第29話 アイリスの決意
『さぁ、本日最後の試合です。お前は一体何者なんだ!? 不思議な力は魔族の力! ミステリアスビューティー、レフィア・グリンガム!!』
『対するは、不思議さでは負けておりません。その能力はまさに異質! 一言で言うならばそう、魔法!! 可憐なる魔法少女、アイリス・アルベール選手!!』
アイリスは目の前の女性を見つめる。
彼女の体には黒い影のようなものがまとわりついており、表情はうっすらと笑みを浮かべどこか妖艶さを感じさせる。
よく見知った顔のはずなのにまるで別人のようであった。
『それでは準々決勝第四試合……開始!!』
「【模倣魔術の札】発動……」
「ん? なんじゃ?」
アイリスは札を取り出し、そこに文字を書き始める。
「『札に触れし者に睡眠を』『札に触れし者に束縛を』『最速の足、それに耐えうる身体を与えよ』」
一枚の札を自身に張り付けると札が輝き、その光がアイリスを包みこんだ。
「ふむ、自己強化か? ならば儂も使うかの。【魔王の鎧】!」
レフィアの周囲を渦巻いていた黒い影が彼女を包み込む。次第にそれは、レフィアを覆う黒い人形となっていった。
『おーっと! レフィア選手、以前使用した黒い力を発動させたぁ!! しかし今回は少し様子が違って見えますね……一体どのような能力なのでしょうか!!』
【魔王の鎧】――
【黒瘴気】の発展系能力。能力者の全身を覆う黒い人形は自動で攻撃と防御を行う独立操作系の能力としても使用可能。
能力者から三メートル範囲であれば独立して動け、さらに自在に伸縮可能の為、中遠距離攻撃もこなす。物理攻撃に対して非常に高レベルな耐性を持っておりその類いの攻撃はほぼ無効化出来るが、非物理攻撃は苦手。
「さぁ、何処からでもかかって来るがよい」
レフィアは腕組みをしたまま突っ立ったままだが、黒い影が腕を広げるような仕草をしている。まるで彼女の背後にもう一人、大きな人がいるかのようだ。
「……レフィアをどうしたの?」
小さく、しかし芯のある声でレフィアに話しかける。一瞬目を丸くし驚きの表情を作るレフィアだが、すぐさま笑みへと変わった。
「ふん、儂がレフィアじゃ。つまりはそういうことじゃ!」
真剣な眼差しを正面から受けながら、レフィアは妖しく微笑む。
その態度にカチンときたのかアイリスは眉をひそめ顔を歪めた。
「……レフィアを返して」
「よい顔じゃ。ならば実力を見せてみよ。【巨人形態】!」
影がひときわ大きくなりアイリスに向かってゆっくりと襲いかかってくる。
アイリスは怯むことなく、黒い影に向かって歩みを進めた。
「ふん! そのような紙切れ、我が【魔王の鎧】に通用するとでも?」
影の巨人は腕を真っ直ぐ前に突きだすと手を広げた。
「……やれ!」
レフェアの掛け声と共に指が伸び、黒い影がアイリスに襲いかかる。
アイリスは無言で迫り来る影に怯むことなく歩み続ける。
伸びた影がアイリスを捉えたと思われた瞬間、彼女の姿はその場から消え、一枚の札が影に貼られていた。
「む、避けおったか」
「……レフィアさんを返してもらいます」
更に一枚の札を取り出しそれを片手にレフィアに近付いていく。
「すばしっこいのぅ。これならどうじゃ! ……む、何故反応せん!?」
「……あの影の動きは止めた。次はあなた」
そう呟くと再び姿を消した。
「はぁ!? こら、動けっ! この木偶がっ!!」
「……これでおしまい」
札を持つ手が届きそうになった時、地面から黒く薄い影がせり上がりレフィアを覆う。
札は影に触れると光輝き、そして消えた。
「おー! ようやったぞ!! ……ふぅ、危なかった」
アイリスは思わず影の巨人が居た場所を見る。
確かにそこにいた巨人は跡形もなく消え去っていた。
「もう一枚の札の影響はないようじゃな。よしよし、ではここからは儂のターンじゃ」
