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それぞれの朝

すいません、もっと伸びます…

   2


 太陽が地平から顔を出し、朝を告げる。嵐山はそれを屋上で眺めていた。

 あまりに悩み、徹夜してしまったのである。百を超えるシュミレートを繰り返し(途中水上に蹴られたが)、息抜きのために屋上に上がったところ、そのまま夜明けを迎えてしまったのだ。深いため息を吐き出し、朝露を多く含んだ空気を吸って気分を入れ替える。さて、戻ってシャワーでも浴びるか、と振り向いたとき、屋上の扉が開いた。

 昨日の訓練生だ。私服らしきラフな格好で、眠たげな目をしている。こちらに気づいたのか、扉を開けたままその場で固まっていた。

「・・・おはよう」

「・・・おはようございます」

 やはりまだ警戒されているのか、少し遅れて挨拶を返された。

「・・・あのさ」

「・・・はい」

「昨日はマジですまんかった・・・」

「い、いや、気にしないでください」

「・・・」

「・・・」

 気まずい沈黙が流れた。シュミレートはしていたが、まさかここで会うとは予想外だった。想定外のことが起き、混乱している嵐山に、さらに過負荷をかける事態が発生する。

「・・・嵐山先輩」

「はっ、はい?」

「昨日の話・・・相談があります」

「お、おう・・・」

 やはり駄目か、急速冷却された脳内で次に声を掛けるべき訓練生を考えていると、またも想定外の言葉が嵐山の耳に飛び込んできた。

「私を、任務に連れて行ってください」

「そうか、ざんねn・・・え?」

「だから、任務に連れて行ってください。」

「そ、そうか・・・わかった。・・・本当にいいんだな?」

「・・? はい。大丈夫ですけど」

「わかった。そしたら、今日中には出発するから準備しておいてくれ」

 ところで、と前置きし、嵐山は気になっていたことを訊いた。

「どうしてここに?それもこんな早朝に」

「はい、自主トレしようと思って来ました」

「・・・ここに入れること知ってるの結構少ないはずなんだけどなぁ・・・」

 嵐山の知る限り、訓練生にはここに入れるということを教えていないはずだ。暗黙の内の休憩所になっているため、むやみに水上も伝えてはいないだろう。

「最初は部屋でやっていたんですけど、同じ部屋の友人にうるさいって追い出されて・・・困ってたらこの場所を水上大尉が教えてくれたんです」

 なるほど。嵐山は納得し、改めて後輩の服装を見た。確かに、下にトレーニングウェアを着ているようだ。男の割に、肉付きが多く、色も白い。そして肌も綺麗だ。男というより線の細い女だなぁ、これがコウの言っていた男の娘かぁ、これはこれで抜けるとか言ってたけどやっぱ無いな、など本人を前に発言しようものなら大変失礼な感想を脳内で浮かべていると、彼は頬を赤らめて恥ずかしそうに露出した肌を隠そうとした。

「ど、どこみてるんですか・・・もう・・・」

「い、いや、すまなかった。俺はもう部屋に戻るよ。トレーニングがんばれな」

「あ、ありがとうございます」


 ●     ●     ●


「やりゃあ出来んじゃねえかオイ」

 納豆の入った小皿をカチャカチャかき回しながら小鳥遊は言った。

「まーね。てか臭いよ。そのナットー」

「ばっきゃろーもぐもぐこういうのはもぐもぐ美味しそうなもぐもぐにおいっつーんだよもぐんぐ・・・ぷはー」

 小鳥遊と嵐山は今、食堂にいる。ついこの間までは個人がバラバラで食べていたが、増員に従い、食堂の機能が復活したのだ。嵐山はコーンフレークをザラザラと流し込み、小鳥遊はそれと同ペースで白米をかき込んでいる。

