第15話 クラン発足
ユメリア城跡を出る頃には夜も明け、街に着くとすっかり日が出ていた。
まだ人通りは多くないが、それでも既に賑わいを感じさせる。
「あー! つっかれたー!」
キャミィは馬車から降りると宿屋の中に物凄い速さで入っていく。
「疲れた人の動きじゃないでしょあれ」
レフィアが苦笑しながら馬車を降りる。
「ではわたくしはお姉さまと一緒に手続きして参りますので、少々お待ち下さい」
シーラとクリスティーナも続いて降りると宿屋へ入って行った。
「確かに疲れたが俺は先にギルドへ行くよ。カイル君たちはどうする?」
「どうしようか」
カイルはこの場にいるレフィアとアイリスに目を配る。
「あー、私はパス。もし行くならシーラたちに伝えてくるよ」
「そっか、なら行こうかな」
「……報告いく」
アイリスがカイルの袖を引っ張りながら呟く。
「まぁ……いいか。じゃあアイリスと行ってくるから後は頼んだ」
「はい、頼まれました。じゃねー」
こちらに背を向けたまま右手をひらひらと降り、レフィアは宿屋へ向かった。
「それじゃあカイル君、行こうか」
「そういえばロディさんのクランってなんてとこですか?」
「【血塗れの狼】さ。この辺ではかなり大きいクランなんだが団長が適当でね。最近は肩書き欲しさにチンピラみたいな冒険者も入ってきて困ってるんだよ」
カイルはどこかで聞いたことのある名前だと思ったが、それはすぐに思い出された。
「おう、いつかのにいちゃんじゃねぇか! なんだ? ロディ、知り合いだったのか!?」
短髪で髭が髪の毛のようにもじゃもじゃの大柄の男――
逆さ絵のようなこの男はガーランド。
「団長! この街にいたんですね」
クラン【血塗れの狼】の団長である。
***
「――というわけで、新種のグールの異常発生の原因は……」
ロディがハルの街冒険者ギルドの代表、ヤハリ・オリバと話をしている。
カイルはウイルスの事なんか知ったことではなく、アイリスに関しては眠そうにカイルに掴まっているだけで何しに来たのか分からない。
ロディが全ての報告を彼らの代わりに行っていた。
「しっかし信じられねぇな。そんなグールいんのか?」
「今から行けばまだ死体は残ってますよ。見に行ったらどうです?」
「馬鹿か、何が悲しくてそんなもん見に行かなきゃなんねぇんだよ!」
カイルが呆れ顔でガーランドの相手もしている。
「えー……それで、カイル・イングラム君? キミがロディさんの言う大型のグールや【命王】フェレス・ファウストを退けた、と言うことですか?」
「あぁ、グールはなかなか強かったな。フェレスとかいう変人はワケわからん事喋ってただけだけど」
「カイル君、喋り方……」
「あ、えー、そうであります」
艶のある黒い机と革張りの椅子に深く腰かけた初老の男性、彼がギルドの代表である。
丸眼鏡をくいっとあげ、書類に何やら記入している。
「ロディさんの言うことですから信じていないわけではないのですが、他の冒険者が全滅っていうのもねぇ……」
「現地へ行っていただければ、それは一目瞭然かと。グール化した冒険者の死体がゴロゴロしてますよ」
「報告内容が全て真実であれば、これは世界を震撼させる出来事ですよ。歴史に刻まれるでしょうな……【命王】の凶行と……そこのカイルさんの活躍がね」
ロディはまるで自分の事のように嬉しさを隠しきれず満面の笑みを浮かべる。
カイルは全く興味が無く、半分寝ているアイリスの体を支えていた。
「既に調査隊が向かっています。ロディさんとカイルさんには是非とも一緒に来ていただきたいのですが?」
「はい、喜んでお供します!」
「すんません、無理です」
「えっ!?」
ロディとカイルは即答した。それぞれ別の意味ではあるが。
流石にこの返事は予想外だったのか、ヤハリの表情が曇る。
咳払いをし、眼鏡の位置を直しながらカイルに問いかけた。
「えー、何故無理なのですか?」
「城でやる武踏会に出る予定なので」
「あー、あれな! 俺も出るぞぉ!! 確かに三日後だから明日出発しないと間に合わねぇよな!!!」
「団長は黙っててください……カイル君、本当にいいのかい? 冒険者としての功績が……」
「そういうの興味ないんで。とりあえずクランさえ立ち上げられればそれでいいです」
「ふむ……」
ヤハリは一言だけ発し、また書類に向かっている。
「ならロディさん、よろしくお願いしますよ。団長さん、暫く彼をギルドでお借りしてもよろしいですかな?」
「おー! 行ってこい行ってこい!! そんでもって出世もしてこい!!!」
「カイルさんはもう少し、世の中を知った方が良さそうですね。まぁ今回は結構です」
「……ほう?」
「……カイル、駄目」
寝ていたアイリスが袖をくいっと引っ張る。
何かを訴えるかのようにカイルの目をじっと見つめていた。
「……まぁいいや、後で申請出しとくんで受理しといてくださいよ。アイリス、皆のところへ戻ろう」
「あ、カイル君!」
ロディが声をかけるがカイルたちはそのままギルドの外へと出ていった。
「えーと、ほら、彼も若いですし……」
「若い、か……」
ヤハリはカイルが部屋から出ていった後も彼がいた場所を見つめていた。
(久し振りに得体のしれん奴が現れたな……)
そう心の中で呟くとロディたちと今後の展開について話し合いを始めた。
カイルとアイリスはハル街を歩く。
既に日が出ており賑やかな街並みは不思議と苛立ちを和らげる。
「……喧嘩は良くない」
「……」
