第33話 世界の意思
「カイル・イングラム。そなたには優勝賞金の三千万Jilを与える。これまでの戦い、見事であった」
武踏会はカイルの優勝で幕を閉じ、その表彰式が行われていた。
富裕層の観客、他国の有力者、国賓が参列し雑談しながら式を眺めている。立食型のラフな表彰式で、武踏会参加者の為のものというよりは、権力者の集まりのようなものになっていた。
表彰台にはランペイジ国王である、ヴェテル・ランペイジと武踏会の上位三名が立っている。
カイルは沢山の拍手と歓声に包まれながら、一枚の紙を受け取った。
「我が国の銀行にて金銭を受けとる為のものだ。無くすでないぞ。次に準優勝の――」
カイルは辺りを見回すがレフィアの姿がない。
三位まで賞金が出るのだが、その枠はどうやらシーラに譲ったようだ。
『さぁ、続いてヴェテル王より重大発表がございます!』
「…………」
『…………あの、王様? えー、重大発表を……』
「…………はぁ」
大きく溜め息を吐き出す。
「あー、既に皆ご存知であるように、今回の武踏会には我が娘、ミリアの…………」
ヴェテル王が途中で言いよどむ。会場はざわめきながらも続く言葉に期待していた。
「まどろっこしい事はやめだ。此度の優勝者に我が娘と婚約する権利を与える。カイル・イングラム、前へ」
「ハッ……」
「良いな、あくまで権利を与えるだけだ。その気になるなよ?」
ギロリとカイルを睨み付けると、小声で囁く。
「承知しております」
頭を垂れたまま、ヴェテル王にだけ聞こえるように返した。
「さすがのヴェテル王も人の子……もとい、親ですなぁ」
「権利を、と強調するところがなんとも、らしいものです」
「だがこれで未来はまだ決まっておらぬ、ということ」
「えぇ。だがあのじゃじゃ馬、乗りこなす者がいるのかどうか」
「むしろ、国を知らぬあの若造が跡取りとなった方が……」
参列者達はささやき合う。
ランペイジ王国の姫君ともなればこぞって求婚されてきた。
しかし、ミリアから出されたたった一つの条件に、他国の王子達は苦戦していた。
戦姫と自国では名高い彼女は、他国では暴姫と揶揄されていた。
「身に余る光栄に存じます」
「うむ……」
作法は良い。場も弁えて言動を変えられる。力量は言わずもがな、謎の求心力もあり不思議な魅力も感じる――
ヴェテル王は本気で考えていた。この国をこの男に任せても良いのかもしれない、と。
『それでは優勝者であるカイル様より一言頂きたいと思います! すみません、失礼します……ではカイル様、まずは優勝おめでとうございます。今回の武踏会、いかがでしたか?』
一瞬、鬱陶しそうな表情をしヴェテル王の様子を伺う。
顎で合図され、なくなく応えることにした。
「そうですね…………」
そこから先の言葉が続かない。カイルは唐突な違和感に襲われていた。今まではハッキリと感じたことはない。女神に転生させられた影響だろうと思っていた。時間が解決するだろうと楽観視していた。
『あの……』
「……まず、ランペイジ国王にはこのような素晴らしい武踏会を開催していただいた事にお礼申し上げます。また応援してくださった方々、ありがとうございました。
どなたもレベルが非常に高く、とても楽しめました」
場からは感心の声があがる。同時にシーラは持っていたグラスを落とすほど驚いていた。
『えー……カイル様は【十王】を二人も倒していますが、他の【十王】の動向などが気になるところですよね?』
「そうですね……しかし今回は武踏会という舞台の上で、たまたま私に勝利が転がり込んできたまで。
フィールドが違えば結果も変わると思いますし、他の【十王】の方々も同じように感じていらっしゃると思いますよ」
『今回、優勝ということでミリア姫と婚約する権利を得たわけですが! その辺はいかがでしょう?』
「とても光栄な事です。男であればこんな名誉な事は、この世に存在しないでしょう。ねぇ?」
正面で見ていた老紳士に突然話をふると、その老紳士は力強く何度も頷く。そのやり取りを見て周りから笑い声があがった。
「しかし私は一介の冒険者です。国政など携わった事がありません。国の未来を考えると、権利を頂いたからといって気楽に受けるべきではないと思います。
勿論私としても嬉しいですが、ヴェテル王をはじめ、国に仕える方々。ランペイジ王国とゆかりのある国々。そして何より国民が納得出来て初めて権利を得た、と私は実感することができると思います」
当初、ただの冒険者にすぎないカイルの優勝で王国内は当然、周辺諸国はランペイジ王国の行く末を案じていた。
