第九話
執事視点です。
1つの汚れなく磨かれた革靴がコツコツと音を立てて、城の廊下を歩いていた。
「失礼します。」
「ノエル、ようやく来たか。入れ。」
ギィ、と音を立てて、部屋の中へ入る。
此処は王への謁見室だ。扉は古いわけでも傷んでるわけでも無いのだが、とてつもなく高く、大きいので、静かに開けようとしても音は出てしまう。
「クローヴィス家はどうだ。今回の婚約についての反応は。」
「王家との婚約はクローヴィス家にとっては願ってもない話でしょう。
元々、王家と上級貴族は親戚関係を結んでおりますが、王位継承権について争われてる今、第二王子との婚約、さらには第一王子とクローヴィス家御子息の友人関係はクローヴィス家に力がついてきている証拠。
他の貴族からのお近づきの招待に追われています。」
「ふむ……。やはり1つの家に権力が集中するのは良くないか。ロザリー嬢も中々にお淑やかで悪くはない。」
そんな訳あるか、と言ってやりたかったが、王家からの派遣とはいえクローヴィス家の執事。ロザリー嬢の株を落とすようなことがあってはならない。
「もう良い。これからも引き続き頼む。」
「はい、かしこまりました。」
一礼をしてから王の前から去る。
現在、この王国には公爵家は2つある。1つの家に権利が集中するのも良くないが、2つも拮抗する強い力はいらない。
しばらく廊下を歩いていると、前から歩いてくる人物がいた。
公爵家御子息のティモシー・エーベルト様だ。
お嬢様とは幼馴染の関係にあたるので、何度かお会いした事がある。
「やあ、ノエル君じゃないか。ローズは相変わらずかい?」
ローズとはお嬢様の愛称で、今のところはティモシー様しか言っていない。
「相変わらず、とは?」
「あの自信満々な態度のことだよ。はー、やだね。もっと淑女として振る舞えばいいのに。」
本当にそうなってくれれば、この気持ちがなく、心から使える事が出来たのに。
「昨日のお嬢様は、婚約者であるアレクシス様に会うため、お淑やかに振舞っておられました。」
一応の事、お嬢様を庇うような事を言ってみた所、周りの空気が重くなったように感じた。
ティモシー様の顔を見ると、失望したかのような、希望をもったような、両極端な気持ちが混ざり合った顔をしていて、ひたすらこちらを見つめてくる。
ああ、そういえば、この方は昔からお嬢様の傲慢な振る舞いを見て満足そうにしていたな、と思い出した。
何故かを聞くほど、興味があるわけではなかったので、理由は知らないが。
ただ、この方には裏の顔がある事をだけは見てとれた。
「ティモシー様、顔色が優れないようですが。」
なんて、白々しく聞くとティモシー様もニヤリ、と嗤った後、こちらへ歩き、すれ違いざまに呟いたのだ。
「ノエル君も、キャラを作るなら見られないところでも猫を被った方がいい。」
その言葉に驚き、振り向こうとした途中で気づいた。
窓に映る自分の顔は真顔で、お嬢様がよく言う笑みは浮かべていなかったのだ。
お嬢様の部屋をノックしたが、返事はない。部屋に失礼ながら勝手に入っていると、頬を赤くしたお嬢様が帰ってきた。
その見た事ない表情に驚くが、平静を装う。
「お嬢様、何処へ行っていたのですか?」
それに対しての質問に
「アレクシス様の所。今度、散歩する約束をしたわ。」
と答えた。
お嬢様はアレクシス様と仲良くなったのですか。王は貴女をクローヴィス家の動向を探るための道具としか思っていませんよ。
そんな事を思いながら、お嬢様が眠りについた事を確認し、部屋から出る。
後ろ手にドアを閉め、小さくハハッと笑った後、自分の部屋へと足を進めた。