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完全なる魔導と不完全な平和論  作者: アルケニア
1/8

保つ者たち

また、ゆっくりと書いていきます。今回はいつもよりも長くなるつもりです。戦闘がメインになる予定なので。

 最も恐れるべき思考は間違っている思考ではないのです。真に恐れるべきはほとんど正しい思考なんですよ_せんせい


 「なぜ、争いは無くならないのか。なぜ、人は互いを認め合えないのか。この動画を見ていると言う事はあなたはその大いなる難問に挑まんとするか。はたまた、興味があるという程度なのかもしれません。しかし、その疑問が頭に過り、その上でこの動画を見るという行動を行ったあなたならば、この動画を見て良かったと思ってもらえると私は確信しています」

 その動画は一人の男が淡々と個人の主張を話していくというタイプのもので、インターネットを介して個人の意見の言いやすくなった現代ではこうしたタイプの動画は別に珍しいではなかった。確かに再生数こそ多いがそれも共感を呼ぶような話を力強く叫んでいれば得られるものである。しかし、それではトマス、トマス・ヤングという魔導師が国のテロ対策本部に呼ばれる理由にはならないだろう。

 中規模の会議室にどっかりと座った上半身裸の大男、例え銃を持っていたとしても対面したくないような怪物。そんな男を前にテロ対策本部の職員達はプロジェクターを用いてその動画を紹介していく。

「なぜ、世界に争いが無くならないのか。もちろん、争いは完全には無くなることはあり得ない事です。しかし、その問題は解決していかなければならない問題です。そのためにまずは後進国と言われる国に他国の意志の通わない情報を与えてやる事です」

 トマスは会議室で延々と男の演説を聞きながら、にやにやと笑っていた。

「正論だな。唯の正論ならまだいいがこの男は十分に理解しているようだ。世界を正す方法ってやつをな」

「ええ、誰かの意見に毛がはえたような意見でも、現場を知らない理論家の意見でも、全体を理解していない個人の利益から来る意見でもない。だからこそ、厄介なんです」

 テロ対策本部の職員はトマスの意見に同意する。

 世界を一人の人間が変えるなどということは歴史上、今の今まで一度も起きてはいない。それは世界を動かすためには多くの人間との協力が必要であるという簡単な理由によるものである。しかし、それは逆に言えば人が揃えば世界は変えられることを示している。


そして、それを演説をしている男、カールは全世界を敵に回して行おうとしている。世界平和という所業を。


「今、私の仲間には同じ志を持つ、魔導師が二人いる。その二人、いや私を含めれば三人の魔導師の力を用いて、後進国を中心に巨大な宗教を形成する。これが最初の段階だ」

 動画を見ながら、ふと気付いたようにトマスは話した。

「この動画、他の言語に訳してるか」

「いえ」

「もしかして、他の言語に訳している動画は消されてるか」

「!・・はい」

「そうか、なるほどな」

「どういう事です」

「いや、この動画は十分な能力を持った者のみを選別する一つの方法だと言う事だな」

 世界の学術的、商業的共通言語を用いた動画をあげることでカールは十分な知識を、もった人間を中心に動画が広まるように仕向けたのだ。

「更に言えば、そこまで考えてしていることで理解あるものにとってはカールが本気であることもきちんとアピールしている」

「なるほど」



「この動画を見ている人はその国の明日を創りだす人間であると私は認識しています。私は優秀な人間は多くを手に入れることもきちんと認識しています。優秀であっても、必要以上を望まない人間が居ることも認識しています。ですが、それ以上に、強く、強く優秀な人間は強欲であるということを知っています」

「強欲でいない人間などいないだろう」

 動画を見ながらトマスは呟いた。

 テロ対策本部の人間達は動画というよりもトマスを見ていた。国家の中枢にいるとは言っても、魔導師トマス・ヤングを目の前で見たのは初めての体験であったからだ。多くの人間はその風貌で多くの情報を得ることだろう。そして、テロ対策というある種の対人間の極地にいる人間にとってこうした情報はさらに強い意味を持つことだろう。理性的に過剰なほど合理的な観察の上で彼らの見解は奇妙な一致を示していた。


 天地を覆うようなドラゴンが笑っている。


 非常に感情的で非常に不可解な理解、しかし、これ以上の理解などないのだ。トマスはただただ、雄弁な男であるのだから。



「まずは既存のシステムを取り払います。これが最も重要で、最も反対がでると思います。しかし、やらなければならない。宗教を中心とした既存のシステムの影響が最も本質的な問題であると私は考えています。本来、国が平和になるためには人の十分な成熟以上に国が多くを経験している事が重要になってきます。多くの危機とそれに対するノウハウの蓄積を他国からもらうのではなく、時間をどれだけかけても、どれだけの犠牲を出しても、その国の中で作っていくことが本質的な国の成長を作り上げていきます。そのためには足かせとなる物の排除は欠かせません。完全なる同等とは言えずとも、近い能力の国々が形成されていくことが最初の段階です。時間はかかります。しかし、妥協していい問題でないことはご理解いただけると思います」



「一つ聞いときたいな」

「なんですか」

「ここで語られている考えは、俺は正論だと思っている。お前らは恐らく、優秀だろう。この動画で語られる『その国の明日を創りだす人間』なのだろう。そんなお前らなら、この動画で語られることが正論だと感じると俺は思うんだ。そうするとな。この国なんぞ、守るより世界を守ろうと思うんじゃないか」

