第十六話
よくよく考えたら、あのティムと私の関係を怪しまれるような真似は危ないのでは、と思い返してみる。
しかし、私がそんな事を冷静に考える事が出来たのは、すでにアレクシスと別れて随分経った頃だった。普通の人であった私にとって、人が死ぬ、ましてやその容疑者になるなんて状況は、混乱するには充分だった。
そう、人が死んだのだ。親交があまりなかったとはいえ、挨拶をして関わった人間が死んだという事実は、なかなかに大きなショックを与えられた。
アレクシスに謝らなければならない?……しかし、そうする事でよりティムとの仲を疑われるだろう。
私が正真正銘、ロザリー・クローディアだった頃の記憶を引っ張り出しても、私とティムが懇意、何方かが何方かに想いを寄せていることはなかった。
でも、今回の件は、どう考えても私の頭では解決するのは難しい。アレクシスの考えも聞いて、解決しなければ濡れ衣を着せられて終わりだ。
私は我儘令嬢に育ち、親も私に甘いが不正を隠蔽するような親ではなかった。私は正しく親に愛されているのだ。
では、なぜロザリーがこれ程までに我儘かというと、其れは兄が原因なのだが、それは置いておく。
明日にでもアレクシスの元を訪ね、話すべきだろう。
そう思っていたが、現実はそう甘くはなかった。
当然だが、秘密裏に調査しようとも、噂好きの貴族がこの格好の話題を逃すはずがなかった。本来なら口外した人物を糾弾するべきだが、その暇もない。
多分使用人1人死んだところで、そこまで騒ぎにはならないこの王国でも、貴族の令嬢が死ねば、騒ぎになった。
第二王子とはいえ、アレクシスも忙殺されることになったのだ。
話しかけようものなら怒られる、というか、公務執行妨害だ。
「ノエル! いるのよね?」
ならば頼る人はこの人しかいなかった。
名前を呼ぶと、相変わらずの笑みを浮かべながら私の後ろへついた。
「何の御用でしょうか、お嬢様。失礼ながら、私は今のお嬢様のお役に立てる立場ではございません。」
「あら、どうして?もしかして、私の命令を予想できているの?」
若干の嫌味を込めての言葉だったが、ノエルはどこ吹く風で涼しい顔をしている。
「はい、お嬢様。さしずめ、お嬢様はご友人がいらっしゃらない、しかもアレクシス様はお忙しいご様子。今ティモシー様と関われば噂が広まるので、私しかいないのでしょう。」
何も言い返せない。私の悔しげな声が口から漏れる。
「なら、私が命じようとしたことを言ってみなさい。」
何とか持ち直そうと、上から目線で言ってみた。うわ、私似合わないな。
ノエルは、少し考えてから、その長い金髪を揺らしながら首を傾け
「恐らくは、私に内情を探って来いとでも命令する気でしょうが、恐れながら、私は執事です。職務外ですね。」
と思い切りバカにした笑みを浮かべながら言った。確かにそうだ。こういうのは何方かというと隠密の類だ。
しかし、私はこの時ばかりはいかにも悪役令嬢という顔を利用する。
私の悪役顔は相当なものなのか、ニヤリと笑うとノエルの顔は少しだけ引きつった。