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先生、俺のこと好きですよね  作者: 久川梓紗
3/8

芹沢先生

「えー、今年度お世話になる先生方の紹介を___」




 校長先生が間伸びた声で一列に並べられた先生の名前を一人一人呼んでいく。


 冬葵は頭を前後に小さく動かし、目をつぶっている。




「おい、冬葵。起きろって」




 後ろから小声と共に小さく肩を叩かれ、冬葵は目を開けた。




「寝むい」




「全員思ってるよ」




 眠たそうな冬葵の声を見事に無視して、葉山駆はやまかけるは同意を述べる。




「始業式なんか一年だけで十分だろ」




「それも全員思ってる」




 冬葵の意見に駆は微妙な反論を含めながら賛成を述べる。




「まぁ、後少しだから頑張れ」




 駆は優しく冬葵の肩を叩き、姿勢を元に戻した。




 冬葵も視線を前に戻す。




芹澤陽せりざわあきら、数学担当です。皆さんよろしくお願いします」




 二十代前半に見える男が自己紹介をしていた。男のくせに目が大きく、可愛らしい顔をしている。一人称は……女々しいだ。




「ねぇ、芹澤先生ってなんかかっこ良くない?」


「えー、可愛いの方でしょ」


「そうかな?」


「そうだよ」




 女どもを中心に騒ぎ始める。




 芹澤陽。特に特別かっこいいわけでもない。渋谷を五時間くらい歩いてたら会うようなその程度の男だ。ただ、どこか周りにいる教師とは違う雰囲気だけが漂っている。その原因はわかるはずも無く、冬葵は陽をじっと見る事にした。