「仰ることは分かります。しかし、我らは全員が愛国者で・・」

「そんな建前はいらないな。本音を言え」

「・・・・・。言わなければ協力して頂けませんか」

「当然だ」


「・・・・。気に食わないのです」


「ほう」


「気に食わないんです。たかだか、一人のエゴのために、世界平和なんぞのために、我が国が頭を垂れるのは」



 

「第二の段階は作り上げた宗教の時間をかけた形骸化と国の成熟レベルに合わせた教育システムの強制です。宗教は高い理性をもった人間に対しては本質的には悪影響を与える者です。それでも、多くの人間には必要なのでシステムとしては残すという形を取ります。具体的には否定的な情報は逆効果なので、宗教を維持したままに教育の質を上げていきます。そして、生じた宗教的な問題に対してマスメディアを通じて問題点を述べていきます」

 舞台は変わり、ある国の同じくテロ対策本部の会議室に浴衣をきた男の姿があった。男はカールの主張の動画を見ながら、扇子をいじっていた。

「いやあ、おもしろい。実に、実に面白い」

 浴衣の男がテロ対策本部の職員にそういった。

「面白いですか」

「ええ、面白い。実に正論、実に具体的、そして魔導師という言葉によって全ては夢物語ではなくなっている」

「そうです」

「そして、それが問題」

「はい」



「国の成熟レベルに合わせた教育法の重要性はレベルの低い国に対しては高度な科学的な技術を手に入れることを目的としていて、成熟レベルの高い国では自殺者を減らすための心理的、文化的な内容に重点を置きます」


「ほう、ほう、よくもまあ。ここまでの考えを具体化出来ますねえ」

 この国のテロ対策本部の人間達も動画に目を通しながらも、ちらちらと関の様子を見ている。


 強い人間が堂々としているのは当然のことだろう。強い人間が誰よりもリラックスしているのは当然の事だろう。だが、優雅であるのはなぜなのだろうか。行動一つ一つが幾重もの表現を重ねているように雄弁なのはなぜだろう。これらの疑問に対する答えをこの国のテロ対策本部の人間は知らないだろう。しかし、しかしだ。


 彼らの目の前にはその体現者が居る。


 それが魔導師、関孝和なのである。



「競争、市場主義については残していくのかという質問があったので、それに対してお答えします。残します。・・・市場主義、競争は必要だと考えています。その理由は明確です。娯楽を守るためです。他の市場主義に支配される全ては、やりようによっては市場主義を導入せずに配給制にしても問題はないと思っています。しかし、娯楽については飽きが生じてしまうので競い合わせることで生じる娯楽の多様性は重要だと考えています」


「しかし、疑問ですね」

「ええ、確かになぜこんな大それた事をするのか」

「いえ、どうして君たちは、この国を守ることを選択しているのか。彼の意見は酷く正しい。テロ対策といった人の平和を守ることを志す人間には十分に魅力的だと思いますが」

「それは・・・・・」

「答えてください」

「・・・・・・・・・」

 関は部屋を出ていこうと動き出した。

「待ってください。お答えします」

 関はにっこりとほほ笑んだ。

「正しさは必要ありません。強欲な答えで構わない。卑怯で構わない。答えて下さい」

「・・・・・・守りたいのです」

「ほう」


「この国が好きです。この国が、この国であることが私には必要なんです」


「良い表現です」




「娯楽について、補足的なお話をします。娯楽は生きるために十分に必要な要素であると考えています。人は生まれながらに平等ではありません。人脈、才能、容姿、これらによって与えられる不平等はたとえ市場主義が廃止されていったとしても残ってしまうものです。これらが無ければ手に入らない物は数多く存在します」


 もう一つの国のテロ対策本部に一人の男が現れた。ローブを身にまとい、強く強く、それをまとめ上げる知性を持った男、ラマヌジャンがそこに現れたのだ。

 ラマヌジャンはしっかりとテロ対策本部でカールの動画に目を通していった。

「たいした男だ。世界を変えるようとするとは、しかし、これを見る限りでは決して夢物語ではないな」

 テロ対策本部の職員はそれに大きくうなづいていった。

「はい、全く。その通りだと思います」

 テロ対策本部の人間にとって、ラマヌジャンは生ける英雄である。この国はまだ先進国とは言い難い。特に科学部門では先進国に差を付けられている。しかし、この男、ラマヌジャンの存在はその全てをひっくり返す。


 世界を一人では変えられないが、国を一人で牽引することは可能なのだ。


 テロ対策本部の職員の誰もがラマヌジャンに会えるこの日を夢に見ただろう。そこに男も女もない、あるのは人として、この国の住人としての、誇りである。


「依頼は受けよう。この男の考えは非常に危険なものだ。既存の多くのルールは私もどうにかしたいとは思うがやり方が致命的に拙い。この男のために我が主の守りし、この地を汚させはしない」

 ラマヌジャンのカールの討伐依頼の承諾を認識した職員達は歓喜した。


 もし、ラマヌジャンが彼らになぜ、君らは世界を平和にする道よりもこの国を守ることを選んだのかと聞いたならば、彼らはこう答えてくれることだろう。


「あなたがこの国にいてくれるからです」




 これら、三国の魔導師達は現在、最大数の魔導師を有するテロ集団との戦いを開始する事になる。


 これは偉大なる聖戦だろうか。醜い争いだろうか。


 そういった表現はこの戦いを飾りつけるだろうが、この戦いは論争である。小さな、小さな世界で己の意見をぶつけ合う。


 その程度の論争である。


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