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一話 交差する思惑

「ねぇ、君の能力はいつから目覚めたの?」

「知らねーよ!! ってか、お前その姿は一体なんだよ……。それじゃあ、まるで――」

「可愛い獣耳美少女高校生とか? それとも――化物とか怪物かな?」


 夕暮れが夜に変わる頃――鋭利に尖った犬歯をちらつかせながら、少女はどこまでも希薄な笑みを浮かべている。

 全身が獣になっている訳ではなく――部分的に耳が生え、手は獣の手に変化して尻尾まで生えて風がなびくようにゆさゆさと揺れていた。


 女子高生がアニメキャラのコスプレをしていると言った方が納得できる程に、現実離れした現状に何がなんだかわからなくなっていた。

 

「なぁ、目的はなんだよ。それにオレが出してるコイツはなんなんだよ。教えてくれよ、お前なら知ってるんだろ!」

「うーん。教えることとしたら、君に一回死んでもらうってことかな? それ以上は話せないからさ。潔く肢体のどこかを千切らせてくれると嬉しいかな?」


 瞬間――電気を纏った獣の拳が命を奪おうと、幾重にも振りかざされる。


「えへへ。電撃も吸収しちゃうなんて、本当にすごいね君の能力」

「目が笑ってねー奴に言われたかねーよ」


 さっきの要領で盾を空中に現界させる。

 頭の中のスイッチを入れるような、それこそ――硬い物で殴りつける感覚に似ていた。


 きっと、何度か練習すれば武器だって作り出せるかもしれない。

 だけれど――そんな暇さえ与えてくれないようで、残像としか見えないほどに迅速なために盾を出しては消してと空間に固定し直さなくてならず、疲労感からか目眩がしてきた。


「ははっ、本当にレギオンになったばっかかな? 普通、そんなに出せないもんなんだけどなー」

「オレがそんなこと知るかよ!! ってか、どうして誰もいないんだよ。まさか廃棄区画だったりするのかよ」

「うん、そうだよ」

「やっぱりお前は最低だな!!」

「だから、そんなに誉められてたら殺りたくなっちゃうじゃんか!!」


 右拳から生み出された雷撃が波動となって全身を包むがオレ自身にダメージはなく、リサの右腕がだらんと力なくぶら下げている。

 オレが出す盾は硬度いう概言は存在しないのか――例えるなら、空間が物質に変化したと例えた方が正しい。


 確かに異能を吸収する盾なんてチート染みているが、移動させれない盾しか作れないので殺される程のものではないのではないだろうか(空間に固定されているから作れた所で意味はないかもしれないが)。


 もっとも――彼女の腕は色の着いた光の渦が流動的な曲線を描きながら、時間を巻き戻しするように再生していった。


「何なんだよ、それ――」

「答えると思うかな? でも、ちょっと調子こき過ぎちゃったかも。ボクは君のことが大嫌いだからさ。ついつい任務のこと忘れていたぶってやろうと思ったのにさ」

「おいおい、勿体ぶってないで教えてやれよコイツにさ」


 ――気づいたときには遅かった。


 オレの体の一部だったものは辺りに散らばっていた。

 心臓のあったはずの部分にはポッカリと穴が空いていて、熱い物で焼かれたように傷口からは血が一つも出なかった。


「悪いな。だが別に、アンタが悪いって訳じゃない。ただ運が悪かっただけだ、気にすんな」


 短髪で黒いスーツ姿の男が人差し指で煙草に火を付けながら、オレを見下ろしていた。


 彼の拳は鋼色が赤く溶岩ように熱を放ち続けている。

 そして、骨に絡みつくように筋肉が体に纏わり付いていて怠そうな雰囲気と相反していた。


「気にすんなって……。殺しておいてよく言えますね」

「そうだな」


 オレを――そいつは道ばたで死んでいる小動物を眺めるように一瞥し、リサの方に近寄ると頬を叩いていた。


「痛いなー、ボクの美貌をなんだと思ってるだよ」

「うるせーな、黙れブス。それにな、グリードかレギオンかを見分けるのがメリウスの仕事の一部だっていうのに、お前が同化率上げてたら本末転倒だろうが。お前が死んでも構わねーが、オレの仕事を増やすような真似はするな、バカが」