「そうだ、お前も食ってみろよ。納豆。うまいぞ?」

「やだ。どう見たって腐ってるじゃん。明らかにシュールストレミングとかキビヤックとかのイロモノ系列じゃないの」

「分かってないなぁ・・・オメーがこの前気に入ってた味噌汁だってよー・・・」

「おはよう」

「ん。って水上、今日は早いな」

 寝ぼけ眼の水上が二人の隣に座り、半覚醒の状態で朝食を食べ始めた。どうやら彼女は焼き魚定食を選んだようだ。

「たーかーなーしー・・・ぎょうぎわるいぞー・・・くいながらしゃべるなー・・・」

 なぜか味噌汁の椀に生卵を割って入れようとするのを小鳥遊が阻止し、うつらうつらしている水上の代わりに嵐山がコップに水を入れる。

「で、今日はなんで早起き?」

「あらしやまがしんぱいでな。・・・もういいぞ」

 やっと火が入ったのか、のろのろとした動作で魚をほぐし始める。

「それで、首尾はどうだったんだ?」

「そりゃあもう大成功よ。今日の午後にでも出れそうですぜ」

「ほう・・・良かったじゃないか、嵐山」

嵐山は無言で牛乳に浮かぶフレークを弄っていた。顔には出さないが、彼が意味の無い動作をしているときは、大概が照れているときなのだ。もちろん、三人は旧知の仲なので、深くは追及しない。

「そういえば、嵐山が声をかけた奴だがな、あいつ実は・・・」

「(おっと水上の姉貴、その話は内密に、内密に、ですぜ)」

「・・・ううん。なんでもない」

 多少ごまかし方に無理があったようだが、嵐山はよほど照れているのか、気づいていないようだ。むしろ、声が届いていたかも怪しい。

「(でも何故秘密に?深い理由があるのか?)」

「(いや、まったく。面白そうだから)」

「(なるほど)」

 そして、完全に覚醒した水上は、とある事実について大きな声で叫ばざるを得なかった。

「・・・ってか口臭いなお前!なに食ったんだ!?」


 ●     ●     ●


「じゃあ、これからデータリンクの説明をするわね」

 昼下がりの休憩時間、作戦室は異様な雰囲気に包まれていた。カーテンを閉め切り、コードがのたくって一台のコンピューターに集結し、それが映すスライドを真剣な目で全員が見つめている。まるで、これから国家の存亡を賭けた戦いのブリーフィングが始まる、そんな重苦しい空気が流れていた。アザミはそれを一瞥し、ため息をついたが、それからは事務的に説明を始めた。

「このデータリンクシステム『メデューサ』は、本体をこの基地に置き、受信端末を各機・各スーツに取り付けることで、リアルタイムでのデータ連動を可能にするものよ。楓ちゃん、詳しい説明は任せたわ」

 そうアザミが告げてコンピューターの前から去ると、横から少しばかり童顔の女性が出てきた。

「木村楓です。この度、新任技師として皆さんと働くことになりました。よろしくお願いします。・・・それでは、詳しい構造を説明しますね」

 そこで壁面に映し出されたスライドが切り替わり、球体の周りを不恰好な機械の塊が周回している動画に切り替わった。

「はじめに、このシステムは、衛星軌道上に浮かぶ人工衛星を経由することで初めて機能するシステムです。よって、場所によっては遅延(ラグ)が発生したり、圏外になる場所が出てきます」

 地球を模した球体がぐっと拡大され、マザーと書かれた直方体が地表に姿を現す。

「まず、作戦指令書を読み込んだAIがこの基地内の本体―――ここでは、マザーと呼びますね。そこで演算をし、その結果、最適化されたデータが上空の衛星に送信されます」

 強調されたフレームで構成された箱から、光る糸がずいっと空に伸び、同時にズームアウトした衛星に繋がる。

「そして、この衛星が司令を強力な信号に変換し、再び地上へ。今度は皆さんのパワードスーツや単軽、携帯端末に送信されます」

 衛星が受け取った糸よりも数倍大きい糸が、何本も地上に降り注ぐ。そして、再び地上にズームし、パワードスーツのCGや人の持つタブレットに繋がった。

「基本的な説明は以上です。なにか質問はありますか?」

「じゃあ、いいか?」

 嵐山の隣で居眠りをしていた小鳥遊が手を挙げた。

「どうぞ」

「そのシステムってよ、やっぱ衛星と端末の間に電子妨害(チャフ)とかあったら受信できないわけ?」

「え、ええ。確かに受信できません」

「それが、無数の金属粒子が含まれた火山灰でも?」

 嵐山は、自分が疑問に思っていたことを小鳥遊も感じ取っていたことに驚愕した。まるで興味ないと、会議の最初から居眠りを決め込んでいたのに。

 確かに、火山灰による妨害は計算に入れるべき要素だ。火山灰に含まれる鉱物の粒子が電波を吸収・反射し、風向きによっては電子的に目隠しされたも同然となるからだ。それでは、虎の子のデータリンクも、無用の長物に過ぎない。むしろ、足枷になってしまう可能性も十分にありうるのだ。

