第32話 ランペイジ武踏会、決勝
朝、眼が覚めると昨日までの気鬱さが嘘のように晴れていた。
【刃王】は女神の事も転生の事も知っている。ともすれば違和感の正体も知っているかもしれない。この状況に不満は無いが、それを利用しようというのなら話は別だ、と彼は思っていた。
カイルは頭を冷やす為に洗面台へ向かい顔を洗う。鏡に映る自分の姿を見る度に、心のモヤが晴れる気がした。
(カイル・イングラム……そう、俺はカイル・イングラムだ……)
心の中で自分に言い聞かせるように呟く。
彼は恐れていた。自分が自分で無くなる事を――
***
『さぁさぁさぁ! 遂にやってまいりました、ランペイジ武踏会決勝戦!! 今回は【十王】の参戦で波乱が予想されましたが、それをも上回る大波乱!! それでは早速ご紹介いたしましょう、まずはこの方!!!』
『【十王】になった経緯は一切不明! しかしその恐るべき能力は前試合で皆様十分理解されたかと存じます……残虐非道の刃の王! 【刃王】エッジ・クラフト!!!』
『対しますは、こちらも今までの経歴は一切不明! 噂では【舌王】【命王】を退け、今大会では【拳王】を打ち倒しております。四人目の【王】を今日ここで倒すのか!? カイル・イングラム選手!!!』
「はぁー、けったいな紹介やな。残虐非道って……ひどい言われようや」
「エッジ。この試合に勝ったら……」
「わかってますって。洗いざらい知ってること言いますよ。せやけど、勝つんわオレやで?」
不適に笑いかけるが、カイルの表情は変わらない。
表情からは覇気を感じられない。しかし消して沈んだ様子もない。
エッジは少し気味が悪く感じていた。
『それでは決勝戦……開始しますっ!!』
「よっしゃ! ソッコー決めるで!!」
開始早々に【変幻自在の操刃】を発動させる。カイルの周囲には十本以上の剣が宙に浮いたまま生成された。
「少しでも動いてみぃ、ブスリと行くで!」
「……そうか」
カイルは【闘気】を解放する。それに反応するように剣が体目掛けて迫り来る、が。
「なんやて……? いや、なんでや!」
全ての剣が彼の体に突き刺さる前に溶けて無くなってしまった。
「はぁ……? 結果を改変したんちゃうんかい……おかしいやんけ!」
畳み掛けるように能力を発動させる。
カイルが動く度に刃が襲いかかるが、その全てを防ぎきる。
歩みを進める彼は、無傷のままエッジの正面に立っていた。
「【闘気】は絶対防御の能力。剣ごときに貫かれるものではない」
【闘気】を纏った右拳を構え、エッジに向けて放つ。
「あかん! そんな……!」
拳はエッジの顔目掛けて放たれていた。だが、その拳が彼の顔に触れる事は無かった。
「……うまくいきすぎて、笑てまうやないの」
一瞬の出来事にカイルは気付かなかった。
気付いたときには、彼の右腕が宙に舞っている。
振り下ろした筈の拳は、リングの上に落ちていた。
『何が起きた!? カイル選手の右腕が突如切断!! 勝負が決まったかと思いきや、あっという間に逆転されました!!』
慌てて右腕を広い切断面をくっつける。
「はっ、何してん? くっつくわけないやろ! ほんま面白いなぁ、自分!!」
大きく口を開けてわざとらしくケタケタと笑う。
「あー、おもろ。……って、いつまでやってんねん。もうええって、死ねや」
エッジが指を鳴らすと上から剣が降り注いでくる。
受けずに後退し避けるが、その先にも剣があり太ももに突き刺さる。
「あぁ、ホンマは【闘気】なんて眼中にないねん。そんなもんあっても無くても一緒やし」
腕を押さえながら剣を避けていくがそのことごとくが突き刺さる。彼の能力では剣による怪我は決定事項なのだ。
「避けよう発想がもうあれやな、あかんわ。ガーランドっちゅうおっさんの方がかなりマシやったで? つーかぶっちゃけ、にいさん弱いなぁ。ほんまいつまで右腕押さえとんねん!」
突如、宙に浮いた短剣がカイルの四方八方を取り囲むように現れ、そして――
「もう去ねや」
エッジの一言を切っ掛けにその全てがカイル目掛けて襲いかかる。最早そこに逃げ場はなく、しかしカイルは右腕を押さえたまま避けようともせずその場に立ち尽くしていた。
腕、脚、体――彼の全身に短剣が突き刺さり、剣と肉の隙間からは血が滴り落ちる。
観客すら目を覆うような痛々しい光景であった。
『なんとカイル選手、棒立ちいぃぃ!? 避けようとも払おうともせず、全ての短剣が身体中に刺さっております!! これは……大丈夫なのでしょうか……?』
「……よし、こんなもんか」
カイルは押さえていた左手を離すと、感触を確かめるように右腕を動かした。突き刺さっていた短剣も自然と体から抜け落ちていく。
