街と時間移動:2-4
目を開けると眩しい太陽の光があたる。
そよ風は木や草むらを揺らし、心地良い音の合唱を奏でている。
輝かしい朝。新しい朝。
空は青く、雲一つない。
子麦畑の隣の草原で目が覚める。私は起き上がりのびをした。二度寝防止のためだ。
「まあ、こんなところで二度寝はしたくないけど」
目覚めは最悪。昨日あんなことがあればあたりまえだけど。
枕替わりにしていたバッグを持ち上げチャックを開ける。
なかにある小さな袋を取り出し、中を漁る。
外には大きな字で「食料」と書かれている。
固く、丸いものに当たるのを確認するとそれを持ち上げた。
「鯖缶」鯖の絵と共にそう書かれた缶をじいっと見つめる。
朝食べるのには少し重い気がするがまあしょうがないだろう。
こんなものを入れているバッグに寝たからだろう。ズキズキと頭が痛む。
それをおさえながら鯖缶を開ける。
鯖と味噌の匂いが広がってゆく。いや、臭いかもしれない。
丸い缶の中には実に美味しそうな鯖と油や味噌が所狭しに置かれている。
お腹が静かな草原になる。
誰もいないのはわかっているが流石に恥ずかしい……。
「……あ。」
どう食べるか考えていなかった
どうするかな……。
今からスプーンを作るわけにもいくまい。
かといってバッグをあさってみても……。
なかった。
むう、しょうがない。
行儀が悪くとても女子がやるような食い方ではないが……。
私は缶を口に近づけると汁物を飲むように吸って食べた。
鯖は溶けるように口に吸い込まれる。
あっという間に食べ終わり、さあどうしようかとあぐらをかく。
とりあえずはまちを目指す訳ではあるけど……。
日記をチラ見。
日記には『街まで行くのに1日半もかかった』と書いてあったのだ。
流石に苦労しそうだ。
一日野宿。うーむ……。まあ、こうしていても拉致があかないしとりあえずは歩きだそう。それから考えればいいんだ。
私はすくりと立ち上がり、草原を歩んでいく。
そしてちょうど草原から砂利道に移動した頃に、
「……いつ日記読んだっけ」
と、ちらりと小屋をみながらおもった。
そのこじんまりとした木の小屋になんの疑問も、違和感も持たずに。
どうやら、昨日の夜の記憶が曖昧な模様。
今、私は景色の変わらない砂利道を歩いている。
もう飽きた。ざっと五時間は歩いているが前方な景色は変わらず、空しか見えない。
幾度となくついたため息。
昨日の夜、即ち家を出たあたりから私の記憶はまるでもやがかかっているかのように曖昧で、こんなことをした気がする……なあ。くらいなものでしか思い出せない。
外に出てすぐ寝たような気もするし、日記を読みふけっていた気もする。
思い出そうとすればするほどわからなくなり頭はぐるぐると回る。
ただ、日記の記憶を持っているあたり、読んでいるのは確かだろうな。
頭は痛みを増す。
起きてからずっとだが何故か頭が痛い。
ズキズキと、割れるほどの痛みではないにしろ痛いのは痛い。
この痛みもどうにかしたいが……。
「まあ、無理なんだろうなあ」
諦め、またもためいきをつく。
足が痛む。手が痛む。息が荒い。肩呼吸。
頭痛。耳に甲高い音が入り込む。
やばい。
めまいが襲い、前を見ても何が何だか、区別がつかない。
もう何時間も歩いた。太陽は私を照らし、温度を上昇する
あっ、やばい──。
その時にはもう遅く、視界が反転していた。
「……い」
……。
「おーい」
……?
