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少し昔話をしましょう。
そう言って彼はお父様に断りを得て私を庭園まで連れ出した。少し前を歩く彼の横顔からは、あまり感情が感じられず何を考えているのか全く読めない。
「この庭園はあなたが管理されていると聞きました」
唐突に彼は話を始める。世間話だろうか?
「ええ。花の種類や配置、蔓の伸び方を予想して、一番美しくみえるのはどういう形かを考えるのがとても楽しいの」
ウォルハルト様が東屋に足を踏み入れ、そこからの景色を眺める。
「確かに、よく考えられています」
「次は果物も植えてみようと思っているの。…呆れた?男爵令嬢が庭師の真似事をしてって」
「いいえ。あなたのことがまた一つ知れて嬉しいです」
私に断りを入れてからウォルハルト様が脇にあった花を一輪摘み、私の髪に挿した。ウォルハルト様の手が私の耳を掠め、たったそれだけなのに掠めた場所が熱い。それを打ち消すように私は先ほどの話の続きを口にした。
「あなたは本当に伯爵家の隠し子なの?まさか、だってあなたサディエ様の側近でしょう。サディエ様もそんなこと一言も仰っていなかったわ」
普通の主と側近に見えた。兄弟という間柄だったなんて、彼らのやり取りを見ていてもそんなそぶり全くなかった。
庭を眺めていたウォルハルト様が私の隣に腰掛け、口を開く。
「はい。信じてもらえないかもしれませんが事実です。私は市井で生まれ育ちましたが、物心ついたころ伯爵家に引き取られました。伯爵は息子として育てるつもりだったそうですが、奥さまはそんな子供を認めようとはしませんでした。旦那が違う女に産ませた子供ですから」
まるで他人の話をするようにウォルハルト様は淡々と話を進める。
「結局伯爵の人間として認められなかった子は次期当主であるサディエと年齢が近いこともあって、彼の配下となるよう育てられることになったのです」
「そんな……自分で引き取っておいてあんまりだわ」
いきなり母親から離され、幼い彼がどれだけひどい扱いを受けたのだろうか。兄弟なのにどうして区別しなければならないのか。
「でもそんなに悪い扱いではなかったんですよ。伯爵はせめてサディエと対等かそれ以上の知識は授けようと、家庭教師を付けてくださいましたし。サディエも側近とは名ばかりで本当の兄弟のように親身に接してくれました。それに奥さまが亡くなられた後、伯爵と大奥様は私を正式に伯爵家の子息として認めようとしてくださいました。私からしたらそのお気持ちだけで十分でした。ですから丁重にお断りをして――」
「えっ?どうして?」
つい話を遮ってしまった。子息と認められればサディエ様と対等な立場になり、本当の兄弟と認められるのに、何故それを断ってしまうのか。
「そうですね……伯爵家の第二子としてではなく、側近として兄を支えたかったからでしょうか。母親から無理矢理離され、奥さまから突き放され、ここには私の味方なんて誰一人いない。そう思っていたとき兄は私に言いました。弟が欲しかった。だから僕が守るんだと。そう庇ってくれた兄に恩返しがしたかったんです」
その時の状況を思い出したのかウォルハルト様の顔が少し綻ぶ。
「サディエ様はあなたことが大好きだったんでしょうね」
「どうでしょう。そんな大切な弟に全てを投げ出して、好きな女と駆け落ちするような兄ですから」
そうだ。ウォルハルト様が実は伯爵家のご子息であることにばかりに驚いていたが、サディエ様はあの女性と駆け落ちをして今も行方知れずな状況なのだ。慕っていた兄が突然そんなことになって悲しくないわけがない。それに今の伯爵家はウォルハルト様にかかっているのだ。
「私が伯爵家に嫁げば、あなたは……いえ、伯爵家はダメージを最低限のものにすることができるの?」
彼の境遇に同情したわけではないが、私にも何かこの人の力になることができるのではないか。そう思ったのだ。ウォルハルト様は少し驚いたように目を見開くが、すぐにこちらに向き直った。
「ええ。そうすれば駆け落ち云々は隠して、表向きは、サディエは自分から伯爵家の相続を放棄したことにすることができます。少しは事態を収束させることができるでしょう。ですので急な話で申し訳ないのですが改めて言わせてください。ローシェリア、私と結婚していただけませんか」
