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二話 過去への追憶

「ったく、しゃれた名前つけてるじゃねーかよ」


 無機質な雑居ビルの一室には「Alice探偵事務所」と書かれた真新しい看板が扉に飾られている。

 鍵は閉められていないようで、簡単に開けることができた。


「よぉ、元気にしてたか?」

「今日は営業日ではないですよ。って、……あなたですか。休業日の札が目に入らなかったんですか?」

「あぁ、あったかもな」

「本当、あなたらしいですね」


 部屋の中心にある大きめのソファーに座る金髪の少女は、絵画にでも描かれている天使のような面持ちをしている。

 今にも折れてしまいそうな細い指先で、ティーカップに注がれている紅茶を飲んでいる。


 だが、服装は相反するように大男が着そうなぶかぶかの白いパーカーだけで――下は一見すると履いてないようにも見えてしまう。


「なんだ? 男を連れ込んだ後って感じか。ガキの癖にやることはしっかりやってんだな」

「違います、さっき起きたばっかりです。それより何しに来たんですか?」


 上半身しか衣服を羽織っていないような少女は冷めた眼で、男を睨み付けていた。

 どこまでの冷酷な――醜悪なものを見る目で。


「なんだよ。アンタが居なくなって、こっちは支部長に祭り上げられて仕事を押しつけられてるっていうのに――それにな、殺気がバレバレなんだよ。色仕掛けで男を落とせる程、お前に色気はねーってのに、そんな格好するだけ惨めにならねーのか?」


 男の言葉に少女は臆することはないのか――――。


「一年中――置物小屋みたいに動かないと思ってたんですが、支部長の大変さを嘆くことぐらいはできるようになったんですね。第一これは通販でサイズを間違えた訳ではなくファッションなので、年がら年中スーツの人に言われたくないです。どこかのヤクザですか、あなたは」


 顔を逸らして悪態をつく少女の名は――薄氷アリス。

 かつては俺の上司であり、今は俺が支部長で依頼人だ。


「恥ずかしがるなよ。どうせ、服のサイズを間違えたけど部屋着なら問題ないと思ったとか、そんなとこだろ」

「最近の粗大ゴミは人間並みの知識を有してるなんて――初めて知りましたよ」


 足下には迷彩色に彩られてはいるが、先程まではなかった地雷が置かれている。

 踏んだ瞬間に、足ごと粉砕するつもりなのだろうか。


「おいおい、俺を殺す気かよ。こっちは、お前が好きな和菓子屋で菓子買ってきたっていうのによ。第一、俺は依頼者で客なんだよ。ったく――この対応の悪さなのによく潰れてねーよな」

「あなたじゃなければしっかり対応しますよ。仕事の大半は浮気調査で対象の証拠を掴んだり、逃げ出したペットの捜索と確保とかです。殺人事件の調査なんて来ても困りますけど。ちなみに、どこの和菓子屋で買ったんですか?」