「いきでるか~?」
いなかのなまりのようなものが聞こえる。
ゆっくり目を開ける
「あ、おぎだね」
ところどころに濁音がついている。
目を開けるとまず、ぱちくりと瞬き。
目の前に見える光景を理解するために頭を動かした。
目の前にいるのは麦わら帽子をかぶったおっさん。目は細くヒゲがは横に伸びている。
そしておそらくハゲ
周りを見渡し、状況確認。
木をそのまま使ったような床や壁。
その中は狭く、ところどころに小麦が束になり置いてある。
木の部屋は時折揺れている。
私は起き上がり、まずお辞儀をした。
「ありがとうございます。」
あの時、水も、飯も食べていない状態で歩いていた所為か、倒れてしまったのだ。
そしておそらくこの人に助けられ、今この場所にいる。
「いや、いいよ~。」
笑顔で頭をかいている。
「あの、これは……。」
「おまえさん、砂利道のど真ん中で倒れてたらしいよ。それで馬車の運転手が連れてけなうってな」
どうやら木の部屋は馬車だったらしい。
揺れているのも納得だ。
「どこに向かっているんですか?」
「街さ」
「街……」
「外を見てみろ」
言われるがままに小さなガラスの無い窓を顔をだして前をみる。
一つしばりをした後ろ髪が風になびく
前には巨大……でもない銀色の壁が、遠くに見えた。
壁のせいで民家はわからないが、中心地あたりに黒くて見栄えもクソもないタワーがそびえ立っていた。
いや、タワーというよりかはビルかもしれない。
霧がかったビルはどことなく怪しい雰囲気をかもしだしている。
「おいおい、あぶねえぞ?クビからうえなくなりてえのか?」
ガッハッハッハと大笑いしている。
私はすぐさま顔を引っ込ませる。
「どうだ?あの街」
「どことなく怪しいです」
「怪しい?ああ、あのビルのことけ?確かに都市部は怪しい感じをがもしだしてっけどよ。民家が住んでいるところは賑やかで楽しいからしんぱいすんなよ」
本当にそうならいいんですが。
おじさんは肩を叩きながら大層愉快に笑っている。
「そういえば、お前なんて名前だ?」
「え、あ、稲荷汐里です」
少ししどろもどろしてしまったがすぐに答える。
「はあん……どこかで聞いたことある名だな……まあ気のせいだろうな。ハハッ」
千歳さんといい、彼といい、私の名前の人がこの世界にはいるんだろうか?……しかも有名そうな感じがでてる。
「あなたは?」
聞かないのもへんだろうと思って聞く。
「ワシか?ワシは……んっと」
なにやら悩んでいるご様子。
「名前、無い気がしてきたど」
「は?」
「だから、名前無い」
ちょっと、何言ってらっしゃるのこの方は。
名前がない?そんなことが?
「実際、名前なんつーもんはそんな必要なもんじゃないっぺよ」
「そう、ですかね?じゃああなたはなんと呼ばれているんですか?」
「農家とかおっさんとか?」
そんな人は恐らく何千といると思うし、ややこしそう。
まあ、それならそれでいいんでしょうけど。私が異世界の世界でとやかくいうつもりはないです。
本当に。
「それにしても、その格好といい、その髪型といい……君は街の人間け?そのミミはおそらく獣族だろうし。」
「いえ、あーえっと……旅人です。旅人。私、旅するのが好きでして」
あはははははー。不気味な笑いが焦りの所為でもれてしまう。
だが、彼は気にせずに
「あーだからあそこに倒れてんか」
「ソウナンデスヨー」
嘘八百もいいところ。
「街はいいとこだぞ~。」
「そうですか~」
適当にいいながす。
「そろそろつくよ」
と、突然に前方から威勢のいいハリのある声が聞こえる。
どうやらもうつくようだ。
「はッー!初めての街だぁ!楽しみすぎてはっちゃけそう」
「えっ、初めてなのですか」
驚き。
さっきまで我が物顔で街のことを話していたのに。
「ああ、初めて。知ってたけど来たのは初めてだからなぁ。あ、そうだ種族確認証だしとかなくちゃぁな」
「なんですかそれ……」
名前的に大事な物そうなんだけど。え?まって。持ってないですよそんなもの!?
「顔色が変わっとるけど、もしかしてもってないんか?やばいぞ捕まるぞ?」
「え、えええ??」
困惑。手を意味もなく上下にしたり左右にしたりしてしまう。
頭は回らず、寧ろ真っ白になってゆく。
驚きの白さ……。
「なんて思っている場合じゃない!!どうしよう!」
名前なき彼はもう諦めた顔をしている。
まるで息子か親友を連れ去らってしまれた人のように。
あきらめないで~!