「・・・はい。残念ながら、受信できない可能性があります」

「チッ・・・使えねえ・・・」

 小鳥遊は露骨に舌打ちし、また惰眠に戻った。只でさえ暗い空間に悪い空気が立ち込める。なんとか雰囲気を変えねば、と立ち上がろうと腰を浮かしかけたとき、作戦室の中に光が満ちた。誰かが室内灯を付けたのだ。

「はい。この話はおしまい。個別で質問がある人はあとで私か楓ちゃんに聞いてね。それじゃあ、解散、解散!」

 アザミが助け舟を出したのだ。のろのろと部屋から出て行く後輩達を尻目に、嵐山は小鳥遊をたしなめた。

「コウ、言い方って物があるでしょ。あまり自分の期待通りじゃないからってそういうこと言うのはよそうよ」

「・・・うるせえ。オメーが言えたクチじゃねーだろ」

「あのねえ・・・!」

 かっとなって手を上げようとすると、ケーブルを片付けていたアザミが、二人の方に視線を向けずに言った。

「まあ、そう責めないであげて。コウくんがその仕様知ったの説明が始まる少し前だったのよ。私だって昨日知ったときは落胆したわ。まるで現場を考えていないシステム構築なんだもの。こんなのカーナビにしたって劣悪すぎるわ」

 アザミまでもが文句を言う。専門外の嵐山ですら欠陥がわかるほどの杜撰なシステムだ。本当なら突き返したくてたまらないのだろう。空気がさらに悪くなり、重苦しい沈黙が流れる。

すると、それに耐えかねたのか、先ほど説明をしていた女性が小鳥遊の元へ駆け寄ってきた。

「・・・申し訳ありませんでした!!!」

 その声と共に、頭を下げる。突然の行動に、嵐山は絶句した。

「このシステム構築、私開発メンバーの一人として関わった初めてのソフトなんです!なので、責めるなら私を責めてください!」

「楓ちゃん・・・!」

 アザミも言っている意味が分かったのか、珍しく語気を強めて女性をいさめる。

「ほら、カエデちゃん?も怒ってるんだから!コウも謝りなよ!」

「アザミさん。いえ、アザミ整備班長。この件の責任、私が背負います。そして、根本的にソフトを作り直します。どうか、これだけは邪魔しないでほしいです!」

「楓ちゃん・・・!あなたまだそんなノウハウを持っていないじゃない!どうするの!」

「・・・おっぱい」

 混乱する作戦室の中で、場違いな言葉が響いた。三人の聞き間違いでなければ、「おっぱい」という単語が、小鳥遊の口から飛び出したはずだ。

「おっぱい。触らせてくれたら許す。なんか触り心地よさそうだから」

「コウ・・・!」

流石に空気を読まなすぎる発言の数々に、嵐山も親友としての認識を改めざるを得ない。そう感じ取った嵐山は小鳥遊の胸倉を掴み上げようと詰め寄ると、それよりも前に爆発寸前になっていた彼女が信じられない行動に出た。

「分かりました。見たいと言うなら、お見せします。けど、それとこれとは別の問題です。きちんと開発者としての責任は取ります!」

そう叫び、シャツのボタンを外し始めたのだ。小鳥遊の予想通りと言うべきか、確かに彼女の胸には大きく実った二つの果実が窮屈そうに押し込まれていた。

「さあ、触ってください!早く!!その気が無いならこちらから行きますよ!!!」

「お、おう・・・」

「さあ、早く!!!!」

「ちょっと楓ちゃん!」

 完全に自分を見失っている楓となぜか同じく混乱している小鳥遊、ヒートアップした二人を止めたのは、一つの音だった。

 ドガッ。その音と共に、小鳥遊のすぐ後ろの壁に万年筆が刺さっていたのだ。防音壁で脆い木材で出来ているとはいえ、である。少し遅れ、水上が特殊部隊も顔負けの完璧な姿勢で部屋に転がり込んできた。

