第十七話
「ちょっと、よろしい?貴女。」
近くを通りかかってしまったメイドに声をかける。ビクッと肩を震わせたところを見ると、声で誰かわかったようだ。大変申し訳ないが、部屋に入るまで、私の悪役顔を解くわけにはいかない。
メイドはあくまで悪役令嬢に連れ去られた被害者の立場にいてもらわないと、疑われている悪役令嬢の部屋に自ら入ってしまうと、あらぬ疑いをかけられる可能性がある。
私とメイドが部屋に入るのを見たノエルがドアを閉める。その瞬間、私の威圧感(出せていたかは不安だ)はなくなった。
へたり、と坐りこまずに少々驚きながら私の指示を待つメイドを見て、自分がやってしまったことを申し訳ないと思いつつも感心してしまった。
「本当にごめんなさい。貴女が疑われるわけにはいかなくて……。」
「いいえ。公爵令嬢様。」
ノエルがそれとなくドアの前に立ちふさがるのを見てから話し始める。
「貴女、先日のパーティーには給仕にでたかしら。ごめんなさい、まだ皆の名前を覚えていないの。」
「はい。私はドアの近くに配置されてました。お気になさらないでください。私はクロエと申します。」
「クロエさん、では、あの事件もご存知ね?」
「……恐れながら申し上げますが、敬称は不要です。そして、知ってはおりますが、国王自ら口外禁止令をだしていますので、それまでです。」
「クロエさんは、初対面でしょう。敬称は必要だわ。それに見たところ……違っていたら失礼だけど、クロエさんの方が年上よ。」
「私はしがない1人のメイド。公爵令嬢様にはとても及びません。」
「そう……。なら、これは私の自己満足ね。」
心底不思議そうな顔をしていながらも、これ以上反抗するのは適切でないと判断したのか、そうですか、と一言言った。
「では、失礼します。」
ノエルが開けたドアに向かう途中、1度立ち止まり
「そういえば、今夜は王家がディナーを御一家で食べるのでした。ああ、いけないいけない。」
とその場で言ってから静かに部屋から出て行った。
「ノエル。私の勝手な解釈だけど、彼女がそんな重要な仕事を今思い出すなんてしないと思うの。」
「お嬢様もですか。明日は槍でも降りますかね。」
「……どういう意味よ。」
などと口にしながら、2人の夜の予定は決まったのだ。
「うーん。流石王家のディナー。豪華ね。」
「こんな珍しいことをするからには、重要な話の一つや二つするでしょうね。」
天井裏にコソ泥よろしく忍び込んでいる私とノエルだが、ノエルは最初乗り気ではなかった。
云はく、公爵令嬢がはしたない、だとか執事の面目がなんたら、とか話していた。
しかし、私の
「情報の一つや二つポロっとこぼすかもよ。」
という私の冗談を真に受けたのだ。
下を覗くと、まあ、ふんだんに、なおかつ品良く宝石、彫刻という装飾がなされている広間があった。王様一家は慣れたもので当然のようにディナーを召し上がっていた。
公爵家も似たようなものだが、実際に質素なテーブルを見たらだいぶ驚きそうな生活をしている。
そして、予想通り、話はアリエス嬢の死亡について移り変わった。
「やはり、王宮の波紋を収めるために、ロザリー嬢には犠牲に……。」
などとふざけた事が聞こえたので降りそうになった。危ない危ない。
「いや、ロザリー嬢はお前の婚約者だ。その言葉をお前が言うべきでない。」
さっきの台詞、言ったのアレクシスかよ。国王様の言う通りだよ。何婚約者を売ってるんだ。
「今度の夜会でほぼあの日と同じ顔ぶれが揃いますわ。そこで証拠を取らないと、姿を眩ますやもしれません。ここはひとつ、ロザリー嬢に一肌脱いでもらっては?」
「母上はロザリー嬢が犯人でないと言う前提で話してますね。」
「まあ、そうね。ロザリー嬢はアレクシスと一緒にいたし、給仕に命令しようにも、あの方そんな人いらっしゃらないでしょう。」
その言葉を聞くや否や、アレクシスはブルブルと震え始め、片手でテーブルの下の自分の太ももを抓っているようだ。
よくは見えないけど、腹立つくらいに笑っている事はわかる。
悲しい庇われ方だ。
しかし、ぼっちである事が(取り巻きは友達と言えないだろう)功を成した。ぼっちである事が。
顔を上げると、横でノエルも震えていた。1度睨みつけてから出口へと向かう。
「私はもう帰るわ。聞きたいことも聞けたし、横にいるノエルもとっても面白い話を手に入れたようだし。」
「では、お嬢様。また後ほど。私はまだ聞きたい事がありまして。」
こちらを見ずに、そう言う執事をちらりと見てから私は自分の部屋に帰った。
「話は変わるが……アレクシス。その、バルトメロとは連絡を取っているか?」
「……。やはり、第一王子の話もありますか。」
ノエルは意地が悪い顔で下で起こる真剣な話を夢中で聞いていた。
「しかし、国王様も中々だ。バルトメロ様の話をアレクシス様にするとは。アレクシス様も内心穏やかでないだろうに。」
趣味が悪いことを実に楽しそうに行っている。そもそも王家から派遣されている執事なのに何てことをしているのだ。
しかし、部屋に戻ってしまった私には、この2人の王子の話が重要である事は全く知らなかったのだ。