カイルは、アイリスに制止されていなくても手を出すつもりはなかった。
殺気をぶつければどのような者でも自分に口出し出来なくなることを知っていたからだ。
そしてあの場でそれをすればガーランドとの戦闘は避けられないだろう。
それすらも良しと思っていた。
「……嫌いになった?」
一向に喋らないカイルに向かってアイリスは言葉を投げ掛ける。
彼女は、彼女たちは自分にとってなんなのか……
カイルは考えたことがなく、しかし心のどこかで大切に感じている部分もあった。
「嫌いにならないよ。むしろ助かった、ありがとう」
頭に手を軽く乗せぽんぽんと叩く。
アイリスは何も言わず、そのまま二人は宿屋に向かって歩いていった。
***
「おはようございます。たった今ギルドの方がこちらへやって来てこれを頂きました」
昼頃、シーラがカイルを起こしに来たついでに、二枚の紙を手渡す。
「えー、クラン発足の受理書か。こっちは俺宛だな……えーと、カイル・イングラム殿、貴殿をAランク冒険者に認定する……だって」
「Aランク!?」
どこから現れたのか、シーラの後ろにいるレフィアが大袈裟に驚く。
「レフィア、朝っぱらからうるさいですよ?」
「え、だって何の実績もなくいきなり……あ、グールか」
カイルにも心当たりはなかったが、Aランク冒険者にまで引き上げられるとは思っていなかった。
「Aランクって何が凄いの?」
そもそも興味も無いのだ。
「……ほんっと世間知らずよねカイルって。シーラもそう思うでしょ?」
「……え? あ、えぇ、そう……ですね」
「あなたもなの……」
レフィアは頭に手を当てて小さなため息を吐く。
冒険者のランクはSからEまで設定されている。
Eランクは登録直後のランクであり、一つでも任務を達成すればDランクへと昇格する。
C・Dランクは一般的な冒険者と言える。
Bランクにもなると国からの特別な依頼を受領出来たり表に出せないような依頼を受領出来るようになる。
Aランクは冒険者ギルドが相応しいと思った者しか昇格出来ない。
その経緯は不明であるが、国やギルドへの貢献度と言われている。
Sランクは元々存在しているランクではなく、Aランクですら解決が難しい依頼を解決した者に与えられるいわば称号のようなものである。
レフィアはその辺りの説明を簡潔にシーラとカイルにする。
「だからいきなりAランクなんてのは前代未聞なのよ。分かった?」
「……おう」
「……はい」
「ほんとなんなのあんたたち」
「おはよー! ご飯食べにいこ!」
「……騒々しい」
キャミィとアイリスがそれぞれ部屋から出てくる。
アイリスはまだ眠いのか、目を擦っている。
反対にキャミィは元気いっぱいだが空腹のせいかお腹が頻繁になっているようだ。
「あ、また鳴った。ほら、いこーご飯食べよー!」
「……皆いく?」
「私は行こうかな。シーラとカイルは? てかクリスティーナはまだ部屋?」
「お姉さまは気分が優れないようで……あ、わたくしも参ります」
「じゃあ俺も行くか。ちょっと準備してくるから待っててよ」
皆で昼食を食べに行く準備の為に部屋に戻ろうとすると、シーラが声をかけてきた。
「あ、カイル様。お姉さまの事ですが……」
「姉さんがどうかした?」
「差し出がましいようですが一度ちゃんとお話しされた方がよろしいかと。精神的に不安定になっていらっしゃるようなので……」
「あぁ……分かった。ありがとう」
カイルはそこでようやく彼女の事を思い出した。
(何故、今まで忘れていた……?)
不思議な感覚に襲われたが構わず準備をする。
だがシーラが言っていた事が気になり、カイルは皆と昼食に行く予定をキャンセルする事にした。
カイルはクリスティーナがいる部屋の前に立っていた。
「姉さん、いる? その……良かったら一緒にご飯でも……」
静かにドアが開かれる。
クリスティーナは思っていたよりも顔色が良く、その表情からは疲れを感じさせない。
「カイル、気を使ってくれたの? ふふっ、ありがと」
口元に手を添えて微笑むクリスティーナ。
カイルは彼女に対し、どこか違和感を覚えていた。
「それじゃ、準備してくるわ。少し待っててね」
彼女は姉だ、という認識だった。
その認識はこの体、本来の持ち主の意識から来るものだった。
「お待たせ。どこに行こうか?」
カイルは一つの疑念を抱いていた。
この女性は姉では無いという疑念を。
「他の皆とは別の場所にしよう」
そう言って店に入り食事をする。
他愛のない会話、まさしく姉と弟がするような、家族の会話。
今、カイルは必死に自分の中にある意識から言葉を探っている。
それは転生の影響なのか、どんどん彼女が姉である確信を持てないでいた。
いつしか会話は止まり、二人とも食事に集中していた。
「ねぇカイル」
不意に声をかけてくるクリスティーナ。
「貴方、私の弟じゃないわよね?」
「あ……」
カイルは何か喋ろうとしても何も喋る事が出来ない。
普段の彼であれば否定していただろう。
元々の彼であれば肯定していただろう。
しかし、今の彼はどちらも出来ないでいた。
クリスティーナは思考していた。
何故カイルが言う事を聞かないのか。
何故カイルが私を見てくれないのか。
何故カイルが弟ではなくなってしまったのか。
クリスティーナは向かい合わせに座るカイルに向かって手を伸ばす。
近づくその手はカイルの肩に乗せられ、クリスティーナは静かに呟いた。
「【理想の姉弟世界】、展開――」