これは伯爵家を守るための結婚なのだ、そう強く思わなければ勘違いしてしまいそうな熱いまなざしが私の心に突き刺さる。これは兄がいなくなったから、仕方がなく弟が兄の婚約者を引き受けるのだ。伯爵家にはそれ以外に選択する道はないから、そうするしかないのだ。
「しかし私は伯爵家を守るため、家同士が繋がるためだけの政略結婚はするつもりはありません」
まるで私の心を読んだように彼は言い切った。
「え……でも―――」
疑問を投げかける前にいつの間にか握られていた手を少し強引に引かれた。頭を軽く胸に押し付けられたところで、やっと彼の腕の中にいることを把握する。
「ちょっと……なにするっ――」
「今はまだ混乱していると思うのでここまでにしておきます。でも覚えておいてください。私はあなたが好きです。家を守るために結婚するのではありません。あなたが欲しいのです」
明らかな愛の告白に顔だけでなく体も赤くなっているのではないだろうか。ここまで熱心に請われたことは今までなかったため、どう返答してよいのか分からないし、この状況をどうしたらいいのか全く分からないためピクリとも動くことができなかった。
「私を好きになって」
耳元でささやくように言われ、もう何も考えられずにいた。このまま永遠に続くのかと思うような時間であったが、彼が力を緩めたことでお互いの体が離れた。
もう少しこのままでいたかったなんて思ってしまったのは、風が冷たかったからだ。そうに決まっている。
「また来ます。次はよい返事を頂けると嬉しいです」
彼の掌が私の頬を包み込み、愛おしそうに親指で頬を一撫でし、背を向けて立ち去って行った。
彼は本来無口な人ではなかったのだろうか。今までが嘘のように今日は饒舌で、彼は素直に気持ちを伝えてくれた。その彼の言葉がぐるぐると頭の中で回っている。彼と結婚することはもう決定事項だが、彼はそれだけでは嫌だという。私は彼に何を言えばいいのだろうか。
侍女がショールを持ってくるまで、私はずっと彼が去った方向を見つめて呆けていた。
衝撃的な事実を知ってから数日後、ウォルハルト様の言う次がいつ来るのか、彼に会いたいのか会いたくないのか自分でもわからないままモヤモヤとした気持ちを抱えて過ごしていた。
さらに数週間たっても彼からの連絡は全くないままであったが、伯爵家の大奥様エリーミ様からお茶の招待を受けたため、久しぶりに伯爵家の門をくぐった。この館のどこかに彼はいるのだろうか。社交界ではカンターニア伯爵家の一連の騒動が話題になりはじめており、伯爵家はその火消しに忙しく駆け回っているようなので、やはり忙しいのだろう。
侍女が案内した廊下から居間を抜けた奥の部屋にエリーミ様はいた。彼女の私室だろうか。大きな執務机が真正面に置いてあり、とてもシンプルな作りになっている。
彼女はソファーから立ち上がって緩やかに頭を下げた。
「あの子たちが迷惑をかけましたね。あなたにはお詫びをしないといけません」
男爵家よりも身分が上にもかかわらず、さらに言えば孫よりも年下の私に頭を下げていた。
「やめてください!エリーミ様!迷惑なんてそんな。私は大丈夫ですから」
あり得ない状況に一瞬ポカンとしてしまったが、慌ててエリーミ様に近寄り体を起こすようにお願いをする。誰も室内にいなくてよかったと心からそう思う。
「でも一番の被害者はあなただわ。うちのごたごたに巻き込んでしまったのですから。サディーは結局あなたを裏切るような形になってしまったわけだし、ウォルも事情があったとはいえ、あなたを騙していたことには変わりないわ」
ふうっと大きなため息をついてエリーミ様は続ける。
「もうこんな家嫌になってしまったかしら。私は昔からあなたが嫁いできてくれるのを楽しみにしていたのよ」
「いえ。そんなことは、サディエ様のことは……あの、残念に思いますが、ウォルハルト様はお優しいですし、私でいいと仰ってくださいましたから最初のお約束通り私は伯爵家へ嫁ごうと思っています」
「そう。でも何か悩んでいる顔をしているわ」
