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第6節 クイーン

 翌日の朝--エステルはロックの研究室に向かっていた。昨日、行くと約束したからだ。しかしその足取りは重い。原因はもちろん、昨晩クレアに聞いた噂にあった。

(もし、本当に付き合ってたらどうしよう・・・・・・私、あの二人の前で普通でいられるかな・・・・・・)

 絶対にないと思うものの、百パーセントではないという客観的事実がエステルを苦しめる。

(でも、本当に愛し合ってるなら、他の人がとやかくいう問題じゃないよね。それに、同性同士で付き合ってる人だっているんだもん。それは別に悪いことでも何でもないじゃない! うん! そうだよ! 私も二人を応援してあげよう!)

 エステルは考え過ぎて、自分でも気付かないうちに二人が付き合っているという前提を作り上げてしまっていた。


 ロックの研究室の前に着いたエステルは、意を決してドアを開ける。

「おはよう!! ロック!!」

「お、おはよう・・・・・・どうした? やけに元気だな」

 いつも以上に元気な様子のエステルにロックは面食らった。

「うん!! 私はいつも元気だよ!!」

「おい、ロックいるか?」

 開けっ放しにしていたドアの後ろから、ダンテの声が降ってきた。

「キャーーーーーーッ!」

「うおっ!? な、なんだ!?」

 エステルの絶叫にダンテが後ずさる。

「私、応援するから! 大変かもしれないけど、私はいつでも味方だから!」

 エステルの大混乱は続いていた。しかし、二人の男は彼女の発言を違う意味で捉えてしまった。

「お前・・・・・・何か聞いてるのか?」

 ロックがエステルを訝しげに見る。

「う、うん! ちょっと噂が流れてて・・・・・・でも気にすることないよ! 私は、問題ないと思う!」

「・・・・・・本当か? 本当にそう思うのか?」

 今度はダンテに真剣な表情で見つめられる。

「もちろんだよ! 反対意見もあるかもしれないけど、自分の気持ちが一番大事だもん! それに認めてくれる人だっていっぱいいるはずだよ!」

「・・・・・・ありがとう」

 ダンテが照れくさそうに言った。

 その瞬間、エステルの中で何かが崩れ去った--

「うわぁぁぁあぁん! うう・・・・・・え、うわぁああん!」

「「--!?」」

 突然のエステルの大号泣に、ロックとダンテは目を丸くする。

「お、おい、お前、何で泣くんだよ・・・・・・」

「こいつ、来たときから何か変だったんだ・・・・・・お前、何かまずいこと言ったんじゃないか?」

「何も言ってねぇよ! 大体、今の話の流れで泣く意味が分からねぇ! おい、エステル! 何かあったんなら、ちゃんと話せ!」

「う、うぅ・・・・・・私、二人のこと大好きだし、二人の幸せを祝福してあげなくちゃって・・・・・・思ってたんだけど・・・・・・な、なんか、涙が止まらないよ・・・・・・」

「「二人の幸せ?」」

「・・・・・・付き合ってるんだよね? 二人って」

「「ハァ!?」」


「全く・・・・・・バカじゃねぇのか」

 エステルの話を一通り聞き終えると、ダンテが吐き捨てるように言った。

「う・・・・・・ごめん。私も絶対ないとは思ったんだけど、何か考えすぎて混乱しちゃって・・・・・・」

「ダンテ、どうなんだ? ユーリとは付き合ってるのか?」

「付き合ってる訳ねぇだろう! お前も乗ってくんな!」

「でもほんとよかったよ~。驚いて損しちゃった」

「驚いたのはこっちだよ・・・・・・」

 ダンテは心底脱力した。それに対してロックは涼しい顔をしている。

「エステル、同性同士で付き合うのは信じられないか?」

「え!? あ、そうだよね・・・・・・私、失礼だったよね・・・・・・」

「世の中には色んな人間がいる。共感できない考え方や価値観を持つ者がいるのは当然のことだ。だが、共感できなくとも理解できることはたくさんある。理解できたら尊重してやれ。分かったな」

「う、うん。でも、理解ってどういうこと?」

「相手の気持ちを想像できるということだ。お前だって、誰かを好きになる気持ちくらい分かるだろう」

「うん!」

 エステルはニコッと笑顔を返した。しかし、恋愛未経験のエステルは「好き」という気持ちがどういうものなのか、実はいまいち理解できていなかった。きっと、好きな人ができたら分かるだろうと思った。