 チラチラとこちらを見ている。

 顔にゴミでも付いてるのだろうか。


「永田屋の雪兎っていう高い大福だ。こういうのは経費で落ちないから自腹で買ったんだ。要らないなら、俺が喰うぞ」


 殺気に満ちていた雰囲気は消え去ると同時に――足下に接地されていた地雷は、ガラス細工が砕けるように消え去っていた。


「BKPの依頼は受けるつもりはありませんが、永田屋さんの雪兎に罪はありません。あなたみたいな死んだ魚に貪られるより、私に食べられる方が雪兎も幸せなはずです」


 永田屋の雪兎と聞いた途端――手のひらを返すように対応が変えたいた。

 こいつが和菓子好きなのを知ってはいたが、ここまでとは想像していなかった。


「そんなんで貰えると思うのか?」

「思っていますよ。もっとも、他人の不幸で金を稼ぐ職業の人間には必要がないと思いますが」

「お前も大して変わらないだろ。一丁前に、饅頭みたいな胸してるくせに常識も知らねーのかよ。これだからガキは――――」


 瞬間――悠真の眉間に向かって銃弾が直撃し、爆音を上げる。

 少女の手に収まっている白銀の拳銃は、硝煙の匂いを残しながら霧散していた。


 少女は男が持っていた紙袋を強引に奪い取ると――先程のことなど無かったかのように、動じることなく戻っていた。

 戦利品である紙袋をテーブルの上に置くと、和菓子の箱を危険物でも扱うかのように慎重な動作で取り出して、蓋を開ける。


 箱には淡雪のような粉が全体的に塗されており、名前と同じ兎の形を模している大福が仕切りの中に収まっていた。

 食べてしまうのが惜しい程に繊細な和菓子を、小さな口にそっと入れる。


 すると――年齢に似合わない重苦しい少女の顔は一瞬にして豹変し、頬を緩ませて目を輝かせる。


「久しぶりに食べますが本当に美味しいですね、永田屋の雪兎は。見とれてしまう程の造形美もそうですが、ただ甘いだけの菓子とは違って甘美な甘みに塩気のある餡。薄皮を何度も重ねたような柔らかい餅皮とそれを引き立たせる苺の酸味――カスタードまであるなんて悠真さんにしては、ちゃんとしたものを買って来れるんですね」


 始末したはずの屍と化したはずの人物に、少女は語りかける。

 だが――屍は電源を入れられた機械のように立ち上がると、無造作に後頭部をなで回して悪態を吐き捨てる。


「自分からやっておいて、死体に話しかけるなんて良い趣味してるじゃねーかよ」

「だから、いつも死んだ魚みたいな目をしてたんですね。撃っても死なないのが納得できました。それで、依頼の内容は何なんですか?」


 悪びれる様子はないが堪忍したのか、少女は依頼の内容を聞いていた。

 けれど――男はすべてを把握しているのかのように、少女の目前にあるソファーへ腰を下ろしていた。


「本当に白々しいな、お前は。運転手がアポカリプスの手先かと思って、遠回りまでしてダミーの情報を流させたのによ」

「やる気がないのに、そういう感だけはしっかりしてるんですね。えぇ、BKPの職員が直接届けに来ましたよ。あなたがタクシーの運転手は刑事だと名乗ってもないのに断定したことが、どうにも怪しいから先に渡してくれと頼まれたって言ってましたよ」


 彼女は表情に出さないようにはしていたが、あからさまの嫌悪感を示していた。

 昔の熱血漫画に登場する主人公のようなやる気は既になく、過去の自分が見たら嫌悪しそうな状態が今の自分なのだ。


「私がアポカリプスに情報を流さないと思っているんですかね、本当」

「俺よりお前の方が信頼も高いんだろうよ。戦力以外じゃ、俺は頭数にさえ入ってないようだしな」

「元警視庁のエリート刑事なのに、本当の実力を発揮しないんですね。そのくせ、大事な所では私達よりも正確な捜査をして結果を出すなんて――全部知ってて、そう自分を卑下にして話してるですよね。馬鹿にするのは――もうやめてください」


 わなわなと震える声で、少女は小さく叫んだ。


「ふさげてるって言いてーんだろ。昔の俺を知ってる奴からは、お前のように嫌みを言われることもあったからな。気持ちはわからないがな」

「本当にあなたは変わらないんですね。昔からずっと――――」


 沈黙の後――彼女は、溢れ出す思いを口にする。


「私、何をするべきかわからなくなったんです。仲間だと思っていた人物がなんでアポカリプス側についたのか」


 諦めのような表情をして、懺悔のように語りだした。


「リアム・O・エイトって男に関係があるのは個人的に調査して分かりましたが、居場所が分からずにBKPから送られてきた情報を頼りにアジトをいくつか潰す程度に終わりました。このアジトの場所だって、あなたが調べたんでしょう。どうやったかは知りませんが」