エリーミ様が優しく問いかけてくれる。その顔はどことなくウォルハルト様に似ているような気がして、本当に伯爵家の人なんだなと改めて思うとともに、また彼のことを考えてしまう自分はどうしてしまったのだろうか。どうしてそんなに彼のことが気にかかるのだろうか。
ローシェリア?と呼ぶエリーミ様の声でふと我に返る。
「すみません。お話の途中なのに」
「いいのよ。できれば聞かせて頂戴。あなたがそんな顔しているのは悲しいわ。今何を考えているの?」
心配そうに声をかけてくれるエリーミ様。これ以上一人で悩んでいても解決しないだろうと思い、私は口を開いた。
「……気になるのです。一番の矢面に立つのは彼だから今どうしているだろう、ちゃんと休んでいるのだろうかと。また会いに来てくださると言ってくれたのですが、それはいつなのか。ここ最近そんなことばかり考えてしまって」
「ウォルのこと心配してくれているのね」
心配というよりもウォルハルト様が紡いでくれた言葉一つ一つが頭から離れないのだ。
「最初はサディエ様と結婚することはすんなりと受け入れました。でもそれがウォルハルト様に代わって、驚きはありましたが、特に何も変わらないと思っていたんです。伯爵家に嫁ぐことには変わりがないと。でも彼は……私のことを好きだと言ってくれました。そして自分のことも好きになってほしいと。それで……その……ウォルハルト様が私と結婚するにあたって望むものと、私との間では大きく差があるのではないかと思って」
今まで結婚は家と家との結びつきを強くするものだと口を酸っぱくして教えられてきたため、今更それを否定されてもどうしたらいいのか分からない。
「あなたはその差を埋めたいと思っているのね」
「……そうなんでしょうか。でも、彼にもらったものと同じものを返すことができたら、それはとても幸せなことだと思います」
「ふふふっ……ごめんなさい。……あなたって、真面目ねぇ。ヴィーズ男爵の教育の賜物かしら」
肩を震わせてエリーミ様が笑っている。今の話にどこか面白いところがあっただろうか。というか根本的に彼のお祖母さまにあたる方にこんな話をしてよかったのだろうか。今更恥かしくなってきた。
馬のひづめの音と共に窓から入ってくる風は涼しく、火照った頬を冷やしてくれる。
「そうねぇ。あなたはもうそれを持っていると思うのだけれど」
その時後ろからエリーミ様の侍女が彼女に近づき、何か耳打ちをした。
「ごめんなさい。急に来客が入ったそうなの。すぐに戻るから待っていてくれないかしら?」
「ええ。構いません」
彼女は紫色のドレスを翻し、使用人と共に足早に部屋を去って行った。一人残され改めて部屋を見渡してみる。彼女の私室にしては全体的に色味が少なく、執務机と本棚とソファーセットが置いてあるぐらいだ。本棚には分厚く難しそうな本ばかりが並んでいる。
その一つを手に取って開いてみると、どうやら税務関係の本みたいだが私にはさっぱり分からない。大奥様となるとこんなことまで勉強しないといけないのか。私ももう少し勉強しなくてはと思い直し本をもとの位置に戻そうと視線を下げたとき、一番下の棚に一つだけ背表紙が黄色で、とても薄い本を見つけた。日に焼けて題名は背表紙から読み取れないが、この本棚の中でこれだけが異質だった。まだ誰も来ないわよね。いいかしら。少し扉のほうに視線を向けた後、その黄色い本を本棚から取り出す。
それは確かに他の本とは全く違った本、いや絵本だった。
「わぁっ。懐かしい。これ小さいころよく読んだなー」
泣き虫のライオンが森の長になる物語だ。ライオンが一生懸命長になろうと頑張る姿が子どもながらとても好きで、一番のお気に入りだった本である。お気に入り過ぎてどこに出かけるにも持ち歩いていた。そういえばいつからか持ち歩かなくなった気がするが、どこかに仕舞い込んだのだろうか。
「何をされているのですか」
懐かしい気持ちでページをめくっていたため、誰かが入ってきたことに全く気付かなかった。
「す、すみません。勝手に拝見させていただいて――」
反射的に謝罪するがその低い声はエリーミ様ではなく、聞き覚えのある声だったことに気付き、扉のほうを見た。
そこにいたのは先ほどまで話題の中心になっていたウォルハルト様だった。
