あるパーティーの備忘録-09
「あの場合、ニスシャ神殿にもお願いしますと一言いえば良かったんじゃ。まあ、ワシよりも、女のお主の言葉のほうが、男であるあやつらには重みはあるじゃろうが、それは、それじゃ。我が神はちいっとばっかし寄進額が少なくなっても、それで目くじらを立てるような、度量の小さいお方ではないからの」
ガハハと笑うガロンに対し、ジュールが尋ねた。
「ガロン様、営業とは、なんですか?」
ガロンは笑いを止めると、ジュールの顔をマジマジと覗き込んだ。彼女の表情には、純粋な疑問の色が浮かんでいたのだ。
「お主、本気で言っておるのか? 神殿の外で神の奇跡を行った場合、代金を必ず回収し、最寄りの神殿に納めるべし……という教えを、忘れたとは言わさんぞ?」
「忘れたも何も、私は神官としての教育は一切受けておりませんが」
「なんじゃとっ?!」
ガロンは絶句してしまった。
「その神官衣と聖印はホンモノじゃろ? それを持っておるのに、なぜ基本的な教育を受けておらんのだ?」
「彼女は特殊なケースですからね」
バルナスが代わりに答えた。
「神殿に出仕した経験がない市井の信者が、ある日突然、神の奇跡を行えるようになったのですから」
「そういう事例がごく稀に起きることは、ワシも知っておる。しかし、神官の資格が認められた場合、そのまま神殿に勤めるのではないのか?」
ジュールが微笑みながら答えた。
「確かに、神殿に出仕するように言われはしましたね。その場で丁重にお断りしましたが」
「その場で断った?!」
ガロンはゴクリとツバを飲み込んだ。
「もしかして、教義も学ばずに神殿を後にしたのか?」
「神官として身を立てる意思のない私が、なんの役にも立たない教義など、わざわざ学ぶ必要があるのですか?」
ガロンの口が開いたままになった。しばらく呆然としていたが、唸るように音をつむいだ。
「お主、なんで神官になった?」
「外で堂々と神聖魔法を使うためです。バルナス様がフィールドワークに出ることになりましたから、怪我をされる可能性がありましたから」
「モグリとなるのは避けたいから、神官の位だけもらって、そのまま元のさやに収まったのか?」
レイブンの問いにうなずくジュール。
「私の本業は、バルナス様のメイドですから」
続く言葉は、ある意味伝説の一言となる。
「神官は、あくまで副業にすぎません」
ガロンは膝を付き、天を仰ぎながらつぶやいた。
「大地母神・ニスシャよ。貴女はなぜこのような信者に加護を与えられているのだ?」
戦神・ノドレイの信者であるガロンには、大地母神・ニスシャの声は聞こえない。ガロンの問いに答えが与えられることは、永遠にありえないのだ。