無情にも、こう思っているときは時間が立つのが無駄に早い。
即ち、もう街についたのだ。
馬車は止まり、なにやら門番らしき人と話している。
……あ、でもまってこれなら中見られずに素通りされて、
「ああ、後ろに人が乗っているよ」
いい人生とは言い難いけど。まあ、いい人生だったなぁ。
砂利を歩く音が近づいてくる。
刻々と近づいてくる。
ああ、想像できてしまう。牢獄に入った自分が……。
装備からして兵士であろう。
そいつは乱暴に入り、名前なき彼に近づく。
「種族確認証をみせろ」
命令口調。しかも後ろには銃が。
小麦に隠れたい……。
彼はチラチラとこちらを見つつ、なんちゃら確認証を兵士に見せている。
兵士はジロジロとソレをみると、次は私に近づいてくる。
「おい、おまえもだ」
そして目の前に近づくと、強い口調でにらめつけながら私を見る。
「……デス」
予想以上の小声で私自身もビックリ
「なんだって?」
顔を近づける
「ないです……」
「はああ?」
激おこ。激おこです。
「お前ッ!もしかして異世界人ではあるまいな?」
「まさか、そんなわけないじゃないですか!このミミ!見えますか?」
「……たしかに。まあ、いいこっちにこい」
「い、いたたた!ちょっとつねらないで!」
服の裾を掴み、そしてそれとついでに私の腕をつねった。
「ん?ああすまない。だがお前の脂肪がつきすぎているのがわるいんだぞ?」
一瞬。
ほんの一瞬で怒りは頂点にまで達し、そして気づいた時には手をグーにして兵士の顔を格闘ゲームよろしく、殴っていた。
やらかしてしまいもうした。
ものすごい音が手から鳴り響き、兵士は一瞬で倒れ、気絶してしまった。
「お、おま……」
「や、やってしまった……」
反逆罪。圧倒的反逆罪。
もう牢獄ではなく処刑ものだと思うんだけど……。
ああ、でも死んだら現実世界に……。
「おい、すごい音がしたがなん……なんっ!」
恐らくコイツいがいの門番だろう。
コイツににた格好の兵士が近づき、倒れた兵士と未だグーにして硬直している私もみて絶句していた。
「おまえか!この野郎!兵士を殺すことがどういう罪になるかわかっておるだろう!?」
わかりません。私はわかりませんよ……。
「ついてこい。反逆するなよ?おら、お前も突っ立てないでこいつを連れて行け!」
「やっきゃっ」
乱暴に脇に手をいれて連行。
脇はものすごく弱いため、甘い声が漏れ、抵抗もままならない。
「■■っ!!■!!」
かなりやばい言葉だったため、隠させていただきます。
そんな声をだしているとなにか感じたのか兵士達は脇から手を離すと、溜息をついて銃の先端を私にさしむけた。
「……ほら、いくぞ」
おつかれなんですね。
私は強盗に誘拐された人のように手を上にあげて門の中に入る。
門の中にはいると見えてきたのは洋風でファンタジーな家の数々。
密集地帯なのだろう、白い壁とレンガの茶色い屋根の家が所狭しにある。
もう夕方。日は沈みかけ、太陽は空を赤く染める。
そして夕方だからこそ、人が少ない。もし多かったなら今頃噂になっていたんだろう……。
もうどうすることのできない状況に、諦めかけ泣く泣く前に進む。
……実際は知り合いを見つけられるかもという淡過ぎる期待をして、ゆっくりにあるき、キョロキョロと周りを見回している
というか知り合い、この世界にいたっけ?
ええと……
頭をフル回転。記憶を遡る。
刑事さんがいたなぁ……。
だが、そんな運良く彼が現れてくれるわけもないだろう。
というかさっきの名前なき彼は私を助け──
「おい、なにをしている?そいつは誰だ」
無駄な考えをし、後ろを振り向いたときに、後ろから声が聞こえた。
この声は──聞いたことがある!
「け、けいじさぁん!」
涙目で思わず走りそうになる。
そう、そこにいたのは二つ顎でみたことのある人。
著作権的に危なそうなこの人!
「あ、ああ……?」
泣きついた私を見て首を傾げている。
あれ、あったこと、ありましたよね……?
何故そんな疑問そうな顔をしてこちらを見ているんだ。まるで誰だかわからないよう……
「ああああーーー!!!」
そそそそ、そういえばイメチェンしてしまったんだった──!
これじゃあわからない……。ああ、ああっとなんていえば……ええっと?ええっと!