「ところでダンテ、お前は何の用だったんだ? もう昨日の返事がもらえるのか?」

 ロックがダンテに視線を向ける。

「あぁ」

 ダンテも真っ直ぐロックを見据えた。

「あ、あの、私出て行った方がいいよね?」

 昨日の返事と聞いて、エステルが気を遣う。

「別に構わない。気になるなら聞いておけ」

「う、うん・・・・・・」

 一応、ダンテの表情も伺うが、真剣な表情をロックに向けたままエステルの方を見ようともしない。エステルは少し緊張した。


「やるよ。お前の--時空の賢者の『調査官』」


「え~~~~~~~~!?」

 エステルの絶叫が研究室にこだました。

「ちょっと、お前うるさいぞ。折角いい返事が聞けたのに感動できなかったじゃないか」

 ロックがエステルに呆れた顔を向ける。

「ご、ごめん! て言うか、調査官探してるって噂、ほんとだったんだ!?」

「もう噂になってるんだな・・・・・・まったく、ここの教員は口が軽すぎるだろう。で、ダンテ、契約書は持ってきてくれたのか?」

 ロックはダンテに向き直った。

「いや、俺一応、卒業したら村に帰るって、家族に言ってあるんだ。反対されることは多分ないんだけどよ・・・・・・先に伝えときたいんだ。だから契約書はちょっと待ってくれ」

「意外と律儀だな。構わん。手紙出すのか?」

「あぁ、今から鳩小屋行ってくる」

「実家は遠いのか? 何て村だ?」

「・・・・・・多分知らねぇと思うけど、カイラニって村だ」

「あぁ、カイラニか! 知ってるぞ! あんな辺境から来てたのか!」

「・・・・・・そうだよ」

「じゃあ鳩だとかなりかかるじゃないか。俺に任せろ、精霊に運ばせる」

 そう言うとロックは机の中から一枚の羊皮紙を取り出した。クッションほどの大きさで、複雑な魔法陣が描かれている。ロックはそれを応接机の上にキレイに広げた。

「え!? もしかして召喚するの!?」

 エステルが興奮する。

「あぁ、そうだ。--『ブルーイーグル、クイーン!』」

 ロックが呼びかけた瞬間、魔法陣が光り羊皮紙の表面が風を受けた水面のように波立つ。

 魔法陣から徐々に姿を現したのは、青い羽毛に包まれた大きく美しい鳥だった。嘴が刃のように鋭く、尾がかなり長い。凛々しい佇まいだが、瞳だけはつぶらでとても愛らしい。

「可愛い!」

 案の定、エステルが目をキラキラさせる。

「ねぇねぇ、ロック! 触ってもいい!?」

 エステルは返事を聞く前にすでに手を伸ばしかけていた。

『何ですか、いきなり! 無礼者!』

 鳥が抗議する。

「「しゃべった!?」」

 エステルとダンテは目を丸くする。

『ワタクシは高貴な中級精霊です! 下級精霊と一緒にしないで頂きたい!』

 鳥がプリプリする。

「ご、ごめんなさい・・・・・・触ってもいいですか?」

『・・・・・・あなた、ワタクシの話を全く理解しておられませんね。それより、ロック、何かご用ですか?』

「あぁ、エステルに触らせてやってくれ」

『--!?』

「冗談だ」

『怒りますよ。契約解除ですよ』

「悪かった、それは勘弁してくれ。実は、届けてほしい手紙があって呼んだんだ。ダンテ、手紙を」

「あ、あぁ」

 ダンテが上着から手紙を取り出す。ロックはそれを受け取って鳥に見せると、鳥の細い足にくくりつけた。

『場所はどちらですか?』

「カイラニ村だ」

『あぁ、あのド田舎ですか』

「何かこの鳥ムカつくな・・・・・・」

 ダンテが顔をひきつらせる。

『お届け相手は?』

 鳥がロックに問う。ロックはダンテを横目で見上げた。

「・・・・・・イルマ・サルヴァトーリ、いなかったらロメオ・サルヴァトーリで」

『サルヴァトーリさんですね、ご両親ですか?』

 鳥がダンテに問う。

「いや、妹と弟だ。十九歳と十七歳だ」

『フムフム、分かりました。まあ、ワタクシの飛行スピードなら午後には到着するでしょう。お返事のお届けは明日の朝でよろしいですか?』

 鳥は今度は契約者のロックに向かって問うた。

「あぁ、十分だ。ありがとう」

『対価はちゃんと用意しておいてくださいよ?』

「あぁ、分かっている。頼んだぞ、クイーン」

 そう言うとロックは立ち上がり、自身の机の後ろにある窓を開け放った。

『ではでは、行ってきますね』

 鳥は翼を大きく広げて羽ばたくと、勢いよく窓から出ていった。研究室に無造作に置かれていた書類がバサバサと舞い上がる。そのスピードは弾丸さながらで、すぐにエステルたちの視界から消えてしまった。


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