 その間を女達は騒ぐのはやめないくせに陽の話を飽きる事なく、目を充血させてるのではと思わせるぐらい彼を凝視していた。








「なんか、すごいやつ来たな」




 駆が廊下を歩いている時、ポツリと呟いた。




「そうか?別に普通だろ。俺の方がイケてるし」




「あーごめん。お前そう奴だったか」




 駆はわざとらしく冬葵を卑下にして平然と言いはなう。




「あいつよりお前の方が俺はカッコいいと思うけど?」




「それはどうも」




 駆が照れながら皮肉そうに言う。


 冬葵は人と関わる事が性格からか得意ではないのだが、駆とは一年の頃クラスが同じで仲良くなった。




「けど、俺よりも芹澤先生の方がカッコいいよ」




 駆が真っ直ぐを向いて、彼らしく無いのことを言うものだから冬葵はいつもよりはっちゃけたような明るい声と、その声音には合わない忠告をする。




「自分を卑下にするのは良くないぜ」




「お前は自分に自信を持ちすぎなんだよ」




 駆が冬葵の肩を拳で当ててきた。


 衝撃は少ないが、言葉が重く聞こえた。




「持たないよりは良いんだよ」




 ざわつく廊下の中では独り言は誰にも届かないようだ。


















 全員が席に着くと、それを待ってました。と言わんばかりに教室のドアが横にスライドされ廊下が姿をした。




「一年間、君達の担任をする事になりました」




 女性教師は教卓の前についてそれだけを言うと出席を取り始めた。




 自己紹介とかないのかよ。




 クラスのほとんどがそう思った。けれど今年から担任になる佐藤美月さとうみつき先生をかける達は知っている。


 一年の頃、現文を彼女から習っていたからだ。




 佐藤先生はどの教師よりも冷静に、仕事をこなし授業を進める。


 いわゆるベテラン&エリート教師。




 彼女の歳を知るものは誰一人いないと言う噂だが、少なくとも三十は過ぎている。


 けれど、彼女の振る舞いや美貌からは年齢を考えつけさせない。




「それじゃあ次は芹澤せりざわ先生。自己紹介宜しくお願いします」




「分かりました」




 黒板の影に隠れていたあの男が口を開いて、華麗な動きで教卓の前に現れた。




 女子たちの声が教室に響く。




「静かにしなさい」




 佐藤先生が冷たい声で騒ぐ女子たちをなだめた。




 その先生の態度が気に食わなかったのか、女子たちはこそこそと陰口を話し始める。


 そんな醜い女子たちの姿を見るのも束の間つかのま、彼の一言で一気に雰囲気が変わった。




「二年A組の副担任をします。芹澤陽せりざわあきらです。未熟者の私ですが一年間宜しくお願いします」




 芹澤先生は礼儀正しくお辞儀をした。


 そして顔をあげた時には、人懐っこい笑顔。




 ……端麗な顔立ちをしたやつにこんなことをされて落ちない女子がいるのだろうか。




 冬葵以外の男子はきっと彼を敵対心を抱くだろう。




 そしてきっとこの端麗な顔立ちを持つ男子教師は、そんな男子たちも自分のものにしてしまうのだろう。


 “信頼される教師”と言う肩書きを長い時間が経つこともなく彼は背負うことになることと引き換えに。




 それは顔立ちがどうとか性格とかどうとかではなく、社交性。いや、それでだけではとても足りないが人とは違う何かを持っている。


 人を意図も簡単に魅了させるような、そんな力を彼は持っている。




「それではこの時間に学級委員を決めたいと思います。立候補したい方はいますか?」




 いつの間にか教卓の前には佐藤先生が立っていた。


 黒板には綺麗な字で“学級委員”“男女一人ずつ”とだけ書かれている。




「はい」




 シンと静まる教室に一人の男子生徒の声が響いた。




 駆だ。




「それでは男子学級委員は葉山はやま君でいいですか?」




 佐藤先生の言葉のすぐあとに拍手が鳴り響いた。




「それではあと一人。女子の間で誰かいませんか?」




 今度の静寂な時間は長かった。




 駆達がいるA組は特進クラス、つまりエリート学級だ。そしてこのクラスに通う生徒ほとんどは勉強に時間を費やす。


 部活などくだらない。と思っている生徒が大半かもしれない。




 だから「学級委員なんて時間の無駄だ」と考えているやつがほとんどだと言うことを駆は去年思い知った。


 そんな奴らが人任せにする時間こそが無駄に思えて駆は自ら立候補した。




 ……去年の前期は一人決まるのに一時間はかかった。


 後期はクラスの雰囲気が「前期やった人がやるのが当たり前」という雰囲気を隠すことなく、ほとんどのクラス全員が男女が一人ずつにアピールするので、辞めることが出来ず継続する羽目になる。




 そんな体験をまた今年もするのかと考えたら馬鹿らしい。


 実に馬鹿らしい。




「誰もいないのか?」




 彼の声が後ろから聞こえてきた。振り替えてみると芹澤先生が教室の後ろにいつの間にか立っていた。




 女子たちが独り言を始める。




「どうしよう。芹澤先生と話せるかも」


「先生と話せるのはいいけど、時間かかりそう」


「去年も葉山君やったみたいだし彼に任せれば……」


「その考えいいかも」




 女子の独り言というのは、いつの間にか話になっているケースが多い。




 そんな女子たちの会話を聞いていた、聞きたくなくとも耳にはいる会話に駆は苛立ちを覚える。




 特進クラスにいる生徒は相手を棚にあげなくとも“成績が良い生徒"が集まるようセッティングされている。


 そんな学校の上位にいるような人らがこんな小学生が考えてるようなことをいうことが駆にはあり得なかった。




 去年も体験した。


 ……体験したさ。




 しかし、本当に普通学科の人らよりも、いや全国の高校に通う人様より、ここのクラスにいる奴らは馬鹿だ。


 頭脳がどうとかではない。


 人として可笑しい。




 そんな独り言の空間の中に今度は偉そうな態度をつくるくせにとても透き通った声を発する男子生徒が手をあげた。




西園寺さいおんじくん?どうしたの。」




 佐藤先生が少し驚いた表情をして、彼の名を呼んだ。




「俺が学級委員をします」




 教室が一気にシーンと静まり返った。




「馬鹿らしい」




 彼の二言目はそれだった。




 それを聞いた女子生徒が笑気味に声を発した。


「西園寺くん、先生の話聞いてた?男女一人ずつだよ?」




 ははは。どうしたの?女の子になったの?


 近くにいた女子が笑って言った。




 そんな戯言を気にしない彼の瞳はカッコ良かった。




「あっ、西園寺くん」


 一人の女子が明るい声で彼の名を呼ぶ。そして続けて「もしかしてオカマさんだったの?」


 と笑ながら言った。




 そしてクラス全体がドッと笑い出した。




 ぷはっ。うける。マジで?


 あいつが?ないだろーw


 いつもの俺様の態度の西園寺くんがオカマ?やばっw


 うけるww




 先生達を見て見たけど、はぁ。と短いため息をついているだけだった。




 駆は笑の元になった彼を心配に感じて表情を伺った。


 彼はいつの間にか席を立っていて、彼がいつもの人を馬鹿にする時の優しい目をしていた。




 ……どうやら心配は要らなかったようだ。




「お前らは俺より馬鹿だ。否定できるやついるか?」




 なっ!


 と反論するやつが何人かいたが、次の冬葵の一言で教室全体が言葉を失った。




「そしてお前らはどのクラスの奴らよりも……いや、生まれたての猿よりもどうしようもないクズだ」




 冬葵はそれを言って満足はまだしていないようだったが、一先ずそれを言うと駆に指をさした。




 え?俺?




 教室のほとんどが冬葵へ向けていた視線を駆に向ける。




「駆に仕事を押し付けようとした奴らはクズになる価値もない」




 彼はそれを言うと教室から出て行った。




 ……冬葵、お前やっぱ凄いよ。


 教室に残された奴らはポカーんと馬鹿みたいに口を開けている。




 そう言えば教室を出て行く前の冬葵少し笑ってたな。


 出る間際に見たこいつらの何も口出しだできなくしょうがなくしたアホ面づらがそれぼど傑作だったのだろう。




 そして冬葵はこれだけでは満足していない。それでもこの馬鹿な奴らが集まっている教室を自分だけの空間に出来たことを上々な出来だと思って笑ったのかもしれない。




 きっと彼はこのクラスで人として一番まともかもしれない。


 一部の性格はほっとくとして。




 そしてそんないなくなった冬葵に集められていた感情が彼女の声で一度切れる。




「葉山君。もう一人の学級委員は西園寺くんでいい?」




「はい。それはもちろん。喜んで」




 駆は今までにないほどの満面な笑みで答えた。



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