影の壁から離れると再び【模倣魔術の札】の準備に入る。しかしその隙をレフィアは逃さない。
「そう易々と使わせると思うか?」
地面から次々と影の線が襲いかかる。一つ一つは大した速度ではなく容易に避けられるが、手数が多くアイリスは能力の発動が出来ないでいた。
【模倣魔術の札】は発動後に札の内容を決めて書かねばならない。また、能力発動から三分が過ぎるとその効力は消えてしまう。
――アイリスは焦っていた。
『怒濤の攻撃! これはアイリス選手、防戦一方だぁ!! しかしこれだけの攻撃を一つも当たることなく避け続けるアイリス選手も素晴らしい!!!』
「『動く事、永久に叶わず』」
ようやく一枚の札を書き終え、ひたすら攻撃を避け続けながら隙を伺う。
「ええい、ちょこまかと!」
アイリスの目の前に黒い壁が現れ、背後からは平たい線状の影が迫り来る。
行く手を塞がれたはずのアイリスは僅かに口角をあげ、壁に向かって突進していた。
「……止まれ」
壁に札を張り付けると反対方向に向かって走り出す。
背後からは迫っていた黒い影は動きを止めていた。
「くぅ、またか! 【魔王の鎧】そのものが動きを停止させられておる……能力に干渉するなど、恐ろしい力だの……さて、どうしたものか」
「……レフィアは返してもらう」
アイリスはいつの間にか背後を取っている。
「やってみよ!」
レフィアは勢いよく振り向くが既にそこには彼女の姿は無かった。自己強化により彼女自身が知り得る限り最速の速度と、その衝撃に耐えられる身体を得ているのだ。加えて【魔王の鎧】の動きは封じている。
アイリスは勝利を確信し、一枚の札を手に取った。
「『眠れ』」
たった二文字しか書かれていない札。単純だが、しかし触れさせれば確実に勝てる文字。
【模倣魔術の札】は自由度が高い反面、相手の運命をねじ曲げる効果を発動させる事は殆ど無い。
死ね、と書いてもそれにより相手が死ぬことはまず無い。
だがこの眠れ、の文字は効果がある。毎晩アイリスが自分自身で試しているからだ。問題は起きるまでの時間が指定されていないことだった。
「速すぎじゃろ!」
「これで終わり」
腕を伸ばせば届く距離。レフィアの死角から札を持ったまま手を突きだした。
「おっと、残念じゃったな」
どんな動体視力でもアイリスの動きを捉えることは難しい。ましてや自己強化などしていないレフィアが相手だ。そんな彼女が何故腕を掴んでいるのか。
アイリスは思わず表情を崩す。混乱で思考が働かない。
恐る恐る見たレフィアの片眼の色が赤く変わっていることに、今気付いた。
「ようやく見たか。これがレフィアの能力、【魔王の眼】じゃ」
「……レフィア……の?」
【魔王の眼】はレフィア・グリンガムの能力である。使用中は片眼のみだが、魔族特有の金色の眼が赤く変色するのが特徴。
能力発動時に見えた全ての範囲の結果を脳に送りそれを知らせる、言わば確定予知能力である。
あまりに膨大な情報量の為、連続使用の場合は十回までと制限がある。
「儂はレフィアでありレフィアではない。ま、この事は試合が終わってから話すとしようかの」
そう言いながら掴んでた腕を捻り上げる。
痛みで唸り声を上げるアイリス。手に持っていた札も離してしまった。
捻った腕をさらに捻り、体勢を崩すと札の落下位置にアイリスの体を持っていった。
「……あ」
札が光輝き、アイリスは眠りに落ちた。
『これも流れるような怒濤の展開でした! アイリス選手、自らの能力を受け眠ってしまったあぁぁ!! 勝者、レフィア選手!!! さぁ、明日はいよいよ準決勝です。皆さん、お楽しみに!!』
「……ふー、まさか二つの能力を使ってやっととはの。この小娘が、やりおるわ」
アイリスを見つめたまま、神妙な面持ちのレフィア。
彼女は迷っていた。自らの問題に彼女らを巻き込んで良いものかどうかを。
「しかし約束は約束じゃ。話だけはしようかの……」