「あ、その、わっわたひ……いたひ!」
困惑して話す言葉はまとまっていないなか、さらに舌を噛んでしまう。
頭と目がぐるぐると回る。
「……??あ、えっとコイツはですね。種族確認証をもっていない上、兵士を殴ったんです!」
私はがっくりと膝を落とす。
終わった。私の人生。
「……種族確認性を持っていない。黄色ががった白髪の娘……ああ!」
「どうしたんですか」
「すまんすまん!こいつ、実は今から種族確認証を作るんだよ~それでこの街までこいっつったんだー」
「「えっ」」
一人の兵士と私の声が重なる。
うなだれつつ、刑事を見ると静かにウィンクをしていた。
気づいてくれた……のか?
「……!!?そ、そうでありましたのかですか?」
驚いたせいか、敬礼しながら目を見開く二人目の兵士。
言葉がものすごくはちゃめちゃになっている。
「いやーこいつが悪いんだよ!言わないから。」
兵士たちは銃を構えるのをやめ、刑事は私の肩を組んで小声で
「さ、いくぞ」
と言った。
刑事さんバンザイ!そう思い、心の中でガッツポーズをした。
「あんたさあ……?」
呆れた顔でそう発したのは保護されてから2分ほどたった頃。
密集地帯のど真ん中の石で作られた道を歩きながらです。
「すみません……」
「まあいい。それで何があったんだ?」
「話すと長くなるんですが」
「目的地までは近い。故に手短に頼む」
目的地、宿屋かなんかかな?
「街目指して気絶。」
「それで?」
「馬車に揺れて街到着。」
「なるほどな……。もしわしが助けなかったらどうするつもりだったんだ?」
「潔く諦めて死のうかと。」
どうにもできなかったしね。
その回答にためいき。
完全に呆れられてしまっている。
「この話はやめよう。違う話だ。その格好、行ったのか?」
……どこに。とは言わない。
木の小屋だろう。
私はつばを飲み込み、目をしたに向ける。
「行きました。」
「……?」
間が空いてからすぐに。
「そりゃあよかった。獣人族にするってのもいい判断だ。」
「そう……なんですか」
「ああ、なんせ今1番多い種族は獣人族だからなあ。……アンタ、歴史書とか読んだかい?」
「まあ、ある程度は」
どのような歴史を歩んだか。とかはわかってはいる。
あんなに読んでいたんだから当たり前です。
「じゃあ知っているな?」
「人類急激衰退期のことですか」
刑事は歩みを止める。
それに続いて私も。
「知っているならいいんだ。説明する手間が省けたからな」
刑事さんは手をこしにやり目の前にある、壁のすぐ近くのひっそりと佇む少し古そうな木造建築を見やる
「目的地だ。」
『BAR』
屋根の上に置いてある看板にはでかでかとその文字が書かれていた。
「さっ入るぞ」
宿屋と予想していた私は目を丸くし、口を開けていた。
まさかBar?なぜ?
確かに二階とかあるけど……もしかして家?
刑事の家がBar?どういうこと……
理解が追いつかない。
予想外とはいえこれは……
「来ないのか?」
「あっ行きます!」
小走りで近づく。
私がドアをしめるとカランと音が鳴る
「よう!お前ら!」
前を向き、どんな部屋かと舐めまわすように見る。
……至って普通のバー
強いて言うなら少し古びているというべきか。
「あら、いらっしゃい……その子は?」
2階から音を立てて降りてきたのは女。
ポニーテールでエプロン姿。
私を指さして疑いの目をかけている。
いや威嚇かも。
私は思わず一歩さがる
「ああ、異世界人だ」
「あ、異世界人?まじ?なんだ先に言ってくれよ~」
さっきの顔はどこへやら。優しい狐目に変わっていった。
「ああ、この姉さんは遥っていうんだ。遥、こいつは稲荷汐里。」
「よ、よろしく」
「よろしくな!」
私の小声は彼女の大きな声にかき消される。
元気で活発な子だ。
「あと三人くらいこの店に住んでいる奴がいるんだが……」
「奴らなら出かけてるぜ」
「どこにだ?」
「さあな。こどもってのは自由だから、」
子供……自由……。幼い子なのだろうか。
出来るならば同じ年の子がいいな。話しやすいし。
「いなりん!ほら、席ついて!」
いなりん……またそのあだ名ですか。
まあ、別にいいんですが。
ドアの前に唖然としたまま立っていた私は言われるがままに前の席に座った。
「……」
咲く話もない。
沈黙。
「……」
沈黙ほど怖いものはないと思うレベルで嫌いなのだ。
特に学校なんて場所で私の発言をしたあとの沈黙といったら……。
