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先生、俺のこと好きですよね  作者: 久川梓紗
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特進クラス

放課後。




 冬葵と駆は佐藤先生に呼び出され、早速学級委員の仕事をしていた。




「ありがとう。助かるわ」




 佐藤先生は少し微笑んだ。




 冬葵が「いえ」とだけ答える。




「先生。男子二人が学級委員になってなんか言われませんでしたか?」


「特に言われてないわよ。それに特進クラスって毎年あぁだから、先生たちも納得してくれてた」




 駆がまぁ、そうなるよな。と思った矢先、冬葵が意外な名をだした。




「相原は今、どうですか?」


「相原さん?そうね……。ごめんなさい。私からは何も言えないわ。本人に聞いて見たら?」


「……そうします」




 冬葵が止めていた手を動かした。




「相原にもう少し積極性があったら、クラスも変わってたかな」




 二人が手を止めた。


 駆は自分が場違いな発言をしたことに気づき、あ、いや、その……と言葉を見つけ出そうとする。




「あいつだけのせいじゃない」




 冬葵がつぶやいた。


 その声は佐藤先生には届いていなく、虚しく消える。




 今、駆と冬葵の間に見えない壁がある。


 作りたくて作ったわけではない。


 だった数分のやり取りでできてしまった壁。


 一年前を思い出す、透明でとても分厚い壁。




 見えていなくても、話そうとしなくても、話していなくてもわかる。


 駆と冬葵は今、ギクシャクして歯車が全く噛み合っていない。




 佐藤先生がそんな二人を見て懐かしいような顔をしてから駆達に告げた。




「私、職員室に戻ります。もしこの作業が終わったら資料を職員室へ持ってきてくれる?そしたら好きに帰っていいから」




 佐藤先生はそう言って教室を出て行った。




 教室は駆と冬葵だけになった。


 教室に存在する音が自分たちの呼吸と作業音しかなくなった。




 いつもなら気まずいこともないのに、今は息苦しささえ感じる。




 何か話そうとしても口がパクパクと開いたり閉じたりするだけで声にはなっていない。


 その代わりに冬葵が一言。




「帰っていい。後輩、待ってんだろ」




 冷たく、波音を立てない声がそう告げた。


 つい彼の顔を伺ってしまった。




 冬葵はいつも通りに作業を淡々とこなしている。


 そこにいつも以上の彼はいない。


 けれど、“いつもの”彼ではない。




「俺たちの仕事だから」




 それしか言えなかった。




 冬葵は頷くことも、返答をすることもなかった。


 極め付けは何があっても駆を見ることがないこと。




「後輩って……桐谷のことを言っているのか?」




 彼は何も反応しなかった。


 瞳が一瞬光を失ったくらいだ。




「速く終わらして帰ろうぜ」




 彼が本当に小さく頷いた。


 少しだけホッとした。




 まだ、俺たちには見えない糸がある。


 この糸が完全にきれない限りまだ俺たちは大丈夫だ。


 駆は自分に言い聞かせた。




 しかし、彼も分かっていた。


 この細くて見えない糸が切れてしまったら今まで彼と過ごしていたような時間は過ごせなくなることを。




 恐れた。


 糸がきれることに。


 そのことが背中を引いて無神経に話しかけることを止めた。




 冬葵に話しかけることがこんなに難しい日がくるとは思ってはいなかった。




 一年の頃とは訳が違う。


 お互い何も知らなかった仲だったから無神経に話しかけることが出来た。




 何も知らない……それは嘘かもしれない。


 少なくとも駆は冬葵を高校に入学する前から知っていた。


 彼に憧れていたからだ。




 駆は冬葵のプレーススタイルに一目惚れをした。


 だから、多少は、いや他人としてはかなり彼のことを知っていた。


 勿論、冬葵の家柄のことも知っていた。




 けれど駆にはそんなことどうでも良かった。


 駆が冬葵に憧れた理由は家柄が良かったからではない。基礎がしっかりと出来た上で自分のアレンジを加えている自由奔放なプレースタイルの西園寺冬葵に興味を持ったからだ。




 コート上で誰よりも輝いていた彼の姿に____。




 そのことを冬葵に嘘もなく言えばいいのかもしれない。


 それが出来ればとっくにしている。




 冬葵は誰よりも孤独を当たり前だとしている。


 つまりそれは他人を信じないと言う次元ではない。


 他人はいて、いないようなもの。と考えている。




 冬葵の中で人とは“本音が見えなく言葉だけが達者な生き物”でしかない。




 諦めるわけではないが、そんな彼に今のことを言っても無駄なのだ。




 もしかしたら関係は元どおりになるかもしれない。


 冬葵は優しいから、許してくれるかもしれない。




 けれどきっと前みたいな話はできない。


 たわいのないことで笑いあうことが出来なくなる。


 関係性は変わらなくても人の間にはやはり存在するのだ。




 “距離感”と言うものが。






 チームプレーがとても良いプロのバスケットチームがいるとしよう。


 彼らのチームワークはとても良く、パスワークもとても優れている。


 試合上では彼らは完璧なチームだ。


 けれど、それは“試合上”での話だ。


 普段試合について話すことがあってもそれ以上のことは話すことも合うこともない。




 そんな関係に駆はなりたくなかった。




 外見だけ仲良しこよしの関係では物足りない。


 物足りないなんて言葉では不足だ。




 全てを話せなくてもいい。


 話せなんて言わない。


 そんな関係、つまらない。


 駆がなりたいのは、以心伝心でもなく___




 ただ、裏がない関係になりたいのだ。




 それがどんなに難しく、困難なことなのか駆も分かっている。


 頭脳がどんな生き物より優れている人間が言葉と感情をそのままに表すことがどんなに難しいかを知っている。




 それでも駆は冬葵とはそんな関係になりたかった。


 何も言わなくても分かる関係。




 そんなのは理想にすぎない。


 そして面白くもない。




 人との関係につまらないも面白いも存在することはないと思うけれど、感じてしまう。




「あー、いた!先輩っ!帰りましょ!」




 教室のドアがガラッと道場破りのように勢い良く開いて桐谷が嬉しそうに手を降っている。




「帰れよ」


 冬葵が視線を誰にやるわけでもないくせに泳がせている。




 嫌だ。




 そう言えたらどんなに良いことだろう。




 けど、出来なかった。




「今度、埋め合わせする」




 冬葵は資料をまとめた。




 今度は存在するのだろうか。




「じゃあな」


「……あぁ」




 返答はしてくれたものの視線は合わせてくれない。




「先輩!行きましょ!」




 桐谷が俺の手を引いた。身体が前のめりになる。




「明日な!」




 慌てて後ろを振り向いた時には冬葵は机の上に腕の輪っかを作ってそこに顔を隠していた。






 __ごめん。冬葵。



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