『カイル選手……えー、切断したされた左腕を……自力でくっつけました。これも能力なのでしょうが……なんとも人間離れしております!』
「……どうなっとんねん、それ」
「【闘気】は外部から精神、生命エネルギーを取り囲むんだ。この程度の回復は容易に出来る。……それに、不思議と短剣の傷は全て急所を避けていたようだしな」
エッジの顔が険しくなる。
【変幻自在の操刃】では相手を殺せない。片腕を切断されたカイルの急所に刺さらない事はむしろ必然であり、見た目以上に傷は浅い。
それどころか、傷がふさがりつつあった。
「この程度て……切断した腕くっつけて動かせるようになるのに数分でて、おかしいやんか……それにさっきの傷も……」
「それもブラフか? 随分とつまらないやつだな、【刃王】。これなら【拳王】の方がマシだったぞ?」
「……! 上等やんけ、本気でやったるわ!!」
エッジの周囲に大中小、様々な刀剣の類いが生成される。
それはこの世界でも見たことのないような、実在するか定かでないものも含まれていた。
「治す暇も与えんと、傷つけ殺す!!」
「全く芸のない……」
変則的な動きをしつつ刀剣があらゆる角度から襲いかかる。
カイルは【闘気】を展開し、身構えていた。
「さっき通用せぇへんかったやろ! 阿呆か!?」
【闘気】に阻まれ、刀剣の全てが砕け散る。
しかしカイルの体には傷一つついていない。時間差で傷が現れる事もない。
その事実にエッジの表情には焦りの色が見えた。
「ありえへん……傷ついた結果が現れるはずやん……」
「なるほど、そういう能力か」
「傷がつかないもんでも傷をつけるんがオレの能力や! おかしいやろ!!」
結果の改変は間違いなくされていた。だが、それは【闘気】によって阻まれていた。
カイルの能力は全盛期のそれに近付いていた。
【闘気】はあらゆる攻撃に耐性を持つ。
彼に対する事象改変が攻撃に繋がっていれば、それを防ぎ得るのが彼の本来の能力である。
「くっそ、こんなん聞いてへんぞ……考えろ……考えろ……!」
エッジは一本の剣を生成すると右手に持ち、構える。その剣は、刀と呼ばれる大陸では珍しい刀剣であった。
彼から感じる気迫はまさに達人級のそれと遜色無い。
「へぇ、少しはやりそうだな」
「元々はこっちが得意やったんや……」
エッジを試すかのように、無防備に間合いに入る。
瞬間、上段に構えられていた刀が振り下ろされ、全く同じ軌跡で斬り上げられる。一切の無駄がないその動作は見るものを魅了していた。その太刀筋はカイルの左半身を捉えていた。
少し間を置き、【闘気】で守られているはずの体には刀痕がつき、そこから出血している。
『エッジ選手の美しい太刀筋に思わず見とれてしまいました! 今までの能力とは違い正統派の剣術で、カイル選手に傷をつけました!!』
「なるほど……オレもまだまだやな。ちょっと考えれば分かることやったわ」
彼が行ったのは【変幻自在の操刃】による【闘気】の切断。
そこへ間髪入れずカイルを対象とした能力の発動に加え刀による物理攻撃だった。
「その能力は厄介や。せやけど、オレの方が上手や!」
次々と斬撃を繰り出す。カイルはそれを紙一重で躱し続けるが能力により傷をつくる。
(傷が浅い……せやけどこれ以上は踏み込むのは……)
カイルは斬撃を躱しつつ【闘気】による回復に注力していた。
下手に間合いを詰めれば想定以上の傷を負う事になる――エッジの力量を認め、見に徹していた。
「埒あかんわ!」
斬撃の最中に、唐突に一歩踏み出し間合いを詰める。確実に首を斬れる位置から刀を振るう。
常人では到底見切れる速さではないその残撃は、カイルに届く事は無かった。
「……あかん、踏み込みすぎたわ」
一瞬の隙をつき距離を詰めたカイルは、刀を持った腕を押さえていた。
「【拳王】は俺の拳にも耐えたが、お前はどうだろうな?」
「あー…………オレ肉体派ちゃうから、そういうのあかん――
ね"ン"ン"ッッッ――――!!!」
横腹に【闘気】を込めた一撃を放つ。
変な声をあげながらリング下まで吹き飛ぶエッジ。
『……一瞬の出来事です! 司会をしている身としては大変申し訳ないのですが、正直何がなんだか分かりませんでした!! エッジ選手は……気を失っているようですね。と、言うことは……』
『第百十七回ランペイジ武踏会、優勝は……カイル・イングラム選手です!!!』
観客のどよめきが歓声へと変わる。次第に司会者の声が聞き取れなくなる程の大きな声で、カイルの名を叫び始めた。
『お聞きくださいこの大歓声! 我々は今、次代の【王】の誕生を目撃しているのかもしれませんっ!!』




