第13話 死の狂演・閉幕
フェレス・ファウストには謎が多い。
出自はさることながら、能力の全貌を知るものは【十王】の中でも限られていた。
かつては【神の申し子】と呼ばれていたが、ある時期を境に人々を恐怖に陥れる存在へと変化していった。
彼の能力は【変異する者】――
自身が完全に理解したものを常識を超えて変異させる能力である。
「姉さん!!」
「カイル……」
クリスティーナはその場で倒れこんだ。
その後ろからはキャミィ、アイリス、シーラが走ってくる。
「お姉さま!?」
「ぞろぞろとお仲間たくさんいいですねー」
「フェレス、何をしたかは知らないが命が惜しければ……」
「あーはいはい、カッコいいねぇ!! でも、もうちょっと話聞こう!?」
「私はGウイルスを操ることができます。感染したグールもほら! この通り」
フェレスが指を弾くとその背後からグールが十体ほど現れる。
「Gウイルスを作り上げたのもこの私!!」
何がおかしいのか、フェレスは笑い転げている。
その様子を見ていたカイルは【闘気】を更に展開させた。
「そしてこんなことも……出来たりして?」
彼の背後にいたグールたちの体つきが変貌する。
それはまさに異形――ある個体は三倍にも大きくなり、ある個体は蜘蛛のような脚が生え二足歩行ではなくなった。
他、腕が増えたり逆に腕が無くなったりと様々な姿になった個体もいたが、全てが人としての面影を完全に無くしていた。
「私の本来の課題は人の種を最強に作り上げる。これは人の体に手を加えるよりも、ウイルスによる自己進化を促した方が面白い結果になるって分かってね」
「今回はギルドに依頼を出して冒険者の皆さんにご協力頂こうと! まぁそういうわけなんですよ。色々分かったので今回はこれで良しとしたいところです、はい。ただどうしても二足歩行出来る状態に辿り着く個体が少なくて……」
フェレスはカイルの方を見ながら喋り続ける。
「もう少し実験したら是非とも! 君に被験体になってほしいものですねぇ」
そこまで喋りと辺りに黒い霧が立ち込め始めた。
フェレスの姿は見えているのに気配をまるで感じさせない。
「ちっ、あのゴリラみたいな男か……」
「それじゃあねぇ♪ あとは私の作品と遊んでてヨ!」
フェレスの姿は完全に消え、残されたグールが唸り続ける。
クリスティーナは苦しそうにもがいており、シーラが様子を見ていた。
「カイル様、お姉さまはお任せください」
シーラの両手が白く輝き、クリスティーナの額と胸に添えられた。
顔色が多少良くなり、呼吸も落ち着いてきた。
「少し時間がかかると思いますので皆様はグールをお願いします」
「まかせろー!」
「……承知」
「さっさと終わらせる」
カイルは最も大型のグールに向かって【闘気】を放つ。
小型のグールの群れは一撃で消滅したが、その個体は防ぎきりなお活動している。
それを見て闘争心に火がついたカイルは、クリスティーナが危険だというのにうっすらと笑みを浮かべる。
「フェレスか……面白いものを作るやつだ」
背後から四本足となり両手が鎌のような形状の、まるでカマキリのようなグールが襲いかかってくる。
振り下ろされる鎌を避け、グールの頭部目掛けて蹴りを放つ。
側頭部から衝撃が反対側へ抜け、まるでクラッカーのように勢いよく中身をぶちまけた。
「楽しめそうなのはあいつだけか……」
カイルはグールを蹴散らしながら大型グールへと向かっていく。
一方、キャミィとアイリスは異形のグール相手に苦戦していた。
「うー、このグールなんか強くない?」
「……強固」
「んー、しょうがないかぁ。あたりちょっと能力使うけど驚かないでね?」
「……承知」
「よっし、いっくよー!」
「【選ばれし英雄】、おいでませ!」
キャミィの足元に突如、魔法陣が映し出され、空から光が降り注ぐ。
光に包まれキャミィの姿は一瞬見えなくなったが、彼女を包んでいた光と足元の魔法陣はすぐに消えた。
「ふぅ、久しぶりの下界だ。存分に楽しませてもらおう」
肩ほどの長さの髪は背中まで伸び、スタイルも良く顔つきも変化している。
服装は深緑色をした民族衣装のようで、腰には刀を携えている。
キャミィの姿はもはや別人となっていたが唯一、獣人特有の耳と尻尾は残っていた。
【選ばれし英雄】――
自身の血族に関係する過去存在した事のある他界した【能力者】の魂を現世に呼び出し自らの肉体へ憑依させる能力。
能力発動者本人のスペックに加え、呼び出した【能力者】の身体能力含む全ての能力を加算させた状態で活動が可能となる。
見た目と表に現れる人格は呼び出した者に依存し変化を起こすが本人の意識もハッキリしており、いざとなれば主導権を握り憑依を解除する事も可能。
持続時間は使用者の力量次第の為、鍛錬を怠れば一分も持たず解除されてしまうだろう。
この能力は遺伝する特殊なものであり、子が産まれると同時に引き継がれ親は【能力者】では無くなってしまう。
「……唖然」
「心配するな、キャミィは内にいる。当然君の事も知っているぞ、アイリス。それから……会話の邪魔をするな」
