第03話 転生したら姉が出来た
「ちょっと! それ私の服!! ていうか何で!?」
目の前の女性が現状の理解に苦しんでいる。
ビンタした裸の男が笑みを浮かべながら構えてきた所までは覚えていたのだが、気が付くと下着姿にさせられ着ていた筈の服をその男が着ていたのだ。誰でも混乱するだろう。
「まぁ一旦落ち着こう」
「落ち着けるか! まさかあんたにこんな趣味があったなんて……お姉ちゃんは悲しいよっ!」
誰に言ったのだろうか。
男はまさか自分に言われているとは思わず、しかし他に人はいないので男は恐る恐る聞き返す。
「……何の事?」
「はぁ? ……もしかして病気が悪化して頭おかしくなっちゃった!?」
男は下着姿で狼狽する自称姉を前にいたたまれなくなった。
その姿を見ているとどこか懐かしくも感じている。
「ああぁぁぁ……どうしよううぅぅ……カイルがもう私の知ってるカイルじゃないよおぉぉ」
カイル――その名を聞いた時、目の前が遠くなった。
何者かの記憶が意識の底から溢れ出てくる。
幼少の頃から心臓病を患っており、体も弱かった。運動は出来ないことも無かったが、長時間体を動かす事は医者から禁止されていた。彼は病弱な自分を呪い、常日頃から誰よりも強い存在に生まれ変わりたいと願っていた――
記憶の主は、カイル・イングラム。
そしてこの女性、クリスティーナ・イングラムの弟である、ような気がした。
(あの鏡の効果か? 俺は別の世界に来てしまった…… いや、別人に生まれ変わったのか)
その事実を受け入れたからか、エリグラーズ・ルクカインはカイル・イングラムとして転生した事を認識した。
その瞬間、自分が自分では無いような感覚を覚える。
意識が混濁しているにも関わらず自然と、カイルは自分が着ていた服を脱ぎクリスティーナの肩にかけていた。
「そんな恰好でいると風邪ひくよ、姉さん」
「カイルううぅぅぅ……」
号泣しているクリスティーナがカイルの方を向く。
「あんたが脱がせたんでしょうがこの変態!」
クリスティーナ渾身の右フックが顎に突き刺さりカイルは倒れた。
エリグラーズでは無い事を認識したせいか、病弱だったカイルの肉体のせいか――
転生前の彼とは思えない程の打たれ弱さである。
最も、それはエリグラーズ独自の能力に起因していたのだが。
「はぁ、もう全く! 急に外出ていったと思ったら数キロ先の街道にいきなり裸で倒れてて……びっくりしたぁ……」
「あのぉ…」
「はぅあ!!」
「驚かせてしまって申し訳ございません。私の名はミリア・ランペイジと申します。実はそちらの男性に助けて頂いたのでお礼をと……」
ブツブツ言いながら着替えているクリスティーナに突然声をかけてきた女性がいた。
彼女の名はミリア・ランペイジ。どうやらアルビーの荷馬車に乗せられていたらしい。
話によれば彼女は散歩中に【舌王】の能力で身動きを封じられ攫われてしまったようだ。
「あの【舌王】と恐れられている悪名高い奴隷商人アルビーに対して真っ向から挑む勇気! 【能力者】を前にして全く動じぬあの胆力! 何よりも能力を受けながらにして何事もなかったかのように一蹴する美しいお姿! はぁ……」
(嘘だぁ……)
「ですので是非ともお礼をさせてください。あ、一緒に捕まってた女性たちもお礼をしたいと仰っておりますので、一度私の屋敷までご一緒しませんか?」
「は、はぁ……カイルちょっとあんた起きなさい」
クリスティーナはカイルの顔を叩く。
意識を取り戻したカイルが体を起こす。
再び裸の状態であったが下はアルビーから貰った服が申し訳なさそうにかけられていた。
「まぁまぁまぁ、カイル様と仰るのですね。私の名はミリア・ランペイジと申します。この度はあの【舌王】アルビーの魔の手から私たちをお救い下さり誠にありがとうございました」
深々と頭を下げるミリア。
年はカイルと同世代だろうか。
綺麗なブロンドのロングヘアー、どこか気品を感じさせる風体と言動。
これ程の上玉であれば高く売れるだろう、と思わせる魅力があった。
