泣き顔と笑顔
咲子は今、憧れの先輩である遠野灰二の隣に座っている。
間近で見る灰二はやはり綺麗な顔をしている。
咲子は、灰二の左目の下に小さなほくろがあることに気付いた。
「学年とクラスと名前を教えてくれる?」
「二年B組の宮本です」
「下の名前は?」
「咲子です」
「咲子ちゃんか。俺は遠野灰二。よろしく」
灰二は煙草を持っていない方の手を咲子に向かって差し出した。
灰二が自分の名前を呼んでくれるなら死んでもいいといつも思っていた。
確かに夢は叶ったけれど、こんな形で実現してほしかったわけじゃない。
「誰にも言いません」
差し出された手を取らずに震える声で告げる咲子を灰二は意外そうに見つめた。
「そうしてくれると助かるけど、なんで?」
「先生達は信じないだろうし、私、友達いないから」
一瞬虚を突かれたように目を見開いた後、灰二は我慢できずに吹き出した。
お腹を抱えて笑う少年を咲子は信じられない気持ちで眺めていた。
優しく落ち着いた生徒会長という遠野灰二のイメージが咲子の中でガラガラと嫌な音を立てて崩れ去った。
最低だ、と咲子は思った。
悔しい気持ちが込み上げ、いつの間にか視界が潤んでいた。
泣き始めた咲子を見てさすがにまずいと気付いたのか、灰二は笑うのをやめた。
慌てて慰める側に回る。
「泣かないでよ。冗談だって。それに友達いないことを笑ったわけじゃない。咲子ちゃんが真面目に答えるからおかしかっただけだよ」
「同じことじゃないですか」
咲子は自分を笑った少年を涙で濡れた目で睨んだ。
灰二は首を横に振って強く否定した。
「全然違う。俺は友達がいないことは悪いことじゃないと思うよ」
「嘘です。だって私のこと笑った」
「嘘じゃない。友達なんて付き合うの面倒だし、ラインとかツイッターとかいちいち反応返さなきゃいけないからうざいよ」
「ラインなんてニュースで聞いたことしかないです。面倒だとか言いながら、私のことを馬鹿にしてるんですね」
「してないよ」
「してます」
「してないって」
「絶対してます」
咲子は制服のスカートを握りしめて涙ながらに言い張った。
「どうせ私なんかテストで19点取っちゃう馬鹿女だし、体育の授業で二人組作る時いつもあぶれるし、お弁当ひとりで食べてるし、クラスメイトのメアド一人も知らないもん。馬鹿にされて当然だって分かってますよ。でも、灰二先輩にだけは笑われたくなかった。だって好きなんだもん。ずっと好きだった人が煙草吸ってて喫煙見つかっても平然としてて、挙句の果てに馬鹿にされたら死にたくなるに決まってるじゃん」
唖然としている灰二に向かって「鬼」「悪魔」「不良番長」と思いつく限りの悪態をついた。
泣いて怒鳴っているうちに視界が揺れ始めた。
熱中症になっていたことを思い出すと同時に咲子の意識はブラックアウトした。
記憶が途切れる最後の瞬間、灰二が再び笑ったような気がした。