第10話 キャッスル・オブ・ザ・デッド 前編
グールというのは元々伝説上の生物であった。
死体や小さい子供を食べる生き物、それをグールと呼ぶ。
言うことを聞かない子供に聞かせるような伝承の一つである。
ならば現在のグールとは何か?
その昔、家畜やペット、野生動物が凶暴化するという事件が多発した。
ウイルス性の病気であることが判明したが、人への感染はしないものであった為、軽視されていた。
しかしある日突然、とある村で凶暴化したペットに噛まれた飼い主が同じように凶暴化し、近隣住民を襲い始めた。
その現象はたちまち村中に広がり生存者なしという恐ろしい結果になった。
原因は以前発見されたウイルスであったが、独自の進化を遂げ、非常に感染力の強いものとなっていた。
進化したウイルスをGウイルスと名付け、生死を問わず非感染者を襲う感染者をグール、と呼ぶようになった。
現在では特効薬も開発され、また予防接種などによりGウイルスに感染しても症状が発症せず完治する為、さほど脅威ではない。稀に感染者が現れても冒険者で対象可能である。
当然依頼を受けた者には飲み薬の抗ウイルス薬と、万が一感染した場合でも三時間以内なら対処可能な解毒剤も渡される。つまりグールは対処可能な問題の一つであり、脅威とは程遠い存在なのである。
***
薄っすらと空が夕焼け色に染まり始めていた頃、久しく整備されていないであろう荒れた道を馬車が走っていた。
「揺れますね……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~」
「……子供」
「んー、のどかだねぇ」
各々違った感想を述べている中、クリスティーナはずっと外を眺めていた。
「姉さん、どうしたの?」
「……きもちわるい」
酔ったらしい。
少し速度を落として馬車を走らせていると、建物の影が見えてきた。半壊した塔。ボロボロに崩れ落ちたの城壁。そして――
「血の臭いがするな」
カイルはユメリア城跡から少し離れた所で馬車を止める。
「様子を見てくるから皆はここに居てくれ」
「一人じゃ危なくない?私も行くよ」
レフィアがひょいっと馬車から降りる。
「あたしもー!」
「……戦う」
アイリスとキャミィも降りてきてしまった。
「よくお考えなさい。敵の規模も分からずに誰が馬車とお姉さまをお守りするのですか? 様子見なら二人で十分でしょう」
シーラがクリスティーナの背中をさすりながら、冷静に二人を諭す。二人とも不満そうに、しかし納得をして馬車へと戻る。
「様子を見たらすぐ戻ってくるから、馬車は少し開けた場所へ移動しておいてほしい。シーラ、頼んだぞ」
「! お、お任せくださいでございますですよ!!」
シーラは頼りにされたことが嬉しかったのか、白い肌が赤としか表現できないほど赤面し狼狽している。カイルはレフィアと共にユメリア城跡の方へ歩いていった。
「でもさー、なんか不気味だよねここ。空気が淀んでるっていうか」
「……割りと好き」
***
荒い息遣いが聞こえる。
何度も聞いたこれは、人のそれではない。
もうすぐ姿を現すであろうそれは、全種族の敵だ。
淡い青色に染まった長髪の男、ロディ・テンフィルドは迫り来るグールを切り払いながら正門に向かっていた。
本来、グールはある程度傷を与えると宿主の意識が表面化してくるものだ。ウイルスと言っても完全に乗っ取ることは出来ず、それ故危険度も低く設定されていた。
しかし、ロディが対峙しているこのグールたちは別だ。いくら斬りつけようが、痛みは意識の外にあるかのように襲ってくる。
頭をかち割ったグールが活動を停止したのを見たときはいけると思っていたが、グールの大群に襲われている中、頭部を正確に剣で狙って切断するとなると容易ではない。
「くそっ! 楽な依頼じゃ無かったのかよ……ちくしょう!!」
誰に向けていうわけでもなく、だが言わずにはいられなかった。
叫びながらに剣を振るうが、それで事態が好転するわけではない。
「こんなのグールじゃねぇよ……」
Aランクの冒険者。この肩書が彼の誇りだった。
今回も低ランクの冒険者の手助けをする感覚で一人気まぐれに受けた依頼。ろくに準備もしておらず、手助けするはずの冒険者は皆食われ、食らう側になってしまった。
「誰でもいい、誰か……誰か助けてくれ……」
神に縋るかのように擦れた声で来るはずない助けを求めた。
「絶体絶命だな」
どこからか聞こえたような若い男の声。
幻聴だろうか――ロディは覚悟を決めた。
***
ユメリア城跡の正門をくぐっても人っ子一人居ない状況に、カイルは唸る。
「冒険者どころかグールもいないな」
「そうねぇ」
レフィアも不思議そうに辺りを見渡す。
気配もしない、というのは不思議なものだ。
「気配が無い……どころかこれは……」
完全なる無の世界。
まるでここだけが何か異質な空間のような、そんな錯覚を感じさせる雰囲気にカイルは心躍らせていた。
「なーんかきな臭いわよね、これ。一旦戻る?」
「グールか冒険者を見つけたらな」
「全く、嬉しそうな顔しちゃって」
レフィアが呆れながら笑う。カイルは玩具を与えられた子供のように逸る気持ちを抑えて、正門から真っすぐ進む。
その直線上に城は見えず、迷路のような壁が行く手を阻んでいた。
