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第01話 事の始まりは鏡にて

 体長二十メートルはあろう漆黒の竜が男目掛けて燃え尽きる事のない地獄の炎を吐き出す。

 その炎を拳圧だけでかき消し、怯んだ竜の頭部めがけて飛びこむ。


「ハァッ!!」


 掛け声と共に左拳を頭部に浴びせる。鼻の骨は砕け牙は折れ、竜の目には痛みで涙が溜まっていた。


「グギャアアアァァァ!!!」


 悲痛な雄たけびと共に鋭い爪を振り下ろす、が男は片手で爪を受け止めると力を集中させた。

 バギィ!と鈍く鋭い音と共に竜の爪は握力のみで破壊される。尻尾の一撃は手刀で切断され翼はもぎ取られ満身創痍の竜はヨロヨロと男に背を向ける。

男はその背に向けて両手を広げ力を集中させる。それはまるで魔法のように、球体状の《力》が掌に凝縮される。それを放つと球体が竜を貫き体内で膨張、竜の器官の全てを破壊した。

 残ったのは腕と足、片翼、切断された尻尾、そして頭部。


「……つまらん」


 男は僅かに残った大型竜の残骸を見ながら呟いた。

 暗黒竜と呼ばれ、魔族の間では生きる災害と恐れられていた存在。その災害ですらこの男を楽しませる余興にすらならなかった。


 男の名はエリグラーズ・ルクカイン。御年七百三十八歳(見た目年齢四十六歳)。

 かつて勇者と呼ばれた彼は、魔王を殺した時の呪いで不老不死となった存在である。


 最強の称号を求めていた彼は不老不死である事を喜びあらゆる存在に挑んでいった。魔王を陰で操っていた大魔王、地底の底に存在する古代人の王、最強種族と名高い竜族の王、その全てを倒してきた。


 しかしそれだけでは足りない彼は、神に挑んだ。

 本来触れる事はおろか、肉眼で直視しようものなら目が焼け一生視力を失うであろう存在。

 それをこの男は直視どころか素手で殴りかかり、そのままマウントで殴り殺してしまったのである。


 時は残酷である。楽しみすぎて彼とまともに戦う事が出来る存在が誕生しなくなってしまった。

 暇つぶしに魔王が誕生する度に魔界へと赴き襲い掛かっていたが、二百年程前に魔界から出禁をくらってしまい、二度と魔界の地を踏む事が出来なくなってしまったのである。


 これには流石にどうしようもなく、最近は近所の国に、あそこには魔物を使って悪さをする者がいるだの、勇者を狙う悪魔がいるだの、変質者がいるだの悪い噂を立てて冒険者に自らの根城を襲ってもらっていた。

 今回は人間界に現れたと言われる恐ろしい竜を退治してくれという素晴らしい暇潰しを近所の国の大臣から依頼されたというのに全くの期待外れであった為、落胆しながら帰宅した。


「あ゛~ 暇。誰か助けて」


 エリグラーズは根城にしている元魔王城の居間でゴロゴロしながら時間を潰していた。

 ちなみにこの魔王城は一番最初に倒した魔王の城である。

 今は改装して当時の禍々しさは無く、城とさえ言えないくらい庶民に馴染み深い造りとなっていた。


「よし、ちょっと俺より強い奴に会いにいくか」


 エリグラーズは永遠に終わらない旅に出かけようとしていた。



 ***



 神を名乗る者たちがいる。

 かつてこの世界を管理していた者もまた神を名乗った。その神は全ての世界を統括する選ばれし神々の中では新参者でありながら将来を期待されていた存在であった。


 彼を大変可愛がって、将来を期待していた女神がいた。美形の男神だったのでなおさら可愛がっており、行く行くは、なんて期待も少ししていた純粋?な乙女心を持った女神である。


「男、許すまじ」


 女神は復讐を考えていたが、正面から挑んでしまっては殴り殺される可能性がある。エリグラーズはこと戦闘において種族・性別・年齢、その全てで差別をしない悪い意味でとても公平な男だった。

 じゃあどうするか?毒の類はまず効かない。人間の身では食べる事は死を意味する魔界の食事を平然と食す男である。

 ともすればもはやこれは破壊神案件である。そう思ってそそのかした破壊神は二百年前に倒されてしまった。その時はかなりのダメージを与えられたのだが、破壊神がダメージを与える事で精一杯の人間なのだ。

