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先生、俺のこと好きですよね  作者: 久川梓紗
4/8

数学の時間


「冬葵ー。いるんだろ。でてこーい」




 背をコンクリートに預けながら綺麗な青空を眺めていると、先程まであの耐えられないほどの空間にいた駆が冬葵の名を呼んでいた。




 斜め上の少し遠くにある時計をみると次の授業まで五分をきっている。


 駆を遅刻させるわけにもいかず、冬葵は3mほどある階段室から降りた。




「冬葵。遅刻するよ」




 ストンと上から飛んできた冬葵に笑顔を見せて優しくそれだけを言ってから駆が冬葵の腕を素早く引いて歩きだした。




 そして一言、小さく「ごめん……」と謝られた。




「お前が謝ることなんて一つも無いから」




 冬葵はそれを言うと「頑張ろうな」と暖かい目を駆に向けてから先程より早歩きで歩き出した。






「……ありがとう」




 駆の少し涙ぐるんだ笑みは冬葵には見れなかった。










「一時間目は生徒と話す時間にしていいと佐藤先生に言われたのだが、他の先生は何を話しているんだ?」




 一時間目。数学の授業だった。




 それもあきらが受け持つ2年A組らの奴らの。




 生徒達が上目遣うわめづかいで陽のことを見てくる。




 やめてくれ。気持ち悪くなる。




 そんな気持ちを我慢しながら授業は進める。




「他の先生わぁ、自分のことについて詳しく話したりしてますよぉ?」


「誕生日とか、年とか……出身地や学校とかぁ?」




 ……気持ち悪い口調をやめてくれ。


 まだ、LHRロングホームルームの時、あの男に発していた口調の方が助かる。


 あの時の威勢と態度はどこにいったのだ。




「先生だけではなく生徒を自己紹介される先生もいますよ?」




 一人の男子生徒が口を挟んでくれた。


 確か、こいつの名は…葉山駆はやまかける


 LHRの時の中心人物一人目だ。




「じゃあ一人ずつ自己紹介をしてもらいたい」




 陽が全体にそう言うと男子生徒はめんどくせ……という調子で、女子生徒はえー。と言ってくる。




 生徒の反応なんてどうでもいいが、めんどくさい。「じゃあ何がいいの?」といつものように話してもいいがこれ以上自分が話すのを気が引ける。




「先生のこともっと知りたいですぅー」




 一番前に座っていた女子生徒が頬を膨らませて言ってきた。




 最近の女子はよく分からない。




 そんなことを思いながら陽はその女子生徒めがけて笑顔を作って口を開いた。




「俺は君たちのことを知りたいな?」




 少し甘い声だったようだ。


 女子生徒たちは瞬時に必死に両手を口を当てた。でもその手は意味があったのか、黄色い声が漏れていた。




 陽と視線を合わせていた女子生徒は熱があるのかと心配にさせるぐらい耳まで真っ赤にさせている。




「大丈夫か?」




 何故、そこまで赤くなっているのか理解出来ず仕方なく声を掛けると女子生徒は声を裏返りながら「は、はい!」とだけ言って、今度は手までが赤くなっている。




 病気か?


 と心配になって彼女の顔を伺っているとその女子生徒の隣に座っていた男子生とか「やめてあげて。これ以上やめてあげて。先生」と言ってきた。




 ……やめる?何を?




「「天然!?」」




 陽が思ったことが声になっていたのか、クラスほとんどの奴らの声が重なって、驚いた表情をしていた。




「先生ないっすよ。そんな綺麗な顔立ちしながら天然なんて」




 一人の男子生徒がそんなことを口にだした。




「天然?俺が?」


「無自覚なのが天然なんです」


 言い返したから、言い返された。




「まぁ、俺から自己紹介しますね」




 ベランダ側の一番前に座っている出席番号一番の男子生徒が自己紹介を始め、彼が終わってから2番、3番……と自己紹介を続けてくれた。




 たまに女子の嫌な声が混じることがあったが、これ以外はあまり嫌な思いもせず授業の終わりを告げるチャイムがなった。




「それではここまで。これから宜しく」




 号令をしてからそれだけ言うと陽は教室を後にした。




 そしてドアの向こう側でため息をはきそうになるのを我慢して職員室へ向かった。




 陽が教室を出たのと同時に教室を後にした生徒が二人、いたからだ。


















 数学の授業は女子がとても虫唾が走るほどにウザかった。




 冬葵に対して向けていたあの態度はどこにいったのだと疑い、もしかしてここのクラスはあのバカどもが集まっていたクラスではないのかと思ったが、そんなことはなく、やはりあの“人”とは思えない奴らが集まる“特進クラス”だった。




