桜が咲けば
そろそろこのあたりも、桜が見頃だと今朝のニュースで言っていた。
ソラ・コーポレーションでは、毎年夜桜見物の宴を開くのが恒例行事となっている。
新人が入った年は、歓迎会を、そして退職者がいるときは、送別会をあわせて行うのだが。
今年は、珍しくその2つが重なることになった。
退職者は、魔の13階に勤務する、手塚 海斗。
偶然にも、社長の空と一直も手塚という名字だ。だから「手塚さん」と呼ぶと、3人同時に返事をする事態になるため、彼は社内では海斗さんと呼ばれている。(同じ理由で一直も名前で呼ばれている)
海斗さんは今回、社をやめて起業するということだ。
会社を興すことは彼の長年の夢だったらしい。ここ何年か、海斗さんは空社長に色々アドバイスをしてもらっていた。というのも、ソラ・コーポレーションから独立して会社を立ち上げたものは、皆それなりの成功を収めているから。
「海斗くんの抜けた穴は大きいと思うんだよねー。けど、夢は大きく、だよ。それに独立するからには、うちを脅かすくらい立派になってもらいたいしねー」
社長はチョッピリ寂しそうに、でも、嬉しそうにそんな風に言っている。社長にとって、社員は皆、自分の子どもみたいなものらしい。これまでもこれからも、独り立ちしたいという相談があれば、社長は全力で相談に乗って応援していくのだろう。
そしてもうひとり退職するものがいる。総務の山田くんだ。
彼は、入社後しばらく13階で海斗さんに仕事を教えてもらっていたが、ものづくりや研究などより、彼には事務的な仕事の方が合っていると見抜き、12階に行くよう勧めたのが海斗さんだった。
その狙い通り、彼は総務で水を得た魚のように能力を発揮しだし、今では「総務の山田くん」は12階の要的な存在となった。だから、山田くんにとって海斗さんは、感謝してもしきれない先輩で、尊敬のまとだ。
そんな彼が、海斗さんが会社を立ち上げると聞いて黙っていられるはずがなかった。
「僕もついて行きます! 駄目だと言っても無駄ですからね! 新しい会社には総務や経理も必要でしょう? いや、絶対に必要ですよ! 」
と、海斗さんにくってかかって、駄目だと言われてもあきらめず、最後は泣きおとし作戦までするほどだった。
周りで一部始終を見ていた社長や社員も、その情熱に苦笑いするしかなかった。
「もうあきらめて雇ってあげなよ」
「そうそう、海斗さんなら、山田くんの一人や二人、大丈夫でしょう? 」
「いやそれより、山田くんがいれば総務は万全だよ」
などと口々に言われ、また社長からのお許しも出たため、採用? することになったのだった。
そして、彼ら精鋭の穴埋めをすべく、1名の新入社員が入ってきた。
彼は、総務で山田くんのあとを引き継ぐ人物だ。遊井名田という、珍しい名字をもつ人物。
この青年が、ソラ・コーポレーションの無愛想ナンバーワン、アスラを上回るほど愛想がない、と言うより、超クーーール!。しかし、ご多分に漏れずイケメン(なので、加福さんが半強制的に、イイ男ファンクラブ会員に登録してしまった! )
しかも仕事が出来る。
どちらかというと癒やし系だった山田くんの対応になれていた社員たちは、無駄口を叩かず事務的に事を運ぶ彼に最初は戸惑っていたが、それにもすぐに慣れてしまった。何より、口調と同じく仕事に無駄がなく正確。しかも、山田くんにひけを取らないほど処理が早いからだ。
そんな優秀な新人くんなのだが、間の悪いことに、今日に限って取引先のミスが重なったため、その対応に追われて山田くんと二人で出先を走り回っている。今は少し遠方にある取引先にいるはずだ。
「にしても、今日の主役3人のうち2人がいないんじゃあ、なんか寂しいじゃない」
「いないんじゃなくて、遅れてるんですよ。来ない訳じゃないですよぉ」
「うーんそうだね。でも○○はけっこう遠いからなあー。宴の終了にはなんとか間に合ってくれぇ」
「ですよね、ですよね」
仕事を終えた者から会場となっているレストランに三々五々集まる社員たち。
偶然、同じ時間に到着した加福さんとリリーが、まだ来ていない主賓の心配をしながら入ってくる。この2人は、あまり接点がないわりになぜか仲良しだ。ただし、どちらも相手のことを「タイプじゃない」と言っているので、恋愛とかではなく、話しやすい先輩後輩の間柄らしい。
「うわあー! 今年もやっぱり綺麗~」
そんなリリーは会場に入るとすぐ、目の前の窓ごしに見える、今が満開の桜を見て感嘆の声を上げる。
「素敵すてきー。山田さんと遊井名田さんにも早く見せてあげたーい」
手を合わせて楽しそうに言うリリーに、今度は末山さんが声をかけた。
「リリーさんは優しいんですね」
「え? あ、ああ、はい! 」
リリーは今度は少し緊張気味に声がうわずっている。聞くところによると、リリーは超まじめな末山さんの大ファンらしい。
「それに、加福もな」
「なに? 俺が優しいってー? 当然じゃない、俺は誰にでも優しいよーん。特に今日は、遊井名田くんのイイ男ファンクラブ就任記念式典もあるんだからさー」
「…」
「…」
リリーはげっと言う顔で、末山さんはあきれた顔で加福さんを見る。
「記念式典って…」
「そんな大それたもの必要なのか? 」
まあまあ、いいじゃなーい、などと陽気に言ってのける加福さんを、2人が苦笑しながら見ている間に、パーティの開始時間が過ぎてしまったようだ。
司会が社長に、パーティの開始を遅らせるべきか相談を持ちかけようとしたその時。
バリバリバリ…
「ヘリコプター? 」
会場の上にヘリの爆音が響く。
リリーが窓に駆け寄って外を見ると、ちょうどヘリコプターがレストランの真上に消えるところだった。なんとここは屋上にヘリポートがあるらしい。
「なんなの、いったい」
驚くリリーたちをよそにヘリの音は唐突にやみ、しばらくすると。
「遅くなりました」
レストランの入り口に、興奮気味の山田くんと、超冷静な遊井名田が現れた。
「ふたりとも間に合ったねー」
社長が声をかけると、遊井名田はただ頷いただけだが、山田くんが早口で話をし出す。
「楽しかったー! 俺、自家用ヘリに乗ったのなんて初めてですよー。もう、早いのなんの!」
「自家用ヘリ? 」
「ええ! とうてい時間に間に合わないーってパニクってたんですよ、そしたら遊井名田がどっかへ電話かけてるなあと思ったら、○○の駐車場に突然ヘリが現れて、乗って下さいってー。ビックリして遊井名田に聞いたら、たいしたことないです、うちのヘリですって! 」
――どんだけ金持ちなんだよ。
――超玉の輿だわ!
――わお、いいなあ、俺もヘリ乗りたい!
様々な思いが交差しながら、今年も歓送迎会が始まったのだった。
季節は春。
桜たちは人の思惑を知ってか知らずか、今年もただ美しく花びらを舞い散らしていた。
了
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
さて、このシリーズも今回で終わらせて頂きます。
最終回? は、ソラ・コーポレーション恒例の夜桜宴でのひとコマです。別れと出会いがあって、会社も人も成長していくのでしょうね。
ゆるーいお話ばかりでしたが、のんびりほっこりお楽しみ頂けたでしょうか。
また、お目にかかれるのを楽しみにしています、それでは。