 しかし今回、女神には秘策があった。それは、別の世界へ転生させる事で赤子状態から生まれ変わらせる事である。

 そこをサクッと――


 約七百年の恨みは恐ろしいものである。

 この事を創造神に相談し協力を仰いだところあっさり断られたので、様々な神具をこっそり持ち出し下界へと急ぐ女神であった。


 こうして、女神は地上に降臨した。



 ***



 突如、世界に異変が起きる。

 神が下界に降り立った時、天変地異が引き起こされ神の降臨を知らせる、というこの世界のシステムがあった。

 理由が理由だけにさっさと終わらせたい女神はエリグラーズの元に急いだ。


 男はこの気配を感じ取っていた。感じ取っていないわけがない。

 一度は自ら乗り込み、二度目は魔界の奥地で襲われた。

 三度目は人間界か―― エリグラーズは久しぶりに、本当に心の底から久しぶりに笑った。

 こちらに向かって来ている事は分かっているが、気持ちが逸って思わず外へ飛び出す。


「お、今度は女神か。楽しみだ」


「ふ、ふふ、ふふふふふふふふふふふふふ……

遂にこの目で見たわ! 私の可愛い可愛い部下を殺した男!!」


 女神はフルフルと震えている。

 目の前の男から発せられる尋常ならざる殺気のせいか、はたまた復讐を果たせる喜びからか。


「さて、俺は女でも容赦しないぞ。楽しませてくれよ!」


「それは勿論」


 女神は手に持っていた鏡をエリグラーズに向けた。

 一見ただの手鏡であるが、神力を通すと鏡の中に引きずり込まれるという効果を持っている。


「ただの鏡……じゃないな」


 決して頭が良いわけではない。寧ろ逆なのだが、戦闘においての感は天才的である。勿論七百年間エリグラーズを観察してきた女神である。当然次の一手を、否、あらゆる手を用意していた。


「そうね、ただの鏡じゃないわよ」


 鏡を天高く投げると一気に巨大化する。それはもう、城をも飲み込むほど巨大に。徐々に落ちてくる鏡の奥に見えるのは深淵。


「うお、すげぇ」


 笑いながら鏡の範囲から抜けようとするが、体が動かない。


 女神の持ちだした神々の道具、其の二――神封じの紐。

 かつて一人の破壊神が傲慢さから神の世界を支配しようとした。その破壊神を完全に封じ込める為に作られた道具である。只の人間など触れたら消し飛ぶ程の力を秘めているのだ。

 その紐がエリグラーズの体に巻き付いていた。


「これで終わりよ!」


 エリグラーズは紐を解こうと力を入れ続ける

 三秒程持ったが、紐はブツンッ!と切れてしまった。


「はぁ!? 何で切れるのよ!!」


 女神は次の道具を使う――美の女神の香水。

 あらゆる種を魅了すると言われる美の女神。彼女が魅了に必ず使用するのがこの香水だ。甘ったるくなく、しかし鼻に残る香りは男の脳を刺激し虜にする。これは耐性云々ではなく、本能に訴えかける道具である。


 とりあえずエリグラーズに投げつけてみると地面に叩き落とされ割れる。


「あ、計算通り!!」


 嘘か誠か、それでも香水の香りはエリグラーズの脳を刺激する。この男、女性関係は全くノータッチである。若い頃ならいざしらず、戦いに明け暮れすぎて戦いにしか興味がなくなってしまった。つまり、効果はいま一つのようである。それでも昔の感覚を思い出しふわふわしているようだ。


「えぇい、次よ!」


 ――時の砂。

 時を司る神の道具だ。

 この砂を撒いた対象の時を一時的に止める事が可能な道具だ。砂の量にも寄るが、一粒で約一時間程の効果がある。これは肉体と止めるというよりも、周囲の空間ごと止めるので本当にどのような存在にも、必ず通用するのである。問題は砂を対象に捲く事である。女神は意を決して近づく。なんせ香水の効果が少しでも出ている状態なので、身の危険を感じていた。


「あー 頭がぼーっとするぅ」


 大丈夫のようだ。それはそれで不満の女神が砂を鷲掴みし、思い切りエリグラーズに向けて投げつける。


「このっこのっ!」

「いてっいてっ」


 上から巨大な鏡が落ちてきている最中、その真下で砂をぶつける女とぶつけられる男。凄まじい光景である。


「あ、そろそろ帰ろ。じゃーね! 異世界に行ったら普通の人間としてちゃんと生まれ変わるのよ!」


 捨て台詞を残し天界へ帰る女神。


「異世界……?」


 時の砂の効果で身動きが六秒程出来ない状態であったが、十分な時間だったらしく彼は鏡の中に飲み込まれていった。


 その中は完全なる黒。

 何も見えない世界が――世界という言葉が相応しいかどうかも分からないが――広がっていた。

 肉体も精神も無くなるような、初めから無かったかのような感覚に襲われ始めた。抵抗のしようが無いのでそのまま身を任せていたが、やがて意識を失った。


 一体どれ程の時が経ったろうか。

 薄っすらと闇が晴れていく感覚を覚える。

 僅かに温かく、それでいて安心する。

 エリグラーズは久し振りに心からの安らぎを感じていた。

 しかし再び意識が闇へと飲み込まれた。



 次に意識がはっきりした頃、男は裸だった。



「服どこいった?」


「キャー!!!」


 叫び声が聞こえたと思ったら左頬に平手が飛んできた。

 バチン!と大きな音を立てるが、男は微動だにしない。


「殺意はないようだが、宣戦布告か? 女でも容赦しないぞ」


 ニヤリと微笑み、戦闘態勢を取る。

 裸でニヤついた男が何か言いながらファイティングポーズ、という異常な光景に女は気を失いその場に倒れた。


「……」


 この男は世間知らずである。


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