ああ、考えただけで胸が痛い。
「やあ。」
沈黙を破ったのはひょっこりと机の下から出てきた茶髪の子。
ジト目で熱い視線を向ける。
「あれ、あんたいたの?」
首を傾げる遥さん
「うんいたよ」
「てっきり由子達と遊んでるんかと思ったわ」
「予定を思い出した。というより予定外な予定ができたって言うべきかな」
なにやら含みのある言い方であるが特に気にすることもないだろう。他人なんだから。
「あ、すまんな。こいつは奈良 智頭。15歳だ。」
「よろしく、稲荷。」
「いきなり呼び捨てかよ」
目をそらす。
何故だか智頭さんはさっきから私に熱い視線をおくってくるのだ。
「ねえ、稲荷。君、何歳?」
「あ、ええと……16……です」
「へえ、今度は若いんだね。」
「今度は……?」
「ああ、なんでもないよ」
またも何かありそうな言い方。
次は智頭さんが視線をそらした。
「まっ、2人で仲良くしてくれや」
そういうと私の机の前に小さなコップに入ったシュワシュワとした液体を差し出す。
「サイダーよ。飲みなさい」
「あ、私も飲みたいな」
智頭はそういうと二階に消えていった。
「相変わらず自由奔放だな、あの子は」
「そこがいいんだよ」
あははははと遥さん。
ガハハハハと刑事さん。
よく笑う人だ。
「さて、雑談はここまでだ。ここにきたっつーことはよ?なんかあんだろ。刑事サン」
「勘がいいな!そうだ二つ、お願いがあるんだ」
すっと、刑事さんは指を出す。
「まずひとつめはこいつを」
がしり、と私の頭をつかむ。
少し痛いのですけれど……?
「保護してくれ。ここにな」
「えええ!?」
私は驚きで立ち上がる。その衝動で刑事さんの手が落ちる。
「やっぱりか。まあ二階の部屋は有り余ってるからな。別にいいぞ」
勝手に話しを進めてゆくお二人方。
「そりゃよかった!」
いえ、まあ確かにここに連れてきた時点ですこし察しはついていたのですが、まさか……そんな
「で、でも家賃とか!払えませんよ!」
お金は持っているのですが、でもこのお金だってつきてしまうだろう。
「家賃?いらないよ。ただ、働いてもらうけどね」
「こ、このバーでですか……?」
「ん。まあ。」
「私接客とか無理です!きっと役立たずになってしまいます!」
その言葉を呑気に、
「そのために皿洗いとかがあんだろ?」
と返したのだった。
それならいいんだ。
私は人と接するのが大の苦手で、出来るなら言語というものを発明した野郎を滅したい。
そして離さずにいきたい。
今からでもそう願う。
でもそれは……
考えると私は下を向く。
それに気づいた遥さんは、
「私の勘違いだったら悪いんだがよ、もしかして遠慮してねえか?」
「それは……」
しているに決まっている。
わたしなんてめいわくだろう。
「お前は隠すことが下手だな」
ニカッとコップを吹きながら笑う。
「別に迷惑ではないさ。むしろ私はいなりんを知ってしまったし、異世界人って言うんだからよ、一人にするなんてぎゃくに心配なるわ」
と続けた。
「……。」
「確かになあ!姿は千歳の奴に変えてもらったみたいだがなあ……」
「これ、千歳がやったのか?それなら尚更だ!」
千歳さん──
私は目をそらして遥さんと刑事さんを視界から外す。
胸がチクチクと痛む。
「……なあ、お前」
私の異様な反応に刑事さんが反応し、声をかけられる。
まるで犯人の気分だ。
「千歳に何かあったのか?」
一番聞かれたくなかった事を聞かれてしまう。
別にウソをつくことも出来ただろうが、私にそんなことはできない。
できたとしてもどうせバレるだろう。
確かに同級生にいじわるをしているがあれは親しい間柄できたというものだ。
「……うん、そうだな。きつい口調じゃダメだな」
咳払いをした
「今まであったこと、詳しく教えてくれないか?」
優しそうな口調で言ったのだった。
今まであったこと──即ち、ここに来るまでの過程。異世界に来て、千歳にあい、そして殺したことをかいつまんで話した。
「なるほどなあ……」
刑事さんは悲しそうな顔でつくえによっかがる。
話を聞いたのは遥さん、刑事さん、奈良さんの3人
話すに連れて悲しい面影になるにつれ、胸の痛みが増していた。
釘でも刺さった気分だ。
「あの千歳が悪魔に取り憑かれていたとはな……」
「すみません……私がこの世界の歴史をもっと知っておけば」
涙が漏れ、頬を伝う。