「とりあえず二手に分かれよう」
「え、なんで……?」
「効率的だろ? 右に行くから左を頼む」
「グールか冒険者見つけたら速攻で戻ってくるわよ……」
レフィアの恨めしい眼つきに少し気が引けたが、彼女の実力ならば問題ないだろうとカイルは考えていた。
左手の壁沿いに真っすぐ歩いていると、人の叫び声と唸り声、剣を振るう風切り音が微かに聞こえてきる。
「グールか? レフィアは……まぁいいか」
カイルは一瞬迷ったが、声の元へと走り出す。
着くには着いたが壁に向こうらしい。
「うーん、飛ぶか」
カイルは破壊するか迷ったが、飛び越せるんじゃないかという憶測。反対側の状況がわからないため、飛びすぎに気を付けて加減しながらその場でジャンプした。
両手で壁上を掴みよじ登る。壁の向こう側では長髪の男が何者かに襲われていた。
「誰か……助けてくれ……」
微かに聞こえた声は助けを求めている。
「絶対絶命だな」
誰に言うわけでもなく一人呟きながら、男の元へと向かった。壁から飛び降りるのと同時にその何者かに蹴りを食らわす。
人だったら困るのである程度の手加減はしていた。
「な、な、な……」
「奴らはなんだ?」
「あ、え、グール……」
男は急に現れた若者に動揺を隠せずにいた。自分よりも一回り以上若い男が素手でグールに挑もうとしている。
Aランクという肩書きを持つ自分を、身を守る防具も着けていない若者が助けようとしている。
この現実を受け止めるには時間が必要だった。
「グールなら死んでも構わんよな?」
カイルは【闘気】を展開し拳を構える。
「お前っ! 素手か!?」
男はカイルに向けて叫ぶように喋り出す。
「あいつらに噛まれたり引っ掛かれたり、あと体液が付着するとグールになるぞ!」
「薬があれば大丈夫なんだろ?」
「ダメだった! 今ここにいるグールの大半が薬を飲んだ冒険者なんだっ!」
「よく分からないけど、つまり相手に触れず体液にもかからなければ良いということか」
「そうだっ! いや、そうだけどそんな無茶な……」
カイルは【闘気】を通常時よりも強く展開した。
それは肉眼でも確認出来るほど強い気だったが、この世界には魔法による自己強化や気などは存在しない。全てが能力という単語で片付けられていた。
男は今まで見たことが無いその不思議な力に、カイルが放つ【闘気】の神々しさに見とれていた。
「申し訳ないが少し離れていてほしい」
カイルは一言呟くとグールの群れに単身突っ込んだ。
彼の拳がグールに触れる前に崩れ落ちる体。蹴り一つで半身が吹き飛ぶ。グールが襲いかかろうともカイルが【闘気】をより強く放出すれば、その爪は腕ごと体に届く前に弾け飛んだ。
グールとはいえ元は人間である。僅かに残ってた人としての意識か、はたまた生物としての本能か、グールはカイルを取り囲んだままたじろいでいた。
「どうした化け物。人の領域は超えているんだろ? その程度か!」
カイルは愉悦に顔を歪ませながら残りのグールに襲いかかる。
一撃一撃が必殺の威力。
群れを成していたグールの数は見る見るうちに少なくなり、いつしか人の形をしたグールは存在しなくなっていた。
頭を潰さなければ奴らは死なない、と男が言い忘れた事に気がついたのはその後である。
場には上半身のみのグールが数体蠢いていたが、それを見つける度に無表情でカイルが踏み潰していた。
男はカイルを呆然と眺めていた。
「生命力は大したものだがそれだけか。感染力の強さは誉めてやるが特殊能力もなく肉弾戦のみではな」
【闘気】を解除すると、息は上がり全身の倦怠感を感じる。
(やはりこの肉体での【闘気】解放は負担がデカいな……)
その様子を見た青髪の男が駆けつけてくる。
「大丈夫か!? いや、助けられたよ。本当にありがとう」
「俺はロディ・テンフィルド。一応Aランクの冒険者で【能力者】だ」
ロディと名乗る男は右手を差し出してくる。
それに応えるようにカイルも右手を差し出すと、ぐいっと体を引き付け肩を抱き叩いてくる。
「本当に凄い奴だよお前! さっきの様子話しても絶対信じて貰えねーだろうなぁ!」
窮地を脱した為か、やたらハイテンションでカイルの肩をバシバシ叩いていた。
カイルは急だった為か疲労からか、苦笑しながらも受け入れている。
戦闘の余韻も消え去り、カイルの精神状態は安定していた。
「あの、ロディさんでしたっけ? お一人ですか?」
「あぁ。……そんな喋り方だっけ? まぁいいか、俺はグール退治に来た低ランク冒険者の様子を見に来たんだ。クランに入ったばかりの新入りもいたしね」
「……こんなザマだがな。仲間も、守るはずの冒険者も化け物になっちまった。だが通常のグールよりもかなり凶暴化してるし感染力も段違いだ。これはなんかあるぞ」
「なるほど……他に生存者がいる可能性は?」
「左側は俺も様子を見に行ってないしもしかしたら……
まぁ、それよりもグールになってる可能性の方が高いだろうけどな」
カイルは柄にもなく表情を曇らせる。
「どうかしたのか?」
「……仲間がいる」
カイルは仲間という表現を使うか否か迷った。
遥か昔の記憶が過る。しかし自分に言い聞かせた、今度こそは大丈夫だ、と。
そしてそう判断した自分の心は意外にも素早くカイルの体を動かしていた。




