第24話 それぞれの戦い 中編
キャミィとレフィアは二人並んでスクリーンを眺めていた。
「うひゃあ、ガーランドのおっさん豪快だねぇ!」
「うわ……何あれもう無理でしょ。どうやって勝つのよ」
二人の表情はまるで正反対である。
「あ、次あたしだ。いってくるー!」
元気に走ってリングへ向かうキャミィに手を振って見送るレフィアに一人の男が近づいてきた。
真っ黒な髪は長く背中まであり、結膜の色は薄黒く眼の色は金色に輝いている。肌の色は灰色に近く、その風貌は明らかに人間属では無かった。
「レフィアお嬢様、お久し振りです」
「サイアス……」
「メフィラトも来てます。……よくぞご無事で」
サイアスと名乗る青年は少し涙ぐんでいた。
レフィアは不機嫌そうな表情でその場を離れようとする。
「レフィア様、信じて頂けないとは思いますが、お父様も心配しておりました。ただ相手が【十王】であることが……」
「私は戻らないわよ。冒険者ギルドにも登録したしクランも作ったの。もう一人で生きていけるわ」
「いえ、それはなりません。力ずくでも連れ戻します」
鋭い目付きで睨み付けるレフィア。サイアスは意に介さず言葉を続ける。
「……偶然にも私とお嬢様は同じブロックです。どうでしょう? 勝者に従う、というのは」
「上等じゃない。受けて立つわよ」
サイアスは一瞬驚き、そして初めて笑顔を見せる。
「まさかお嬢様がそのような事を仰るとは……私に一度たりとも勝てた事が無いというのに。随分と良い経験をされたようですね。それでは、明日戦える事を願っております」
すーっと、サイアスの姿が消える。
「レフィアー! 勝ったよー!! ……あれ、どしたの?」
「ううん、何でもないよ。おめでとう、キャミィ! 私も負けてられないね!」
「うん! 先に宿に行ってるから一緒にご飯食べようね!」
キャミィを見送ってから、レフィアは思わず頭を抱えて椅子に座り込んでしまった。
***
『第三回戦、第一試合の勝者はカイル選手ー!』
「一回戦目の相手が一番強いってどんなトーナメントなんだ……」
カイルは段々レベルの下がるこのトーナメントに飽きてきていた。先程の対戦相手も弱くは無いのだが、やはりミリアと比べると格段とレベルが落ちる。
「見事な戦いぶりだったな、カイル選手!」
声の先には少女が立っていた。ピンク色の髪を後ろでまとめ、年季の入った胴着を着ている。
「格下だろうと弄ばず正々堂々と正面から戦うその姿勢、正直感動したぞ! 皆がそのように戦ってくれると良いのだが……おっと、名乗っていなかったな。私の名はティアリエ・ゴッドバルツだ」
「……【拳王】?」
「む、知っていたか! これは光栄だ」
カイルの歯切れは悪い。それもそのはずだ。彼が想像していた【拳王】はもっと武骨で筋肉質、髭を生やした大柄の男である。
「どうかしたか?」
「……いや、少しイメージと違ったので。まさかこんな可愛らしい女性だったとは」
ティアリエは、ぼっ、と顔から火が出たかなように赤らめ下を向いてしまった。
「な、な、な……しっ、失礼だろう! ぶ、武人に向かってそのような……か、か、か、可愛らしいなどと……!」
「気分を害したようなら謝るよ」
「あ、その、気分は別に……じゃない! 私を侮辱するのか!」
「女性に可愛らしいというのは侮辱だったのか……知らなかった」
「え、あ、いや、そうじゃないの。あの……くっ、もういい!」
ティアリエは顔を赤らめたままどこかへ行ってしまった。
カイルは、可愛らしいと無闇やたらと言うのはよそうと心の中で誓った。
「なにしてんねんこいつら……あほくさ」
***
『さぁ、次なる戦いは……三回戦第四試合! 先日は素晴らしい闘いを見せてくれました。【血塗れの狼】ガーランド選手の入場です! そして対するは圧倒的な身体能力で勝ち上がっております! 【猫獣人】キャミィ選手です! しかし体格差は歴然です。どのように戦うのか楽しみであります!』
「おーっし、がんばるぞー!」
「お嬢ちゃんが相手か! ちょっとやりづらいけど勝たせてもらうぜ!」
「おっちゃん相手だと結構本気出さなきゃね……!」
『それでは第四試合……開始!!!』
司会者の掛け声と同時にキャミィが【選ばれし英雄】を発動させる。
光がキャミィを包み込み、姿形が変貌する。
現れたその姿は、レクス・ヴァルフレイのものではなく、男性の姿であった。
『おーっと……これは一体? キャミィ選手が男性に変化しましたぁ! これは能力の効果なのでしょうか?』