「冬葵。今日の昼なに食べんの?」




 駆なひょいと机から顔をだして聴いきた。




「……売店」


「そんな嫌そうな顔をしながら公共の場所の名をいうなよ。食べる気なくなるだろ」




 自分では嫌な顔をしているつもりはないのだが、自然とそんな顔を作っていたらしい。




「あのわざとらしい手作り感が苦手なんだ」


「まぁ確かにお前のとこの料理と比べたら微妙だよな」




 思ったことが口に出ていて驚いたが、駆が頷いて少し安心した。






 冬葵はあまり自分のことを話さない。


 彼は他人と少し違った感性を持っている。


 食事もその一つだ。




 彼は何も不自由することなく育ってきた。不自由どころか、整いすぎていてある意味不安なぐらいにだ。


 そんな冬葵の舌は誰よりも長けている。




 冬葵がまだ小学生の頃、彼は素直に感想を述べた。


「まずい」


 と。




 あまりの子供達は「美味しい」「美味しい」と言いながら給食を食べていた。




 そんな中で眉を寄せながら小学一年生だった彼が呟いたら教室は静まり返り、小さい子供ながらに子供達は冬葵が自分たちとか違う。ということに気づいた。




 それから冬葵は一人で行動することが多くなった。


 他の子供達とか価値観が違い過ぎた。


 しかし、それはしょうがなかったのだ。




 彼は財閥の息子。


 他の子等は一般家庭で育った子供達なのだから。


 英才教育を受けていた冬葵とただのんびりと幼稚園や保育園に通っていた子等とは次元が違うのだ。




 両親は彼によくこう言った。


『冬葵の価値観が正しい。そして完璧を目指しなさい。一番上位にいるのが冬葵のいるべき場所です』


 と。




 彼をエスカレート式の学校、私立の学校に行かせなかったことに後悔した時には遅かった。




 祖父はよく、冬葵に言った。


『お前はこの学校にいる限り一人で過ごすべきだ』




 それから六年間。転校することもなく冬葵は一人で小学校生活を過ごした。




 何ともない、本当に何事もなかった六年間だった。




 そして中学校は私立にした。




 しかし、それも選択ミスだった。


 そこはただの金持ちが集まるだけの学校だった。




 とてもつまらない。




 冬葵の性格がこんなんになったのも納得をしてしまう。


 彼は大事な時期に孤独で過ごし、成長期に差し掛かっている時期には上部だけの世界を知る。




 こんなに哀しすぎる環境があるのだろうか。




 冬葵は決して自分から弱音を吐かなくなっていた。


 弱音を吐くのは弱者だと思ったからだ。




 強者は自分を他人に見せてはいけない。ましてや自分を知らないやつに見せれば、弱者に成り下がるだろう。




 冬葵はそう思ってここ何年か生きてきた。




 そして彼の人生を変えたのは現、二人の存在。




 一人が今、冬葵に話しかけている駆だ。


 彼とは去年同じクラスになって仲が良くなった。


 やっと"友"と言うものを彼を通してわかった気がする。






「それじゃあ食堂に行くか」




 駆は冬葵の腕を引いて教室を後にした。
















「……冬葵さん?そんな険しいお顔をしながら食べるのはどうかと思いますが」




 冬葵がラーメン(醤油味)とにらめっこしながら食べている。


 文句はこれ一つ言っていない。


 しかし、彼の表情から分かるのだ。




「食べ物ではない」




 と感じていることは。




「無理して食べることはないんですよ?」




 冬葵の眉間にシワを寄せ、気難しい顔をしながらラーメンを食べている姿をみると「食べなければいいだろ」とふさげた言い方もすることが出来ず、たどたどしい言い方になってしまう。




「家の者が作ったものならまだ俺のことを知っているからいい。けれど、ここの者は俺を知らないから……」




「食べなければ。だろ?」




 冬葵が麺を口にいれながら頷いた。




「はぁ〜。お前のそう言うとこ可愛いと思う時あるけどさ。」


「可愛いってなんだよ」


「いや、まずそこ突っ込むなよ」




 まず、溜息はいたんだからな?


 冬葵に言いそうになるがそんなことは今口にだしても聞きやしないだろう。




「冬葵」


「何だよ」




 微妙に口を尖らせながら答える彼の姿は小さい子供が機嫌を損ねたときのようだ。




 駆は冬葵の前にあったラーメンの器を自分の前におき、代わりに彼の前には八ツ矢やつやサイダーを置いた。




「どう言うつもりだ?」




 冬葵が険しい目をして聞いてくる。


 彼は人の助けを好まない。


 だから今、「お前のためだ」的なことを言うと無理をしてでもラーメンを口にいれ、口を聞かなくなる。




 そうなるととても厄介だ。


 彼と会ったばかりの時、それに気づかずどんなえらいめにあったことか。そしてどんな苦労をしたか。


 と言っても冬葵が好きで彼の近くにいるのだからその行動が苦になることはなかったのだが。




「俺、ラーメン食べたくなったからもらうわ」


「はぁ?」


 冬葵が駆を睨む。




「だから代わりに八ツ矢飲んでくれね?」




 頼むっ!


 と駆は両手の平を合わせて冬葵にお願いをした。




「……分かったよ」




 冷静を保つ彼の瞳にはホッとしたような安堵が伺えた。


 しかし、それは心の中に秘めといて「サンキュ」とそれだけを言ってラーメンを食べ始めた。




 駆は心の中で炒飯だけを注文したことを正解だと感じた。


 もしカレーでも頼んでいたならこの量のラーメンは食べられない。




 成長期に真っさなかだった中学時代なら未だしも今はもう終わりを迎えようとしている。


 そんな中、こんな量のラーメンとカレーを食べるのは無理だ。




 今更だが、冬葵の性格を知っていて損はないと確信した。




 ラーメンをすすり、八ツ矢を飲む冬葵を見た。


 彼はゴクゴクと八ツ矢を喉に通していく。


 喉が乾いていたのだろうか、半分以上残っていたペットボトルの中身は殻になっていた。




 その様子を見て駆は食べるスピードを速くした。

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