「何か勘違いされてるみたいだから適当に断って家帰るわよ! 叔父さん心配してんだから」
クリスティーナがミリアに聞こえないよう、小声で話しかける。
気を失っていたから仕方無いのだろうが、事実である以上誤魔化しようが無く、クリスティーナへの応対にも困り唸りながら悩んでいた。
「ミリア様、その……」
荷馬車の中から数名の女性が顔を出し外の様子を伺っていた。
頑丈そうな手錠と足枷を付けられ着ている服も小汚ない、いかにも奴隷らしい格好をしている。
カイルが居た世界にも奴隷商人は存在していが、やはり目につくと嫌な気分にもなるので片っ端から潰していた。
カイルは荷馬車に近付き、荷台の中へと入って行く。
中には四人の女性が居た。年齢は比較的若く、皆それぞれ異なる美しさを持っているように感じた。
「すまない、衣類は用意出来ないがせめてこれだけはさせて欲しい」
なるべく優しい喋り方を心掛け彼女たちの側へ向かった。
指先に力を込め、指力のみで手錠と足枷を粉砕していく。
全員分の枷を外し外へと出る。微かに、ありがとう、と聞こえたような気がした。
その様子をうっとりとした表情を浮かべながら、ミリアは見守っていた。
「姉さん、帰ろうか」
「お待ち下さい! 是非ともお礼を……」
「その前に、彼女たちだけじゃまた危険な目に遇うかもしれない。俺たちで送っていこうよ」
ミリアの表情がぱぁっと明るくなる。
クリスティーナも、それくらいなら、と承諾した。
馬に乗った経験は無いがどうにかなるだろうと適当にやってみると少し暴れたが、殺気を当てればどんな動物も大人しくなるのは全世界共通らしい。
クリスティーナは荷台に乗ったようだ。
ミリアの案内の元、彼女の屋敷へと向かう。
「カイル様はどうやってあれ程の力を?」
「……」
「素敵なお姉様ですね。カイル様はどちらのご出身ですか?」
「……」
「やはりカイル様も能力者なのでしょうか? あ、もうすぐ街ですね」
無視をしても話しかけてくるこの女性を無下に扱うことに罪悪感を抱き始めた頃、街の入り口が見えてきた。
入り口には衛兵が数人、武装した状態で警備をしておりただの街にしては物々しく感じる。
「それでは此処で少々お待ち下さい」
ミリアは荷馬車を降りて一人街へと向かう。
当然、衛兵に止められるが二、三言葉を交わした後、慌ただしく衛兵たちが街の中へと入っていく。
すぐにミリアがやって来たが、後ろから複数の兵士と何故か執事とメイドが慌てて追いかけてきている。
「お待たせしましたカイル様。こちらのグランが案内致します」
「お初にお目にかかりますカイル様。ミリア様の執事をしておりますグラン・エンハンスと申します。この度はお嬢様をお救い頂き誠に――」
「グラン、後になさい」
中々の威圧感を放つミリア。
下級の竜族レベルなら逃げ出しそうだとカイルは感じた。
執事やメイドを従え、位の高さを感じさせる。
拐われた女性たちへのケアだろうか、メイドは荷台に入り込み中で何やら話をしていた。
執事に先導された先には、屋敷という表現てはあまりにも控えめな、そう、強いていうなら――
「城に見えるんだけど」
「えぇ、城でございます」
屋敷と聞いていたのに執事はあっさり城と言った。城門を潜ると兵士がずらりと立ち並ぶ。
【ランペイジ王国】――カイルも住むこの国の名だ。軍事力は世界でも一二を争う巨大な国である。
今は落ち着いているが、昔は周辺諸国に対し頻繁に戦闘行為を仕掛けており戦狂いの国と言われていた。まさか王族が奴隷商人に捕まっているとは誰が思うだろうか。
当然カイルも同性なのは偶然だと思っていた。
「さぁ、ご案内致しますわ。グラン、荷馬車を指示した通りに。中にカイル様の姉上様がいらっしゃいます。粗相の無いように」
「畏まりました、お嬢様」
執事が荷馬車を引いていく。
「カイル様は私がエスコート致しますわ。ささ、こちらに」
「ミリア様! そのような素性の知れない者を……」
兵たちの制止を無視し、城の中へと入っていく。引き摺られるという表現が相応しいくらいにカイルの腕を引っ張り奥へと進む。
