第3節 老人
「では、みなさん。こちらへどうぞ」
白髪の紳士はテラスのテーブルへと四人を誘導しようとする。しかし、誰も扉の前から動こうとはしない。
「ここでいい。まず、俺たちを--クイーンをこの庭へ移転させた理由について話してもらおうか」
ロックの目が真っ直ぐにじいさんを射抜く。だがじいさんはその威圧感な視線にも全く動じることはなかった。
「テーブルの方が落ち着いてお話しできると思ったのですが・・・・・・まあ、構いません。あなた方が移転してきたのは『青い鳥の精霊』に反応して、条件成就認識装置が作動したからでございます」
「やっぱり『青い鳥の精霊』が条件になってたのか」
ダンテが納得する。
「では、なぜ『青い鳥の精霊』を集めていた? 値段をつり上げて商売していたのか? そもそもお前はここの屋敷の人間なのか?」
ロックがまくし立てる。
「『青い鳥の精霊』を集めていたのは、『彼』のちょっとした親切心からでございます。そして私は『彼』のためにこの屋敷の雑務を執り行っておりますが、元々はここの使用人ではございません」
「・・・・・・色々、聞きたいポイントが多いな」
「そう思いますので、最初から説明いたします。まず、私と『彼』は一年程前にこの屋敷を訪れました。そのとき、屋敷にはお嬢様と数名の使用人が暮らしておりましたが、ゴルチエ家にはもう資産がほとんどない状態でございました。使用人を養えず、困っていたところへ私共がたまたま参上したというわけです。私共は、お嬢様の生活を維持する代わりに、この屋敷を自由に使わせて頂くことにいたしました」
「使用人はどうしたんだ?」
「今はおりません。私共が来たとき、もう屋敷の使用人には給金が支払われていない状態だったのです。私共がお嬢様の世話をすることに決まると、使用人たちは安心して屋敷を離れていきました」
「なるほどな・・・・・・今、この屋敷にいるのは、貴様と『彼』、そしてゴルチエの娘の三人という訳か」
「その通りでございます」
「で、なぜ『青い鳥の精霊』を集めていた? ゴルチエの娘が関係しているのか?」
「はい、お嬢様が『青い鳥の精霊』を探しておられたからです。お嬢様は亡くなられたお父様が召喚した『青い鳥の精霊』とずっと一緒に暮らしておられました。しかし、ある嵐の晩のこと、使用人がその精霊を部屋に入れるのを忘れたがために、精霊は環境の変化に対応できずモンスター化し、消滅させざるを得なくなったとのことです。物質界で実体を失った精霊は、精霊界に戻ります。お嬢様は、消滅させてしまった自分の精霊がいつか再び物質界に召喚されるのではないか--もし、出会えるのなら謝罪したい--そう強く思っておられたのです。そこで、私共は片っ端から『青い鳥の精霊』を集め始めたのです」
「大胆なことをするもんだな。物質界の精霊には契約者がいるのが普通だ。同意なく連れて行けば誘拐になる。知らなかったとは言わせんぞ。アカデミーとしては、貴様等を逮捕しなければならん」
「それは困りますね」
じいさんはにやりと口角を上げた。それは背筋のゾッとするような気味の悪い笑顔だった。ロックはその表情に確かに見覚えがあった。
「お前は--!?」
『セシル・ロック! 避けろ!』
オブシディアンはロックに体当たりすると、全身から暴風を巻き起こしエステルとダンテを吹き飛ばした。
「きゃっ!?」「うおっ!?」
二人は十メートルの上空へ投げ出される。
「フロート(時空法一九二条)!」
ダンテは反射的に条文を唱え空中で体制を維持した--と、同時にエステルをキャッチした。
「あ、ありがとう! ダンテ!」
「大丈夫か!? 自分で浮けるか?」
「うん、フロート(時空法一九二条)!」
エステルもダンテの腕を離れ、自力で空中に浮いた。
「あっ! あれっ!」
「--!?」
地上を見下ろした二人は地面に入った巨大なクレバスに息を飲んだ。
たった今二人がいた場所にはダンテの背丈よりも大きな黒い槍が突き刺さっている。そしてその前には、灰色のローブを被った髭の長い老人が立っていた。その顔は紛れもなくさっきのじいさんのものだった。しかしその老人から解放されつつある魔力は先ほどとは桁違いのものだった。
「ロックは!? オブシディアンは!?」
「ここだ! 心配するな!」
エステルとダンテは声のする方に顔を上げる。ロックもオブシディアンも、二人よりも高い位置で体制を維持していた。
『スレイプニール--よく避けられたな』
老人が馬鹿にしたような表情でオブシディアンを見た。
『三十年前と一緒にしてもらっては困る--オーディン、まさか貴方が物質界にいたとは・・・・・・』
『フッ、貴様こそ、よもやヴァレリー側に付くとはな。とことん、私に逆らいたいようだ』
老人は槍を引き抜くとロック達のいる高さまで垂直に浮き上がった。
「ダンテ・・・・・・エステルを頼む。出来るだけ遠くまで逃げろ」
「分かった。行くぞ、エステル」
「う、うん」
ダンテはエステルを後ろに庇いながらフロートでロック達から離れる。
「これくらいは見逃せよ」
ロックがオーディンを牽制する。
『・・・・・・まあ、いいだろう。あの者達に用はない』
オーディンは穴の空いたような真っ黒な目でロックを見据えた。