話途中に泣かないように我慢していたんだがついに我慢がきかなくなった。
異世界に来て私は何故か豹変した気がするんだ。泣き虫になったというか、なんというか……。
「別にお前は悪くねえよ、それに悪魔人の治療法は殺すことしかねえかわらなあ……」
「そうだ。それに悔やんだってしょうがないんだ。彼女だって悔やんで欲しくはないだろうよ」
「……日記、見せてもらってもいい?」
唯一、顔色一つ変えずに聞いていた奈良さんが口を挟む。
「あ、はい。」
涙を裾で拭いて持っているバッグを漁って日記を取り出して手を伸ばしていた奈良さんに渡す。
「ああ、あと奈良でいいよ」
パラパラと適当にめくると、静かに日記を机において椅子から立ち上がる。
私と刑事さん、そして遥さんは頭に疑問符を浮かべる。
私の後ろにたったと思うとすっと私の目を隠した。
目の前が真っ黒になる
「あの……?」
「安心して」
音がなくなる
「また、今日に会おう」
頭部に何かが当たったかと思うと──
意識を無くしたのだった。
最後に聞こえた言葉──
「スマホのキー。これを覚えとくんだ」
はっきりと聞こえたんだ。
4.
「……?」
ガタゴトと揺れる馬車で、私は頭をぶつけた時に目を覚ました。
「ん、あ起きた?」
痛む頭を押さえながら、座る体制になると、目の前に爽やかな青年がいた。
「……。あなたは?農家のおじさんではないの?」
あれ、なんでそう思ったんだ?
思わず口をおさえる
「何言ってるんだい?あ、もしかして馬車を運転しているとうさんのことかい?」
半笑いでそう言うと、前を見た。
「君、父さんと知り合い?」
「い、いえそういうわけではなくて……それよりここは……えっと」
どうにも記憶が曖昧で、この光景を見たような錯覚に陥っている。
デジャヴのような感覚なのだがどこか違和感を持っている。
それにこの前の光景がイマイチ思い出せない。
千歳を倒して……街まで行こうとして、えっと……。
あれ千歳?千歳さんじゃなくて?
あ、れ?
「君、倒れてたからさ、助けたんだ。びっくりだったよ、なんせ砂利道のど真ん中で倒れてるんだもん。何があったの?」
「す、すみません記憶が曖昧で……寝起きだからですかね」
と、苦笑い。
思い出そうとしても頭痛が邪魔をする。
叫びたい気分だ、ほんと。
「そういう時もあるよね」
ないない。
そんな軽い感じであったら困る困る。
「この馬車はどこに?」
「街だよ」
「街……」
嫌な予感がする
鳥肌が全体に沸き立ち、ゾワゾワとした感覚が流れる。
手が震える。
「僕、街行くのが初めてで、楽しみなんです」
「そっ、そうなんですか」
冷や汗が流れる。
何故こんなにも体が反応しているんだ?
街なんていったことないであろう。
疑問は止まらない。
「よかったら一緒に──」
その言葉とほぼ同時に私は立ち上がり、大きく空いている場所を見る。
青年は目を丸くして唖然と私を見る
「すみませんっ!」
謝罪の一言。
意を決して馬車から飛び立ち、地面についた所で背中のつかない前転。
全てが一回転。
少しの目眩の後、馬車の方を見る。
「すみませんー。このお返しはいずれー!」
手を振りながら叫ぶ。
予想以上に馬車は早く、もう遠くて顔を出している青年の表情はわからない。
馬車が見えなくなると、手を振るのをやめて振り向き、ため息をつく。
何しでかしてるんですか私は。
膝から力が抜け、orz
冷や汗でも恐怖でも、街に行くんだったら我慢すればよかろうに。
もう既に鳥肌も、冷や汗も引っ込み、極めて健康な状態になっている。
さっきまでの症状が嘘のようだ。
しかし本当に何だったんだろうか。
まるで街を知っているような感じだった。
嫌な予感と表したわけだけど、あれは予感ではない。完璧に脳が『やばい』と危険信号を出したんだ。
予知なんて甘いものではない。
これは、これは──。
「うん?」
遠くでなにやらボール遊びをしている人を見つける。
子供であると思うが、近づいてみることにした。
今は助けが必要なんだ。
たとえ子供であっても──
まあ、自分が自ら抜け出したくせして助けてというのは少しあれなのだが……。
とりあえずわたしはボール遊びをしている人立ちに近づいた。
だが、ここで一つ問題が。
人見知り。
話しかけるにも声がつまって話しかけられない。
そしてまるでバリアが張ってあるかのように半径1m以内に近づけない。
遥さんとは刑事さんがいたから話せたけど──ん?