「殴った後に二度も褒めるなんて――これってDVなんじゃないかな?」

「…………」

「無視しないでよー、ひどいなー」


 意識が薄れ、痛みすら感じない状態で――オレはこんな茶番染みたやり取りを聞きながら死ななければいけないみたいだ。


 ――死ぬまでに、どれだけ悔いを残さずに過ごせただろうか。


 そんなことを死ぬときまで考えている自分が、どうしようもなく惨めで仕方なかった。


005


 目が覚める。

 朦朧とした意識の中――太陽の日差しが眩しくて思わず眼を瞑ってしまった。


「なっ、那由多!! 気がついた?」

「なっ!? なんで、お前がいるんだよ」


 起きた瞬間に志奈に激しく揺さぶられて方向感覚が麻痺し、酩酊状態に似た吐き気がこみ上げそうになる。


 近くにいた看護師に止められて我に返ったのか、看護師に対し律儀に頭を下げて謝罪をしていた。

 もっとも、謝る相手が違うと思うのだが。


 そんなオレの心境を諸戸もせずに、志奈はいつも通りしゃべり始める。


「那由多が倒れてた所を助けられたんだよ。ほらっ、あの人にお礼言って!」

「やぁ! 目が醒めたみたいだね」

「て、てめぇ――どうしてここにいるんだよ……」


 オレを殺そうとしていた女――リサが平然に、それも何事もなかったかのように右手振って友達面をしていて、志奈と仲がよさそうにも見える。


 友達がいないのも嘘なのだろうか。


「ダメだよ、那由多!! 助けてくれた人にてめぇなんて言葉使っちゃ!」

「やめろ! お前のパンチはシャレになれねーからさ。それより、お前学校はどうしたんだよ。ってか、今日は何曜日なんだ?」


 時計は十時近くを指している。


 若干言いたげそうな面持ちでいたが、コロッと人が変わったかのように携帯で曜日を確認していたので――気を逸らすことはできたみたいだ。

 万が一でも、コイツに殴られたら色々とシャレにならない。


「金曜日だよ。それがどうしたの?」

「学校は?」

「休んだよ。心配だったから」

「いいから早く学校戻れ! オレはともかくお前は成績いいんだから授業でないとダメだろ。それじゃあ、お前のノートをオレが写せないだろう。頼む戻ってくれ」

「そうだね……。わかった! 今から学校戻るよ」


 少し表情を曇らせたが、納得してくれたようだ。


 何かを隠しているようにも見えたが――それは後で聞いた方がいいかもしれない。

 オレを殺そうとした人物が目の前にいるのだから――――。


「なーんだ! 病院で殺人事件が見れるなんて、ボクとしては録画したいぐらいだったんだけど」

「冗談にもならねーことを言うのはやめろよな」


 リサは何が楽しいのか――ニタニタと醜悪な笑みをまき散らしている。


「ねぇ、ボクがまだ君を殺すって思ってる?」

「お前が殺したいかどうかは知らないが、少なくとも殺すのが目的じゃなかったんだろう。じゃなかったら、最初から殺されてんだろ。それにわざわざ病院に入れてって――傷口はどうなったんだ?」


 リサはキョトンとした顔をした後に、悪戯好きな子供が他人の弱みを握ったような面持ちに変わっていた。


「なに? まさか、自分で服を脱いだり着たりできなくて――ママ、ボク一人じゃお着替えもできないよー。お願い着させてー。って、大人になっても泣きつくタイプだったんだね。仕方ないなー。あばらの二、三本は折れるけど脱がせてあげよう」