 アリスは、顔には出さないようにしていたが奥歯を軋ませていた。


「さぁな。まぁ、気を張らないでいいんじゃねーか。誰にだって失敗や後悔、間違いをすることだってある。お前らガキに、辛い汚れ仕事ばかりさせている狂った世界の方がおかしいんだ。誰が悪いって訳じゃねーよ」


 ――矛盾している気はするが、本心を話すとするか。


「だからアリス――お前はもう好きに生きろ。俺がお前らの分までちゃんとやるからよ。依頼はなんだ――断ったっていいんじゃねーか?」

「綺麗ごとはやめてください。依頼は受けるので――もう帰ってください」

「わかった、帰るよ。なら、ついでに墓参りでも行ってくるわ」


 男は手を上げて部屋を後にする。

 少女が赤く濡らした瞼を背にして。


008


 俺は、廃棄区画に立てられている墓の前いる。


 そこにはたくさんの名前が書かれているが一様に同じ名前はなく、他の墓石に比べて異質なようにも見えた。


「俺以外に来てる奴もいるんだな。きっと、アイツなのかもな」


 墓石には誰かが来たのか――赤、紫、黄色と名前は知らないが様々な種類の花が飾られている。

 けれど、異質なように赤いバラが一輪だけ置かれていて、既に痛み始めていた。


「この中でバラが好きだった奴なんて――いたんだな」


 BKPのメリウス達が一斉に反乱を起こし、アポカリプスに利用された事件があった。

 その反乱のメンバーには俺の上司や部下達も参加し、一応に『世界を救うためだ』や「NVウイルスを根絶するためだ』と、狂気染みた正義感でゼクスに対して進撃を開始した。


 その際、何十人もののレギオン達が会長によって瞬殺され、俺と薄氷は仲間だった奴らに手を掛けることになった。

 それ以降――アリスはBKPを抜け、俺に仕事が回ってくるという事態になっている。


 その後の調査で、アポカリプスのメンバーにはゼクスの元研究者や職員がいるらしいが、上からの指示で捜査が禁止されていて――BKPにいる限り、これ以上は調べることができないでいる。


 あいつが柄にもなく探偵事務所なんて開いたのも、その為なんだろう。


 事の発端となっているNVウイルスが蔓延し始めたのが、大城市に落ちた小隕石の衝突による未知のウイルスの発生というのが公――BKPでの見解である。

 だが――世界中に拡散することはなく、世界の局地的な部分での蔓延に収まっている。


 また、感染しても大半の人間は風邪のような症状が一時的に出て治まると語ってはいるが、明らかに孤児院にいた子供達の感染例が多く報告されている。

 レギオンと断定された大半の子供達はBKPによって、保護教育と言う名のメリウスになるための育成が行われている。


 墓の中にいる奴達が現にそうだったのだから――昔の俺なら、不甲斐なさをアイツみたいに嘆いていたのかもしれない。


「お前達、酒飲みてーって騒いでたよな。未成年だけど、飲ませてやるよ」


 疑問点もいくらか残るが、今の俺が知るべきことはないのだろう。

 今はまだ、その時ではないのかもしれない。


 今は、まだ…………。


009


「やぁ、おまたせ! てっきり――自分の人生に絶望して坊主になってるかと思ってたんだけど」

「冗談にしても笑えねーぞ。」

「なら、性転換してオカマになったとか?」

「もういい、用件を言えよ」


 つまんないなーと言いたげのように、制服をスカートをひらりとさせて用件を伝えてきた。


「大体はあの人から聞いたと思うけど、ボクと君は今日から一緒に生活することになるんだ。いくらボクが魅力的すぎるからって、お風呂場とか着替えは覗かないでよね?」

「なぁ、冗談だよな?」

「えっ? 毎日一緒にお風呂入れとか強要するの? お願いだから彼氏ズラだけはやめてよね。気持ち悪いから」

「ちっ、ちげーよ?! なんで、お前と相部屋なんだってことにだよ!!」


 はぁはぁ、咳き込むように息を切る。


「そんなに興奮しなくていいのに。まさか――ボクが浴場で裸なことを妄想してて欲情したの!? こんなに可愛らしいのに、おまけに隠れ巨乳だったとかって思ってたりするのかな?」