キャミィだった女性は横から襲い掛かってきた二体のグールを一刀両断する。
いつ抜いたか目で追えないほど、素早い抜刀であった。
「私はレクス・ヴァルフレイ。古い時代の獣人さ。キャミィ共々よろしく頼む」
「……おっけー」
数体のグールを退治したところに一体の大型グールが迫る。
腕が四本、脚が六本生え爪が異様に長く伸びている異形。
皮膚と思われるそれは鋼のように硬くなっており、表面の光沢が月の光を受けて妖しく輝いている。
「時間制限もあるのでな、遠慮なくいくぞ」
「……私も本気出す。【模倣魔術の札】発動」
アイリスは一枚の札とペンを取り出すと、何やら札に書き始める。
「『札に触れたる者、動きよ止まれ』『灼熱の槍、我が外敵に降り注ぐ』『同型の二枚の札は我が思考の手中に在り』」
「我が魔術よ。奇跡を起こせ――」
アイリスが一枚の札を二枚の札の間に挟むと、挟んだはずの札が消えてしまった。
残り二枚の札を空に向かって投げると、そのまま宙に浮いた。
【模倣魔術の札】――
縦長の札が対象に触れた時、そこに書いた二十文字以内の効果を現実に引き起こす能力。これがアイリスの【模倣魔術の札】である。
現実に引き起こす手段があるならばあらゆる効果が実現可能であり、結果そうなるのであればどのような過程を踏もうとも構わない。また対象を明確にしていない場合は適当な効果として発動、または不発となる。
これは事象改変能力である。ちなみに具体的で明確な詳細が記載された内容でない限り、効果は期待値を低く下回る効果で世界に認識される。
「……いけ」
浮いたままの二枚の札はアイリスの思うがままである。
勢いよく大型グールに向けて飛ばし一枚目の札が張り付く。
異形の巨体が動きを止め、その隙をレクスは見逃さない。
「素晴らしい力だ」
止まっていたのはわずか数秒であったが、その巨体が動き出す前に太刀を浴びせていた。
致命傷には至らず、刀を収めたレクスに襲い掛かろうとするグール。
だが二枚目の札がグールに触れた時、何もない空間から槍状の炎が降り注ぐ。
炎の熱に耐えきれず、叫び声をあげるが喉が焼けている為かそれが声だとは到底認識できないような、まるで錆びた金属を擦り合わせたような音が鳴り響く。
悶え苦しむグールに一閃、レクスの刀が首を斬り落とす。
「例え異形の化物に成り果てたとは言え元は人間。悲しいものだな」
「……お見事」
「そろそろ時間だ。アイリス、また会おう」
レクスの体が一瞬輝いたと思えば、キャミィの姿へと戻っていた。
「……お帰り」
「んにゅ……つかれた……カイルはまだ戦ってるの?」
「……終わりそう」
大型グールはなお成長を続けていた。
肥大しすぎたその体は人の五倍はゆうに超えているだろう。
何十頭もの動物の群れが発するような迫力のある雄たけびをたった一体のグールがあげながらカイルに襲い掛かってくる。
カイルは【闘気】を展開した。
「フェレス、そしてグールよ。敬意を表してこの肉体における全力を出そう」
カイルは待ち構えている。
大型グールが歩いたその足跡はまるで整地されたかのように真っ平にへこみ、瓦礫もろとも潰れている。
カイル目掛けて、人間サイズの拳を振りかぶる。
風圧だけで人が吹き飛ぶであろうその拳を、カイルは左腕一本で止めてしまった。
「よい拳だ。【闘気】に触れて崩壊しない耐久性だけでなく、【闘気】越しに衝撃が背中まで突き抜ける……お前が世に放たれれば世界中を恐怖に陥れる事が出来るだろう」
大型グールが再び拳を振り上げ力一杯に振り下ろし、【闘気】を纏ったままのカイルが弾き飛ばされる。
カイルはその一撃に満足したのか、満面の笑みを浮かべていた。
「フェレス、貴様の研究は素晴らしい。次はもっと楽しませてくれよ!」
立ち上がり【闘気】の出力をさらに上げる。カイルの体を覆っていた光が倍以上に膨らんだ。
そのまま大型グールに向かって駆けていく。それはまるで一陣の風のようであった。
大型グールの右足目掛けて回し蹴りを放つと脛が切断され、その巨体が態勢を崩す。
体を支えた右手に抜き手を放つ。右腕が千切れ飛び、巨体を支えきれずそのまま倒れた。
無防備になった頭部へ拳を叩きこむと同時に、カイルは全身の【闘気】を拳に集中させ一気に解放させた。
「覇ッ!」
瞬間的に辺り一面が光で白く染まる。
「グアアァァァァ……」
【闘気】が大型グールの頭部を完全に消滅させる。
断末魔の叫びは小さくどこか悲し気であった。
***
「これでもう大丈夫ですよ。もうグールになる心配はありません」
シーラがクリスティーナから手を離す。
ふらり、と立ち上がり、彼女はカイルをじっと見つめていた。
「カイル様! もうお姉さまは大丈夫です!」
大声でシーラはカイルに呼びかける。
カイルは手で合図をし、壁に囲まれているレフィアを助けに行った。
「私のカイルがカイルじゃない――」
助かったはずのクリスティーナは眉間にしわを寄せたまま、一人険しい表情をしていた。




