第二十五話 ???
僕は何故生まれてきたのか。
人はみんながみんな、偉大なる使命を持って神から地上へと堕とされるらしい。この町1番の神父様が雄弁に語っていた。
僕の使命は生まれた時から決まっていた。
クローディア家に遥か昔から仕える影の一族、殺し、スパイなどの業務を受け持つ。もちろん、そんな役割だから、表にはそこそこ儲かってる商家、ということになっていた。
クローディア家の御方も御当主様と長兄の跡取り様、アダルバート様としか面識がない。大層美しいご令嬢がいらっしゃるようだが、話を聞く限り絶対に会いたくはない甘えた令嬢だ。
僕のこの心臓に忠誠心なんてご立派なものが埋まっているとは思えない。みんなと違う肌、髪。こんなものは目立って仕方がない、と父さんや兄さん達に言われ続けてきた。
クローディア家なんて、権力と金に目がないがめつい一族がいるせいで僕はこんな惨めな思いをしていると思うと憎しみを覚える。
この家で生きていくにはクローディア家の命令に従わなければならないけれど、僕の心臓にはフツフツとどうしようもない憎悪が育っていった。
「やあ、また会ったね。今回は僕の留学に付き従いに来たのかい?君の一族もたいへんだね。」
「いえ………そのようなことは。」
この男は僕がクローディア家を憎んでることを察しているはずなのに、白々しく話しかけてくる。憎い。
口を開けば想いが溢れてきそうで、この歳になると自然と無口になっていた。
「君は………僕の妹に会ったことはあるか?」
心臓がはねた。この跡取り息子、アダルバート様は妹であるロザリー嬢をとても可愛がってることで有名なのだ。家柄に群がる虫も蹴散らし、自分だけがロザリー嬢を真に受け入れられるのだと、自分にも恋人を作らずに妹につきっきりだと言う。
真実、会ったことはない。しかし、少しでも貶すような言葉が溢れれば、即斬首だ。褒めるようなことも出来ない。
「いえ………会ったことはありません。」
こんな時、自分の無口さに感謝する。
「ふーん。僕の妹には挨拶もしないの?」
「い、いえ!そんなことはありません!お会いする機会がなくてですね……」
「おお、珍しく慌ててるね。大丈夫だよ。首を切るようなことはないからねえ。」
冷や汗が背中を伝う。今まで多くの同業者がこのアダルバート様の逆鱗に触れて世からいなくなったか数知れない。
噂では、実の兄妹でなく2人は愛し合っているのでは、と呟かれている。
「あ、僕とロザリーは愛し合っているわけではないよ。ロザリーはどうやら王妃……というか、王女様に憧れているらしいんだよね。」
「はあ………。」
「僕が昔寝物語に王子と結婚して幸せになる話をよおく読んでやったせいか、異様に王子との結婚に夢見てるんだ。」
「そんなんですか…………。」
どうでもいい話だが、一応未来のご主人様だ。相槌だけでもうっておこう。
「しかもなんとこの度、ロザリーは第二王子との婚約が決まったらしい。」
「はっ!!?………………いや、おめでとう、ございます。」
冗談じゃない冗談じゃない!
本当に噂に聞くほどの我儘で傲慢な令嬢なら国が滅びるぞ!?
我が国の国王は一体何を考えていらっしゃるんだ!
僕の反応に、アダルバート様は訝しげな顔をした後、ニヤリと笑った。
「そ、こ、で、君に任務をやろう。」
「………はい?」
僕の手は汚れてしまった。
正確に言えば、僕が殺したわけではない。ただ、唆しただけ。
ロザリー嬢と始めて対面した。
噂なんてものは信じるに値しないな、とても素直な子だった。
だからこその罪悪感。素直な娘は深淵を覗くこともしない愚かな娘である、というのと表裏一体だった。
ある人を呼び出し、アリエス嬢のことを唆した。そいつはロザリー嬢への対抗心のみでアリエス嬢の殺害へ同意。裏で直接に手を下す者を雇い、殺した。
実行犯の奴も俺と同じ普通ではない髪の色だった。それに少しの親近感を覚えたが、目を見て、「こいつは俺と違う」と感じた。
忠誠心の塊のような奴だった。
とはいえ、唆したのは僕。いつかはやる、と思っていたが、終わってみると早いものだ。
ぽん、と肩に手を置かれた。後ろを振り返ると、アダルバート様が笑っている。近くで見てみると、思っていたよりも深淵の底は見えない。
「ありがとう、アゼル。」
僕は他の道が絶たれ、使命とやらがアダルバート様の手から僕の全身へと渡るように感じた。




