第31話 転生の代償、神の思惑
早々に終わった準決勝後、カイルは仲間からご飯に誘われるがそれを断り、一人ベッドに横たわっていた。
彼の中には二人の自分がいる。
転生前のエリグラーズ・ルクカインの魂。そして、転生後のカイル・イングラムの意識。
彼は苦悩していた。本来はエリグラーズが主体となるのだろう。しかしカイルの意識が強く、また周囲の認識もカイルという存在であるが故、自分もそれに従いつつある。
以前の自分は何も考える事なく好き勝手楽しんでいた。
今の自分には足手まといがいる。しかしそれが妙に心地好い。とうに捨てたはずの感覚を取り戻しつつある彼にとって、それが苦痛で堪らなかった。
***
「エリグラーズ・ルクカイン。……いえ、カイル・イングラム。貴方の認識がどちらかなのかは知らないけれど」
男の目の前には美しい女性が立っていた。彼女はこの世のものとは思えない程であり、まさに女神という言葉が相応しい存在であった。
「僕はカイル・イングラム……じゃなくてエリグラーズ・ルクカインです。貴女は?」
この返答を聞き、女神ミュリスは思わず頭に手を当て大きくため息を吐いた。
魂の交換転生はいくつかの手順をもって完了となる。
まずは互いの意思確認。そして魂の入れ替え。最後に転生先で違和感無く生きていく為に、転生後の肉体に残った意識と本来異物である異世界の魂を最適化させる作業だ。
世界は異物を許さない。あらゆる出来事が起きようとも必ず整合性のとれた結果にさせる、それが世界の力だ。
だが時として世界の"外"から異物が入ってくる。それを排除しようと世界が動けば、その世界の住人にとって非常に大きな災いとして襲いかかる。それを防ぐ為、本来の魂はそのままに新たな世界へ適応させるのが、意識と魂の最適化である。
これがされていない存在は二つの人格を有したような言動をするようになり、世界が整合性を保つ為、やがて本来の人格は失われ全く別の存在に作り替えられる事となる。
「……よく分かったわ。貴方がそんな言い方、するわけないものね」
あの世界中から恐れられた戦闘狂の男の面影は外見にも無い。
ニコニコ笑顔を絶やさず女神の話を聞いているその姿からは一切の敵意を感じさせない。
「……とりあえず、やる事やりましょか」
一人呟くと女神は男の頬に片手を添える。
「あ、あの……」
「黙って。すぐ終わるわ」
そのまま目を閉じなにやら呟く。女神の体が輝くと、添えられた手から熱を感じ始めた。意識が混濁し始める。だが不快感はない。
むしろ今まで感じていたなんとも言えない気持ち悪さが晴れていくような感覚を味わっていた。
「……はい、おしまい。ちょっと鏡見てきなさい。きっと落ち着くわ」
言われるがまま男は鏡の前に行く。
映った姿を、自分自身だとはっきり認識出来た。
「そうだ……私はエリグラーズ・ルクカイン」
「私って……まぁ元はカイルだからそりゃ違うか……」
五百年以上男を観察してきた女神としては違和感しかない。
「よし、これで良いわね。じゃあ私はもう行くから、後は好きになさい」
「待ってください、女神様」
思いもしない一言に、思わず女神は立ち止まってしまう。
「……なによ?」
「私は貴女に償わなくてはならない。貴女の大切な人を奪ってしまった……」
女神は言葉を失い、同時に驚愕した。
この男からこんな言葉を聞くとは、と。しかし女神にとって、それは最早どうでも良い事であった。
「それはもういいの。私が執着しすぎたのね……それに復讐はもう終わったし、貴方が気にする事でもないわ」
「しかし……」
「それよりも問題は貴方よ。永遠の時は普通の人間にとって余りにも長すぎる。これから大変よ?」
エリグラーズは顔を伏せた。女神は彼の精神が耐えられるとは到底思っておらず、彼も同様なのか表情は暗い。
それを見て罪悪感からか、こんなことを口走っていた。
「……この世界、管理者がまだ居ないのよ。元々私の部下の一人だったし、次が決まるまで私が暫定でやってあげようかしら」
エリグラーズは言葉の意図が分からず、顔を上げるがきょとんとしている。
「……だから話し相手くらいにはなってあげるわ。貴方がこの世界と永すぎる時間に慣れるまでね」
「女神様……!」
「その呼び方もやめなさい。私にはミュリスという名前があるのよ」
「はい! ミュリス様!」
「……様、もやめなさい」
「はい! ミュリスさん!」
女神は頭を抱えた。しかし、何故か不思議と悪い気はしなかった。
彼らの不思議な生活がこれから始まるのだが、それはまた別の話――
***
~天界~
「アズレーン、ミュリスはどうだ?」
眼鏡をかけ髪の毛は綺麗に七三で固められた男性が時の神に話しかける。
「えぇ、予定通りに事後処理を行っていますよ、オムニセント様」
「彼女の事だ。どうせ第二十五世界へのケアは行っていないのだろう?」
「えぇ。仕方無い事でしょうが」
「……あちらの世界はリュキエルの管轄だからな。これ以上の手出しは出来まい」
「それも全て予定通りなのでしょう? ミュリスが彼を世界から追放したことも」
軽く笑みを浮かべるアズレーン。オムニセントはそれを受けても表彰一つ変えず正面を見据えている。
「私とて全能ではない。だが、彼が居なくなった事は喜ばしい事だ。そうだろう?」
そう言い残し、オムニセントはその場から去る。
進む先は開けた場所。幾つものスクリーンが壁に合わせて宙に浮いており、様々な風景を映し出している。
「第百十二世界、予定通り戦争開始――」
「第三世界にて転生希望続出中……抽選作業に入ります――」
「第十四世界の文明レベル低下による介入許可申請受理しました。介入を許可します――」
ここは神の間。数多な世界を管理する一室。
スクリーンの数だけ世界があり、彼、オムニセントはその世界の全てを管理する者だ。
「……新たな神の誕生は避けねばならん。人は人らしく死ねば良い」
彼は第六十六世界と書かれたスクリーンに目を向ける。
そこには、かつてその世界で最強の名を欲しいままにしたエリグラーズと、彼の魂を転生追放してしまったミュリスが映っていた。




