第一話
胸の内に密かに膨れ上がる、違和感。
鏡を見ても、自分ではないような違和感なんてものは、この世に産声をあげてから、ずっと感じている。
今日も、その正体不明の違和感への苛立ちを執事にぶつけ、今から5分以内にティータイムの準備をしろ、なんていう無理難題を言い付けてみる。
執事は反抗的な目|(口は穏やかな笑みを浮かべている)を向けてきたが、1度返事をすると部屋から出て行った。
まあ、逆らえるはずもないのだけど。
そんな見た目に似つかわしくない毒を心の中で吐いて、もう一度鏡を見る。
そこに映る少女は可愛らしい。金糸のゆるくウェーブした髪にシックな赤色のリボンが映えていて、こぼれ落ちそうな程大きい翡翠の瞳が完璧な位置に存在している。陶器のような肌に薄く桃色に色づいた頬。
今までに出席した園遊会でも、天使のよう、と比喩されてきた。そして、今でこそ「可愛らしい」のであるが、大人となれば、立派な淑女になることも期待されている。
公爵令嬢ゆえのお世辞だけでもない事を、ロザリーは幼心に理解していた。
自分の容姿には只ならぬ自信があったのだ。
自分の姿を鏡に写し、眺めていると、ドアのノックする音が部屋に響く。
途端に機嫌が下がっていくのが、自分でも分かった。
「お嬢様、ティータイムの御用意が整いました。」
ふと時計を見ると、とうに10分は過ぎている。苛立ったまま、優秀なのであろう執事に怒鳴る。
「私は『5分以内に』と言ったはずよ!主人の命も正確にきけないの?」
そして、やはり私の口は高慢ちきに言葉を紡ぐ。
「私に対する不敬よ!クビ!」
明らかに焦り始める執事と、控えのメイド。やっぱり感情を表に出すなんて、公爵家召使としてどうなのかしら。
「お父様には、私から伝えておくわ。」
と言い残して、ドアの音を荒々しくたてながら部屋を出る。
実を言うと、私に執事などの高等従者を解雇する権限などないのだ。下男など、下働きの者にしか干渉は出来ない。
この国__アルメリア王国には様々な階級が存在する。大きく王族、貴族、従者、市民、とその他。
ここから、更に細かく分類される。
王族は上級貴族の権力抑制のため、貴族の高等従者は王族の名により派遣される、という形をとっている。
|(たまに家の事情でそれ以外の者を執事に任命する人もいるが、軽い監査が入るだけである)
そんな策をとっている中、いくら公爵令嬢とはいえ、7歳の小娘である。勝手にクビなんて出来ないであろう。
何より、私の後ろを付いてくる執事。
実にできる男なのである。お父様はとても気に入っていて、私付きにぴったりだ、と太鼓判を押している。
その執事の名前は、ノエル・カディス。
優しげな笑みを張り付けた甘いマスク。輝くような金糸の髪を緩やかなウェーブをつけて長めに整えている。先ほどの通り、私は自分の容姿に自信があるが、この執事の容姿には見惚れる。
つまりは、とんでもなく美男子なのだ。
それでいて、仕事もでき、王から授かる正式な従者とくれば、お父様が気に入るのも仕方がない。