「私の部屋で何をしているのです?」
少し怪訝そうに彼が尋ねてきた。
「えっ!?ここウォルハルト様のお部屋なのですか?」
「ええ。私室として使っている部屋です。知っていて入ってこられたのでは?」
「まさかっ!エリーミ様のお茶会に呼ばれてここに案内されたんです。まさかウォルハルト様のお部屋だったなんてっ!!」
全く知りませんでした。そんなに疑うような目で見ないでほしい。確かにエリーミ様の執務室にしては物が少なすぎるし、殺風景だなと思っていたのだ。
ということはこの状況はエリーミ様にはめられたのだろうか。ぐるぐると考えていると、彼は机に近づき二つのティーカップをみて、ひとつため息をついた。
「そのようですね。大奥様も人が悪い。何もされませんでしたか?」
「え?そんな、何も。お話をしていただけですわ。あ、あのそれより……お仕事はどうですか?」
もしお会いできたら色々言いたいことがあったはずなのだが、いざ本当に目の前に現れると当たり障りのないことしか言えなくなってしまった。
「まだ慌ただしくしています。でもこれも想定内のことですので」
外に出ていたのか、緑色の外套を脱ぎながら素っ気ない返事が返ってきた。
「あ……お手伝いを」
夫の外套を受け取るのは妻の役目である。まだ婚約者だがお手伝いぐらいはしてもいいだろうと申し出ると、自分でやるからいいと躱されてしまった。
先日求婚してくれた時はあれだけ饒舌にお話してくれたのに、もういつものウォルハルト様に戻ってしまった。あれはまさか夢だったのだろうか、もしくは私が都合よく脳内変換してしまったのだろうか。
「ローシェリア様?何を持って……っ……」
少し落ち込んでいると声をかけてきたウォルハルト様が、私がずっと手に持っていた本を急いで取り上げた。そういえばウォルハルト様が急に入ってこられてからずっと持っていたんだった。
「……見ましたか?」
取り返した本を自分の背中に隠すようにして彼は少し恥ずかしそうに声を出した。
そんなに見られたくない本だったのだろうか。たしかにここには不釣り合いな本であるが、私も持っていたぐらいありふれた絵本である。
「ごめんなさい。勝手に触って。私も昔同じ本を持っていたの。好きでよく読んでいたからつい懐かしくて」
「いえ。ただの本ですのでお気になさらず」
「でも大切なものなんでしょう?わざわざ私室に置いておくぐらいなのだから」
この部屋の中で唯一色味があるものであり、異質なものである。特別なものなのだろうと思ったのだが、違うのだろうか。
「……忘れ物です。いつか返そうと思っているのですが、なかなかお会いする勇気がありませんでした」
彼はその絵本を大事そうに棚へ戻した。
「どなたのものなの?今更返すのが気まずければ、私が返してきて差し上げましょうか?」
「いえ、もう無くしたことも忘れているでしょう。それに幼いころ私の心の支えとなった大切な品だから、私が手元に置いておきたいだけなのかもしれません」
その横顔が今までに見たことのないほど柔らかい表情をしており、何故か私の胸がチクリ痛む。そんなに大切に持っている本を眺めて、彼は誰を思い出しているのだろう。彼の心の中に誰かがいるのがこんなに嫌だとは思わなかった。
「……そんなに大事な人がいるなんて知らなかったわ。だったらその方と結婚したほうが宜しいのではなくて?」
彼の心の支えになれた誰かが羨ましくてついそんなことを口走ってしまう。ただの昔話をしているだけなのに、何故こんなに感情的になってしまうのだろうか。
ウォルハルト様が怪訝そうな顔でこちらを振り向いた。ほら、先ほどの顔とは大違いである。
「あなた私のこと愛しく思うとか、自分のことを好きになってとか言うけど、あなたには私以上に大切な人がいるのね!」
一つ言葉が零れ落ちると、堰を切ったようにあふれ出てくる。今までの鬱憤もあり、止めることができなかった。
「何の話ですか?」
「全部嘘だったのね。そうよ、あんな短時間で私のことが好きになるなんてあり得ないわ。お話してもずっと無愛想だったし、にこりともして下さらなかったわ」
