第8節 もう一人の調査官
『う~~ん! この舌触り! 歯応え! 口いっぱいに広がる甘く優しい香り! やはり『コンペイトウ』は最高のスイーツですね!』
コンペイトウを嘴の中でコロコロさせながら、クイーンが悦に入る。
「歯応えって、歯なんてあんのかよ・・・・・・」
『うるさいですね、あなた。朝っぱらからお手紙を持ってきてあげたというのに、感謝の気持ちが足りませんよ。全く・・・・・・最近の若者はこれだから困るのです』
「あーあー、悪かったよ。ありがとうございました」
『・・・・・・態度、悪いですね。口先だけの言葉、不良の典型です。見た目通りです』
「ほんとにムカつくな、この鳥」
ダンテは早朝からロックの研究室を訪れていた。十一時でいいと言われていたが、家族からの返事が気になって早めに来てみたのだ。案の定、クイーンはすでに手紙をもらって帰って来ていた。
「ねぇねぇ! 何て書いてあったの!?」
エステルが自身の机からダンテに話しかけた。
「・・・・・・」
ダンテは無言で手紙を突き出す。エステルはそれを受け取ろうと席を立ち、ソファの方へと歩み寄った。
「『バカ兄貴』って・・・・・・怒ってんじゃん!」
たった四文字の手紙は筆跡も荒々しく、それだけで書いた人の気持ちがダイレクトに伝わってくるようだった。
「どうすんの!? ダンテ!?」
「・・・・・・放っとく」
「え!? それでいいの!? 結構、怒ってるよこれ! 妹さん?」
「多分、そうだな・・・・・・」
「ダメだよ~! ちゃんと話し合わないと!」
「俺はもう決めたんだ。話し合って、気持ちが変わるもんでもない。放っといたら、諦めるだろ」
「そういう男はモテないよ!」
「ハァ!? 恋愛もしたことねぇガキにそんなこと言われる筋合いねぇよ!」
「--!? わ、私の恋愛経験なんて分かんないじゃん!」
「じゃあ、彼氏いたことあんのかよ?」
「・・・・・・」
「言動、見てたら分かるんだよ!」
「うわ~ん! ロック! ダンテがいじめるよ~!」
エステルはロックに泣きついた。
「よしよし。ダンテ、お前の気持ちは変わらないかもしれんが、妹さんの気持ちだってあるんだ。それを無視してはいけない。大事な人に自分の気持ちを無視されるのは、とても辛いことだ。ちゃんとその気持ちに向き合ってやれ」
「・・・・・・じゃあ、どうすりゃいいって言うんだよ」
ダンテがふてくされる。
「ちゃんと会って自分の気持ちを伝えるんだ。妹さんの気持ちも受け止めてな」
「どうやって会うんだよ・・・・・・馬車で三週間はかかる距離なんだぞ」
「それに関しては俺に任せておけ。来週の土日を空けておいてくれ」
「・・・・・・分かった」
『はぁ、どなたもお子様で困ってしまいますね』
クイーンが茶々を入れる。
「黙っとけ、鳥」
『--!?』
ダンテとクイーンの肉弾戦が開始された。
ガチャ--
「ロック先生? 失礼します--て、あれ・・・・・・?」
研究室のドアが開き、大人しそうな青年が姿を見せた。
「おぉ、ドミニク、来たか!」
ロックがドミニクを笑顔で迎え入れる。
「はぁ!? ドミニク?」
クイーンの首を捻りあげながら、ダンテがドアを振り返る。そこには、選択科目で一緒のドミニク・ヴァレリーがキョトンとした表情で立っていた。
「あれ? ドミニクさんどうしたんですか?」
エステルもドミニクの方を振り向く。
「あ・・・・・・ロック先生に十一時に来てくれって言われたんだけど・・・・・・ちょっと早かったのかな」
「「え・・・・・・」」
エステルとダンテはもしかして、と思った。
「ダンテ、エステル、紹介しよう! 彼がもう一人の調査官、ドミニク・ヴァレリーだ!」
