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「すまないローシェリア。この婚約なかったものにしてもらおう」


 形の良い唇から辛辣な言葉がつむぎ出される。社交界では一輪の百合と言われるその美しい顔も、今はするどく硬い。

 こうなることは薄々分かっていた。最近の彼の態度を見れば明らかなことである。しかし改めて彼の口からその言葉を聞くと、やはり地面にたたきつけられたような気分になる。


「サディエ様……」


 その後は言葉にできなかった。彼はもう私の姿を見ていない。彼の視線にいるのはあの女性。手を差し伸べてエスコートするのもそう。

 目の前の二人は一つ二つ言葉を交わしあい、私の横を通り過ぎていった。女性は一度振り向いて何か言いたそうな表情をしたが、サディエ様に促されこの部屋から去って行った。


 この場に残されたのは私。そしてどことなく居心地が悪そうな彼の側近であった。








 私の父であるヴィーズ男爵は所謂成り上がりというやつであった。父が若いころ商業で大成功し、国王から男爵の位を賜った。そして貴族位の母と結婚し兄と私が産まれた。新興貴族ということで周りからの目もあったのだろうか。父は口癖のように貴族の中の貴族であれと言い、私達の教育には力を惜しまなかった。


 兄は父の願いどおりに立派な青年になり跡目をつぐのも申し分なく、先日婚約者であった令嬢と結婚した。表向きは政略結婚であったが、少なくとも兄は彼女のことを以前から意識していたようで夫婦生活は極めて順調に執り行われているようだ。

 

 そしてその兄の縁談を組んだのがカタンニア伯爵家の大奥様エリーミ様である。エリーミ様は父がまだ商業を始めたころからの古い客であったのだが、彼女にその才商を見いだされ、何かと手をつくしてくれた恩人だそうで、正直父と当家にとっては頭の上がらない方である。実際エリーミ様の細々とした案件を父が引き受けているのを何度か目にしたことがあり、いいように使われているのではないかなんて兄は愚痴をこぼしていたこともあった。



 今回のエリーミ様の孫にあたる伯爵家長男サディエ様と私の縁談も彼女からの打診であった。幼いころ兄と一緒に伯爵家にお邪魔した際に何度か遊んでもらった記憶はあるものの、彼が成人するころには私との交流は皆無であった。彼の人目を引く容姿と聡明さをもってすれば選り取り見取りだと思うのだが、なぜエリーミ様は私を選ばれたのだろうか。







 婚約をするのであればお互いをよく知ったほうがいいというエリーミ様の計らいで、サディエ様との交流を深めるようにと定期的に茶会が開かれるようになった。


 久しぶりにお会いしたサディエ様は、社交界の噂通りの好青年だった。父親譲りの金髪が日にあたりキラキラと輝いているようで、初めのうちはあまり直視できなかったが、子供のころの思い出などに花を咲かせ楽しい時間を過ごした。サディエ様も時折笑顔をのぞかせ、街で話題の店の話から、最近幅を利かせている貴族の話まで、話題は尽きなかった。

 

 しかしある時期を境に二人きりのお茶会に彼の側近も同席するようになった。彼の名はウォルハルトといい、青銅色の短い髪に銀縁眼鏡をかけた神経質そうな青年であった。彼は簡単な自己紹介をしただけでその後は全くと言っていいほど口を開かず、こちらの話を聞いているだけであった。

 初めはサディエ様の後ろに控えているだけだったのだが、サディエ様が身内しかいないからという理由で彼に同じ席に着くように言った。しかし彼は頑として譲らなかったのだが、そこに立っていられたら落ち着かないという強引な誘いをため息一つついた後、やっと受け入れてくれたのだ。




