第12節 スレイプニール
「ここからすぐなのかな? 遠いんなら、またディアン呼ぶけど?」
ドミニクが斜め前を歩くダンテに声を掛ける。
「そうだな・・・・・・町を出てから山の入り口までは少し遠いかもな」
「じゃあ、町を出たらディアン呼ぶよ」
「対価は大丈夫なのか?」
「もちろんだよ、遠出のときは少し多めに持ってきてるんだ」
ゴルチエの屋敷はターガスの北西に位置する小さな山の中にあった。彼が歳を取ってから授かった娘が病気がちで、その静養のためにわざわざ作らせた別邸らしい。当初、彼は屋敷に住んでいなかったものの、魔道具の販売事業に失敗して莫大な借金を作ってからは、ターガスにあった本邸を売却して娘のいる別邸に移り住んだということだ。老齢だった彼はすでに亡くなっているが、別邸が売却されたという話も聞かないので、まだ娘や使用人達はそこで生活しているのだろう。借金がどうなったのかは分からないが、こんな山奥まで返済可能性の低い債務者の取り立てに来る者はいないのかもしれない。
「ロック先生とエステルさん、大丈夫かな・・・・・・」
ふいにドミニクが呟く。
「ロックがいるんだから大丈夫だろ。つーか、そろそろ自力で帰って来る頃なんじゃねぇかって、思ってるんだけどよ。俺らが動く意味あんまねぇだろ」
「まぁね。でも・・・・・・」
「でも?」
「僕たちって、ロック先生の『調査官』で、エステルさんの『護衛』だよね・・・・・・こんなことでいいのかな」
「・・・・・・」
確かに現在の二人はどちらの立場としても失格だ。そう思うと、二人の気持ちに焦りが生じた。
「あいつらが帰ってくる前に見つけて・・・・・・無事を確認できればいいんだよ」
「そうだね。頑張ろう」
町の北門を出ると、ドミニクはすぐにオブシディアンを召喚した。
『またか・・・・・・こんなにすぐ喚ぶなら帰さないでもらいたいものだな。面倒だ』
「ごめんよ。もう、今日は一日仕事だと思って頑張ってよ。対価はちゃんと払うから」
『・・・・・・ふん、まあ、対価がもらえるならいいんだが』
文句を言いながらもオブシディアンの鼻息は荒くなる。
『--?』
「ん? どうしたの、ディアン?」
オブシディアンは、何かを察知したかのように首を捻った。
『いや・・・・・・何か、主人の気配を感じた気がしたのだが・・・・・・』
「主人って・・・・・・『オーディン』のこと?」
ドミニクの眉間に皺が寄る。
『いや、すまない。気のせいだったようだ・・・・・・彼が物質界にいるなど有り得ない』
「オーディンが物質界には来ることはないよ。未来永劫ね」
ドミニクが断言する。その声は冷たく、氷のようだった。オブシディアンも押し黙ったまま、何かに耐えるように躯を震わせる。
「なぁ、オーディンって、上級精霊の『オーディン』のことか? 主人って何だよ?」
二人の会話と空気に付いていけないダンテが口を挟む。
『・・・・・・貴様、上級精霊『オーディン』と、この『オブシディアン』の関係を知らんとは・・・・・・勉強不足にも程があるな』
「悪かったな! 召喚法はまだ初心者なんだよ」
ドミニクは二人のやりとりを見てクスッと笑うと、丁寧に説明を始めた。
「『オブシディアン』は元々、『スレイプニール』っていう名前なんだけど、上級精霊『オーディン』の愛馬だったんだ。だけど、三十年前の事件の直前に、意見の違いから二人は行動を別にすることになった--」
「三十年前の事件って・・・・・・」
「ダンテも知ってると思うけど・・・・・・ミルドが上級精霊を召喚して、街を破壊したあの事件だよ」
「『エンフィールドの悲劇』か。だけど、それとこいつらのコンビの解消と何の関係があるんだよ」
ダンテの質問にドミニクはためらいがちに答える。
「・・・・・・一般にはあまり知られてないけど、その『エンフィールドの悲劇』を起こしたのは、オーディンなんだ」
「えっ!?」
『正確には、オーディンとその契約者のジェレミー・コレットが起こした事件だ。ジェレミーがオーディンに街の破壊を指示したとき、私はそれに反対した。オーディンも当然反対し、ジェレミーとは契約解除になると思った。しかし、オーディンは何を考えたのかジェレミーの意向を飲んだのだ。私は必死で止めたが聞き入れられることはなかった。ついにはオーディンの槍を受け、瀕死の状態にさせられた。以来、オーディンとは会っていない』
「なっ・・・・・・」
ダンテは絶句した。『エンフィールドの悲劇』は聞いたことがあったが、詳しいことを知る者は周りにはいなかった。こんなところで、当事者に近しい者から事件の背景を聞くことになろうとは思ってもみなかった。
「街が壊滅させられた後、ジェレミーは捕らえられ処刑された。それと同時にオーディンとは契約解除になった。召喚契約は一身専属的なものだからね。以来、誰もオーディンとは契約していない。当然だね。オーディンが物質界に喚ばれることなんて有り得ないんだよ」
ドミニクは淡々と説明を終えた。
「じゃあ、何でそんな奴の気配なんてするんだよ? いないんだろ? 物質界に」
『だから気のせいだったと言っている! 何度も言わせるな』
オブシディアンは尻尾をブンブン振る。
「そんなに怒るなよ。お前、さっきから思ってたけど短気だぞ!」
『お前は一言多いのだ!』
「ちょっと! 二人ともやめてよ! オーディンはここにはいない。それについて異論はないんだから」
ドミニクは二人をなだめる。クイーンといい、オブシディアンといい、ダンテは中級精霊とよく衝突する。そもそもダンテは精霊だからといって接し方を変えない。それは良いことでもあるが、欠点にもなりうる--精霊は元来、気位が高いのだ。ドミニクは端から見ていてそれが少し気になっていた。だが、それを指摘したところでダンテが変わるとは思えないし、精霊に優しく接するダンテなんて想像もできない。
「大体、今は喧嘩なんてしてる暇ないでしょ。ほら! 早く行くよ!」
ドミニクは構ってられないとばかりにオブシディアンにひょいと飛び乗る。
『お前も大概、強引な奴だな・・・・・・』
「意外と実力行使するしな・・・・・・」
オブシディアンとダンテが呟く。
「何か言った?」
「『いや、別に・・・・・・』」
二人を背に乗せたオブシディアンは、ゴルチエの屋敷へ向かって疾風のように空を駆けていった。