「自分で脱げるわ!! それより、なんで服を脱ぐのにあばらが折れるんだよ。第一オレはマザコンでもねーし、一人で一通りのことはできるっての!」


 喉の奥が痛くなる程に、叫んでしまった。

 他人からの目線が痛々しく思えてしまう。


「だったら着たら? それより、ボクに構ってほしいの?」

「いい。一人で確認する」

「つれないなー、折らせてくれたって損はないと思うんだけど」


 どこか着慣れた病衣の隙間から、右手を使って穿たれた記憶がある部分を弄るように触った。

 けれど――どれだけ触っても傷跡一つもなく、以前と変わらなかった。


 そうだ――痛みは全くなかったがオレは死んだはずだ。

 目の前にいる女が獣人となったことも信じがたいが、心臓辺りがぽっかりと坑が空いたように穿たれたはずだ。


 なのに――生きている……。


「なぁ、オレって死んだんだよな?」

「なら、教えてあげるから一発殴らせて」

「リサさん、そんな言い方はひどいと思いますよ。彼にだって知る権利はあるのですから」

「すみません……。あなたは誰ですか?」


 物腰が柔らかそうな眼鏡を掛けたサラリーマン風の男がどこかよそよそしい笑顔で、会話の仲裁に入ってきた。


「――やっと来たんですね。じゃあ、ボクは学校に戻りますね。説明するのもめんどくさいし」

「わかりました。後は私が説明しておきますので、リサさんは学業頑張ってくださいね」


 リサは彼の知り合いらしく――彼を見るなり、どこかへ行ってしまったようだ。


「すみません。まともな人間が余り居なくて、私の常識も少々欠落してしまっていたようです。唐突ではありますが、これから荒唐無稽な話をします。ですが、話の内容自体は冗談ではないので、しっかり考えてくださいね。後、これは名刺なので困ったことがあったらいつでもBKPに連絡してください」

「は、はぁ……」


 手慣れた手つきで名刺を取り出すと笑顔を崩さずに、丁寧な所作で名刺を差しだしてきた。

 対して、オレは不慣れ動作で受け取ることしかできなかった。


 傍からみたら、事故にあった少年と保険会社の営業マンといったところだろう。


 そうして、名刺入れを入れ直した男は顔色を変えずに話し出す。


「私の名前は斬下章仁と言って、BKP日本支部の本部長をしています。リサくん達――メリウス達に指示を出し、君たち――レギオンの人権を保護し、社会から君たちがレギオンである秘密を守る。簡単にいうと、君たちが住みやすい世界を維持すると言ったところです」

「なら、オレを殺すように指示を出したのも……」


 男は少々困ったような面持ちだったが、やはり手慣れたように話題を切り替えた。


「私が出しました。ですが、あなたの異能は異形種というイレギュラーな存在なので、あのような強行措置を取らせて頂きました。お詫びになるかは分からないつまらないものですが、どうぞ受け取ってください」