「ヴィーズ男爵は今どこの国に滞在しているんだい?」

「東のキャナンですわ。そこにしかない珍しい香辛料があるそうで、なんとかうちで販売できないか躍起になってますの」


 お父様のこだわりは尋常ではなく、自分のその目でみたものしか買い付けないという徹底ぶりだ。そのためここ数か月は国外へ出たきりで全く連絡がない。


「キャナンの旧市街の聖堂は大陸一美しいそうだよ。君のお父上が羨ましい。いつか私も連れて行ってくれないだろうか」

「機会があればお願いしてみますわ」


 あまりにもキラキラした目で語るものだからついそんな約束までしてしまった。その喜びようは子どものようで、機会があればですよと慌てて念を押してしまったほどだ。


「ウォルはキャナンの聖堂に行ったことあるんだろう?羨ましい」

「ええ。まあ」


 お茶請けのクッキーを一口かじりながら、側近は興味なさそうに答える。


「それではキャナンのご出身なんですか?」


 彼の側近ということは将来自分にとっても重要な人物になるはずだ。ここで仲良くなっておいたほうがなにかと都合がいいだろう。そんな打算的な考えを持ちながら側近に話しかけた。



「いえ」



 その後のセリフを待ってじっと清潔感のある端正な顔つきの側近を見つめるが彼が口を開く気配がない。


 え?それだけ?会話って言葉のキャッチボールをして初めて成り立つものなんだけど。


 負けずに見つめていると、しまいにはふいっと視線を窓のほうに向けてしまった。無理矢理お茶の席に座らせてしまったから怒ってしまわれたのだろうか。


「すみません。どうも緊張しているようで。悪い奴じゃないんですよ」


 苦笑したサディエ様がフォローを入れるが、当の本人の視線は窓を向いたまま。

 その後サディエ様が何度話を振っても、ええとかそうですねとか相槌を打つのみで会話をしようという気が無いようであった。

 無口な人なのかしら。それが彼に抱いた第一印象であった。







 そんなお茶会が何度か続いたある日のことであった。


「サディエ様そろそろお時間です」


 側近が話の流れを止めて彼に告げた。


「すまないローシェリア。今日は予定があってね。少し早いがここで失礼するよ」

「わかりました。では私も今日は失礼します」


 ソファーから立ち上がろうとするとサディエ様が手のひらを向けそれを遮る。


「いや、わざわざ来てもらっているんだ。いつもの時間までゆっくりしていってくれ」


 颯爽と扉に向かうサディエ様。ゆっくりと言われても一人で何をしろというのか。他人の家でくつろげと言われても困る。

 どうせならお庭の散歩に繰り出してもいいだろうか。伯爵家の庭はとても整備されており、特にバラ園は見事だと聞いたことがある。まるでおとぎの国に迷い込んだような作りになっていると。ぜひ参考にさせてほしいと思い窓のほうを見ると、そこにはまだ側近が立っていた。


「えっと……サディエ様は退席されましたけど」

「はい」

「一緒に行かなくてもよろしいの?」

「私が必要な案件ではないもので」


 側近がさらりと言葉にする。


「丁重にもてなすよう仰せつかっております」


 こんなに会話が続いたのは初めてではないだろうか。いやそんなことに驚いている場合ではない。正直有難迷惑である。このそばに控えているだけでほとんど喋らない側近がどうもてなしてくれるというのだ。


「あの、やっぱり私も……」

「紅茶のお代わりを」


 再び腰を上げようとするが、私の前に置かれたティーカップを手に取り彼は優雅な手つきで紅茶を入れる。主人の命令は絶対ということなのか、時間になるまで帰してはもらえないようだ。


「でもウォルハルト様もお忙しいのでは?こんな小娘のお相手よりも重要なことがあるのではなくて?」

「いえ。特には」


 やんわりと断りをいれてみたのだが、口だけじゃなくて頭も固い人なのかもしれない。そこはこちらの意図を察してほしかった。

 しかたがない。そちらがその気なら受けて立とう。さて、何か話題はあっただろうか。ソファーにもたれていた背を伸ばし、とりあえず今日の暖かな天気について口にすることにした。



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