「いや――それは無い。どこからどう見てもAカップだろ」

「うん、いつか殺すね」


 血管が浮き出る程に強く握られた拳からはビリビリ電気が放電され、周りの精密機器からはエラー音が盛大に響いていた。

 すると、訓練された猛犬のように一人の看護士が駆けつけて来た。


「だ、だっ、大丈夫ですか!!??」

「うん、大丈夫だよ。退院の手伝いに来ただけだからさ」

「そうですか。警告音は機械の故障のようで――ホッとしました。でっ、でも、だったらどうすれば良かったんだっけ――――」


 仕事の内容を書き記したメモ帳のページを必死にめくっていると、新人の看護士が汗で形が浮き彫りになった――効果音が鳴りそうな何かを揺らして、息を切らしている。


 直視してはいけないと意識しながらも、目がそれを捉えようと跡を追ってしまう。


「行こっか、浩一くん」

「あぁ、わかった」


 一式新品に変わっている制服を着込み、財布の中にカードキーがあることを確認してから鞄を持って部屋を出る。


 病院と言っても付属病院だから校舎に近いせいか、退院したという実感がどうにも湧かないでいる。


 いつでも無駄に騒がしい横の人物はというと、呪詛めいた同じ言葉を淡々と繰り返していた。


「巨乳なんか、滅びればいいのに」


 これまでで、一番殺意に満ちた殺気を放ちながら――――。


010


 溶岩のような鉄板の中央には、歪な肉の塊が置かれている。

 この大城市では不謹慎なネーミングだと一部から批判を浴びているが、圧倒的なおいしさで噂の隕石ハンバーグだ。


 表面に網目状の焦げがついているのに、それに抗うように肉汁が表面から肉汁が滴るように落ちていく。


 そこに、落ち着いた雰囲気の店内には違和感でしかないフリルのついたメイド服の店員が、ナイフで肉に切り込みを入れていく。


「リサちゃん、赤みが少し残る程度で大丈夫?」

「うん、お姉さん見てると心が癒やされるなー」

「じゃあ、オレも赤みが残る方で」


 笑顔で言い終えると、リサは慣れたように下に引かれた紙の両端を摘まみ上げている。

 オレも見よう見まねで、それの真似をする。


 俺たち二人がそれをし終えるのを見ると、赤みを帯びた断面を熱々の鉄板に向かってナイフと先端が長めのフォークを用いて押し当てている。


 濁流のごとく肉汁がじゅわじゅわと流れ、暴れるように弾ける音で食欲を刺激する。

 だが、輪を掛けるようにして香ばしいスパイスの香りが追い打ちをかけてくる。


 それらが、どうしようもなく食欲を掻き立てるせいか――腹の虫が爆音を鳴らしている。


 ここ最近――肉という肉を喰わずにまともな食事をしていないオレにとっては、エデンの園にある禁断の果実と同義なのだろう。

 体の底から湧き出る欲望を抑えられなくて、紙を持つ両手がどうしようもなく震えている。


「もしかして――二人は恋人だったりするの?」


 だが、その言葉によって理性が戻っていく。


「やだなぁー、こんなナヨナヨした男子。ボクの好みじゃないって」

「えぇー、結構お似合いだと思うけど。リサちゃん、綺麗だし」

「お姉さん程じゃ、ないですよー」


 姉妹のように微笑む仲良しな二人の光景が、テーブルを挟んだ向かい側に広がっている。

 リサの髪色が異質ではあるものの――姉妹と言われたら否定するのは厳しいかもしれない。


 ただ、二人の胸囲に関する発言をすることを本能が拒絶していた。やめておけと。