 手渡された小切手には三十万と書かれており、思わず腰を抜かしそうになる。


「こっ、こんなに……!? 貰ってもいいんですか?」

「事情が事情ですので、口止め料と思って頂いてください」


 戸惑うオレを見兼ねたのか、男は唐突に話題を切り出す。


「なら、あなたに起こったことを一通り説明させてください。それは聞いてもらうためのお金ということで」

「はっ、はい、わかりました」


 こうなることを予め知っていたのか、革製の鞄に入っているクリアファイルからコピー紙を渡してきた。


「いきなりすべてを話してもフィクション染みていて理解できないでしょう。なので、まずはこれを読んでもらってもいいでしょうか?」

「はぁ……わかりました。正直――未だにデタラメなことばっかりで、頭の整理が追いついていないです」

「仕方ないことですよ。例え話だと思って読んでみてください」


 渡された一枚のコピー用紙にはワープロで打たれた小説のような文体の文字が書かれていた。


 ――内容は以下の通りだった。




 ある少女は兄を庇ったがために不慮の事故に遭い、短い生涯を終えました。

 自分のせいで妹を死なせてしまった少年は――奈落の底に落とされたような絶望を味わいました。


 ですが、突如として悪魔が現れて契約をするように迫ります。


 ――少女の体をよこせば、命を救ってやる、と。


 少年は妹を救いたい一心で、悪魔の契約を飲んでしまいます。


 すると、散らばった少女の肉体は意思を持ったかのように元に戻りました。

 そして、少女は自分に何が起きたのかを兄である少年に対して問いかけます。


 ですが、少年は悪魔と契約したことを妹には語りませんでした。

 少年は妹の手を引っ張ってその場から逃げますが、その光景を見ていた人物のせいで――とある研究機関に二人は追われるようになります。


 ある日――研究機関の魔の手から逃げ延びることができなかった少年は捕まりましたが、彼を助けるために少女は悪魔の力を使ってしまいます。

 悪魔の力はあらゆることを可能とし、絶対的な力を行使して研究所からの刺客を一人残らず殺していきました。


 しかし、悪魔の力は同時に少女の体をも蝕み――最終的に彼女の体を支配した悪魔は、少年の前で高らかに笑うと兄の前から素顔を消してしまいます。


 なにもかも失った少年は失意の底で自責の念駆られたでしょう。

 その後、彼は忽然と姿を消しました。


 ――彼女の好きだった一輪の花を残して。




「実はこれ、悠真さんが書いたんですよ。私がこの話が好きなのとレギオンの説明をするのに幾らか便利なので」

「つまり――オレも悪魔と契約させられたと?」

「悪魔とは似たニュアンスではありますが、根本的には似たようなものですね。では、順を追って説明しますので。メモが必要なら紙とペンをお貸ししますが、どうしますか?」

「じゃあ、お借りします」


 借りてきた猫のような動作で紙とペンを受け取る。

 無駄に高そうな万年筆で、力の入れ具合を間違えたら紙が破れてしまいそうだ。


「まず、君はニルヴァーナウイルス。通称――NVウイルスに感染しています。このウイルスにはデルタ因子という特殊な性質を含んだウイルスです。感染ルートは未だに不明な部分が多いですが、大抵の人は風邪ような症状が出た後に耐性ができてしまって感染する可能性は極端に落ちます」


 理系の授業を受けているような気分になりながらもメモを取る。


「ですが、ごく一部の特に若い君たちのような子供達は感染をしたまま体内を蝕み、異能の力を使える覚醒者――レギオンとなります。例えるなら――悪魔に体の構造を変えられて魔法使いになったというのが分かりやすいかもしれませんね」


 話の内容にやっぱりついて行けていない自分は魔法使いになるとだけメモをして、話を聞くことに集中することにした。


「ですが、異能を使うことで個人差はありますがデルタ因子の侵蝕が進んで同化率が上がってしまいます。大抵の人の同化率は三割程度です。また、時間が経てばある程度は下がりますが、限界を超えて異能の行使や怪我の治癒をしてしまうと同化率が大幅に上昇します。そうして――最終的にはグリードと呼ばれる悪魔になります。あなたの同化率はこちらの書類で確認してください」


 男は、また別の書類を手渡してきた。


 書類には健康診断に似た数字がいくつも並んでいたが、特徴的なメーターのような表記がされていた部分には28/100%と書かれていた。


 どうやら――これが同化率というものなのだろう。


「この同化率ってのが限界に達すると、悪魔に体を乗っ取られると……?」

「えぇ、悪魔――私達は副作用と呼んでいます。これも個人差はありますが正義感に溢れた人間が怠惰な態度を取ったり、温厚な人間が暴力的な面を見せたりします。例を挙げるとすれば、二面性が現れるという表現が正しいかもしれませんね」


 個人差はあるが二面性が現れてると軽くメモを取り、話を聞くことにした。


「同化率が限界を超えると脳までもデルタ因子に侵蝕され、人格が乗っ取られる可能性が発生します。以前の宿主の記憶を維持する個体もあれば、別人格となって行動する者もいます。一概には言えませんが、理性を無くした怪物と表現するのが正しいかもしれません。少なくともグリードは――私達と相容れない存在でしょう」


 ――どれもこれも、荒唐無稽だった。


 異能を使ったら同化率が上がって、それを使いすぎると体を乗っ取られるとか――何もかもが現実からかけ離れていた。

 だというのに、水に溶ける砂砂糖のように素直に納得できてしまった。




 ――そいつに向かって、右手を向けろ。




 脳内に直接語りかけてきた、誰かの声。


 そいつが、今もオレの体に住み着いているのかと考えると言い様もない恐怖で手足が震え始める。

 自分の体を蝕む見えない何かに体を喰われ、自分じゃない誰かが自分の体で大切な人達を傷つけるかもしれない……。


「すみません、怖がらせてしまいましたね」


 他人事のように作り物の笑みを向ける。

 もっとも――他人事なのだから無下に攻めることもできないのだが。


「ここからが本題ですが、私達BKPは――アポカリプスという異能で犯罪行為を行うテロ組織と人類社会を混沌に陥れようとしているグリード達から、あちら側の世界を守っています。少しでも多くの人達を救うためにこちら側で執行者――メリウスとなって協力してくれませんか? 無理にとは言いません。ですが、生活に苦労しないだけの報酬をご提供します。どうされますか?」


 ――正直、やりたくなんかなかった。

 だけど――――。


「すみません。考えさせてもらってもいいですか?」

「えぇ、構いませんよ。怪我の治癒に血液を使うので貧血になったと思いますが、今日にでも退院できるそうです。後、治療費は一括こちらで負担しましたので心配しないでください」