「間に合ったか・・・」

息を切らし、水上は言った。

「なにか揉めているのが見えたからな。慌てて戻ってきたというわけさ」

 そう言いつつ、水上は壁から万年筆を引き抜いた。ペン先が壊れたのか、インクが血のように滴り落ちる。

「涼子ちゃん、万年筆が・・・」

「大丈夫です、アザミさん。小鳥遊に修理費を立て替えてもらうので。それより、小鳥遊。覚悟は」

「如何様にしてくださって結構です、水上様」

 いつの間にか、小鳥遊は床に土下座をしていた。驚くべき身の変わりようである。

「そうか。なら、訓練生全員で一回ずつロビンフッドゲームだな」

「えっ・・・」

 土下座のまま小鳥遊が凍りついた。ロビンフッドゲームとは、壁に人間を貼り付け、投げナイフでいかに近くに当てられるかを競う、度胸試しの意味を含めたゲームである。そして、水上はその的を小鳥遊にやってもらおうと言い出したのである。

「・・・マジすか姐さん」

「大マジだ。大体、常日頃から『女性には真摯に対応し、泣かしたことなどないぞ!わっはっは』なんてぬかしてたノータリンはお前だろ!」

「いや、そうだけど・・・」

「水上さん!これには深いわけがあるんです!どうか彼を責めないでください!」

 流石に罪悪感が湧いたのか、楓が二人の会話に割って入った。

「・・・そうなのか?というか、早く前を閉めたらどうだ?」

「は、え・・・?ひゃっ!?」

 今頃気づいたのか、楓は慌てて前にシャツをたくし寄せた。そして、腕が胸をより寄せることで強調され、嵐山にとっては眼福であった。

「・・・カケル」

 地獄の底から響くような声の水上の声で嵐山は我に返り、同時に身を竦ませた。

「お前までコイツと同レベルになってどうする。早く準備して出撃して(でかけて)こい」

 見逃されたと判断した嵐山は、脱兎の如く作戦室から撤退した。


 ●     ●     ●


「・・・そんなことがあったんですか」

 スポーツ用の下着に着替えながら、牧村は言った。データリンクの説明も終わり、いよいよ出撃の時が来たのだ。

「もうね、いつものことだけどこっちだって肝を冷やしちゃったわ」

 アザミはさも当然かのように更衣室に居座り、牧村のサイズに合いそうな下着を次々と渡してくる。もっとも、牧村は幼い頃から兄弟と着替えてきたため、特に騒ぐことは無かった。

「大変ですね、アザミさんも・・・ってこれ、なんか臭くないですか?」

「あらそー?使ったの結構前だからカビてるのかしら?ま、今回はそれで我慢してもらえる?」

「まあ、いいですけど・・・」

「それより、サイズはちゃんと合ってる?緩かったりキツかったりしたら言ってね?」

「はい、大丈夫です」

 実は、胸の部分にかなり大きな隙間があったが、特には言わないことにした。なぜなら、胸が無いことは牧村にとってコンプレックスでもあったからだ。

「よかったわ。ちょっと胸のトコが大きめのしかなかったのよ。さ、早く試着するわよ」

 アザミはそう告げて更衣室を出て行き、牧村もそれに従った。鉄骨がむき出しの廊下をしばらく歩き、スチール製の扉を開けて、機械油の臭いとモーターの回る音に満ちた開けた空間に出る。すると、若い男が作業の手を止め、アザミに駆け寄ってきた。

