第30話 レフィアの正体
アイリスが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。辺りを見渡すとシーラ、キャミィ、そしてレフィアが座って話をしている。
上半身だけ起こしぼんやりとしているアイリス。それに気付き、キャミィがカバッと抱き付いてきた。
「よかったー! 無事だったんだね!」
「……寝てただけ」
「あ、そう。なら良かった!」
一瞬で離れるとレフィアの方を向きなにやら気まずそうな表情をしている。
「これで全員、と言いたいところだが肝心の主役がおらんではないか。何をしておるんじゃあの小僧は」
少し苛立ちを感じさせるレフィア。
「まぁまぁ、もうすぐいらっしゃいますよ。お茶でもいかがですか?」
「おぉ、これは気が利くではないか。……んー、美味いのぅ」
「キャミィは冷たいお茶ですよ」
「わーい! ありがとー!」
ズズッ、とお茶を飲みながら一息つく一同。
アイリスだけが、レフィアに対し敵意を剥き出しにしていた。
普段無表情なだけに険悪な空気が広まり少し気まずい中、コンコン、とノックの音が部屋に響く。
「ごめん、遅くなった」
カイルが部屋に入ってきた。シーラに促され椅子に座ると、
「よう来たの、このたらしが。貴様待ちじゃったのだぞ? もっと詫びをせんか。礼儀がなっとらんわ! そもそもなんじゃ、仲間ならもっとコミュニケーションを取らんか!」
開口一番捲し立てる。
カイルは突然の事に唖然とした。そもそもレフィアの口調が普段と違う点からして彼にとっては驚くべき事だ。が、
「そうか、そうだな……本当にごめん。もっとみんなの事を考えれば良かったと思うよ」
素直に謝るカイルにレフィアはたじろぎ口を閉ざす。
その様子は他の者にも衝撃だったらしく、皆一様に目を丸くしている。沈黙が続く中、耐えきれなかったのかレフィアが口を開いた。
「なんじゃ、こっぱずかしい奴じゃの! いつもの貴様らしくもない!」
「いつもの俺……」
カイルは呆けたように呟く。
「カイル様……? どうかしました?」
その不安定な様子に思わず声をかけるシーラ。
統一されない口調、【十王】をも倒す程の力を持ちながら今まで無名であった事など、思えば彼には不思議に思う事が多々見受けられた。
「貴様の調子なぞどうでもよいわ。とりあえず儂の事を話しておくかの」
辺りを見回した後、軽く息を吐き口を開く。
「儂の名は、レフィア・ディアノーツ。今なお魔族の頂点に君臨せし【十王】の一人、【魔王】ザイン・ディアノーツの娘じゃ」
【魔王】の娘という言葉に一同はざわついた。しかしレフィアの言葉は続く。
「この体の持ち主、レフィア・グリンガムは儂の孫娘じゃ。同じ名なのは娘のはからいかの……あやつからしてみれば儂は既に死んだ身じゃからな……」
「ということは、レフィアはレフィアじゃないレフィアなの?」
「ま、まぁ、そういうことじゃ」
「そっかー……なんで?」
キャミィが無邪気に首を傾げる。
「話せば長くなるが、【魔王】の力は代々受け継がれておってな。まぁ……ちょっとした事故で命を失いかけておったんじゃが、何を血迷うたか血族の体に魂を移そうとしおってな。
……こやつは連れ去られてきたのじゃ」
そっと胸に手を当てるレフィアの表情は暗く沈んでいた。
「そんなわけ、で色々あってこの体には二人の魂が混在しておるのじゃ。意識は共有しておるからお主達の事は知っておった。ちなみに孫はちょっと不安定じゃがすぐ戻る。安心しておれ」
レフィアはニカッと笑う。皆、その笑顔を見て安堵の表情を浮かべていた。一人を除いて。
「……おばあちゃん、ごめんなさい」
「ん? 何がじゃ」
「……武踏会で」
「あぁ、気にするでない。儂も焚き付けたんじゃ、お互い様じゃろ」
