第8節 ボス
コンコン--
「ん? 入れ」
ダンテは中の声を確認すると、慣れた手つきでドアを開いた。部屋の様子は二年前と全く変わっていない。広い空間の一番奥にボスの馬鹿でかい机が鎮座し、その前の床にはモンスターの毛皮が敷いてある。それはボスが若い頃に倒したという大型のネコ科のモンスターだった。ギルドの連中が遠慮なく踏みつけていくので至る所がボロボロだが、牙のあるその顔だけはまだ魂が宿っているかのような迫力があった。
「--!? お前、ダンテか!?」
机に付いていた男が、ダンテの姿を認めて目を見張る。
「まだ、くたばってなかったみてぇだな、ボス」
ダンテはニヤリと口角を上げた。ここへ来て初めての笑顔だった。
ボスも椅子から立ち上がり、しわくちゃの笑みを浮かべながら彼の方へと歩み寄った。
「元気だったか! アカデミーで落ちこぼれてんじゃねぇだろうな!?」
ボスがダンテの肩を両手でバシバシ叩く。
「・・・・・・あいにく前期は上位10%には入ってた」
「ハッ! まさかお前が本当に魔法律家になるなんてなぁ! 昔からタダ者じゃねぇとは思ってたが、これほどまでとは思わなかったぜ」
「まだ『タマゴ』だけどな」
「謙遜まで覚えたか! こいつぁいいや!」
ボスはガハハと威勢良く笑うと、ダンテを部屋の奥へ通し机の右側にある茶色い革張りのソファへと誘導した。そして自分は元通り机に付くと、ダンテの方へぐるりと身体ごと向き直った。
「で、何だ? 何か用があって来たんだろう」
ボスはいつもの人を見透かしたような目でダンテを見た。
「あぁ・・・・・・ちょっと情報が欲しくて来たんだ。変なこと聞くようだけどよ、この町に花屋が来てただろ? アイツがどこから花を持ってきてたか知りたいんだ」
「・・・・・・花屋か」
ボスは顎ヒゲに手をやりながら斜め上の方を見ている。
「あの花屋は確か、ゴルチエの屋敷から来てたはずだ」
「ゴルチエって・・・・・・あの没落した魔法律家の?」
「あぁそうだ、アイツはゴルチエの屋敷の人間で、庭の花を売りに来てたって聞いたな。生活費の足しにでもしてたんだろうよ」
「そうか・・・・・・」
ゴルチエが没落したのは10年以上も前の話だ。当時魔道具技師として名を上げていたゴルチエは、自分の開発した魔道具を専門に販売するためにゴルチエ商会なるものを立ち上げ、魔法律家相手の商売を開始した。最初は物珍しさから商品もよく売れ事業は軌道に乗ったかと思われたが、そう上手くは行かなかった。そもそも研究者気質のゴルチエは、顧客のニーズよりも自分の理想とする魔道具の作成に力を入れがちで、出来上がった製品は高機能ではあるが、一部の富裕層しか手に届かないような高価な魔道具ばかりだった。しかもそれらの機能はマニアック過ぎて富裕層の興味をひくこともできなかったのだ。結果、商品はほとんど売れず、ゴルチエ商会は大量の在庫を抱えたまま設立から5年足らずで倒産した。
「聞きたいのはそれだけか?」
ボスはニカッと笑った。
「あ、いやそれと・・・・・・最近この辺で『青い鳥』の精霊を集めてるブローカーを知らないか?」
「『青い鳥』の精霊か・・・・・・今、値上がってるな。『ヘルハウンド』の奴らがハイエナみたいに探しまくってるぜ。だが、そもそも『精霊』なんて、そうそうお目にかかれるもんでもねぇからな。あんまり成果はねぇみたいだ」
「『ヘルハウンド』がブローカーってことはねぇのか?」
「ないだろうな。あいつらは金になることには群がるが、自分たちで商売を考え出すような頭は持ってねぇだろ。だが、完全には否定できねぇ・・・・・・今回に限って、あいつらの動き出すのは早かったからな。一枚くらい噛んでるかもしれねぇ」
「ブローカーに心当たりはねぇのか?」
「さぁな。調べて欲しけりゃ調べてやってもいいが、その代わり金はとるぜ?」
ボスはニヤリと笑った。
「高く付きそうだな・・・」
ダンテは苦笑する。
「元『レッドグリフォン』のお前の依頼だ。安くしといてやるぜ」
「じゃあ頼んどく。まあ、別に高くてもいいんだけどな。中央アカデミーのセシル・ロックで領収書切っといてくれ」
「--!? セシル・ロックだと!?」
「!?」
ボスはいきなり大声を出した。
「お前、アイツのこと知ってんのか!?」
「知ってるも何も、今はアイツの弟子だぜ・・・・・・何だよ、いきなり」
「セシルの弟子だと!? まさか『調査官』になったなんて言うんじゃねぇだろうな!?」
ボスの腫れぼったい目は、これでもかと言うくらい大きく見開かれた。
「そのまさかだよ。てか、ボスこそアイツのこと知ってんのかよ?」
ダンテは机から飛びかかってこんばかりのボスの勢いに困惑した。
「お前が・・・・・・セシルの『調査官』? ハハッ! こりゃ面白れぇ! こんなことってあるんだな! ハハハッ!」
「--!? 何だよ! 笑ってねぇで教えろよ!」
「ハハハッ! ああ、悪い悪い。セシルはよぉ、まぁ・・・・・・俺の恩人だな。アイツがいたから、今の俺がある・・・・・・話せば少し長くなるが、アイツとはお前の生まれる前からの付き合いだ」
「マジで・・・・・・」
まさかボスとロックが繋がっていたとは・・・・・・ダンテは頭を抱えたくなった。世間は狭いとは、よく言ったものだ。
「セシルの調査なのか? じゃあ、もうちょっと安くしといてやるぜ」
「タダにはならないんだな」
「当たり前だ、こっちも商売だからな」
ボスはそう言うと机の1番上の引き出しからシガーを取り出し火をつけた。
「お前も吸うか?」
ニカッと笑いながら煙を吐き出す。
「・・・・・・いや、いい。下で連れを待たしてるんだ。もう戻る」
「おいおい、思い出話もしない内に帰るのか? 俺とセシルの武勇伝も教えてやるぞ? もっとゆっくりしてけよ」
「ちょっと急いでるんだ。また近い内に顔出すよ」
「お前の『近い内』は、あてになんねぇからなぁ・・・・・・」
ダンテはソファからスッと立ち上がる。
「情報、ありがとう。それと、元気そうで安心したぜ」
「ハッ! まだくたばれねぇよ! 若い奴をちゃあんと教育してやらねぇといけないからな。みんな、お前みたいに素直ならいいんだけどなぁ!」
「カストの教育を重点的に頼むぜ」
「ハハッ! あいつに何か言われたか? お前が行ってからアイツも不抜けちまったからなぁ! 一発ケンカでもしてから帰ってやれ!」
「今、そんなヒマねぇよ。じゃもう行くな」
「あぁ、元気でな!」
ダンテがボスの部屋を後にする。
ダンテを見送ったボスはシガーを味わい深そうに吸い込むと、目をつむってゆっくりと煙を吐き出した。