国王が発言を取り消すことは無いだろう。しかし素性の知れぬ者に国を任せられるか。
姫本人の希望とはいえ、婚約権を与えることにも批判が殺到していた。
しかしこの場に居た者達は思うだろう。次代の【王】が正真正銘王になる日が来るのではないのか、と。
『えー…………カイル様、ありがとうございました! 素晴らしいお言葉でした。これにて表彰式を終わります!』
彼は危険すぎる――
ヴェテル王は危惧していた。一瞬で他人を惹き込んでしまうカリスマ性。そして先程まで社交性の欠片もないような青年とはまるで別人のように変貌したあの男を。
一方、シーラはカイルの別人とも思える言葉に、しばらく呆然としていた。
***
「さぁ、話してもらおうか」
カイルは【刃王】エッジ・クラフトを人気の無いところまで連れ出していた。
聞きたいことは山のようにあった。異世界のこと、女神のこと。
だが、カイルが一番欲しい答えはこれだった。
「答えろ、この違和感はなんだ。いつ消える?」
「にいさん、せっかちですなぁ。もうちょいこのパーティー楽しみません?」
あまりの剣幕におどけて場を和まそうとするが、カイルの表情は険しくなるばかり。
エッジは軽く溜め息を吐き、頭を書きながらうつむき加減で喋りだす。
「さっきのあれ……にいさんの言葉とちゃいますよね?」
カイルは僅かに同様の色を見せる。その反応を受けて自嘲気味に鼻で笑うと、エッジは言葉を続けた。
「転生させられてから何もケアされてへんやろ? このままいくとにいさん、頭乗っ取られて別人になりまっせ」
「乗っ取られる……」
少し顔を伏せながらカイルは考える素振りを見せる。
「せや、これはな。転生前の魂と、転生後の肉体の拒否反応らしいんや。ほんまはどちらか片方にすり合わせなあかんねん。
それがされへんと、勝手に都合の良い人格が形成され、終いにはそいつがメインになるっちゅー話や」
顔を上げたカイルの目が見開かれている。
「口調が統一されへんのは、すり合わせようとしてたんや。せやけど違和感、あるやろ? なんせ魂はこの世界のもんとちゃうからなぁ。
ただ肉体とそれまでその器に入ってたもんの思念みたいなもんは全くの別人や。互いが一つになって転生完了……ちゅーわけなんやけどな」
大袈裟に身ぶり手振りを交えながら説明する。
その様子を真剣に見詰めるカイルの視線が恥ずかしく思えてきたのだが、エッジはそれでも止めない。
止め時を失っていたのだ。
「ここで問題が一つ! その前に、世界について話とこか」
世界――
当たり前のように多種多様な生命体が存在する世界には管理者がいる。
通称、神。
かれらは眩い光に包まれており、その正体は謎に包まれている。その姿を見たものはおらず、天高くに存在する天界にて世界を管理している、と言われている。
この地に降臨することは殆ど無く、最後に姿を見せたのは言い伝えによると二百五十年ほど前の事だ。
「神は何を管理してる思う?」
「……バランス?」
「おぉ、なかなかええ着眼点やな。せやけど一番に管理せなあかんのはこの【世界】やねん」
カイルにはピンと来ないのか、頭の上にハテナが浮かんでいるようである。【世界】と強調されても彼の言う【世界】は恐らく誰にも通じないだろう。
世界は明確な意思をもった存在であり、世界の住人はその意思に逆らうことは出来ない。
【能力者】の能力が次元や時空、概念などに干渉する場合、必ず何かしらの制限がかかっている。これは力を持ちすぎた生命体が世界を脅かさないようにする為だとエッジは説明する。
「世界の話は分かったが、それと何の関係が……」
「この世界の枠外からやって来た異世界人は、世界にとって驚異そのものやねん。せやから別人格作って乗っ取ろういうことなんや」
「……そんな無茶苦茶な。枠外の存在なら何で別人格に支配され――」
途中まで言いかけて、カイルは自分の体を見る。
そう、肉体は――
「ここに存在してるっちゅーことは、その肉体は世界の管理下や。一つでも繋がりがあるなら干渉されんで? ちなみにこのまま行くと、にいさんの運命はランペイジ王国に婿入り。若くして王位を継ぎ順風満帆な独裁者生活を送る、やな。
んでもって最後にミリア姫に殺される、までがテンプレや」
「何故そう言いきれる?」
「人が変わったように有能な悪役になって、この世界の住人の引き立て役になるんは異世界人の常や。聞いてるだけでも五、六人はそんな奴おるらしいで? 世界は異世界人なんか要らんって言うとるんや」
「……当然、どうにかなるんだろうな」
エッジはニヤリと笑い、どんっと自身の胸を叩く。
「どうにかなったから、オレが今ここにいるんや」




