第28話 祝福と呪詛
『それでは、準々決勝第三試合! 世界でも珍しいアルビノでもあります。【白の癒し手】シーラ・ドルーガ選手! いやぁ、彼女は美しいという言葉がぴったりですね! 私も実はファンでして……あ、失礼しました』
観客席からは笑い声があがり、司会はわざとらしく咳払いをする。
『えー、対するは! こちらの方も非常に人気があります!! 今まで静かに勝利してきました。ランペイジ王国、ミリア姫の専属メイド! エリス・ルシフェリア選手!!! 彼女は少し冷たい印象を受けますが、それがまた魅力的ですね。まさにクールビューティー!』
『さぁそれでは準々決勝第三試合、開始!!
…………えー、両者とも一歩も動きません。どうしたのでしょうか?』
エリスは目の前のエルフから発せられる異様な雰囲気を感じ取っていた。本能が近付くなと訴えかけている。
「それでもこのまま棒立ちしてるしているわけにはいかないか……いきます」
「【静寂なる暗殺者】――」
突如エリスの姿が消えた――――
この場にいる全員がそう感じていた。
【静寂なる暗殺者】は、使用者の存在、行動の一切を認識出来なくさせる能力である。効果範囲は自身を中心に半径十五メートル。この範囲内であれば機械ですら彼女を捉える事は出来ない。実際には存在しているので広範囲の無差別攻撃など対象を指定しないものは効果を受けてしまう。
『おや? これは一体どういう事でしょうか! エリス選手、忽然と姿を消しました!』
この状況においてもシーラは動じることは無かった。それどころか、にこやかに微笑んでいる。
エリスはゆっくり物音を立てないように近付く。元々暗殺者を生業としていた彼女にとって、ただのエルフなど格好の的であった。
「……【白き祝福】」
シーラの両手がぼぉっ、と薄暗く輝き、それに呼応するかのように周囲もうっすらと輝きだした。
エリスは彼女のこれまでの戦い方をスクリーンで見ていたが、いずれも対戦相手が身動きもせず勝手に倒れていった為、遠距離からなんらかの攻撃をしていた、という認識しかなかった。
それ故に油断していた。
(目標まで一メートル……もらった)
エリスは右手の筋肉を操作し硬質化させる。
手刀の形で背面から肩と脇腹を貫く。その後、回復に使われるであろう右腕を狙い攻撃、最悪切断する――
そう頭の中でシミュレーションし、シーラの背面から踏み込んだ。
突如違和感がエリスを襲う。疲れが取れたような、体が軽くなる感覚。本来であれば戦いの場で感じるはずの無い異常な感覚に本能が囁く。
――早くこの場から離れろ、と。
「ぐぅ、ああぁぁぁっっ!!」
叫び声を上げててエリスは姿を現す。
指の爪が剥がれ落ちている。指先、鼻からは出血しており、全身は所々赤く変色し血管が浮き出ていた。
「あら、そんなところに居たんですね」
表情一つ変えずシーラが近付こうとする。エリスは慌てて【静寂なる暗殺者】を発動させた。
【白き祝福】――
基本的には治癒力の活性化や細胞の再生、代謝の促進で対象を回復させる能力。その気になれば損傷箇所の復元もである。
発動中は際限なく回復の効果が発動する為、過剰回復による生体組織の破壊も可能だ。効果箇所は使用者が自由に設定可能である。
範囲は最大三メートル。近ければ近いほど効果が早く表れる。
シーラは回復のみならず、攻撃手段としてこの能力を用いていた。
「鬼ごっこは得意では無いのですが」
シーラはリング上をゆっくり歩き回っている。エリスは彼女との距離を測りかねていた。
接近戦は厳禁だが、あの執事のように隠し武器は用意してきていない。加えて先手を取られおり、爪先の痛みが思考を邪魔する。
(……仕方ない)
『エリス選手、再び姿を現しました! しかし何故能力を解除したのでしょうか? 何か秘策があるのでしょうか!』
「不格好で申し訳ありませんが、勝たせて頂きます」
エリスは両腕を硬質化させてリングに腕を叩き付けると、大きく穴が空き破片が飛び散る。その破片を手に取ると、シーラ目掛けて思い切り投げつけた。
筋肉操作により極限まで強化された腕から放たれた石片は、まるで銃弾のようであった。
「きゃあぁぁ!」
可愛らしい声をあげるが、被弾箇所は石片により抉り取られている。顔を守っている腕には幾つもの穴が空き赤黒く染まっていた。一頻り石片を投げ終えたエリスは近寄る事なく再びリングを破壊している。
「あら、用心深いんですね。あれだけ石を投げつけておいて」
エリスは目を見開き顔を上げシーラを見た。
先程までの痛々しい姿は一体何処へいったのか――
彼女の体には傷一つなく、悠然と立っているシーラの姿がそこにはあった。
「そんな……あれだけの傷を一瞬で!? 回復なんてレベルじゃない……」
「あら? 顔色が優れないようですね。帰って休まれたらいかがですか?」
微笑みながら口を開く。シーラの体は黒く染まっていた。
『ご覧下さい、シーラ選手の姿! 美しい白い肌が黒く染まっております!! さしずめ、ダークエルフといったところでしょうか!?』
シーラはもう一つ能力を所持している。
【黒き呪詛】――
この能力は【白き祝福】を使用する事が前提の限定能力である。効果は、対象の状態を【白き祝福】を使用した時点に戻す、言わば時間操作能力だ。
あまりに限定的な能力なのと、対象の設定が一人にしか使えず、また復元ポイントも最新時のみの為、使用する機会は殆どなかった。シーラは【白き祝福】の効果が悪い方向にいってしまった時の為の保険として使用している。
「さぁ、私はここですよ。どうぞ、どこからでもいらしてください。」
両手を横に広げ穏やかな口調で挑発する。当然エリスには通用はしない。だが、攻め手が一切無い事が彼女を悩ませていた。
――いや、正確に言えば一つだけ思い当たる。だがそれを実行することを、エリスは躊躇っていた。
(しかしこのまま接近を許すわけにはいかない……)
エリスは再び石片を拾うと一定の距離を保ちつつシーラの周囲を歩き回る。その目付きはスナイパーのように鋭く、ただ一点を狙っていた。
「……申し訳ありません、狙わせて頂きます!」
一瞬の隙をつき、頭部目掛けて思い切り投げつける防御が間に合わずシーラの即頭部に直撃し、その衝撃で地面へと倒れた。
『これは……頭に凄まじいのを貰ってしまった! シーラ選手、大丈夫でしょうか……?』
「……悪く思わないでください。王国……姫様に仕える者として、腑抜けた戦いを見せる訳にはいかないのです」
「えぇ、勿論理解していますよ」
血塗れの頭を押さえながら、シーラはゆっくり立ち上がる。
「バカな……! 普通ならあれで即死のハズ……!!」
「普通ならば……そうでしょうね。しかし貴女がこんな攻撃をしてくるなんて思いませんでした」
先程まで真っ赤に染まっていたはずの頭は傷一つなく綺麗な状態であった。エリスは、くすくすと笑う目の前の彼女に今更ながら得体の知れない恐怖を感じていた。
(私の持ち味は能力を使用しての奇襲……しかしそれを活かせる手札を用意していなかったのは私のミス。何より生半可な攻撃じゃ彼女を完全には殺せない……)
空を見上げ大きく溜め息を吸う。それを全て吐ききって正面を向くと、エリスは右手を挙げ口を開いた。
「ギブアップします。これ以上やっても勝てそうにないので」
『ここでエリス選手が棄権宣言! 第三試合、勝者はシーラ選手!!』