「しかし、それでは魔族に狙われているのではありませんか?」
シーラの一言で 再び雰囲気が暗くなる。
ここで今まで押し黙っていたカイルが口を開いた。
「敵は排除する。それだけだ」
皆がぽかん、とし、一拍置いて笑いが起こる。
レフィアだけは苦しそうな表情を浮かべていた。
「カイルらしいね!」
「……剛胆」
「阿呆が……」
「仮にも【十王】を倒してるんだ。まぁ、その、なんだ。……だからみんな一緒に居れば安全だろ」
カイルは照れ臭そうにそっぽを向く。
「まぁ、カイル様。お可愛らしい」
「ふ、お主達の気持ちはよく分かった。孫にもよく言い聞かせておくわ」
「……一件落着」
「……明日の件で話がある。シーラ、レフィア。二人には準決勝を棄権してもらいたい」
突然のカイルの申し出に二人の表情が変わる。
「それは何故でしょうか?」
「儂はどうでもよいが訳くらい聞かせろよ」
「【刃王】と早く決着をつけたいだけだ。二人には悪いが……」
それは本来この場で言うつもりの無いことだった。
彼も何故このようなことを言ってしまったのか、分からなかった。
「……因縁か?」
「元々は無かったが、今はある」
「ま、ええじゃろ。レフィアを守るといった男の願いじゃからな。儂は棄権申込みでもしてくるかの」
レフィアは何かを察したのかそのまま部屋を出た。
シーラは押し黙ったままカイルを見つめている。
「それは私と戦う意味がないからでしょうか? 私とは戦う価値がないと?」
「そうじゃない……けど、戦っても結果は変わらないと思う」
「そうですか。失礼します」
足早に部屋を出るシーラ。それを追いかけるようにキャミィも出ていく。
「……大丈夫?」
「あぁ。人に想いを伝えるというのは難しいな」
アイリスは彼の変化を心配していた。
***
『さぁ、始まりましたランペイジ武踏会準決勝! えー、ここで皆様にお知らせです。レフィア・グリンガム選手が体調不良により棄権致しました! 今回はこの第一試合のみとさせて頂きます!! 余ったお時間はエキジビションマッチとしまして――』
(やはりシーラは棄権しなかったか)
『準決勝第一試合、あの【拳王】を正面から撃ち破りました。今回は同じクランの仲間が相手です。一体どう戦うのでしょうか! カイル・イングラム選手!!』
『対するは、全ての対戦相手をその独自の能力で圧倒しておりました! しかし今回の相手は王を倒した男!! 彼にその能力が通用するのでしょうか? シーラ・ドルーガ選手!!』
『それでは準決勝第一試合、開始!!』
【闘気】を発動させシーラの元へ歩いていくカイル。
シーラは舐められていると感じたのか、険しい表情なまま【白き祝福】を発動させた。
『さぁ、お互いに能力を使用した模様です、が……カイル選手、あまりに無防備に近づき過ぎではないでしょうか……?』
シーラとの距離は、最早手を伸ばせば届く位置まで近付いていた。
「……カイル様? 流石にわたくしも怒りますよ?」
周辺の空気が重くなり景色が歪む。カイルは回復の濃度が上がったように感じていた。しかし彼の体には何の変化も起きない。
シーラはそれでもなお能力を使い続けていた。
「……俺の【闘気】は守りに特化している。特に状態異常の類いに対する耐性は完璧と言えるだろう。
決してその能力が弱い訳じゃない。むしろ強力と言える。だが、どんな能力にも相性があるんだ」
それは、シーラを傷付けたくないから出た言葉だった。
やはり変わってしまったのだろうか――
カイルは自問自答するように心の中で呟く。
その表情は苦悶で歪んでおり、それを見たシーラは少し微笑む。
「……これ以上やっても無駄ですね」
能力を解除し、
「私の敗けです。棄権します」
右手を上げ、ギブアップした。