「俺を喚ぶとは相当な相手らしいな……」
金色の長髪にがっしりした体型。彼にも獣人特有の耳と尻尾がある。
「む、姿が変わる能力とは! だがやる事は同じだ!」
ガーランドが男目掛けて突進してくる。射程内に入ると同時に【引力操作の筋肉】を発動させた……が、動けないはずの男の姿が消えている。
彼は一瞬にしてガーランドの背後に回り込んでいた。
「やれやれ、自己紹介もさせないとはせっかちだな。俺の名はヒューマ・レオパルド。僅かな間だが楽しもうじゃないか」
「随分と素早い奴だな! 絶対捕まえてやる!!」
「ふっ、出来るかな? ――【不可視の獣爪】」
両手を構えてガーランドの脇を抜け一瞬で移動する。
ガーランドの脇腹には爪で切り裂かれたような切り傷が残っていた。
「ぐっ! 俺の筋肉にここまで傷をつけるとは!!」
『おーっと! キャミィ選手が……あ、えー、ヒューマ選手? が一瞬で移動したかと思えば、ガーランド選手が負傷しております! しかし武器は持っていないようですね。これが彼の能力なのかっ!?』
「この子の為、俺たちは負けるわけにはいかない。お前も相当の手練れだろうが、相手が悪かったな」
ヒューマは高速移動を繰り返す。それは決して捉える事の出来ない動きで、まるで線のように見えていた。
線がガーランドを通り過ぎる度に体に傷が出来る。一撃一撃が深く見る見るうちに全身は血塗れになっていった。
「くぅ、不味いぜ。能力を使う暇がねぇ……!」
「流石にタフだな。まだ意識を失わないか……」
攻撃を止め距離を取ったヒューマの息が上がっているのを見逃さなかった。
ガーランドはあえて自ら仕掛ける。
「そいつは悪手だぜ……」
殴りかかるがそこにはもうヒューマの姿は無い。
しかし狙いは別にあった。
「接近戦では絶対無敵。それがこの俺、ガーランドだ!」
再び線となり襲い掛かってくる彼の攻撃をあえて正面から受ける。見えない爪が体に突き刺さったまま動けなくなる。
ガーランドは自分自身を【引力操作の筋肉】の起点として発動させたのだ。
「くっ、体が動かない……? これがお前の能力か! しくじったぜ……」
「お嬢ちゃんの体が大事ならギブアップするんだな。しなけりゃこのまま背骨を折るぜ!!」
ガッシリと両手で抱きかかえられ、能力により身動きが一切取れないヒューマにもはや選択の余地はなかった。
「オーケー、俺の負けだ……」
『決着!! ガーランド選手、苦戦の末見事勝利を収めました!!』
「血を流しすぎたな……大したもんだぜお嬢ちゃん」
『続いては第五試合――』
***
「レフィア~、負けちゃったよ~……」
「でも凄かったじゃない。見た目もそうだけど全然別人になっちゃうしあのガーランドさん追いつめてたし」
「うー、でもカイルと戦いたかったなぁ」
ぶぅ、と不貞腐れたような表情をするキャミィ。そんな彼女をどこか羨ましく思うレフィアだった。
一方、リングの上ではシーラがエルフ族の男と戦っていた。
しかしそれは戦いと言えるのだろうか……男はその場から一切動かず、いや、動けず体中から血を吹き出して倒れてしまった。
『なんと! なんと!! なんと!? これで三試合連続と言ってもいいでしょう。シーラ選手、その場から一切動かず相手を倒してしまいました!!! 恐らくはそういう能力なのでしょうが、どのような能力か、皆目見当もつきません!!!!!』
「……ふぅ、疲れます。でもこれで準決勝進出ですか。もうすぐカイル様の所へいけますね」
シーラは満足そうに笑うとリングから去っていった。
『それでは第六試合!! 数多の男性ファンを虜にしております! レフィア・グリンガム選手!!! 対しますは、なんと珍しい、魔界よりはるばるこの武踏会まで来ました。サイアス・ヘルヘイム選手!!』
『お互いにらみ合っております。気合は十分! それでは試合開始!!』
「お嬢様、今までのような戦い方では絶対に勝てませんよ。本気を出してくださいね」
そう言うと彼の体を黒い霧のようなものが覆う。それは鎧を形どり、全身を包んだ。
サイアス・ヘルヘイムは魔人族である。魔人族は人間族に近い姿をしている魔族であり、特殊な能力を一つ持っていた。かれらは遥か昔、この世界より失われた【魔法】の一部を扱えるのである。
しかし純粋な魔族には【能力者】が存在しない為、実質これが能力として扱われている。
「さぁ、いきますよ! 【闇刃の雨】!」
