末山さん 会社帰り
〔末山さん〕
末山さんは真面目で努力の人。
机からコロリとボールペンが転がり落ちる。あっと思って手を出したが、ほんの少し間に合わず、ボールペンはコンコンと床をはじいていた。
「?」
ついこの間まで、床に落ちきる前につかんでいたはず。
重そうな段ボール箱が持ち上げられない女子社員に「どこへ運ぶんだ? 」と聞いて、代わりに運ぶ。
「?」
重い…
ついこの間まで、これくらいなら軽々と運んでいたはず。
俊敏性と筋肉量が、落ちている…。
「…」
真剣に考え込む末山さんだった。
〔会社帰り その1〕
今日もお仕事を終えると、きちんと机を片付けて会社を後にする。
1階のホールでは、ファンの女性たちがお互いを牽制し合いながら、彼を待っている。
「末山さん」
「末山さん、一緒に帰りましょ」
「抜け駆けしないで」
「何よ、貴女こそ」
彼女たちの言い争いを制して、末山さんは静かに答える。
「悪いんだけど、もうみんなとは一緒に帰れないよ」
「ええー? どうしてー」
「なんでー? 」
「今日から、隣のビルにあるジムに行くんだ。最近運動不足気味でね。健全な肉体に健全な精神が宿る、だよ。毎日通うつもりだから、皆とは一緒に帰れなくなった」
そう言うと、「ええー?」「やだー」と騒ぐ彼女らを残して、さわやかに手を上げて会社をあとにする末山さん。
残された彼女たちはドヨ~ンと落ち込む。しかしそこであきらめるような輩はいない。
先を争って隣のビルへ!
けれどそこには。
「会員の方以外の立ち入りは、厳禁とさせて頂きます」との但し書き。おまけにさすがはジム。か弱い彼女たちではとても太刀打ちできないような、ごっつい警備員のお兄さんが睨みをきかせていた。
次の日。
末山が1階に降りると、相変わらずファンが待っていた。
「末山さん。今日もジムですか? 」
「ああ、そうだよ、どうして? 」
「実は…」
と、彼女たちはいっせいにバッグから印籠? をとり出す。
「「「私たちも、ジムに通うことになりました! 」」」
末山のおかげで、隣のフィットネスクラブは大盛況だ。
オーナーの高笑いが聞こえてきそうな、今日この頃。