「班長!お疲れ様です!」

「ハーイ、お疲れ。どうしたの?」

「頼まれていた件、早急に少し相談したいことがあって・・・」

「ちょっと待って。・・・ルナちゃん、ちょっとだけ待っててもらえる?」

「はい、了解です」

 言われた通り、牧村は壁際に下がって様子を見ることにした。エンジンマウントが、そうすると端子の形とバッテリーが、と途切れ途切れに専門用語の会話が聞こえてくる。手持ち無沙汰になり、周囲を見回すと、小型戦車の中から嵐山が出てくるのを牧村は見つけた。何故か大量のガラクタを運び出しては雑巾を持って戻り、の繰り返しの何往復もしている。何往復かしている内に牧村に気づいたのか、嵐山が牧村の方へと駆け寄ってきた。

「・・・もしかして、今ヒマ?」

「・・・はい」

「手伝ってくれる?」

「・・・別に、いいですけど」

「じゃあ、」

「ルナちゃん!ごめんねー、今終わったわ~」

 嵐山が牧村に手伝わせようとした瞬間、アザミの用件は終わったらしく、テレポートの如きスピードで牧村の元へやってきた。

「あら、カケルくん。ごめんね、ルナちゃんこれからおニューの服試着しなきゃだから、片付けなら別の機会にしてもらえる?」

「・・・ウス」

「それとも、カケルくんも見に来る?」

「・・・いや、いいっス」

「あらそう、残念」

 その言葉とは裏腹に、アザミはそう残念でもなさそうだった。

「なら、さっさと片付けちゃいなさい。出撃するんでしょ?」

「・・・はい」

 なにか嵐山は言いたげだったが、それを口にせず彼は小型戦車の元へ戻っていった。


 ●     ●     ●


「さ、ついたわよ」

 整備場の隅、ごちゃごちゃした機械が積まれているそこに、だらんと垂れ下がり、天井から伸びたワイヤーに吊られた巨人が居た。

「さっきまでちゃんと動作するかデータ取ってたのよ。引っ張り出すのも久しぶりだったの。とりあえず、降ろすから待ってね」

 アザミはそう言うと、手近なコンソールを操作した。ワイヤーで吊られたパワードスーツが重力に従って床に崩れ落ち、脱ぎたての服のような見た目になった。牧村がそのスーツの元に歩み寄り、早速着ようと持ち上げる。すると、牧村はある驚きの言葉を漏らした。

「軽い・・・!」

「そう、そのスーツ、とっても軽いのよ」

 アザミは牧村がたどたどしく着るのを見ていられなくなったのか、着替えを手伝いながら解説を続ける。

「元々戦闘用に重く、硬く作られていたスーツの装甲を全部剥いて、その分胸部・脚部に強い衝撃が加わると硬化するジェルを入れたのよ。そして、内装の武器も剥いちゃってオプションは外付け。ほら、背中は出来たわよ」

 そう言って、アザミは牧村の背中を叩いた。コン、とプラスチックのような音が鳴る。

「偵察用に仕上げてあったスーツだから、もちろん足も速いわよ。最高・・・そうねぇ、80キロぐらい出たかしら。電源入れるわね」

 アザミが電源を操作し、牧村のスーツに火を入れる。プラスチック繊維の筋肉がわずかに収縮したのち、牧村の背格好から逆算された最適なサイズに調整される。そして、牧村はさらに驚愕することになった。自分の身体が、羽のように軽いのだ。試しに大きく動かしてみたり、格闘術の構えを取ってみたりしたが、自分のものとは思えないほどの軽さと重々しい人工筋肉の収縮音のみが響くのみなのだ。試しに手頃な金属片を拾い、少し力を入れると、紙くずのように簡単に曲げることができた。

「すごい軽いですねこれ!訓練で使ってたのとは大違いです!」

「訓練に使ってるのはちょっと筋肉がヘタれたやつだからね・・・それは昨日下ろしたばかりの新品よ?電子機器の説明するから、一旦止めてね」

 内部から電源を落とし、全身の人工筋肉から力が消えた後でも、牧村はただただパワードスーツに驚嘆していた。


 ●      ●       ●


「んじゃ、行ってきまス」

 嵐山は入り口の守衛が黙礼をするのを確認すると、自らの愛機に乗り込んだ。小さめの自動車サイズの戦車が唸りを上げ、舗装のされていない柔らかい大地を力強く蹴る。そして、彼の左側で、いつもの偵察とは違う事態が発生していた。

