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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今朝の夢の話

作者: 瀬戸内檸檬


夢の中で私は小さな女の子でした。


私は父と一緒に夕飯の支度をしながら母の帰りを待っていました。父は毎日お土産に人形を買ってきてくれます。その日のお土産は、丁度私と同じくらいの大きさの、とても大きなものでした。あまりに大きかったので、父はそれをいつも私が座っている席、父の隣で母と向かい合わせになる席へ置きました。私はまるで本物の人間の少女の様にリアルなそれを恐ろしく思い、あまり視界に入れないようにしながら父の正面の席に座りました。

その時、テレビのニュースで私と同じくらいの年頃の女の子が行方不明になっていることを知りました。ニュースで見た女の子の顔は私の斜め前に座っている"人形"のものとそっくりでした。このニュースを一緒に見ていた父は、最近物騒だから私も気をつけるように、といった意味の言葉を私に投げかけたと思います。私は曖昧に返事をしながらどうやって他の人にバレないようにするか考えていました。


テーブルの上にお皿を並べていると、開いていたキッチンの出窓からパトカーのサイレンが聞こえてきました。裏の方で何かあったのかな、と父は呟きます。急に近付いたり遠ざかったりするサイレンの音に私は怖くなって、

「サイレンが煩いから」と言い訳をしながらキッチンの出窓を閉めました。

リビングに戻ると、"人形"はいつの間にか毛布でぐるぐる巻きにされて、首から上しか見えないようになっていました。私は、そして恐らく父も素知らぬ顔でテレビを見ていました。ふと視界の端でカーテンが靡いて、リビングの大きなガラス戸が網戸になっていることに気がつきました。庭の草木の陰から隣の家のテレビの音が微かに聞こえていました。私は、

「暑くて冷房を入れたいから雨戸を閉めよう」と言って雨戸を閉めに行きました。雨戸を閉めて、それからガラス戸の鍵をしっかり掛けてからも私の心臓はドキドキしたままでした。

そのうち、リビングに例えようのない嫌な臭いが広がってきました。私と父は、ただ静かにテレビを見つめていました。


不意に玄関のチャイムが鳴りました。私は母が帰ってきたのだと思い、居心地の悪いリビングから逃げるように玄関へ向かいました。玄関にいたのは、母ではなく父の知り合いの新聞記者の人でした。その人は、父に話があるので家にいるなら上げて欲しい、と私に言いました。私は、一瞬断ろうかとも思いましたが、後から何か言われるかもしれないと思いその人を家に上げてしまいました。その人の驚く声と近付いてくるパトカーのサイレンを聞きながら、私は玄関で一人途方に暮れていました。


間も無く母が仕事から帰ってきて、それと同時に警察の人が家の中へ入ってきました。私はこの人たちになんと言い訳をしようかとずっと考えていました。暫くすると、父と母がリビングから出てきました。落ち着いた様子で水筒と鍵、財布を持って出て行く二人を、私は玄関から見送りました。私は一人になるのが怖くて、二人について行こうと警察の人に声をかけましたが、その人は無言で首を横に振って二人とともに玄関から出て行きました。

私は、リビングには入らないように言われていたので、二階の自室へと向かいました。部屋の窓からは、カメラに囲まれてパトカーに乗り込む父の姿が見えました。こちらを振り返る父の顔を見たくなくて、部屋のカーテンを閉めました。その夜は、もしも私が裁判に呼ばれたら何と言おうか考えながら眠りました。


部屋に差し込む朝日に目を覚ますと、叔母さんが朝食を作って部屋へ持ってきてくれました。私が朝食を食べている間、叔母さんは大きなスーツケースに私の服を詰めていました。私が朝食を食べ終えて着替えると、直ぐに叔母さんと二人で裏口から家を出ました。

呼んであったタクシーに乗りバスステーションへ向かうと、そこには二階建ての大きなツアーバスが見えました。完全自動運転のため運転席は無く、前方は一面大きな窓になっています。叔母さんと私はそのバスに乗り込み、私を一番前の席に座らせ、隣に座ってこれからのことについて話してくれました。まず、このバスが四十二時間かけて景色の良いところを走って港に向かいます。そして港で船に乗り、世界中の国々を巡るそうです。嬉しいことと悲しいことがいっぺんにに起こって、私の心はバネのようにフワフワしていました。


バスの旅はあっという間でした。叔母さんはバスに乗っている間中ずっとこれまで叔母さんが旅した場所やこれから私たちが向かう場所について話してくれました。

バスを降りて直ぐに船に乗り込み、私は船のロビーでオレンジジュースを飲みながら出航を待っていました。ロビーにある大きなモニターでは妙年の女性が沈痛な面持でアナウンサーの質問に答えていました。よく聞いてみると、その女性は父が起こした事件の被害者の母親のようでした。私はハッとして画面を見つめました。テレビは少女の家族の悲しみを映し出して私の父に相応の罰を受けさせるよう訴えかけていました。私はその時初めて父の行動が誰かを傷つけていた事に気がつきました。それまでフワフワしていた心も、その時ばかりは沈んでいました。


出航の時間が近くなると、私はおばさんと一緒にデッキへと向かいました。青く澄んだ空と爽やかな潮風を浴びて、私の心は少しだけ軽くなりました。デッキは人でいっぱいで、港も人でいっぱいでした。出航の時刻になると、船は汽笛を長く鳴らしながらゆっくりと港から離れて行きました。誰かを見送りに来た人、船を見に来た人、ジョギング途中の人、沢山の人が船に向かって笑顔で手を振っていました。

遠ざかる港の街並みを見送った後、私は叔母さんに手を引かれて船内をぐるっと歩き回りました。船の中には何でもあって、まるで船自体が小さな国のようです。レストランやプールは勿論のこと、ショッピングモール、映画館、遊園地、病院や郵便局、それに学校までありました。私はくたくたになるまで歩き続け、部屋に戻るとそのまま直ぐに眠りに落ちてしまいました。それから暫くの間、私は叔母さんや船上で出会った新しい友達と、様々な国を巡りながら穏やかな日々を過ごしていました。


私は毎晩、叔母さんが寝静まった後、こっそりとコンピュータルームへ向かい、事件について一人で調べていました。ある晩、私はインターネットのニュースで父の罪状が確定したことを知りました。私が船に乗っていたからか、それとも私は何かを証言するには幼すぎると思われたのか、理由はわかりませんが、その裁判に私が呼ばれることはありませんでした。部屋へ戻り、ベッドに入って目を瞑っても眠気は一向に訪れませんでした。私はこれから犯罪者の娘として生きていくのだ。そう思うと、体の芯が石になったような苦しみに襲われました。その石は、月日が経つにつれてだんだんと小さくなりましたが、今でも私の心の奥底に残っています。

5月25日追記

読みやすいように少し改行を加えました。

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