彼の周囲に真っ黒い剣が幾つも形成され宙に浮いたままレフィアに襲い掛かる。
彼女も同じように黒い剣を両手に形成し迎え撃った。
レフィアはまるで舞踏のように剣を斬り払っていく。
「やりますね……でも、これはどうです? 【漆黒の魔弾】!」
黒い剣が拳程の大きさの球体に分裂し、間髪入れずにレフィアに襲い掛かる。
斬り払うと爆発し煙で視界が悪くなる。
「くっ……」
躱しながら距離を取るが、逃げた先にも既に球体が回り込んでいた。
次々と球体が礫のように襲い掛かる。黒双剣で球体の軌道を逸らしながら、レフィアはサイアスとの距離を測っていた。
「逃げるだけですか? 剣捌きは上達してますがそれ以外はてんでダメですねぇ」
「そうね……」
正面の球体を全て薙ぎ払い道を開ける。サイアスとの間に障害は無く、レフィアは思い切り踏み込んだ。
「――!」
油断していたのか完全に虚を突かれ、球体の追いつかず現存する球体も薙ぎ払われた。
レフィアが持っていた黒い剣は腕を覆い、篭手のような装備へと変化する。そのまま懐に潜り込み腹部目掛けて突き上げるように拳を放つ。
「ガハッ……」
追撃で頭部に殴りかかるが球体が行く手を阻む。
球体に触れないようにして再度距離を取る。
『――なんという息を呑む展開! 目まぐるしい攻防に思わず見惚れてしまいました!! 両者一歩も譲らず!!!』
「危うくそのまま殴り倒されるところでしたよ……」
サイアスの体にはうっすらと黒い膜のようなものが張られており、打撃はその膜によって軽減された。
「仕方ありません。なるべく傷つけないようにと思いましたが、手加減できませんね。半殺しくらいは勘弁してください」
「……それはこっちの台詞よ!」
再び球体をかいくぐりながらサイアスに迫る。
「惑え、【暗黒の幻影】!」
球体が一瞬で消えたかと思えば辺り一面が暗くなる。薄っすらと見えるのは地面のみ。
背後からの気配に反応し、黒双剣で払うと小さな爆発が起こる。
「視界を遮ってからの【漆黒の魔弾】はもはや回避不能。このまま浴び続けてください」
先ほど爆発した箇所目掛けて球体が押し寄せる。次々と爆発し、暗闇を照らし続けた。
レフィアは横たわっており、辛うじて息が出来るだけの状態となっていた。
「結局こうなるんですよね。少し期待していたのですが……残念です、レフィアお嬢様。貴女には自由なんてないんです。さぁ、もう動けないでしょう。負けを認めてください」
「まだ……動ける……」
なんとか立ち上がるが足元はふらつき、爆発を浴び続けた片腕はもはや機能していない。
「何故それ程まで頑張るのですか? そういえば得体の知れない連中と一緒だったようですね。ご安心ください。彼らはキッチリと始末しておきますので。お嬢様には何の未練も残しませんよ」
「やめなさい! あの人に手を出したら……」
「今の貴女に何が出来るというのですか?」
レフィアは俯き震えている。何も出来ない自分が不甲斐ない。一体どうすれば良いのか――
自問自答して出せた答えは負けを認める事だった。
「……私の負けです。連れて帰りなさい」
「全く不甲斐ない。それでもあの方の娘ですか」
レフィアは何も答えない。サイアスが大きくため息を吐く。
「おや、メフィラトからの手土産が届いたようですよ。ほら」
「……え?」
レフィアは、サイアスが指さした先を眺める。
ぼんやりとしていてハッキリとは分からない。しかし、レフィアにはそれがカイルの頭部に見えた。
「え、嘘、なんで……?」
「貴女の一番大切だと思う方を一人。本気を出して頂こうと思ったのですが、しかしもう遅いですね。全く、メフィラトに無駄な借りを作ってしまいましたよ」
「やだ、カイル……カイル……!」
「――全く持って女々しい! 魔族の長の一人娘が好き勝手に遊びまわり奴隷商人なんぞに捕まった挙句、人間族の男にかどわかされる? 本来ならば万死に値する!!
……しかし貴女の特別な力を失う事は魔族、ひいては魔界全域の損失になります。さぁ、もうよろしいでしょう。共にお父上の元へ帰りましょう」
ただ呆然とその場でへたり込むレフィア。カイルと思われる頭部を胸に抱きぶつぶつと呟き続けている。
「……全く、世話の焼ける!」
サイアスが腕を掴んだ、その瞬間。
「――離せ、この私に触れるな下郎が」
サイアスの手に激痛が走る。レフィアの片目の角膜は黒く、目の色は金色に変色している。
体からはどす黒い【黒瘴気】が発せられていた。