「う、うひゃあああああああ!?」

 いつもは収納として使っている副操縦(コ・パイロット)席に座る牧村が、情けない叫び声を上げていたのである。

「先輩!?このタイプの単軽ってこんな加速出来ましたっけ!?」

「・・・なんだって!?聞こえない!!」

 嵐山と牧村の座る座席は、真後ろにエンジン、二人の間に主砲の制御機構を挟んでいる。後方には全力駆動中のエンジン、二人の間にはその揺れを減衰するために油圧シリンダーがあるのだ。装甲の薄い車内で太鼓の様に共鳴する爆音、段差を乗り越える度にガツガツと鳴るシリンダーが二人の声を遮り、意思疎通を困難にしていた。

「だ・か・ら!このタイプの単軽ってこん

なトルクありましたっけ!?」

「そのことか!!エンジン弄ってあったり装甲薄くしてるらしいが俺は知らん!!」

「ええっ!?何でです!?」

「興味無いから!!」

「そうですか!!これからどこに向かうんです!?」

 もう叫ぶのに疲れたのか、牧村は事務的な質問に叫ぶ内容を変えた。

「んー・・・とりあえず北西!!」

「ええっ!?決まってないんですkひゃあああああああああああ!?」

 比較的まともな突っ込みをしようとした瞬間、嵐山が戦車をさらに加速させ、突っ込みを置き去りにした。


 ●     ●     ●


 その調子で進むこと三時間、二人の乗る戦車は、山奥の湖に到着した。切り立った岩山の陰に戦車を止めた後、牧村は真っ先に戦車から降りた。元は人工湖だったのか、所々に厚いコンクリートの壁が残り、それを枯れたツタと苔が覆っている。既に太陽は紫の残滓を残して山の向こうに消え、闇が二人を覆おうとしていた。尻や全身の関節をほぐしつつ周囲を観察していると、嵐山がテント生地の布に灰色の迷彩が塗られたシートを抱え、戦車の中から出てきた。

「・・・ぼけっと見てないで手伝って」

「はい!・・・ここで泊まるんですか?」

「・・・うん。いつもこのあたりで夜を明かす」

 牧村はなにも言わずにシートの片方を持ち、端を戦車に結びつけた。嵐山と牧村が少し離れ、掛け声で同時にシートを広げようとすると、不気味な鳴き声が響き、薄暗い森林がざわざわと揺れ、黒い鳥の群れが木から去っていく。

「・・・大丈夫?」

 牧村は、いつの間にかシートを放し、呆然とその場に立っていた。

「・・・?」

 嵐山が不審に思い、牧村の前で手を振ると、そこで初めて気づいたかのように飛び上がり、身をすくませる。

「・・・帰りません?」

 牧村は、蚊の鳴くような小さい声でそう言った。嵐山は呆れて元の場所に戻り、何事も無かったかのようにシートの端を掴む。

「ほら、さっさとやる」

「・・・はい」

 牧村も諦めたのか、大人しくシートを掴みなおし、シートを広げた。適当な木の枝にロープで括りつけ、中から食料やその他の機材を車内から取り出す。簡易的な行動拠点が完成し、二人は一息ついた。


 ●     ●     ●


 設営から数時間後、嵐山は明かりを落とした戦車の中で、息を潜めていた。旧式のデジタル時計が深夜の時刻を示し、電子回路がじりじりと小さく唸る。その中で彼は、ペンライトを口で咥え、地図を見ていた。通った場所、時間、気になった変化などをサインペンで記入していき、報告書を作成するときの資料にするのだ。

「ん・・・」

 するり、と衣擦れが鳴り、嵐山の隣で小さく動くものがあった。牧村だ。ぼろぼろのタオルケットを被り、小さく丸まって穏やかな寝息を立てている。さながら、小動物か、幼児のようだ。嵐山から見れば牧村は幼いが、それ以上に幼い不気味な雰囲気を、彼は感じ取った。だが、それも自分の周りが成長しすぎているか、それとも成長していないのか、という推察の中に押し込み、続けて資料を作る作業に戻る。

 少しだけ怖くなったのか、嵐山はその直後音楽プレイヤーに手を伸ばし、資料を作り終えるまで聴き続けた。


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