「それは本当です。初めてお会いした時から綺麗な方だと思っていました。それに……まだあの時はサディエの婚約者でしたから。ああでもしないとあなたを好きな気持ちが溢れてしまいそうで、うまく喋れなかったんです。不快な思いをさせていたなら謝ります」
「嘘よ。そんな言い訳聞きたくないわ。あなたのこと少しずつ受け入れそうになっていた自分が馬鹿みたい――」
全てを言う前に、私は彼の腕の中に閉じ込められた。
「私がなんですって?」
私も一瞬自分が何て言ったのか分からなかった。興奮してまくし立てているうちに、勝手に口から飛び出し言葉になってしまったようだ。
「い、今の無し!自分の言葉じゃないわ。勝手に口が喋ったのよ!」
「じゃあそれがあなたの本心ですね。頭で考えて喋るよりとっさに出た言葉のほうが信頼性がある」
違う!と大きな声で否定できないのは何故だろうか。心の奥底では本当はそう思っていたのだろうか。
「もしかして嫉妬、してくれたんですか?」
「……そんなんじゃないです」
「でも私のこと少し好きになってきたって」
「そんなこと言ってません!あれは……言葉のあやと言うか……」
頭の上でウォルハルト様がくすくす笑っている。ああ、もう私の葛藤なんて全て見透かされているようだ。
「……ちょっとだけ、昔からウォルハルト様に大切に思われているその方が羨ましくなっただけです」
自分は彼に対してどう接すればわからないのに、彼には私だけを見ていてほしい、想っていてほしいなんて傲慢だ。子供の我儘だ。
「可愛い」
俯いていた私の頭に暖かい何かが触れた気がした。
「少しずつでいいです。これから長い時間ずっと一緒にいるんですから」
そう言った彼は先ほどよりもずっと優しい笑顔を浮かべていた。
「……つっ……はぐらかしてもダメよ!結局これは誰のなの?」
「教えてあげてもいいですけど、怒りませんか?」
「私が怒らないといけないような話なの!?」
「そういうわけではないんですが……」
「じゃあ教えて。ウォルのこともっと知りたいの」
彼は少し目を見開いた後、内緒話でもするのか私の耳元に顔を近づけてきた。
この感情が彼と同等なものだとはまだ言えないだろう。でも誰でもいいなんて今では思わない。彼が悲しいなら一緒に泣いてあげたいし、嬉しい時は一緒に笑いあいたい。彼と一緒に生きていきたい。そう思っているのはまだこの人には内緒にしておこう。
「すべて上手く行きそうでよかったわ。でもあなたの娘は頭が固くて仕方がないわ、誰かさんみたいにね」
「お言葉ですがエリーミ様、私はもともとこの計画には反対だったんですよ。伯爵家に嫁がせることは昔から承知していましたが、こんなことに巻き込まれるなんて。ローシェリアも傷ついただろうに……」
今度は正真正銘エリーミの部屋で、彼女とローシェリアの父ヴィーズ男爵は対面していた。
「しょうがないわ。色々計画を変更せざるを得なかったのだから」
最初の計画ではウォルハルトを伯爵家の正当な第二子であることを公表した後、ローシェリアとサディエを結婚させるつもりだったのだ。しかしウォルハルトは側近のままでいいと言うし、空から客人が降ってきてサディエはその子のことしか見えなくなるし、計画は全く思い通りに進まなかったのだ。
「まあでも全てが丸く収まったわ。今日は祝杯をあげましょう。あの子たちの将来が輝かしいものであるように」
エリーミは外に待機していた侍女を呼び、お酒の準備を始めている。彼女は多くの想定外も逆手に取り、結局は全てきっちりと箱に納めてしまったようだ。彼女にとってはこれぐらいの糸引き等は朝飯前なのだろう。しかしヴィーズ男爵は一つだけ腑に落ちないことがあったのだが、彼女の様子を見ればそれも想定の範囲内だったのか。しかし言葉にせずにはいられなかった。
「サディエくんは今どこにいるんでしょうね」
エリーミは侍女から受け取ったお酒を少しずつ飲みながら窓の外を見る。雲一つない青空に涼しい風が心地よい。
「さぁ。どこかで元気にしているでしょう。大事な私の孫達ですもの。二人とも幸せになってもらわないと困るわ。もちろんあなたの娘もね」
そう言った彼女は家族を思う優しい顔つきをしていた。
完結しました。ありがとうございました。
後日番外編を1話追加しようと思っております。
またお時間があるときに読んでいただけるとありがたいです。