はる……えっと、誰……?まだ寝ぼけているのかな。
でもあったような気がするんだ。何故だろう……?
何か思い出しそうな──
「どうしたんだい?」
「うわっ!」
突然の声に驚き、尻餅をついてしまう
「っいたた……」
「大丈夫、ほら」
茶色髪の娘は私に手を差し出す。
別に大丈夫なのだがここで使わないのはさすがに無愛想過ぎると思って手を繋ぐ形になる。
「ありがとうございます」
「大丈夫だよ」
彼女はぼうっとした顔で私を見やる。
どこかで見たような人だな……。
「手、離してくれるかい」
「ああすみません」
しまった。考えこんでしまった。
「私の名前は奈良 智頭だよ。よろしくいなりん」
「よろし……く?」
あれ?私名乗ったっけ──?
「どうしてこんな場所にいるの?」
「ああー……」
まえみたいに旅人と言えばいいかな……
「実は旅人でして!だからえーっと、街を目指していて、その。」
あたふたあたふた。
「ふうん」
私のあたふたした感じとは違ってクールに、そして冷静に返してくる。
「それなら逆方向じゃないかい?」
「あー、えっと……」
確かにそうではあるけど。
図星を疲れてしまった。
「君、方向音痴?」
「そうなんですよ」
いらぬ嘘というか、いらぬ誤解をされた気がするけどまあいいかな。
この際しょうがない。
「それは大変だね。そうだな……ちょうど街に行くところだし、連れてこうかな」
「ああー……。」
特に拒否する理由はなかったしあんな事をいっては断れまい。
体調が悪くなったら一言言って一抜けすればいい。
さあいざゆかん!街へ。
「この警備、どう抜けるんです?」
くだらん雑談をしながら歩いて数分で中に街があるだろう壁についた。
だがその壁の入口には銃を構えた兵士が3人……。
私達は茂みに隠れて様子見
「……入れそうにないね。こっち。」
茂みを抜け出すと入口をあとに、壁に近づいている。
私もなるべく音を立てずに近づく。
そして少しいったところで立ち止まる。
目の前には塗装も何もされていない、人ひとり入れそうな穴があった。
「ここから街に行ける」
「…………。」
完全に不法侵入の類。
圧倒的犯罪に困惑。
彼女についていき穴に入る。
補強もされていないどころか、壁を触れば土がつくところを見ると何も施されていないようだ。
中は薄暗くて狭い。
「横、見てご覧」
そういわれるがまま、右を見ると何やら文字が書かれていた。
目を凝らしてよく見ると、土に掘られた文字か見えてくる
『○4#=☆5^』
「なに、これ……」
意味のわからぬ記号と数字に私は疑問符を浮かべる。
「その4は二週目だ」
と謎の一言が追加される。
「これって、なんですか」
「覚えていないんだね」
「……?」
そこからは沈黙したまま歩いていた。どちらも喋らず、私はさっきの意味を考え、彼女は──わからない。
段々と暗くなり、最終的には何も見えない闇になっていた。
本当にまっすぐ歩いているのか、前に彼女はいるのか、と不安になる。
恐怖に耐えられず、話しかけようと口を開いた時だった。
「すとっぷ」
立ち止まり、彼女がいることにほっと安堵する。
「なあ、いなりん。」
「はい?」
あだ名、未だ健在。
「君は、超能力を信じるかい」
「見れば信じますね」
「……スマホのキー」
「……!それって──!」
違和感の殆どが繋がった瞬間でした。
まるでそれがわかってはいけないものの様に突然下に大穴が空いた。地面がなくなって足がすくわれたのです。
考える時間もなく下から来る風を感じ、落ちているのがわかった。
「きゃ───!」
叫び声をあげた時に、意識は途切れた。
一体、これがいつまで続くのか、私にはわかりかねました。