天上の音楽
どうやら私は死んだらしい。
客観的ながらおおよその事実を肌で感じる。
青や緑で色付いた風。
その神々しい輝きを抑えること無く地に注ぐ天高く聳え立つ塔。
余りにもはっきりと別れる天と地、昼と夜。
天上の音楽をその声で奏で続ける虫や鳥。
その全てが穢れを知らない幼児のように新鮮で、私もその光景を幼児のようにあるがままに受け入れていた。
記憶にある心ににまで響いたオーケストラの生演奏や、鳴り止まぬ拍手を生んだ非の付け所がないと感じた演劇、それらを含めた私の記憶にある全ての感動がいかにちっぽけでこの風景を感じていると感動していたという事実さえ風化し、色を失い、喪失してしまいそうだ。
この圧倒的な風景に声も出せず呆けていると、背後からジャリジャリという海岸の砂の上を歩いているかのような雑音が耳に入ってきた。
この雄大なる世界に突然放り込まれた雑音の主に殺意を向けながら振り向くと、そこにはこの場に相応しくない雑音の主に相応しい醜い獣がいた。
獣は鋭い眼光で私を居抜きながら、地に着いた四本の脚でゆっくりと、私の元へと向かい進んできていた。
「貴様は屍よ、何故動く。」
獣は私に向けられていた眼球を増やし、四つの眼を口のように動かし、私に問いを投げ掛けてきた。
「「何故。」」
更に増えた眼球が、答えを持たない私に問いかけを続ける。
「「「何故答えぬ。」」」
「「「「問いに答えよ。」」」」
「「「「「貴様のことであろう。」」」」」
私の眼は獣に釘付けになっていた。
私の体は既に動きを止めていた。
私の口は問いに答える力を失っていた。
獣が現れたからか、私から他の感動を奪った音楽は既に止まっていて、私の周囲の風の色も既に失われていた。
獣は私に向かい問いかけを続ける。
「「「「「「答えられぬ理由があるのか。」」」」」
「「「「「「「答えぬのならば喰らってやろうか。」」」」」」」
後数歩で私に獣の首が届きそうになったとき、不意に獣は動きを止め、開いていた眼を一対残して全て閉じた。
「そうか、貴様も動かなくなったのか。」
獣は残念そうに呟くと、私から興味を失い、去っていった。
代わりに私の耳に、失ったと思っていた荘厳なる音楽が響き始めた。
しかしおかしい。
音が近すぎる。
その音は、まるで自分自身から発されているかのようだ。
私は自分の口が動いていることに気がついた。
私は自分の口から発せられている音に気がついた。
そして、先ほどまで自由に動かせたはずの体が、自分の意思では動かなくなっていることに気がついた。
口から発されている音が更なる盛り上がりを魅せている。
私はこれから音になるのだと気づくまで、体感で数分もかからなかった。
鳴り響く音に溶け、私は天上の音楽の音の一つとして一帯に鳴り響くのだ。
私は響く。これ以上の幸せは無いだろう。
私は歌う。歌うことの許されない獣に向けて。
私は嘆く。この歌は私以外の全てに対する憐れみの歌だと知ってしまったから。
私は叫ぶ。音の聞こえぬ獣の聴衆に。
私が歌に全ての感情を乗せて歌った瞬間。
私という存在は終わりを告げた。