 思い出したかのように、付け足してきた。


「それと、私達の監視下に入って頂くために特別寮で生活して頂きます。ちなみにリサさんと相部屋ですので、迎えに来た彼女から詳しい話を聞いてくださいね」


 最後まで不気味な程の笑みで語りかけていた男はカードキーを渡すと、その場を後にしていた。


 オレは、ほっと一息ついて安心したように胸を撫で下ろしたが――すぐに疑問に行き当たる。


「ちょっと待てよ……。大事なとこの説明がねーじゃねーかよ!! なんだよ、あいつと相部屋って!!!!」


 だが、叫びは空白に霧散して――儚く散っていた。


006


 俺はBKPから脱退した前任者の後片付けをしていた。

 正直――怠くて、面倒くさくて仕方がない。


 靴下を履くのでさえ億劫な俺が、メリウス達の統括をする支部長なんかになるなんて――吐き気以外の何者でもない。


 年がら年中頭の狂った部下しか居ないわ。

 俺の代わりに進んで仕事に従事していた若い奴らはグリードになったり、脱退するわで溜まったもんじゃない。


「ったく、面倒な野郎だな。俺への当てつけかよ」


 デスクの上に置かれた一つの花瓶――そこには薄紫色の花びらのない花がある。

 捨てるのも育てるのも怠いから、リサのデスクにでも押しつけておこうか。

  

「篠原悠真さん、篠原悠真さん。斬下本部長がお呼びです。至急、本部長室へお越し下さい」


 そんな思考を遮るように、俺を呼び出すアナウンスが流れている。

 全く――これだから、この仕事は面倒で仕方がない。


 俺は渋々であるが本部長室へ向かう。

 もう何度目か忘れてしまう程に通った道を進みながら。


 無駄に豪華なドアノブを握り、右手首を軽く捻る。


 ここが大城大学付属病院の地下にあるBKPの本部なんて、誰が想像できるだろうか。

 開けたくもない扉を開けて、部屋に入る。


 俺たちメリウス達のデスクと違って、床下には大層な絨毯が惹かれている。

 刑事ドラマで見る警視庁やお偉い社長室のように、黒革の高級チェアや光沢のあるデスクが置かれていた。


「何の用なんだ? 任務の依頼ならガキ達に任せてるアンタが俺を呼び出すなんてよ。厄介払いってか?」

「冗談はやめてください、篠原さん。これからする話は大事な話なので、しっかりと聞いてください」

「高給取りは言うことまで違うってか。俺らを使い捨ての駒にして稼いだ金で食う飯は大層旨いんだろうな」


 スーツの懐から煙草を取り出して、指で火を着ける。

 レギオンになって良いことと言ったら、ライター代が要らなくなったことぐらいだろう。


「本当は禁煙なのですが、今回は目を瞑りますね。では、本題は話させてください」


 口にくわえた煙草を外して、右手の第二関節辺りで持ったまま話を聞くことにした。

 俺を呼び出す用事と言ったら、どうせレギオン絡みなんだろう。


「どうせ断ってもベラベラ喋るんだろ。その、どこを見てるかわからねー薄気味悪い目でよ」


 斬下は愛想笑いをした後に、話し始めた。

 どこまでも他人行儀なのは、コイツなりの信念なのだろう。


「本日、リサさんが新たな覚醒者――レギオンを発見しました。名前は那由多浩一くんと言って、付属高校の一年生です。リサさんが廃棄区画に誘導しますので、グリードかレギオンかを見分けるために通常とは違った特別な処置をお願いします」

「特別な処置ってよ――あいつが失敗したときの保険なんて要らねーだろ。アンタが思ってるより、あいつは人員や戦力としては問題ないはずだぞ」


 いつも笑っているように見える奴だが、俺を卑下にするように口角を歪ませる。


「いつも通りなら、私もわざわざあなたを呼びませんよ。それに最近は、大城市でアポカリプスによる行動が目立ち始めています。繁華街で不良ばかりを狙った殺人事件がニュースになっている程です。ご存じですよね、書類に目を通していれば」


 見すかしたような笑みを浮かべて、また語り出す。

 舞台で独演に酔いしれる役者のように。


「本当なら、我々も今すぐにでも調査をしたいのですが私達は本部といえど、例の事件があって以来――貴重な戦力を多く失ってしまい、戦力不足が否めません」

「失ったって言い方は嫌味か? 自分達が消すように命令したくせによ」


 煙草を加えて、部屋を立ち去ることにした。

 厄介ごとをとことん押しつけるなんて、本部の奴らはどこまでも腐ってやがる。


「分かりました。本日はリサさんと同じ任務で構わないです。ですが、今からアリスさんの探偵事務所に行って仕事の依頼をして頂けないでしょうか? 彼女なら、一人でも問題ないと思いますので。すみませんが朝菜さん、これを彼に渡してください」