「え~~~~~~!?」
「ドミニクが!? な、何で!?」
二人はどう頭を捻ってもドミニクとロックの接点が思い付かなかった。ドミニクがロックの授業を取っている、それくらいだ。
「何か・・・・・・すごく驚かれてるね」
ドミニクが困ったように笑う。
「ダンテ、エステル、お前たちドルバックを知っているな?」
「そりゃ知ってるよ」
「今取ってる授業の先生を忘れたりしないよ・・・・・・」
ドルバックは、二人も選択している『召喚法』の担当教諭だった。中年のいかにも神経質で堅実そうな印象の先生で、実際とても厳格だった。
「じゃあ、その助手のクロエ・ヴァレリーは知っているか?」
「クロエさん? あ、時々授業に来てプリント配ってくれるお姉さんでしょ! 黒髪でロングの! すっごくキレイな人だよね!」
「あぁ、あの美人か。クロエって言うのか」
「ドミニクはクロエの弟だ」
「「えっ!?」」
二人は思わずドミニクを凝視した。そう言われれば、何となく似ているような気がする。クロエとは違いウェーブのかかった髪質だが、色は同じ黒で肩までの長さがある。それをセンターで分けて後ろで一つに纏めている。瞳は深いグリーンで猫のようだ。どことなくミステリアスな雰囲気も姉のクロエに似ていた。
「雰囲気は・・・・・・似てるってよく言われるんだけど・・・・・・」
ドミニクが二人の視線に耐えきれず言葉を発する。
「見た目も結構、似てると思うけどな? まぁそれはどうでもいいんだが、俺とドルバックは二十年来の付き合いでな。いいやついないかって、相談したときに、名前が挙がったのがドミニクだったんだ。召喚法の才能もあるし、ノースアカデミーも主席で卒業してるみたいだったから、ちょうどいいやと思って頼んだんだ」
「え!? お前、ノースアカデミー主席で出てんのか!?」
「あ、そうだ! ダンテに言い忘れてたや! ドミニクさんは私を守るためにおじいちゃんが雇った魔法律家さんの一人だったんだよ」
「マジで!? お前だったのか!」
ダンテがドミニクに詰め寄る。
「あ、あの・・・・・・ダンテさん」
「ん?」
「その子・・・・・・そろそろ離してあげないと・・・・・・消滅しかけてますよ?」
ドミニクがダンテの右手に目線をやる。そこには、瀕死のクイーンが握りしめられていた。
「うおっ!? 悪い、クイーン!」
『ゲホッゲホッ・・・・・・』
クイーンはしばらく咽せていたが、精霊の驚異の回復力ですぐに元通りとなった。
『あなたたち・・・・・・ワタクシの存在を完全に忘れていたでしょう』
「悪い、クイーン・・・・・・話に集中してて目に入ってなかったんだ」
ロックが申し訳なさそうにする。
『フン! 精霊に対する敬意が足りないからですよ! 全く! それに比べてこちらのお兄さんはとてもできた人間でいらっしゃる。それにイケメンです』
クイーンはドミニクにすり寄った。
「ブルーイーグルですね・・・・・・グラデーションがとても綺麗ですね。ここまで美しいブルーイーグルは初めて見ました」
『まぁ!』
クイーンが頬を赤く染める。
『そ、そこまで正直に言われると、さすがに恥ずかしいです!』
テンションの上がったクイーンは、研究室をグルグルと飛び回り、またしても部屋中の書類を散乱させると、開けっ放しにされていた窓から弾丸のように飛び出していった。
「あっぶねぇな! あいつ・・・・・・」
「あ~あ、また片付けなきゃいけないよ・・・・・・ロック、ペーパーウェイト買おうよ~」
「そうだな」
「すみません・・・・・・多分、僕のせいですよね・・・・・・お手伝いします」
四人はクイーンの散らかした書類を総出で片付け始めた。




