第十話
ついに、王都から離れることになった。
婚約のための顔合わせが当初の目的だったから、予定よりも大分遅い帰還だ。
ティム……ティモシー・エーベルトとの会談を控えているので、急ぎで帰らなければならないのが少し不満だ。
見た所、王都では祭りが開催されるようだから、是非とも参加したかった。
その旨をアレクシスに伝えると、少し眉を下げたが、すぐにいつも通りの端正な顔に戻り、
「またな。」と手を振りながら去って行った。
婚約者が帰るのだから、もう少し建前でも見送りに来たらいいのに。
祭りの準備で湧いている王都を馬車で通り過ぎ、門を出れば、どこまでも広がる草原がある。
せっかく気持ちいい風が吹いているようだったので、窓を開けるとレースのカーテンが内側に吹かれた。陽の光を浴びてレースはキラキラと光っている。
……そんな穏やかな空気だっていうのに、目の前に座っているニコニコ顔の男は纏ってる空気が暗すぎる。どうしてくれよう。
「ちょっと。なんで貴方そんな暗いの。」
「お嬢様の勘違いではありませんか?私はいつも通り、完璧な従者の顔ですよ。」
確かに、顔は愛想よく笑っているが、冷たい。暗い。
「纏ってる空気が暗いくせに、顔が笑ってるから気味悪いのよ。」
「では、お嬢様。ひとつ聞きますが。」
「……? なによ。」
「ティモシー・エーベルト様をどうお思いで?」
「は? ティム?」
ティモシー・エーベルト。これから会談する予定の人だ。
ゲームではロザリーの幼馴染として登場した。その設定ではロザリーとくっ付きそうであるが、当の本人たちはお互いを腐れ縁だと思っている。まあ、攻略対象なだけあって、容姿端麗なので、ロザリーにはそれなりに擦り寄られてはいたが。
しかし、ロザリーも本気でティモシーを落とそうとした訳ではない。何せ、ロザリーはもちろん、ティモシーにも婚約者はいたからだ。
その発表がされた時は誰もが驚いたと聞いた。きっと今回の会談はその、お互いの婚約発表をいつするかの相談だ。
「別に。どうとも思ってないわ。」
もうこの答えしかないだろう。ロザリーとしては。
「そうですか。」
……え、それだけ?
あんなに暗かったくせに?
その言葉を最後に、私たちはお互い一言も話さずについにクローディア家に着いてしまった。