「はい、斬下さん」


 斬下の秘書が封筒に入った書類を受け取ると、俺に渡してきた。

 どこまでも薄情な態度が余計に俺を苛立たせる。


「篠原さん、どうぞ」

「毎回、尻がデカい女ばかり秘書にしてんな、お前の好みか?」

「えぇ、好みですよ。それにセクハラ行為になるので、その話はやめておきましょう」

「よく言うよな。ヤバいことばかっりやってるのがBKPの十八番だっていうのに」


 話を逸らすような高笑いをしいて、話題をすぐに戻した。

 こいつは秘書をすぐに変えているようだが、性格が嫌になってやめていってるんだろう。


「それに通常のレギオンと違い、今回発見されたレギオンは異形種――つまり、イレギュラーです。どのような能力を使うかは不明です。リサさんが倒されてしまう可能性も十分にあるかもしれません。先ほども言いましたが通常の方法――同化率の検査ではなく、体のどこかを破損させる方法でお願いします」


 異形種に限っては、グリードと同じ方法での調査をすることになっている。


 飴や血液検査で判定する方法で行わないのかは、イレギュラーによる想定外の自体を考慮してなのだろうか。


「非道な方法かもしれませんが、レギオンは怪物で人としての痛みも感じず頭を破壊されない限り――死にませんでしたね、グリードになるまでは。いや、正確には――あなたの妹さんのようになるまでは、と言った方が」


 斬下は、こちらに向かって見せつけるように口角をを吊り上げている。


「それ以上喋るんじゃねー。殺すぞ」

「あははっ、冗談が冗談になってませんよ悠真さん。私もあのようなケースは出したくありませんので、お互い協力しましょう。利益は最大の信頼ですよ」


 白熱した黒鉛の拳を見て怯えたのか、手を上げて降参の表情を向ける斬下。

 だが、全く悪びれる様子もなく――どこまでも薄ら寒い目で俺を睨んでいやがる。


「そんな目で見るな」

「すみません。妹さんを思い出しましたか?」


 沸点を超えるほどの苛つきも、いつの間にか冷淡なまでに冷めていた。


 ――やはり、俺はどこまでいっても怪物なのだろうか?


 その疑問さえも気だるくなって、俺は考えることをやめた。


007


 繁華街を抜けて、探偵事務所に向かう。

 タクシー代は経費で降りるから問題はないが、久しぶりに浴びる太陽で体が焼かれるような感覚に陥る。


 病院近くということもあって、タクシーが至るところに待期してあるので適当に捕まえて乗ることにした。


 クーラーの効いた社内は涼しい風が体を包んでいる。

 乗ってきた俺を見るなり、運転手はたどたどしい動作でこちらを振り向く。


 新入社員か何かなのだろう。


「お客さん。どちらへ?」

「この住所まで頼む」


 封筒に入っていた書類の一枚を渡す。

 運転手は既に知っているのか、カーナビに住所を入力することなく、振り返る。


「ここの探偵事務所に何の用で? もしかして――事件の依頼をしにいく刑事さんだったりしますか?」

「まぁな。昔も今も大して変わり映えしねーがな」

「夢だったんですよ、僕。刑事さんを乗せるのが」


 若い運転手が見せる幼稚で無垢な笑顔がどこまでも懐かしく、輝いて見えた。


「なら良かったな、急いでいるから行先まで頼む」

「えっ、はい。すみません、ついつい長話をしてしまって」


 運転手はどこか緊張しているのか一呼吸をしてハンドルを握る。


 俺は、それをよそ目に携帯電話で時間を確認する。

 時刻は一時を過ぎていた。


 昼時は、既に過ぎたといった所だろうか。


「悪い。寄って欲しい所があるから、まずは永田屋で頼む」

「わかりました。ですが、かなりの回り道になりますが良いんですか?」

「あぁ、元同僚に会いに行くからな。土産ってところだよ」

「なら、喜んでもらえるといいですね」

「だな………。まぁ撃ち殺されなきゃ、いいんだがな」


 苦笑いをするように――どこか不安げな表情をしたが、男は不慣れな手つきながらも車を発進させた。

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