階段を登った先にある大きな扉、左右には近衛兵が立っている。近衛兵が扉を開けると、そこは玉座だった。
「お父様、只今戻りました」
「ミリア! 心配していたぞ! 本当に無事で良かった……」
「このお方に助けて頂いたのです。命の恩人ですわ」
「ほう……誠か?」
王の鋭い眼光がカイルに向けられる。
「カイル・イングラムと申します」
言葉少なに跪く。かつては仮にも勇者と呼ばれていた身である。王族に対する礼節は心得ていた。
「ふむ、面を上げよ。余はランペイジ王国のヴェテル・ランペイジである。此度の活躍、誠に大義であった。恩賞はとらす」
王は口ではそう言いながら、内心はこの見窄らしい男を早く追っ払いたいのだろう。
とても事務的で淡々としていた。
「お父様、聞いておりませんか? 彼が【舌王】の能力を受けながらにして正面から撃破されたことを」
「ふん、この眼で見ていない事など信じられるか!」
「娘の言うことも?」
「ぐぬぬ……」
カイルはその辺どうでもよく、早くこの城から出たかった。
「カイル様。実は来週この城で、ぶとうかいを行う予定なのですが、是非ともそれに出て頂きたいのです。勿論その間はこの城を我が家のようにお使いください」
「……」
カイルは面倒に思い王が反対するのを期待していたが、何故か黙ったままであった。
顔に出ていたのか、ミリアの表情が陰る。
「今日はもう遅いですし、とりあえず泊まっていかれては如何でしょう。ねぇ、お父様?」
「うむ……そうだな」
王はとても迷惑そうなのだが娘の押しが強く、最早諦めていた。
「部屋をご案内させます。エリス」
そう言うとミリアはパンパン、と手を叩く。
何処からともなくメイドが現れた。
「他の方々は?」
「皆様それぞれ部屋で休まれております」
「宜しい。カイル様も客室にご案内なさい」
「はっ、どうぞこちらへ」
「はぁ……失礼します」
王に一礼し、エリスと呼ばれたメイドについて玉座を離れる。
カイルはすれ違い様に色んな人からジロジロ見られているが全く意に介さない。
「こちらでお休みください。明日お迎えに参ります。何か不都合があれば私でも他のメイドでも構いませんのでお申し付けください」
一礼してエリスが去っていく。
隙が無く警戒心も強い。戦闘能力はかなりのレベルだろう。
そうなるとミリアが拐われたというのも信じられなくなるが、それ程までに能力者は強かったのだろうか。
今、エリグラーズはカイルという名である。こちらの名で【舌王】の能力を使用されたらどうなるのだろうか――
そう考え、再びアルビーと合間見えたいと思うカイルであった。
***
【天界】――
上機嫌な女神がゴロゴロしていると、時を司る神がやってきた。
「ちょっとミュリス、時の鏡使ったでしょ」
ミュリスと呼ばれた女神はなんとか取り繕うとしたが過去を覗かれるとすぐにバレるので、一部を除いて白状した。
「はぁ……やっちゃったことはしょうがないけど、その後のケアをちゃんとしなよ。あの鏡、対象と別の世界の転生希望者の精神を入れ換えるものなんだから」
「……え? 輪廻転生させるんじゃないの?」
「それは別の鏡だし。時の鏡は他世界のパワーバランス調整の為の道具。異世界人って付与効果で強くなるのと、精神体のみって条件だからお手軽でいいんだよね。」
「ほんとは本人同士の同意が必要なんだけど、あんた同意書貰ってないでしょ。ちゃんと確認してきてよね、これお互いが納得してないといずれ戻るから」
女神はエリグラーズを赤子状態にし、能力も何もない状態にしようとしていた。力を失った彼を殺すのを楽しみにしていた。
時の神の説明の半分も理解していなかったが、エリグラーズの居た世界には確かにエリグラーズが存在している。しかし精神は別人なのだろう。
しかも元に戻る可能性がある? あれだけ苦労して?
――女神は焦った。
しかし逆に思ったのだ。
あの人間離れした肉体は最早彼のものではない、それならば今から襲いにいけば容易に倒せるのではないか、と。
女神は二人のエリグラーズに会いに行く事にした。