 その光景を無かったことにして、食べ頃になったハンバーグにミルを使って桜色の岩塩と粗挽きのブラックペッパーを振りかける。


 その光景を直視しているだけで、理性を保つことが困難になってしまいそうになる。


 我慢すること自体が限界なのか――無意識に右手のナイフが動き出し、気づいた時には反対側のフォークで、それを口に入れてしまっていた。


 程よく焼けた牛肉の香りが鼻腔を駆け抜けるように通り、しつこくないのに濃厚な脂身が口に広がっていく。

 なにより、赤身の肉を初めて食べたせいか――獣の魂を呼び覚まされるような衝動に駆られてしまう。


 テレビに出ているタレントがやたらウマいウマいと玩具を取られた子供が騒ぐように連呼しているが――本当に美味いものを食べてしまうと人間は、言葉を発することができなくて無心で喰らい続けるのだろう。


 あまりにもインパクトがデカくて忘れていたが、ニンジンにブロッコリーやポテトなど彩りが鮮やかな野菜たちの存在を忘れていた。

 いつも見過ぎていたので恨みに似た感情を抱き始めていたが、今となっては旧友のように親しく感じてしまう。


 ――これも国産牛肉100%が成せることなのだろう。


 草原を裸足で駆ける少女のような清々しい爽快感と幸福感で胸が一杯だった。


「ねぇ、おいしいでしょ?」


 リサが顔を覗き込むようにして訪ねてくる。


 自分を殺そうと人間と仲良く飯を食っているなんて想像もできなかったが、こう見ると――どこにでもいる普通の女の子に見えてしまう。


「あぁ、ここまで美味いとなんて言えばいいか分からなくなる。でも、値段とか高いのに奢らせて悪かったな、リサ。次はオレが奢るよ」

「意外だな、嫌がらせのつもりで連れてきたのに感謝されちゃった。それに、初めてボクの名前呼んでくれたし……なんか、変だね」


 むず痒いような表情を浮かべたリサは落ち着かないのか、足をソワソワさせながら落ち着かないでいる。


「変って、まさか――体調でも悪いのか?」

「いいよ。ボクはツッコミはしないからさ」


 リサは、どこかを懐かしむように目線を逸らしていた。


011


 その後、リサはクーポン券で会計を済ませて店を出る。

 本当なら、前に体験していたであろう景色をようやく拝めている。


「じゃあ、これから案内するね」

「あぁ、頼むよ」


 薄暗くなった通路を二人で歩く。

 欠けた月から放たれる僅かな光が道しるべのように、行き先を示している。


 外灯へ集まる虫のように、オレはリサの行き先に着いていった。


 あの時と違って目的地にはすぐに到達したようで――両目を数回こすって、もう一度確認する。

 だが、どれだけ見直しても――それが志奈や天照達が住んでいる寮のマンションにしか見えないでいた。


「ここだよ。って――君もさすがに知ってるかな」

「あぁ、ここで同棲生活なんてバレたら高校生活終わったと思う」

「特別寮だから問題ないんじゃないかな?」

「それが許されるなら、まさしくライトノベルだろ。男女が同じ屋根の下で同棲して異能バトルとかさ」

「ボクもそう思うけど、現実は案外――作り話みたいなんだよ」


 あれから人が変わったように、清楚な立ち振る舞いになっている。

 どうにも――こそばゆい感覚に苛まれてしまう。


「事実は小説より奇なりって言うけど、実際そうなってるんだから実感ないよね。ボクも外国にいたときにお兄ちゃんから日本の書籍を沢山送って貰ったけど、最近じゃ空間をねじ曲げるくらいの強引なハッピーエンドも少ないからね」

