第二十三話
「やあ、おはよう。」
部屋を出た途端に爽やかな声で挨拶してきたのは、私の婚約者、アレクシスだ。
なぜだろう、ゲーム内の彼を知っているからこそ彼が爽やかでいることに違和感がある。
「ところで、ねえ。話があるんだけど、いいかな?」
空き部屋へと連行する我が王子の笑顔は、有無を言わさぬ圧力があった。やはり、彼が爽やかな時はロクなことはないということだろうか。
失礼にも程がある評価だが。
ノエルはどこかへ行ってしまったので対抗する手段も持たない私は、そのまま空き部屋へと連れ込まれるのだった。
無慈悲にもドアの鍵が閉まる音が聞こえ、先にある椅子へと誘導される。
淑女にはそっと触れるのが礼儀だろうに、アレクシスは私には必要ないとでも思ったのだろうか、がっしりと掴み強制的に連れて行く。
「……さて、今日の晩餐会でどうせ会うわけだけど、あんたと個人的には話せないだろうからね。今のうちに聞くよ。」
「そうね、私もあなたに聞きたいことがあるの。」
アレクシスが片眉をあげて、訝しげな顔をする。もしかして、私みたいな令嬢が冷静に自分の立場を考えているとは思っていないのか。
「ふーん。レディーファーストだ。お先にどうぞ?」
どこか馬鹿にしたような返答をしてくる。まあ、我慢しろ、私。コイツが心から真摯に接するのは父兄と、ヒロインだけではなかったか。今さらどうしようもない。
とはいえ、パーティーの時より態度が悪くなってないだろうか。
「例え建前だとしても貴方達は私を犯人として疑っているのに、何故晩餐会に呼ぶの?他の貴族の反感を買うんじゃない?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔というのは今のアレクシスのような顔を言うのだろうか。
「……ああ、建前だってちゃんと分かってたんだ。てっきり疑われてることに異議を唱えると思ったんだけどな。」
「せっかくの王家との婚約を無駄にして恋愛を取るような令嬢はこんな女になってないわ。陛下もまさか私がそんな女だとはお思いにならないでしょう。」
「安心したよ。疑われたことに対してグチグチと何かを言い出したら面倒だと思ってたんだよね。しかし、あんた侵入するときはもう少し慎重にしなよ。」
今度は私が驚く番だった。
まさか王宮のセキュリティがこの程度とは思っていなかったが、まさかバレていたとは。
「気づいたけど、確実にこれは俺の婚約者様だなと思ってね。報告しないであげたよ。感謝しなよ。」
「ありがとうございます……。」
「ふん、それで俺からの質問なんだけど。あんたの執事、どのくらい使える?」
唐突に出たノエルの話題に思わず呆ける。
「使える……とは思うわよ。この私に仕え続けてるんだから。」
後半の一言が妙に納得するアレクシスをにらんでおく。
「そう。それなら安心だ。頼みごとがあるんだ。呼んでくれないか。」
「探して来なきゃならないわね。」
「あー……。彼ならその場で呼んでみなよ。そもそも何故王家から各貴族に執事を送っているのか考えれば分かると思うけどね。」
そこで、執事が私達の見張りの役割をも担っている事を思い出したのだ。
失念していた、どころではない。つまり、ノエルと共に犯人探しとかいう探偵ごっこをした時点で王家の知るところとなったのだ。
箱入り令嬢であるのが浮き彫りにされ、恥ずかしいばかりだ。
「……ノエル!30秒以内に来なさい!!」
恥ずかしさを誤魔化すようにノエルにあたり散らすようでは、先は知れてるというものだ。
「はい、お嬢様。」
やはり、30秒どころか10秒ほどで現れた事から、ノエルは居なくなったのではなく、監視をしていたのだ。一体どこにいたのかを知ることはないだろう。
「ノエル。お前にはロザリー嬢の友人、セシリア嬢について調べてもらいたい。その間は私が責任持ってロザリー嬢を見届けよう。」
「かしこまりました。」
礼をしてから部屋を出て行く執事の動作は完璧だった。……それに引き換え私は……。
「……待って。セシリア……?」
セシリア・アメレール。伯爵令嬢だ。
サロンで熱心に私に話しかけ、それを遮ったノエルを睨みつけていた。せっかくの美人が台無しだとだけ言っておく。
「セシリア様が何か粗相を?」
まあ、正直私の家であるクローディア家とアメレール家は派閥が別であり、いわば政敵だ。私を懐柔することに大分熱心だったようだけど。
しかし、いい機会だ。口には出さないが、粗相をして王家に嫌われてしまえばいいのよ!と期待を込める。私だって家が争いに負ければ巻き込まれることは必至。
今のうちに敵対する派閥は潰れてしまえ、と思っている。こういう思考が悪役たる所以かもしれない。きっとヒロインはこんな事は思わないのだから。
「ちょっとね。……ああ、そうだ。あんたにも仕事を与えるよ。少しで良いんだけど、あんたの父上……クローディア公爵に話があるんだ。急だから悪いんだけど、クローディア家で1番速い馬で来れば明日には間に合うでしょ?」
「はい。……無茶振りね。」
出来ないことはないけれど、家によってはかなりの無理難題だ。少し反省してほしい。
「まあまあ。あんたのことを黙っておいた借りがあるよね。……頑張ってよ。」
アレクシスが言うだけ言って部屋からさっさとでて行ったあと、急いで手紙を書かなければ、と思い至り部屋を早足で出て行った。
親愛なるクローディア公爵様。
第一王子アレクシス様からの命を受け、貴殿が王宮へと至急いらっしゃいますようお願い申し上げます。
願わくば事故などないよう。
娘、ロザリー・クローディア
……ふう。こんなもんかしら。
親相手だし、正式な文書じゃなくても大丈夫よね?王子からの指令……でも、正式な依頼でないようだし。
ドキドキしながらも使用人に届けるように渡す。
不敬罪にならないかしら。
そのまま庭を見ると、明日の準備を結構な大人数で行っている。……と、その中にノエルの姿を見かけた。
捜査を終えるのには早すぎやしないか、と思ったがよく見たら近くでセシリア嬢を含む数人が集まってお茶会をしていた。なるほど、ついでか。
少し見るだけに納めて、部屋に戻ったが、ベッドには既にアレクシスが座っていた。
貴方、ついに瞬間移動まで身につけて?
と、つい聞きたくなってしまった。確かにノエルがいない間の私を預かると言っていたから居るのは当然かもしれない。しかし、早すぎる。
私が手紙を書き終わって使用人に渡す間、数分の間に部屋に侵入したのだ。
婚約者が泊まる部屋にしては気軽だ。隣の部屋にアゼルがいる時点でお察しだけど。
「さて、ロザリー。あんたには晩餐会でやってもらわなきゃならないことがある。実質、簡易的な裁判のようなものなんだ。」
「さ、裁判?」
前世には何の変哲も無い生活を送ったおかげで、裁判に直接関わる訳でもなく、少し身構えてしまう。……これくらいのビビリは見逃してほしい!
「うん。裁判官もいないけどね。俺たち王家にあんたの無実を証明するんだよ。話の中でね。もちろん、俺たちに刑を執行する権限なんてないから安心して。俺たちの質問に素直に答えてればいいんだ。」
「そ、それは安心だわ?何をしてほしいのかしら。」
私のその質問に対して、アレクシスは待ってましたとばかりにニヤ、と笑った。
「その晩餐会にあんたのサロンでの仲のいーいお友達を連れて来てよ。」




