒く、静かに沈んでいた。
***
ゼノビアス共和国。ランペイジ王国の南東に位置するこの国は君主が存在しない民主主義の国家である。
政府という統治機構が存在するこの世界唯一の国家であり、その代表として【十王】の一人、【心王】セイヴ・アスクドが選ばれたのは、【征王】ヴァルク・アイゼルンがオラシオン帝国を発った二日後であった。
「大統領、こちらの書類もお願いします」
ドサッ、と置かれた書類の束。彼の机の上には同じような束がいくつもあり、数えるのも嫌になるほどだ。
男にしては黒い長髪。前髪は後ろに流れており、体格も良い大統領と呼ばれた男性――セイヴ・アスクドはひたすら書類に目を通しサインをし続ける。
「腱鞘炎になってしまうかもなぁ」
独り言のようにぼそっと呟くと、
「それはいけません。救護班を呼びます」
眼鏡をかけ髪の毛を後ろで束ねた女性が淡々と応える。
「……宜しく頼むよ」
顔も見ずに一言だけ告げ、以降黙々とサインをし続けた。
彼が共和国の代表に選ばれた経緯は遡ること一週間前の事――
「セイヴの旦那、どうするんですかい?」
【舌王】アルビー・リングルスが問いかける。
彼の後ろには三人の男女が目隠しをした状態で縛られ座らされている。
「なに、【征王】が動き出す頃だと思ってな。こちらも手を早める事にしたのだよ……全員の拘束を解いてくれ」
アルビーの手下が手際よく縄をほどき目隠しを取る。
かれらは何一つ喋らない。かれらは指一本動かさない。
「ほう? アルビー、能力が馴染んできたようだな。舌を出さなくてもよくなったか」
「へへ、流石に不便でしたからねぇ。他にも色々と出来るようになりましたよ」
下卑た笑いを浮かべるこの男に対し好感など抱いてはいない。
【十王】を名乗らせる事には嫌悪すら感じる。
しかし、セイヴの能力に唯一対抗出来るのは彼の能力である。敵にするよりは味方であるほうが良い、とセイヴは考えていた。
(相変わらずでたらめな力だな……)
言葉だけで本人の意思をねじ曲げ支配する彼の能力には、流石の【心王】も恐怖を感じていた。
「さて、始めるか……」
「やめろ! 何が目的かは知らんが我々は共和国政府の議員だぞ!? 手を出したらどんな目にあうか――」
「危害は加えないさ。大人しくしていてくれれば、それで良い」
セイヴの両手が光輝く。その光は彼の意思で動き、三人の男女の元へと飛んで行き体内に入り込んだ。
彼の能力は【心の支配者】。
両手から発生した光が対象の体内に入り込むことで発動する精神操作系能力である。
効果はいたって単純。能力使用者に心を支配される。
また支配されている者はその自覚がなく、能力を解いた後もそれが本心だったかのように感じ、その支配から逃れることは容易ではないく、一度能力にかかると三日は効果が解けない。
効果範囲は三メートルと短めだが連続使用におけるデメリットはない為、その気になれば一国を彼一人で陥落させる事が可能だ。
「まずは名前と役職を聞こうか――」
こうして政府内に入り込んだセイヴは、みるみるうちに共和国政府の人間を支配していった。
道行く国民を片っ端から支配し味方につける。
大統領を辞任させ後任として自分がその職につき、国民の支持も得た。一度支配しておけば効果が切れたとしてもセイヴへの印象は操作されたままだ。
彼は僅か三日でゼノビアス共和国の大統領に就任したのである。
「大統領、オラシオン帝国から使者の方がやって来ました」
「ふむ、外交官に任せるよ」
「しかし、その使者の方が……その……」
セイヴの顔色が変わる。さすが【十王】と言うべきか、その嗅覚には寒気を感じる程である。
前任の男に行かせればノーリスクで情報を得られるだろう。しかしセイヴは内なる欲求に、ヴァルク・アイゼルンに勝ちたいという欲求に勝てなかった。
「遠いところから遥々よくいらっしゃいました。私がゼノビアス共和国大統領、セイヴ・アスクドです」
自己紹介をしながら笑顔で右手を差し出す。
大統領を名乗るこの男を前に、ヴァルクは驚愕の表情を浮かべるしかなかった。
「……ヴァルク、どうした? 久しぶりというほど会っていないわけではないだろう」
「【心王】……? 一体何を……」
ヴァルクの捻りだしたような微かな声に、思わず高笑いをしてしまう。それでもなお、彼の表情は変わらなかった。
「くくく、帝国の英雄ともあろう者がなんという顔をしているんだ。ほら、お前の部下も呆然としているぞ? で、今日はわざわざ俺の国に何のようだ?」
「……いえ、近くを通ったものですから共和国の様子を伺いに参っただけです。失礼します」
なお笑い続けるセイヴに背を向け部屋を出ようとするヴァルクに対し、
「次はこちらから伺うことにするよ。お互い良い関係を築いていきたいのでね」
わざと大きな声で言い放つ。
特に何も言わず一礼をして部屋から出ていくヴァルクを見て、堪えきれず更に大声で笑うセイヴ。
(行動が早すぎる……一体いつ動いたというんだ)
帰りの道中で険しい表情をしながら思案し続ける。
明らかに後手に回っており、またセイヴの目的も定かではない現状に、どうしても苛立ちを隠せない。
しかし彼は、ヴァルク相手にしてはいけない二つのミスを犯していた。
一つは自らの姿を晒したこと。そしてもう一つは、自ら帝国に出向くと言ったこと。普通に考えればセイヴの能力なら、帝国すら支配下に置くことも可能だろう。
しかし彼は知らない。
クリスティーナ・オラシオンという【能力者】が存在することを。