「じゃあ、大城市にずっと住んでるっていうのは嘘なんだな」

「まぁね。あの店だってここ数週間ほとんど通ってたから知り合いになっただけで、ボクも君と同じ編入生だよ」


 ――じゃあ、死んだっていうのは――――。


「行こっか、特別寮は地下だからさ」


 遮るように言葉を挟まれ、エレベーターは音もなく開いていた。

 リサが手招きをするので、釣られるように遅れて乗り込む。


 狭い空間で二人っきりになると、エレベーターにオレが貰ったのと同じカードキー通していた。


 すると、地下行きのボタンは無いはずなのに――エレベーターが沈むように下がっていく。


「秘密基地みたいな所かな。君の部屋の荷物とかは全部運ばれてるみたいだから、心配しなくていいみたいだよ」

「本当、凄いな。そうなると、ますます二人部屋な意味が分からなくなるな……」

「普通は一人部屋だし、一緒に住むとしても男女別々なんだよ? でも、メリウスに所属はしていないけど、捜査の協力なんかをしてくれる学生のレギオン達も住んでいるからかな。アポカリプスの内通者がいるかもしれないけどね」


 アポカリプス――斬下って人が言っていた、異能で犯罪行為を行なっている組織だったような気がする。


「アポカリプスっていうと、BKPと対立してる組織なんだよな?」

「だね。あいつらは問答無用で殺せばいいから、手加減とかはしなくていいよ」

「そっ、そうなんだな」


 内側から染み出る殺気に思わず身震いしてしまう。

 オレらと同い年の少女がこんな風になってしまうのか――今のオレには想像することもできない。


 だというのに、オレは自分の不幸さを嘆くばかりで他人のことなんて考えてなかったかもしれない。

 後悔先に立たずというが、いつも終わったことを悲憤していて誰かのせいにしていたのかもしれない。


「あのさ、オレ……」

「着いた! ボク達の部屋はここだよ」


 じゃじゃーんという効果音が似合いそうなポーズを取って自慢げにしていた。

 自分の所有物を自慢するように。


「扉はカードキーで開けてね。後、防音性能バッチリだから盗聴されてない限りエッチな動画は見放題だから安心して見れるよ」

「待て、それは女子がいうべき台詞じゃないぞ」

「ボクに盗撮する趣味なんてないから大丈夫だよ。24時間観察されたいなら、ボクはどうしようもないけどさ」

「お前、冗談でも許さないぞ」

「またお前に戻ってるー」


 いじける子供のように拗ねている。

 道化のピエロが糸で吊されて操られるように。


 部屋は高級ホテルのように小綺麗で清潔で、二人部屋にしても十分なスペースがある。

 だけれど、窓一つないその空間は異質な監獄のようにも見えてしまう。


 セキュリティーに関しても監獄を彷彿とさせるほどに厳重なものとなっていて、普通の人間に襲撃されても問題はないのだろう。


 けれど、その場に山積みになっている段ボール箱を見てしまうと現実という沼に引きずられてる気分になってしまう。


 対して、リサの荷物という荷物はないが、巨木のように大きな本棚には様々な本が詰められるように置かれていた。

 そこには――図書館に置かれていそうな高そうな本の横に、明らかに別人が置いたであろう少年漫画やライトノベルが疎らではあるが入っていた。


「本、好きなんだな」

「まぁね。てっきり、ボクのことを脳筋撲殺美少女だと思ってた?」

「自分で美少女をつけるのはどうかと思うぞ」

「まぁ副作用でアホの子になっちゃうからどうしようもないんだけどね」

「なら、オレにも副作用があるのかな」


 副作用――異能を使うように頭に語りかけてきたアイツがそうなのだろう。

 人ならざる力を手にするのと引き替えに、少女の魂を食い尽くした悪魔のように。


「どうだろうね。過去に君と同じケースの人が居たらしいけど、能力が三つもあっても副作用がほとんど出なかったらしいからさ。人によって副作用の数も症状も様々だから、ボクも新たな副作用が出るかもしれないし、逆かもしれない。今日は早めに寝ようよ、明日はさっそく捜査に同行してもらうからさ」

