西園寺冬葵
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気慣れた制服を軽々と着る西園寺冬葵は鏡をみて姿を確認し、ため息を吐いてニヤッと笑って見せた。
相変わらず俺、決まってるな。
文武両道、才色兼備。この男にはその言葉がピッタリにハマる。特進クラス学年一位。運動神経抜群。そして顔も本人が自惚うぬぼれる程に綺麗に整っている。外見は本当に美青年なのだ。それでも彼にも弱点といえるところが一つある。
冬葵は、世間一般で言う“俺様系男子”であると言うこと。つまり度を過ぎた自意識過剰なのだ。
気にしない人は気にしないが、気に食わない人の方が多いのかもしれないこの性格。それでも冬葵はお構いなしに人を見下し、自分が全てのことに1番だと思い(事実、ほとんどのことで上位なのだが)人をゴミのようにみている。
子供の頃から学んでいたあらゆる習い事も完璧にこなし、学校行事も軽々と教師が求めていたことを完璧に仕上げる。そのことから誰も彼には言い返せなく、口答えはできなかった。
冬葵の親は彼がこなす完璧を当たり前だと思い、褒めることも叱ることも無く、家の中にいる家政婦や何年か前に父親の秘書になった若い男に子供の世話を任している。
冬葵はあの性格からか幼い頃から弱音を吐かなかったが、いくら彼でも“寂しさ”を感じることはあっただろう。それでも親は関係なしに仕事をし、子供を他人に任すような身勝手な両親。そんな親から産まれた子供が自由気ままになるのも無理はない。
自由気ままを通り越して、俺様系男子になるのはある意味冬葵の宿命……だったのだろうか。
「冬葵様。そろそろ学校へ行くお時間です」
ドアをコンコンとノックした音のあとに、透き通るような男性の声が聞こえてくる。
「あぁ、今いく」
冬葵は最後にまた自分の姿をみてからドアを開けるとそこには二十前半か半ばぐらいの美青年が立っていた。
彼の父親の秘書、道宮彧奈みちみやいくなが綺麗な立ち姿で待ち構えている。
「彧奈。父の仕事は良いのか?」
「はい。旦那様は他の部下と共にポーランドに行っております。私は冬葵様の世話をする役目でここにいます」
彧奈が胸に手を添え一礼をする。これには朝の挨拶も添えられているらしい。
「そうか。」
冬葵が自分の鞄を彧奈に渡す。
「今日は朝食を食べる」
かしこまりました。彧奈の言葉を背に冬葵は長い階段を降り始めた。
「朝食はもう少し軽いものにしろ」
冬葵は目の前に添えられた豪華な朝食を不機嫌そうに眺めシェフに言う。
「わかりました」
シェフは冬葵の迫力に負けたのか弱々しくそれだけを言った。
「しかし、冬葵様。このメニューは貴方のお身体のことを考えて考えられた朝食です。文句を言わずしっかりと食べてください」
冬葵の斜め後ろに立っていた彧奈が口を挟む。
「黙れ。朝からこんなもの食べていられるか」
冬葵はフォークとナイフを思いっきりテーブルに押し付け席を立つ。
「今日はもういい。行くぞ、彧奈」
「冬葵様」
彧奈の呼び声を無視し、ダイニングとリビングを仕切るドアを勢い良く開け、そのまま姿を消した。
「……」
彧奈は冬葵の姿がなくなったあと小さなため息を吐き、シェフやメイドたちに一礼をしてダイニングを後にした。
「遅い」
冬葵は車の前に立ち、彧奈を待っていた。
「冬葵様。先ほどのことはよろしく無いと思います」
「煩い。それに今日に限ったことではないだろ」
「それがいけないのです」
知るか。とでも言うかのように冬葵は腕を組んでそっぽを向く。
「……とにかく乗ってください」
「当たり前だ」
冬葵の態度に諦めがつき、指示をすると彼は悪気も何もお前が悪いんだ。と態度で示すように車に堂々と乗り込む。
「それでは出発します」
彧奈はゆっくりと車を走らせた。
「冬葵様。いつものことながら市販のパンで良ければ……」
彧奈がルームミラーから冬葵の姿を確認すると、彼は嫌そうな顔をしながら車の中に備えておいた市販の菓子パンを食べていた。
「冬葵様。毎度の事ながらその嫌そうな顔で食べ物を食べるのはお辞めください。作ってくださっている方々に失礼です」
「煩い。それに市販の者は機械で作っているのだから失礼も何もあるか」
そういいながらもとても嫌そうな顔をしてパンを一口口に運ぶ。
「その原材料は人の手で作られたものです。それにそんなに嫌な顔をして食事をするのでしたらシェフが真心込めて作った朝食を召し上がれば良いのに」
「原材料も真心もあるか。作っている奴らはそれが仕事だ。感謝されるためにやっているわけではないだろ」
「冬葵様」
「ふんっ。俺の知ったことではない」
彧奈が冬葵の姿をみた時にはパンを食べ終えており、パンの横に添えてあった天然水をゴクゴクと飲んでいた。
(…昔はもう少し可愛かった)
彧奈が今日何回目かのため息を吐く。
そんな彼の気持ちにはお構いなしに車はスピードを変えずにそのまま走り続ける。
冬葵が通う高校は普通の一般人でも通える公立。その名も東学高校。一般人と言ってもこの高校に通える生徒達は全員偏差値七十五前後。公立の中でも私立・国公立を合わせた中でも全国上位レベルでとても高いとして有名な学校である。その中でも冬葵は特進クラスの上に学年一位と言う成績を残し続けている。
「冬葵様。着きましたよ」
学校の駐車場に止めた彧奈は運転席から外におり、後部座席で寝ている冬葵を起こそうとする。
「……もう少し寝ている」
寝言なのかそれとも起きるのがただめんどくさいだけなのか、冬葵は顔の向きを反対側に向ける。
「そんな無茶な。冬葵様は部活もやっていないのですから、ほかの生徒より遅い登校なのですよ。起きてください」
「めんどくさい」
そう言いながらも冬葵は自分の髪の毛をクシャっと掻き乱してから状態を起こした。
「髪、直しますか?」
「いや、大丈夫だ」
冬葵の髪は乱れる事無く綺麗に整っていた。先ほどの掻き乱したのが、合図のように。
「帰りは五時だ」
「かしこまりました」
冬葵は車をおり、そのまま校舎門へ向かった。そんな彼の姿を見送ってから彧奈は冬葵が寝ていたところのシーツを几帳面に直し、運転席へ戻った。