「そうだな、って――同行?」

「うん。お風呂じゃなくて捜査の方だけどね。お風呂を一緒に入れるとか思ってるなら、さすがに引くよ?」

「いや、オレも引くから安心しろ。でもな、考えさせてもらうっていうのが――どうして捜査に参加することになってるんだよ。」


 隠し物が見つかってしまったのを誤魔化すように、首を傾げて覗き込む。


「うーん。バレた? でもさ、こんなにも――しおらしい可憐な少女が危険な目に遭うかもしれないのに着いてきてもくれないんだね、ひどいなー。『僕は何も悪くない……。悪いのは全部、全部――お前達のせいなんだ!!!!』って言いながら罪のない人々を虐殺する内気な主人公でも、傷ついた女の子の為に戦ってるっていうのにさ」


 なんの疑いもなく言えるのだから、素直に凄いと思う。


「片手で電柱柱をへし折る女子のために戦う奴なんて、いると思うか?」

「国をいくつ滅せるかで競ってる人達がいるくらいだから、いると思うよ」

「そんな真面目な顔で説明されても反応に困るんだが……」


 本棚にはファンタジーや推理ものが多く並んでいるはずなのに、どこか少年漫画のような言い回しや知識があるのは、先ほど見た兄がくれたと思われる書籍が原因なのだろう。


 気がつくと、彼女は徐に下着などの衣類を取り出していた。


「じゃあ、ボクが先に入るから。絶対に、ぜーったいに覗かないでね。もう一度言うよ。絶対に、ぜーったいに」

「わかった」

「と言いつつも――収束線による免罪符を元に覗くのが、お約束っていうのは解ってるよね?」

「オレを、どこのラッキースケベと同じにしてるんだよ」


 顔を逸らしたのを好機と見たのか、真上を指差していた。

 だが、そこには照明しかない変わり映えのない普通の天井があるだけだった。


「画面の向こう側の人達も、なんでいかねーんだ。サービスシーンだろっ! って叫んでるかもしれないんだよ?」

「わかったから、早く行ってくれ」

「仕方ないなー。でも、絶対に」

「いいから、行けよ!」

「わかったよー。そこまで強情だとこっちも萎えちゃたから入ってくるね」


 リサは下着を含めた寝具を持ちながら、バスルームへと入って行った。

 やはり、そういう免疫を持たない自分にとっては刺激が多少強かったかもしれない。


 一昔前のカメラのように脳裏に焼き付いて取れなくなる前に、イメージを書き換えようと自分の荷物であろう段ボール箱の解体作業に入る。


 買ったばかりの調理器具や新調したての服達もちゃんとあり、すべてが異常な程に整頓されていた。

 半ば感心をしていたが、ベッドの下に眠る神秘の財宝が熟読されていたのか――ジャンル別と評価順に並んでいて前言撤回をすることになった。


 結局、風呂場でロボアニメの主題歌を熱唱し続ける奴のことを、頭の隅に追いやりながらの二度目の引っ越し作業をすることになるのだが――――。


 無駄に整頓された荷物のおかげなのか――早く片付けが済んでしまい時間が余ってしまった。

 どうにも落ち着かない――手持ち無沙汰な感覚に陥ってしまって辺りを見渡すと、目についた物があった。


 リサ側の方にはデスクワークでもするのか据え置き型のパソコンと黒いファイルが置かれている。

 黒いファイルの方は広辞苑のように分厚くなっているので――余程のことがない限り、普段は見たくないと開けることすらないであろう。


 けれど、リサの風呂場はともかく――試験前には、いつもなら紙一面を埋め尽くす活字で吐き気を催すような難しい小説がスラスラと。

 それこそ――すべての文字に音色があり、一行一行に違ったメロディーの演奏を聴くように体へ溶けていく。


 きっと――それも同じ類のものだと思い、軽い気持ちで開いてしまった。


 中の内容を見た途端……。


 背筋に薄ら寒い――氷の塊を血管に流し込まれるような感覚で悪寒が止まらないのか、手足がワナワナと震え始める。


 なのに――快楽と恐怖が入れ替わったかのように、ページをめくる速度は早まっていく。


「ねぇ……、何してるの?」


 後ろで、誰かの声がするまでは。

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